畑の水やりじゃないんだからさあ
「ジーロ様ああああ」
「なんだなんだ、もう戻ってきたのか。澱みとやらは見つかったのか?」
「ジーロ様って、神徒ですよね?」
「はあ? 神徒?」
ミイミイミイ!
うぉううぉううぉう。
ぐるぐるぐる。
私とミイと穴熊でジーロの周りを回る。
「やめろ止まれ俺にたかるな何の儀式だ。神徒とは、メイヤー教の過激派どものことか? 俺が? そんなわけなかろう、な、何をする、ちょっ」
ザコルと穴熊に両脇をガッと固められ、ジーロは引きずられていった。
「ミカさん、ジーロが神徒? 一体どういうことなんだい」
「オーレン様、最近ジーロ様のステータスってご覧になりましたか?」
「ステータス? 社会的地位のことかい?」
「いえ、能力値のことです。恐らくですが彼、闇の力に対して『浄化』が使えます」
「えっ、浄化? 悪魔祓いができるってことかい? 前はそんな…」
「オーレン」
んぐ、ザラミーアの指摘でオーレンが口をつぐむ。ザコルは普通に私達に喋っていたが、彼が人の能力を数値で見られるらしいことはやはり機密事項なのだろう。
「資質のある人は後天的に能力を得られるみたいですよ、ミイから聞きました。ただ私には資質がないそうで、似たようなことをするとしたら闇じゃない魔力をぶつけて無理矢理中和するしかないんですけど…」
「中和…。さっき、イアンにダイヤモンドダストらしい冷気をかけてやっていたのは、そういうことだったのか」
「はい。あの空間だけ中和しました。かくいう私もよく分かってないんですが、ミイがそうしろって言うから」
「イアン様…っ」
ミリナの切羽詰まった声が聴こえる。イアンは再び頭を押さえて蹲っていた。
「効果が切れてきたみたいですね」
私は石板をいじくるザラミーアの方を伺う。
「ダメ、やっぱり止まらないわ…。ミカ、申し訳ないのだけれど、もう一度お願いできるかしら」
「はい。では」
私はスタスタとイアンの牢に近寄り、片手をかざしてダイヤモンドダストを発生させる。イアンの呻きは止まったが、今度は寒さで震え出した。
…違う苦痛を交互に与えている気になってきた。相手はイアンとはいえ、ちょっぴり良心が咎める。
「時間が惜しいので、このまま話してもいいでしょうか」
「ああ、いいけどさ。というか君はまたそんな、貴重な魔法を片手間に…。畑の水やりじゃないんだからさあ…」
「二度も発生させれば少しは慣れますよ。オーレン様、この迷路のある一角に膨大な魔力溜まりのようなものができています。漏電か水漏れみたいなもので、それがあふれて逆流でもしているせいで陣が止まらないのでは、と穴熊さんは推察しています。ここからは私の主観になりますが、単に闇の力が溜まっているだけでなく、別の悪いものに変質しつつあるように見えました」
「別の悪いもの?」
「はい。何とも言えないんですが、例の魔封じの香を嗅いだ時と印象が似ていまして……」
「うーん、魔封じの香ってあれだよね、まさかとは思うけれど、君がそう言うのなら軽視はできないなあ…」
穴熊は随分前からオーレンに進言していたようなのに、どうして聞いてやらなかったんだとモヤりつつ…。穴熊だけでは原因や対処法を具体的に示せなかったようなので、仕方ないのかもしれない。
私はダイヤモンドダストを出すのをやめた。ずっと出していてもいいが、あまりやりすぎるとイアンが凍死しそうだ。
「あの澱みにも私の魔力をぶつけて中和すればいいと思ってたんですが、どうやら泥に水を差すような真似にしかならないみたいなんです。そこで『浄化』です。あの澱みの性質自体を改善できるのであれば、その後に魔獣達が食べて嵩を減らしてくれるかもしれません。で、その魔獣達なんですが、ミリナ様を追ってバラバラにここへ入った挙句、あちこちで迷っているみたいで」
「えっ、あの子達、ここに入って来ているんですか!? しかも迷って!?」
イアンを介抱しようと、自分の上着を脱いで格子の隙間に突っ込んでいたミリナが振り返る。
「はい。ミイには場所が分かっているみたいですが、あの子自身は壁を抜けられちゃうから迷路の順路とかまるで無視っていうか、案内にならないんですよ。数も多いし、迷路を完全に掌握している人で手分けして探した方が早いかなと。そこで、サゴちゃん」
「ほーい」
シュタッ。忍者が天井から降ってくる。
「いるとは思ったけど何でいるの。退避してろって言ったでしょ」
「やですよ。こんなやべーとこに姫様置いてけねーもん。ペータとメリーは出口付近に転がしてきたんで許してくださいよ」
「うん。ありがとね」
素直に礼を言うと、サゴシはニカっと人懐こい顔で笑った。
「で、迷路の地図は頭に入ってる?」
「もちです。もちもち」
軽ーい調子のサゴシにオーレンが溜め息をつく。
「目隠し耳栓までさせたのになあ…」
「この子もまた規格外な子ですからねえ。サゴちゃんは魔法陣の外周近くから中心に向かって探していってくれるかな。見つけたらとりあえずこの中心部に集めて。澱みの辺りはスペースもないし『浄化』が発動してると危ないから近づかないようにね」
「了解でーす」
シュバ、忍者は再び天井へと跳び上がって消えた。…天井裏なんか無さそうなのに、一体どこに消えたんだろう。
「ミカさん、僕らは陣の中心から回っていこうか」
「ご協力くださるんですか? でも」
私はオーレンの脇に視線を移す。何があったのか、憮然とした表情で頬には涙の跡もあるイリヤがすっぽり収まっていた。
「イリヤ、君のきょうだい達を探しにいこう。あっちもきっとミリナさんや君のことを探しているはずだ」
オーレンは魔獣達をイリヤのきょうだいと呼ぶ。イリヤも魔獣達を『僕と同じ、母さまの子たち』と紹介していたので、敢えてだろう。
「ミリナさんなら大丈夫。今のイアンではあの格子を壊すこともできないよ。大丈夫、必ず、報いは受けさせるからね」
やはり、私達が席を外している内に一悶着あったらしい。イリヤは拗ねているようにも見える。この場から離れた方が気持ちが切り替わるかもしれない。オーレンもそう考えているのだろう。
「…母さまも一緒に」
「ミリナ様にはここで待ってもらおうよ。サゴちゃんの方が先に何匹か連れてくるかもしれないし。終わったら、みんなで蜂蜜牛乳飲も。ね?」
私が手を出せば、彼はしぶしぶといった様子で握り返した。あんなにピュアピュアだった子が、こんなに反抗的な顔をするなんて。しかしそんな顔でも差し出した手を取ってくれるあたり、根の素直さは失われていない。
オーレンは大人しくなったイリヤをやっと床に降ろした。
と同時に、一度退避させていた穴熊四人が迷路の外から戻ってきた。
オーレンも魔獣捜索に加わってくれるとのことだったので、呼び寄せた四人の穴熊を二チームに分け、オーレン、イリヤ、私の三人組とは別行動してもらうことにした。
ついでなので、この深部のさらに奥に、若い女性が収容されているらしい件についてカマをかけてみた。
見事に引っかかったオーレンが渋面になったところで、
「あ、そーだ! ザコルはいいのかい、君の側にいなくて!」
と彼は話題を変えた。
本人にはとても言えないが、相変わらずのチョロさだ。オーレンが当主の仕事の半分以上を妻達に預けている理由や、話し合いへの腰の重さの理由が何となく解る。
「あの澱み、私が目眩を起こすので近づけたくないそうです。なので代わりの護衛として穴熊さん達を呼び戻してました。魔獣達の捜索にも必要でしたし」
とはいえ、浄化が成功しているかどうか正確に判断できる人間は私しかいない。しばらくしたら様子を見に行くつもりだ。
「目眩だって? 大丈夫かい、あの香を嗅いだ時と同じ感覚がしたようなことを言っていたね」
「魔力が抑制されるような感じはないので大丈夫です。なんていうか、脳に直接くるみたいな感じがするんですよね…」
「イリヤ、後で僕達もそれを見に行こう。ジーロが本当に『浄化』できるんだったら、綺麗さっぱり消えてるかもしれないけど」
あの瘴気の量とミイの意見を鑑みるに、よほど強い力でも持っていない限り一度に浄化するのは難しいのではと思う。だがジーロのポテンシャルもまた未知数だ。どうなっているかは見てみないことには判らない。
「あっ! あそこにいます!」
イリヤが指差した曲がり角にモフモフとした影が見えた。
「本当だ、本当にいた」
「だれかな、僕だよ、イリヤだよ!」
きゅう!
ドドドドドドドド
「わーっ、トツだ! 止まって止まって!」
ズザーッ、猪型魔獣のトツは私達の眼前ギリギリのところで止まった。
ザコルの説明によると、このトツは走り出したら壁だろうが兵器だろうが進路上のものは全て破壊して進むという、まさに猪突猛進を攻撃スタイルにしているとのことだった。
きゅうきゅう。
ミリナあぶないこまる、ぜんぶこわしてはしる、しようおもてた。
「おもてたかあ…。実行に移す前に会えてよかったよ」
これ以上陣が壊れたらあの何が起きるか判らない。魔法陣が書き換わって変な効果を生み出す可能性もなくはないし、あの澱みが外に流れ出したりする可能性もある。
「トツ! まいごだったの、さみしかったよね、よかった」
イリヤがトツをギュッと抱きしめる。
きゅうきゅう。
ミリナのこ。トツいてよかたな。
トツは完全に私達を見つけてやったていである。
そんな調子で私達はあと数匹を確保し、先程のコクピット…もといイアンの牢の前に再集合することになった。
つづく
ちょっと書き足したというか、千文字くらい抜けてたので後半に加えました。
話の流れ的にはそう重要じゃないんですが、オーレンがチョロいことと、
猪型魔獣トツの鳴き声が「きゅう」だということが判る内容になっています。




