とても国が有事のさなかとは思えんぞ
「うーむ卵料理は奥が深い、でも水を牛乳に変えたりしたら別物っていうかオムレツっていうか負けな気がする…」
オムレツだなんて、甘辛い和風料理を作りたかったはずなのにもはや普通に洋食である。
しかもオムレツにしたらソースにこだわりたくなってしまう。だがここにはトマトなどない。ケチャップが作れないならホワイトソース系で攻めるか…。いやいや、出汁巻きを作ると決めたのだ、諦めるのは良くない。
「刻みネギでも入れてみるか…いやいや、ネギ入り卵も好き嫌いあるしな…」
醤油というキー食材がない以上、それに代わる旨味が必要だ。キノコがあれば出汁を取ろうと考えていたが、よく考えなくともこの真冬の雪国にキノコなどあるわけがなかった。乾燥させたものなら少しはあったが、出汁なんかに大量投入できるほどの量はない。
「野菜出汁も青果が少ないから無理あるしなあ」
「姐さん、目の前の食事に集中したらどうすか」
「あ、ごめん」
今日の昼食はポトフとパンとチーズだ。それに加え、私が作った出汁巻きもどきが並んでいる。角煮は少年達と共に、母親達が待つ部屋に鍋ごと送り届けた。
「てかダシマキ? これフツーに美味しいんすけど。なんかただ焼いただけの卵よりパサついてねーっつうか、ジュワッとするつうか、新食感つうか」
「新食感? ねえ、この世界ってオムレツもないのかな。牛乳かクリームを入れてまあるく焼いた、これくらいの大きさの」
私は手でその細長いレモン形を表現する。
「牛乳を入れて丸く焼いた卵ですか。過去にそれらしいものを他家の茶会で見た気もいたしますが、他家の集まりで出された料理には手をつけるなと親に言われておりましたので、味までは…」
王都の王侯貴族の間では、料理に贅沢品である塩や砂糖をふんだんに使って財力をアピールするのが流行っていたらしく、夜会や茶会で出されるものは軒並み塩辛すぎたり甘すぎたりしたようだ。
今は没落してしまったが、タイタの生家で、領地を持たず王宮出仕で生計を立てていたいわゆる『中央貴族』のコメリ子爵家では、そうした健康に悪いパーティ料理には手をつけないよう息子に指導していたと聞いている。
「卵を何個も使う料理自体が贅沢品すからねえ…。牛乳も手に入る家や地域が限られるんで、庶民の間じゃあんまり見ねえと思います」
「そっかあ、意外に珍しいんだ。じゃあ出汁巻きにこだわるのやめて次はオムレツにしよっかな。せっかく新鮮な生乳もあるんだし、確実に美味しくできるものの方がいいよね」
和食に限らず珍しい料理にこだわっているわけではないのだが、この世界でありふれた料理を私が作ってもしょうがないと思っている。その道の料理人に作ってもらった方が美味しいに決まっているからだ。
「僕はこれも好きです。ミカは、僕が甘い卵焼きが好きだろうと思ってこれを作ってくれたんでしょう?」
もぐもぐ。
「ふへ、ザコルはそんなに頬張って。そうですね、いい出汁が見つかったらまた挑戦しますよ」
「ダシ、ですか。何かは判りませんが、きっといいものなのでしょうね」
ほわ…。
決して出来がいいとはいえない出汁巻きをパクパクと美味しそうに食べてくれる人を今、無性に撫でくりまわしたくなった。
「平和だなあ…。とても国が有事のさなかとは思えんぞ」
ジーロが切り分けた出汁巻きを一切れ口に入れながら独りごちる。今日のランチは彼も一緒だ。
「オーストに何かあれば、この界隈はツルギとして再び独立するだけです」
もぐもぐ。卵焼きを頬張りながらするにはいささか物騒な話だ。
「お前はそのオースト国の取り締まり権限を預かる身だろうが、それに、今世話になっているテイラー家は王都にほど近い。我が家に支援などしてくださっていて、さらにはお前という戦力を手放していて本当に大丈夫なのか」
「主が、僕がいると余計な騒乱の元になると判断なさったんです。時が来るまではミカを護ってここにいますよ。また僕達が失踪しても困るからそこの二人が目付けとしてここにいるんです」
ザコルは追加の出汁巻きを口に放り込み、視線だけでエビーとタイタを示す。
「まさか、失踪されるなどとはもはや考えておりません。御用聞きが必要と判断して残らせていただいているだけでございます」
「てかオーストに何かあるとか縁起でもねえこと言うなよな、そうならねえようにお嬢が立ち上がったんすから」
「ほーでふよ! はへひあおほーははっへ」
ザコルの横で負けじと出汁巻きを頬張っているのは闇の申し子サゴシだ。どこかから出てきて列席している。
そういえば、彼は私の作ったものを食べて平気なんだろうか。出汁巻きは工程に魔法を使っていないので大丈夫だと思うが、以前は角煮の試食にも参加していた気がする。
「サゴシ殿、飲み込んでからお話しになっては」
ごくん。
「すいません。アメリアお嬢様だって頑張ってるんですって言おうとしてました」
「ジーロ様、そこでタイタに注意されている子はテイラーの隠密でサゴシです。シータイでつけてもらった影二人と一緒に身辺を護ってくれてます」
サゴシはその場でぺこりと頭を下げた。
「サゴシと申します。自分で言うのもなんですが結構怪しいヤツです。ジーロ様はお美しいですね」
「…なかなか面白い挨拶だな。褒め言葉はありがたく受け取っておこう。そちらのタイタという騎士殿は貴族家の出身か? 先程茶会の話が出たのでな。所作も洗練されているし、紳士の心得にも詳しそうだ」
「はい、ジーロ様。今は没落しておりますが、俺はいわゆる中央貴族の家の生まれでございます。我が家はザコル殿に粛清していただきまして」
「はあ? ザコルに粛清して『いただいた』!? 本当なのかザコル!」
「ほうへふ」
「頬張りながら返事をするな! お前もタイタ殿に再教育されろこの愚弟が!」
ごくん。
「年中野生化しているジーロ兄様には言われたくありません」
「何だと!」
「はは、ザコル殿もジーロ殿も、ありのままで充分に素晴らしい紳士でありますとも」
「そんなおべっかは」
「ジーロ兄様。タイタはこれで本心で思ったことしか口にしません。ありがたいですね」
ジーロは何か言い返そうとして、しかし気持ちを落ち着けるように、んんっ、と咳払いをした。
「いいかタイタ殿よ、この愚弟を甘やかしているのなら今すぐやめろ」
「まさか甘やかしているなどとは。むしろ甘やかしていただいているのは俺達の方でしょう、なあ、エビー」
「あー…まあ、そうすね。可愛がられてはいんじゃねーすか」
私達は、面白いというには少々変わりすぎているメンバーの紹介や、これまでの経緯などをジーロに面白おかしく話して聴かせた。
そんな感じで平和な時間は過ぎていった。
つづく




