いいんですよそれは
「この塔すよね、マジで破壊するんすか」
「破壊は最終手段だよ。するとしても、扉の一つくらいで済めばいいんだけど」
私達は邸の中を経由することなく、例の階段が壊れているという塔の前に外から直接来ていた。
前にサカシータ子爵邸警護部隊、部隊長ビットがカリュー出身騎士のオオノとともに案内してくれたルートだ。
「この塔はただの見張り台のはずだ。ここからは邸の敷地全て、そして中央…領都ソメーバミャーコが一望できるらしい。防衛上必要な塔なので子供は入るな近づくな壊すなと厳しく言われていて、大人になった今も入ったことはない」
「へへっ、壊すな、ってとこがサカシータ家らしーすねえ」
どう見ても堅牢な石造りの塔である。これを子供に『壊すな』と注意する家が他にあるはずもない。
当然だが入り口には鍵がかかっている。どこかから入れないかと、私達は塔の周りをうろうろと見分した。
塔の壁に不自然な点はない。しかし積雪が多いので地面近くのことは判らない。一周回って手掛かりが見つからなければ、魔法で塔の周りの雪を溶かしてみようか、と算段をつける。
「私達は階段が壊れていて、騎士や使用人は立ち入り禁止になっていると説明されています。防衛上必要な塔であるというなら階段が壊れたまま放置というのは不自然ですね。特に、今は穴熊さんがいっぱいいますから」
「あいつら、壊れたとみるや喜んで直しに来るからな…」
誰が報せたわけでもなさそうなのに、壊れてしばらくすると適切な資材と道具を持ってハイホーハイホーしてくる穴熊達。この塔も、単に階段が壊れただけならばすぐにでも直してくれただろう。
「ザコルによれば、この下に罪人を収容できる施設があるそうです。昨日、ジーロ様が邸にいらっしゃる前にこのあたりから大きな音がしています。ね、イリヤくん」
「はい。僕もききました。ドーンって、何かがこわれるみたいな音。そのときもビットがきて、おへやからうごかないでって言ったんだ」
「音がしたのは塔の方角だとおっしゃったのはザコル殿です。トラブルが起きたのがここで合っているのならば、ザラミーア様は昨日もこちらにいらしたはずです。オーレン様が駆けつけて解決したと、執務メイドの一人から報告を受けております」
「そうか、もう少し詳しく聞けるか」
「もちろんでございます」
私とイリヤの証言に加え、完全記憶を持つタイタがそれまでの経緯も含め、詳しい状況をジーロに説明し始めた。
「イリヤくん、気になってたんだけど、どうして昨日の音がイアン様が暴れた音だって思ったの?」
「雪がっせんのとき、きしがうわさしてたんだ。『きのうの、ずいぶんなあばれんぼうをしゅうようしてるんだな』って。いま、おりに入れられているのは父さまでしょう?」
「本当賢いねえ、君は。まあ、他にも入ってるけど、あんな大きな音立てて暴れられるのは彼くらいかもね…」
「他に入っているというのは誰だ、知っているのか?」
ジーロがこちらの話に入ってきた。
「私達と一緒に護送されてきたのはイアン様と、シータイの町長屋敷に勤めていた元執事長、あとは男性使用人の一人です。執事長と使用人の罪状はある物の密造と密売と業務上横領疑い、それから大量に捕まっていた曲者達を脅した上で解放し、町中で戦を起こさせたことです。屋敷の地下牢も暴かせようと仕組んで、屋敷の一階部分がめちゃくちゃになりました」
「それはまた色々とやらかしたな…。自棄にでもなっていたのか?」
「あと、メイド一人そそのかして姐さんを誘拐させた、な。一番の罪状はそれだぞ」
エビーが忘れんなよ、と釘を刺すように突っ込んだ。
「誘拐だと!? お前、そんな目に遭っていたのか!?」
「えっ、話してませんでしたっけ。まあ、いいんですよそれは」
「いいわけないだろうが何もされんかっただろうな!?」
目を剥いたジーロを見たイリヤが不安そうに大人達の顔を伺う。
彼がシータイに来たのは例の誘拐事件や戦の後のことだ。終わったことだし子供を不安にさせるのも、と誰も説明していないに違いない。
「何かしたのはこっちですよ。患者のフリして屋敷に潜伏してた男性も共犯だったんですけど、彼の方が大怪我でしたからねえ。私は拳が一瞬イカれたくらいであとは何も」
「…お前、自力で解決したのか」
「え、はい。あ、でも、私は実行犯の彼とあと一人のしたくらいで、待ち受けてた邪教徒の半分以上はメリーがのしてくれました」
「メリー? ああ、あの若い影の女か。やけにお前に心酔している様子の」
影を付かせていたのならさっさと解決したのも納得だ、とジーロが溜め息をつく。そんなジーロの肩をエビーが叩く。
「ちなみに、元執事長にそそのかされたメイドもメリーで同一人物すよ。そん時は影なんか付いてませんでした」
「はっ、はあああ!?」
一度落ち着いたジーロがまた声を荒らげる。
「おまっ、どうして実行犯が実行犯をのして、いや、お前! 誘拐の実行犯を側付きにしているのか!? 正気か!?」
「人事はイーリア様ですが」
「おい穴熊あああむがっ、やめっ」
タイタとエビー二人がかりで口を押さえられそうになり、ジーロが抵抗する。
「止めるなお前ら! あの母には一言物申してやらねば気が済まん!!」
「まあまあいいんですよそれは。メリーはあれ以来私の味方です。ザコルもすぐ追い付きましたし。その後、すぐ大量の敵がなだれ込んできたというか、本格的な合戦状態に突入しちゃってそれどころじゃなくなって」
「おまっ、戦があったとは聞いていたがその前線に立っていたのか!? 何が何も知らない姫役だ! どうして無傷でいる!?」
「まあまあ、ザコルがいたら無傷もやむなしですよ。元ザハリファンのつよーいお姉さん達も盾になって戦ってくれてですね」
「なっ、ザハリファン!? よりによって!? いや、だから、ザハリのファンもザコルの敵みたいなものだったろう、どうして敵がお前達に寝返って死守するような真似を!?」
「女のひとはみーんなミカさまのよめです! ジーロおじさま!」
「またそれかっ、ザコルもそう言っていたが何の冗談だ!?」
わーわーわー。
そんな感じで大騒ぎしていたら、塔の上階に設けられた小さな窓からひらりと誰かが落ちてきて、ズボッ、と雪にハマった。
つづく




