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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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あなたなくして、このご縁はなかった

「早く、俺…私を裁け、さもなければ聖女に害をなす。ほら、早く!!」

「イアン様…?」



 じ…っ。

 明らかに今までとは違ったイアンの様子を見定めようと、散っていた視線が牢に集中する。

 その妙な雰囲気に本人は焦ったのかますます、


「ほら、早く殺せ! 力も戻った、暴れるぞ!」


 と、これ見よがしに足元の土を拳で叩いてみたりしている。

 土の床には多少のヒビは入ったが、度重なる苦痛でさらに消耗したのか大した威力ではない。


 …いや、素手で土の床にヒビが入るのは大した威力か。どうしてもザコルの城壁崩しを基準に考えてしまっていけない。

 あの、ケーキにフォークを入れたかのように一部が消失していたカリューの城壁…。あれほどの驚きを、今後の人生であと何度味わえるだろう。



「…まあ、これも嘘や演技という可能性もあるからね。やっと、ここからが本番だ。ザラミーア」

「はい、オーレン」


 オーレンの目配せにザラミーアがうなずく。


「お手伝いいたしますか?」

「ありがとう、ミカ。正直興味はあったのだけれど、これ以上お手を煩わせるわけにいかないわ」


 私は一礼だけして下がる。


 ミイ!

 うぉう!


「あ、ミイ、穴熊さん」


 ミイと、例の澱みの方に行っていた穴熊だ。痺れを切らして戻ってきたらしい。


 ミイミイミイ!

 うぉううぉううぉう!


 ぐるぐるぐる。彼らはジーロの周りを勢いよく回る。


「お前らなぜいちいち俺の周りを回るのだ!! 分かった、分かったから止まれ、あの澱みも浄化しろというのだろう。向かうから止まれ。イリヤも来るか。生き地獄は、調子の戻ったおばあさまが見せておいてくれるそうだ」

「僕も、いきじごく見ます!」


 すかさず言い返した甥の前に、ジーロが跪く。


「地獄など、お前はまだ見なくていい。お前は無垢な子供時代をもっと満喫するべきだ。我が一族の当主はお前に、しっかり報いを受けさせると約束した。どうか、信じてやってくれ」


 う、とイリヤが黙り、そしてじわりと涙ぐむ。悔しいのだろう。しかしジーロの言うことに従うほかないと理解もしている。ジーロはそんなイリヤの頭をポンポンと撫でた。


「姉上は……残るのだな。言っておくが、これ以上余計な慈悲は要らんぞ。……今度こそ、何もかも吐かせてやってくれ。そいつのためにも」

「はい、もちろんです!」

「解っているのだろうな、これでうまくいかなければ、今度こそ『異界娘』の出番だぞ」


 ひゅ、ミリナの喉が鳴る。随分と怖がらせてしまったな…。


「脅すようなことを言ってすまない。本来、あなたには兄の味方をしてくれたこと、誰も嫁ぎたがらぬ貧乏辺境家に嫁ぎ、尽くしてくれたことを、ただただ感謝せねばならんのにな…」


「いいえ」


 ミリナはゆるゆると首を横に振った。


「感謝するのはこちらの方でございます。我がカーマ男爵家は『武のサカシータ』と名高いかの一族と縁を結べることを、大変に喜ばしいことと捉えておりました。どんな伝手であれ、父も行き遅れかけていた私に良い縁談を用意できたと喜んでいましたし、既に結婚した二人の姉も心から祝ってくれました」


「ミリナさん…」


 オーレンとザラミーアが申し訳なさそうにつぶやく。


 ミリナは家族に大事にされて育ち、門出を祝福された、幸せな令嬢であるはずだった。

 結婚後すぐに、王宮騎士団長であったカーマ卿は政争に敗れ、粛清の対象となる。父と帰る家をなくしたミリナは、自身も嫁ぎ先で何年も不遇な目に遭うことになった。


「喜んだのは家族ばかりではありません。女の身ながら騎士に憧れ目指していた私にとっても、英雄『アカイシの番犬』『アカイシの女帝』と評される方々を父母と仰げること、その長子に当たる方に嫁げることは、この上ない名誉でございました。当時も今も、その考えは変わっておりません」


 ビシ。先ほど狼狽していた姿は嘘のように、彼女は瞳に火を灯し、凛々しい騎士の立ち姿を披露する。


「夫となる人の態度に、落胆しなかったと言えば嘘になります。ですが、私は嫁いだ者としての使命を途中で放棄することを厭いました。サカシータの名を背負うこと、よき子を産み育てること、夫となる人を支えること」


 くるり、ミリナはイアンの方に振り向く。


「魔獣達のお世話を任せていただいた時は、私、とっても嬉しかったんですのよ。あなたのお役に立てる、私もサカシータ家の嫁としてチャンスを与えていただいたのだと、そう喜んでいたの。たとえあなたにどんな思惑があろうとも、この気持ちは嘘になりません。そうしてこの子達の生育に関われたことは、私にとってかけがえのない、一生の誇りとなりました」


 そしてミリナは騎士の姿勢のまま、胸に手を当てた。


「この子達を喚んで私に引き合わせてくださったこと、そしてイリヤという宝物を私に授けてくださったこと。心より感謝申し上げます、イアン・サカシータ様。あなたなくして、このご縁はなかった」


 妻が夫にというよりは、一人の武人が武人相手に礼を尽くすように、彼女は深々とイアンに頭を下げた。




つづく

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