何度聞いても笑えますね
「や、やめろ、殺せと言っているだろうが…!」
「ふふっ、そう言えば殺してもらえると本気でお思いなんですかねえ」
もしかしたら、この牢の中では自死もできない仕様なのかもしれない。それもまた暴れた理由の一つだろうか。
「いやー、美人ってみっともなくても美人なんですね! イジメがいありそー」
ふひひひひ。うちの影はいやらしい顔をさせたら異世界一かもしれないな。
「待って待って待ってミカさん待って」
「ミカ様! サゴシ様も! やめてくださいませどうか、どうか…!!」
私は縋ってくるオーレンとミリナを一瞥する。
「え、やめていいんですか? 残らず吐かせないことには牢から出すなんて夢のまた夢ですよ?」
「えっ、そ、それは……そうなのですか?」
「手短に済ませますから安心してくださいね」
にこ。
「あ、じゃ、じゃあ、よろしくお願いしま」
「ミリナさん丸め込まれないで! どんな凄惨なことをするつもりか分からないんだよ!? イリヤもいるのに!!」
「そうでした! ミカ様どうか」
「ミカさま、早くいきじごくやってください!」
「イリヤ!?」
「私も興味があるわ。早くやって見せてちょうだい」
「ザラミーアお義母様!?」
ドドドドドドド。
「ホッタ殿おおおお」
「あれ、ジーロ様。もう戻ってきたんですか。浄化はできました?」
「できるわけなかろうが!! まずやり方が分からん! というか何だあの澱みは! 何度吐きそうになったか! ザコルと穴熊は俺をぐいぐい押してくるし、あいつらは何で平気なんだ…っ」
「うんうん、感じ方って人によって差がありますよねえ」
「そういう問題か!?」
「あの人達は闇に耐性があるんですよ。おそらく、呪いとかそういう類のものにも」
「ジーロ兄様」
「ひょっ」
耳元で名前を呼ばれたジーロが跳び上がる。ザコルだ。
「どうして逃げるのです。早く浄化してください」
「やり方が分からんと言っているだろうが! 逃げたのではない。ほら、先達の、魔法士の意見を聞きにきたのだ」
先達の魔法士ということで、ジーロは私を示した。
「先達、ですか。ミカはこの世界に来て一年も経っていない、赤子同然の者だとジーロ兄様もそうおっしゃっていたではないですか。参考になる意見など出せるわけがないでしょう?」
はん、と鼻で笑うザコル。面白がっているな…。
「前言撤回だ!! この者が赤子同然? 冗談じゃない!! 自分で『何も知らない姫役』をしているなどと言う赤子がいてたまるか!!」
「ふはっ、何も知らない姫役とは。何度聞いても笑えますね。流石は僕のミカ。冗句も一級品だ」
「…ちょっと待て。赤子同然だとか、何も知らない姫役だとか、そんな話は塔の外でしていたはずだ。お前、どこでそれを聴いて…」
「あんな大声で騒いでいれば、地下からでも丸聴こえですよ」
「そうかそうか丸聴こえか。ああ、つくづく敵に回したくない弟だよお前は!」
スタスタ、ザコルは私の隣にきて頭を抱き寄せ、髪に頬を擦り付けた。ザコルはこれを、闇の力を中和したい時にやりがちだ。
自覚症状はないようだが、ずっと瘴気に当たっていて体調に変化があったのかもしれない。
「冗句て。実際、私なんにも知らないですよ。ここへきて初めて知ることばかりですし」
「そうでしょうね。しかし、その初めて知ることばかりのミカを前にすると、どうしようもなくおのれの無知を実感するんです」
「それは、何か解る気がするな…」
「力を誇示しているわけでもないのに、その存在をまるで無視できない、意見を求めずにはいられない。僕のミカは全く底が知れなくて最高だ」
「俺達の姫様ですよ猟犬殿ー」
「僕のミカです」
すりすり。ザコルは私に頬擦りしながら牢の中で座り込むイアンを一瞥した。
「確かに、ここにいるのは少しの魔法を得ただけの『異界の小娘』です。実際、その少しの魔法で精神崩壊を免れたイアン兄様ならよくお解りでしょう」
ニコォォ。
別にフォローしてくれなくとも傷ついたりはしていないのだが、私が侮られて怒ってくれるのは素直に嬉しい。
「ご存じかとは思いますが、この女はどんな強者相手だろうとも一瞬で血を沸騰させて殺すことができますし、苦痛だけを与えた後に一瞬で『無かったこと』にもできます。それを何百回と繰り返すだけの魔力量もある。しかし普段それをしない良識をも持ち合わせていましてね、まさに聖女と呼ぶにふさわしい存在なのです。よかったですね、イアン兄様。きっと、考えうる限りの中で一番『やさしい』方法で締め上げてくれますよ」
「それがですねザコル、皆さん早く牢から出してあげたいからって、手短に済ませるのをご所望みたいなんです。なので私も仕方なく手段は選ばないことにしました。ね、サゴちゃん」
うぇーい、とサゴシが舌を出して変なポーズを決めている。いちいち気持ち悪くて最高だ。
「そうですか、皆のためにそうしてくれるのですね。やはりあなたは慈悲深い」
すーりすりすり、こっちはこれ見よがしに甘えてくる。いちいち当てつけがましくて最高だ。
「ジーロ様。コツをお聞きしたいとのことですが」
「え、ああ……」
「魔法を使うにはとにかくイメージが大切です。『浄化』なら目の前の対象を『穢れ』とイメージするのがいいのではないでしょうか。ジーロ様はツルギの番犬として、下界の穢れを決して山に持ち込ませないのだとおっしゃっていましたよね。あの澱みも、早く綺麗にしてしまわないと瘴気が大地に染み出し、大事なものが全て穢れてしまうんです。あなたの手にはそれを祓うだけの力が秘められている。さあ、いかがでしょう」
「…なるほど、全てが穢れる、それはよろしくないな」
ジーロは感触を確かめるように、自分の両の手を開いたり握ったりする。
「丁度、ここに穢れているっぽい人が捕まっています。実験なさってみては」
ぴく、イアンが眉を上げる。
「ジーロ様は浄化? という魔法がお使いになれるんですね! それならばイアン様も凍えずに済むのでしょうか」
ミリナがジーロに期待の視線を送る。
「本当にそんな魔法が使えるのか俺にもよく分からんのだが…。あのネジの飛んだ異界娘に尋問させるよりはマシかもしれん。試してみるか」
ジーロはイアンに手をかざして目を閉じた。
つづく




