それでこそ俺達の姫様だあ
「あーもう俺に攻撃してくんなって! ちゃんと連れてきてやっただろってほらそこにミリナ様いるじゃんかよおおお」
サゴシが魔獣に追い回されている。どうやらミリナ誘拐の嫌疑をかけられている様子だ。
「ほらほら、うちのサゴちゃんはミリナ様を拐ったりしてないよ。ストップストップ」
うぉう…。
暴れる猿型のジョジーと、その他小型の魔獣達を抱えた穴熊達も合流する。
「わあ、穴熊さん達も傷だらけ! ほらみんな、ミリナ様はあそこだよ、穴熊さんは連れてきてくれただけだから暴れないで!」
私が指し示した方向に確かにミリナはいた。が、彼女はふらりと傾き、ドッと土の床に膝をついた。
「ミリナ様!?」
「ミリナさん!!」
「母さま!!」
近くにいたザラミーアがミリナに駆け寄り、イリヤと魔獣達も一斉に駆け出す。
「いや、いや、殺さないで、いやあ…!」
ミリナが頭を抱えて蹲る。イアンと同じ症状だ。
「おまえ、また母さまをころそうとしたな!」
イリヤはミリナを支え起こそうとしながらイアンを睨む。魔獣達も一斉に唸り声を上げた。
「ち、がう、早く、あっちへいけ、そいつを…!」
イアンは一度は押し付けられたミリナの上着を格子に投げつける。
「ミリナさん、だから言ったでしょう、牢の中の影響を受けるからもっと離れてちょうだいって!」
「母さま、あっちへいこうよ!」
ぐい。
「あぅっ」
イリヤに腕を掴まれたミリナが小さく悲鳴を上げる。
「イリヤ、落ち着くんだ、ミリナさんの腕を一旦離して」
オーレンが牢の方に駆けつけようとすると、ミリナはすぐに立ち上がり、青ざめ、より一層首を横に振った。
「来ちゃだめ、殺さないで!」
「えっ、僕は君を助けようと」
「この人を殺さないで、いや、死んじゃいや、いや、もう、誰も死んじゃいやあ…!」
ミリナは牢の格子に背をつけて泣き崩れた。どうやら、当主であるオーレンがイアンを殺すと思っているらしい。
「ええ分かったわ、イアンさんは殺さないから大丈夫よ、だから行きましょう、ね、ミリナさん」
「母さま、これがころされるのがイヤで泣いてるの…!? わるい父さまだよ!? ねえどうして」
「イリヤくん落ち着いて、ミリナ様、イアン様は私が中和しますから大丈夫!」
ビュオオオオ、私はダイヤモンドダストをブリザードのようにしてイアンに放つ。
「う、ぐ…っ」
一度融けた霜柱が再びイアンの肌に立った。
「きゃあ…っ、これ以上はっ、凍えてしまうわ!」
「大丈夫ですって。サカシータ一族が寒さで死ぬなんてことないでしょ。あ、そうだ、寒いんだったら逆に水蒸気を全部沸騰……ここがサウナになっちゃうかなあ。イアン様、凍るのと茹で上がるのどっちがいいですか」
「ささ…っ、さっさとこ、こ、殺せ…!!」
「だから凍るのと茹で上がるのどっちが」
「ミカさんミカさん、どっちも死刑宣告だよそれ」
「あ、いえ殺すつもりはないんですけど」
ただ、ザコルの敵だと思うとどうしても雑な扱いになってしまうだけだ。
「君は全く、慈悲深いんだか無慈悲なんだか…。仕方ない、あと少しだけ待って、陣が止まらなかったら牢から出そうか」
「お義父様…!!」
「オーレン! ですが…っ」
ザラミーアは私の方をチラリと横目に見た。私の治癒能力がバレている者を牢から出せない、そう言いたいのだろう。
私はイアンにダイヤモンドダストをぶつけるのをやめた。
「うーん、じゃあ、手短に。イアン様はどうして今頃になって暴れる気になったんですか? シータイでも暴れようと思えば暴れられましたよね。まあ、あの屋敷、ザコルもザッシュ様もロット様もいましたから、暴れても即鎮圧だったでしょうけど。それを言ったら今も同じような状況じゃないですか?」
ニヤリ、イアンは顔を歪める。
「それは、お前の、秘密を握ったからだ。それを持って然るべき場所に行けば、きっと」
「嘘ですねえ」
「…っ!?」
私ごときの威圧に怯まないでほしい。それでも世界で最も頑強な一族の末裔か! とか言ってやりたくなる。
「手短にと言ったじゃないですか。あなたは私の秘密なんてなくたってやっていけるでしょう。何といっても召喚魔法陣が描けますし、曲がりなりにもサカシータ一族、そこらの兵士じゃ太刀打ちできないくらいの実力もありますよね。脱獄さえできれば、王都にひとっ走り、いつでも返り咲けます。で、何で今更暴れる気になったんですか?」
「フン、聖女の次は尋問官気取りか? 異界の小娘が、少し魔法の力を得たからといい気になりやがって」
「サゴちゃん」
「ほーい」
シュタッ。私がダイヤモンドダストをぶっ放していたために、部屋の隅に避難していた忍者が戻ってきた。
「やっておしまい」
「え、いいんですか。重ねがけなんかしたらマジでヤバいですよ」
「大丈夫。この人、この後に及んで肝心なことは言ってない。それだけ強靭な精神を持ってるんだよ。流石だよねえ、やっぱりこの一族は強い」
目の前のイアンからヒュ、と喉が鳴る音がする。横で見ていたサゴシには「ひぇ」と悲鳴を上げられた。知らず知らずのうちに笑っていたらしい。口角を揉み揉みして誤魔化す。
「さあ、生き地獄を味わってもらいましょうか。大丈夫、脳が損傷してもすぐ元に戻してあげますからね」
ニコォォ。結局笑うのは我慢できなかった。
「ヒューッ、サイッコー!! それでこそ俺達の姫様だあ…!」
じゅるり、サゴシの舌なめずりが暗い牢の中に響いた。
つづく




