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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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で、始末した?

 昏倒から五、六時間は経過しただろうか。ようやく目覚めたジーロに皆が喜んだ。



「ジーロ心配したよおおお」

「分かったから泣くな父上。まだ少し頭痛がするのだ、大声は響く」


 ふぐう、オーレンがしゃくりあげながら黙る。


「ミカの言うことを真面目に聞かないからですよ兄様」

「あいや、すまん。まさか本当に昏倒するとはなあ…。手を握っていてくれたのかザコル。お前というやつは…」

「救命措置です」


 ぱ、ザコルはジーロの手を離した。

 彼は、兄と魔力の相性が悪いと言われ、代わりに相性のいい魔力を持った魔獣が魔力移譲してくれるようになってからも、ずっと兄の手を握り続けていた。超低速充電でもないよりはマシだと思ったのだろう。


 兄想いな弟に感動しているジーロを、ザコルはジロリと睨む。


「兄様。祓いたくない闇がたくさんあるなどと言ったくせに、僕や穴熊がいるのにも構わずに思い切り力を解放しましたね?」

「はは……いや、すまん。あの瘴気を見るとどうしようもなくイライラするというか、衝動的になるというか、仇でも見つけたような気になってしまってなあ」

「イライラして好戦的になるとか、あの香嗅いだ時のミカさんみたいすねえ…」


 ぽそ、とエビーがつぶやく。


 トントン、控えめなノック。応じると、ザラミーアだった。その後ろには少年少女がしずしずとついてきている。


「ジーロさん! 目覚めたのね!!」

「おおザラミーア。この通り無事だ。この魔獣殿が…っぷ」


 ザラミーアは部屋に入るなりジーロに飛びついて抱き締めた。

 彼女もまた、ずっと付き添ってはいられなかったもののちょくちょく次男の顔を見に来ていた。ジーロは義理の母を安心させるように、その背中を優しく撫でる。


 私は彼女のあとについてきた二人に目を向けた。と同時に、がば、と少年の方は地面にひれ伏した。


「ミカ様、申し訳ございません…!!」

「何のことかなペータくん」

「僕の、僕の油断のせいで…!」

「そう。で、始末した?あの二人」

「えっ、始末」


 今まで、関わった罪人はことごとく不殺に留めてきた私の言葉に、ペータは戸惑ったように顔を上げた。


「始末、して、よろしいのですか…」

「もちろん。さっさと始末しちゃってよ。それで、君の油断とやらは『無かったこと』になるでしょ。その後、罪人同士に情報交換なんかさせちゃったのはこちらのお邸の不手際だからね。私とご当主陣が話し合うから、君はいいよ」

「いいよ、とは……」


 っぐ、と少年は何かを堪えるように飲み込む。


「………はい。かしこまりました。全て、速やかに始末してまいります!」


 少年は、シュバ、と立ち上がった。


「ペータくん」

「な、なんでございましょう」


 扉に向かおうとした少年が振り返る。


「明日の朝、鍛錬の前に部屋に林檎ジャムとヨーグルトを届けてくれない? あとグラスも」

「明日の朝ですか、ではメイドに託けておきます」

「何言ってんの、君が運んでくれないと困るよ。解るでしょ、私の寝室は関係者以外立ち入り禁止なんだから」


 ぴく、ザコルがほんの少しだけ反応する。立ち入り禁止なのは私達二人が仲良く一緒に寝ているせいだ。


「ミカ様、ですが」

「明日から毎日お願いね。最近君と話してなかったからさ。意見があれば朝の機会を活用して」

「で、でも!」

「はい、さっさとゴミを始末してくる。マージお姉様も要らないって言ってたし、頃合いでしょ」


 シータイ町長マージには煮るなり焼くなり好きにしろと言われていた。あの元使用人と元執事長に関しては、私に生殺与奪の権がある。


「……ミカ様。ご温情に、感謝いたします」


 ペータは深く頭を下げ、そしてくるりと踵を返す。部屋を勢いよく飛び出し、パタパタと廊下を駆けていく音が……しない。足音がしないだなんて、随分と影らしくなったものだ。


 シーン、と部屋には沈黙が訪れた。私が柄にもないことを命じたせいだろう。



「甘すぎるのではありませんか」


 静寂に一雫落ちたのは、少女の声。


「気心知れた元従僕くんを手放すほど、うちは人手が足りてる職場じゃないんだよ。君もだからね、メリー」


 覚悟を決めたような顔つきの少女に、私は釘を刺す。


「…っ、お聞きおよびではないのですか!?」

「聞いてるよ。びっくりしたけど、そういえばタキさんが『メリーは姉妹揃って何年も洗脳に遭ってきた』みたいなこと言ってたなーって」


 私は戦の最中だったにも関わらず、妙に鮮明に覚えている台詞を思い出していた。


 ……ザコル様、不敬は承知の上でございます! どうかこの子に今しばらくの猶予をやってくださいませんか…!! この子は幼少の頃から姉妹揃って弟君のお気に入りで、長年刷り込みに遭ってきた哀れな子なのです! それにこの子の姉は弟君の……


 タキの言葉はそこでザコルに遮られ、先を聞くことは叶わなかった。


 タキはカリューからシータイに子連れ避難してきた女性だ。かつてはどこぞの良家で戦闘メイドをしていたという実績を持ち、サカシータ家の末の双子を箱推ししていたこともあるらしい。


「タキさんって、シータイにいらした方よね?」

「ミワのお母さまです! おつよいんですよ!」

「元ザハリファンを説得した人すよ。あの人ら直後の戦で武功上げてなけりゃ、今頃全員マージ町長様に処されてたと思いますんで、タキさんは彼女らの命の恩人みたいなもんでしょうね」


 シータイでは療養のためにほぼ引きこもっていたミリナに、イリヤとエビーが補足説明をしている。


「なぜ黙っていたと、お詰りにならないのですか!」

「おなじりに…」


 お詰りになる、これまた初めて聞く表現である。


「詰るも何も、私もさっき聞いたばっかりなんだよねえ。これから、知ってて黙ってそうな人を片っ端からカマかけていくか、くらいにしか考えてなくて。それで、さっき一人カマかけてみたとこだけど」


 ちら。オーレンを見たら不自然に口笛を吹いていた。何度も思うことだが、あの当主様は普段どうやって政治をしているんだろう。


「ここで言ってもいいのかな」

「もちろんでございます。もとより、秘密にする意図はございませんでした」


 メリーはその場で深く深く傅いた。


「メリーのお姉さんは、ザハリ様の子を産んだ母親の一人なんだね」

「はい。その通りでございます」


 ざわ…。


 エビーとタイタが顔を見合わせる。ミリナは言葉を失い、イリヤは聞いた言葉の意味を確認しようと母親の袖を引っ張った。


「な…っ、なんで黙ってたんだよメリーちゃん!」

「姉が、正気でないからでございます」


 追求しようとしたエビーに、メリーが間髪入れずに答えた。


「彼女のお姉さんはこの家の『深部』のさらに奥にいる。そう、私は聞きました」


 確認のためにザラミーアの方を向けば、彼女はこくりと頷いた。


「ジーロ兄様はご存知でしたか?」

「俺がか、知るわけなかろう。大体『深部』とやらの存在を知ったのも今日だし、ザハリに子が大勢いると知ったのも昨日だ」

「そうですか。僕は、若い女が収容されているのは知っていましたが、どういう者なのかまでは知りませんでした」


 ザコルも初耳だという。穴熊の言った通りだ。


「お姉さんのことを黙っていたのは、誰かからの指示とかじゃなく、メリーの独断だったのかな」

「その通りでございます」


 本当に隠すつもりはないらしく、メリーは真っすぐに答えた。


「理由を訊いてもいい?」

「先程も申しましたが、姉は正気ではございません。かつての私のように、ザコル様とザコル様に関わる全てを悪と思い込んでおります。姉はかの方のために執念で双子を授かりました。双子の前に産んだ子は、中央にある私の実家に預けているはずですが…」


 メリーはザラミーアの方を伺った。


「ええ、把握しているわ。あなたのご両親のもとで元気に暮らしています」


 ほ、メリーは安堵したように小さく息を吐いた。


「そっか、双子と、もう一人の子もメリーのお姉さんが産んでたんだ」


 両親が預かっているということは、その子は双子でないばかりに、母親に育児を放棄されてしまったのだろうか。


「私は、姉がどこに囚われているのかまでは知りませんでした。ですが、このことをミカ様とザコル様にお話しすれば、接触なさろうとするのではと愚考したのです。…姉は、私よりずっと優秀でした。もちろん、お二人が姉に遅れを取るだなどとは決して考えておりません。ですが、それでも、ミカ様に害意を持つかもしれない者を、どうしてもあなた様に近づけたくなかったのでござ」

「ふむ、ひとまずそれで納得しておこうか」


 えっ、と前のめりになっていたメリーがつんのめる。


「メリーのお姉さんについて、イーリア様が知らないわけないですよね。まあ、あれですかね。泳がされてた、かな…」


 トントン、やや慌てたようなノック音が鳴る。

 ザラミーアが誰かを確認し、扉口で要件だけ聴き取る。


「…オーレン、ロットさんが」

「え、ロット?」


 急に、廊下から騒がしい物音が聴こえてきた。




つづく

姐さんが来ましたよ

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