紳士の嗜み
「カズはちゃんと私のフリできてるのかな、影武者コンテスト一位のピッタくん」
私はマイクよろしく、ピッタに拳を向ける。
「えっと、そうですね、背格好は一番似ているといえば似ているんですが…」
ごにょ、とピッタは言葉を濁した。
「ふふっ、その調子じゃうまくなりきれてなさそうだね」
「えっと……はい。内股なので遠目にも判ります」
「ぶふうっ、内股ポーズの私」
あのギャル後輩のことだ、誰かに注意されても直さないんだろうな。
「それから動きが目立ちますね。ミカ様に比べると」
「まあ、あの子は強いけどあくまで一般人、元々戦闘員や工作員じゃないからね。それくらいで当然…」
「ミカもあくまで一般人で戦闘員や工作員でもなければ元々格闘技をしていたわけでもないのにその道の玄人並みに足音や気配を消せますし影武者も得意ですよね?」
『それはそう!』
ザコルの指摘に、ツッコミ担当エビーとピッタの声がかぶった。
「僕が仕込んだといえばそれまでなのですが、僕はここまでに仕上げた覚えはありません」
「兄貴の言う通りすよ。弓ももう教えた俺より命中率高えし、姉貴はいい加減い自分のヤバさ自覚しやがれください」
「猟犬様とエビー様の言う通りですよ! 何なんですか、しばらく見ない間にまた短剣技の腕上がってませんか!? 魔法で起こした湯気を煙幕みたいに使う技まで編み出して! 私だって一応何年も工作員やってるのにミカ様が敵として現れたら逃走一択なんですけど!?」
「逃走一択て」
私は熊か?
「ピッタと言ったか。モナの工作員も兼ねているということだったな。リッキーは元気か」
『リッキー』
ジーロの言葉に、喧々と私に言い募っていた面々が動きを止めた。
「リッキー…とはもしや、うちの主、リキヤ様のことでしょうか…」
「はは、愛称だ。リッキーは俺をジーやんと呼ぶぞ」
『ジーやん』
今度は私も一緒に復唱した。
「そういえば僕もザコっちと呼ばれているんでした。僕は彼の愛称など知りませんでしたが」
『ザコっち』
エビーが吹き出し、女子達は俯いて震え出した。
リキヤ・モナ現男爵。会ったことはないがウェーイ勢であることは間違いない人物である。
「ゴーシ兄さま、あいしょう、ってあだ名とおんなじいみでしょうか」
「そーだろ、リコをリーちゃんとか呼ぶみたいなもんじゃね」
「リーちゃん! かわいいです! ねえタイタ、あいしょうって、かってに呼んでもいいのかな」
イリヤはソロバンを弾く手を止め、隣で教えてくれていたタイタを見上げた。ちなみにゴーシはその反対隣で文字の書き取りをしている。
「従兄であるイリヤ様がお呼びするのは問題になりにくいかとは思いますが、本来はお伺いしてお許しを得てからお呼びするのがマナーかと」
「そうなんだ、リコにリーちゃんってよんでいい? ってきけばいいんだね」
「それがよろしいでしょう。男性同士でも同じことですが、女性相手の時は特に気をつけて差し上げるべきです」
「? なんで女の子だと気をつけるの? それもマナー?」
「なんかめんどくせーな。リコなんか小っちぇーし、どーせわかんねーよ」
「ゴーシ様。いくらお相手が幼くとも、一人前の淑女として扱うのが紳士の嗜みでございますよ」
「しんしのたしなみぃ…?」
なにそれ、とゴーシが胡散臭そうに目を細めた。
「坊っちゃま方。タイタ様の言う通りになさった方が、将来女性におモテになりますよ」
執務メイドの若い子が少年達に耳打ちする。
「ふぇっ、も、モテ…!?」
すっかり照れ屋さんになったイリヤがぴゃっと飛び上がる。
「えっ、女の子にモテるようになんの? そっか、じゃあおれもこんどからそーする!」
「ゴーシ兄さま!?」
ほほ、とベテラン執務メイドが笑う。
「ゴーシ坊っちゃまはモテたくていらっしゃるんですねえ」
「うん。おれね、ファンとかはいらねーけど、好きになった子には、おれのこと好きになってもらいたいんだ。そしたらずっとずっとそばで守ってあげられるでしょ?」
『うっ』
ゴーシが屈託のない笑顔で放ったセリフに、執務メイドの皆さんが心臓をやられた。
言葉を失ったメイド達の様子を『微妙な反応』と取ったのか、ゴーシは少し不安そうに瞳を揺らした。
「えっと、ここじゃみんなやさしいけどさ、おれやっぱフツーじゃねえし、しらねーうちにこわがらせてきらわれるの、もうやだなって。だからさ、おとなになるまでにちょっとでもモテるようになってたいんだけど、へんかな…」
執務メイドの皆さんがブンブンと首を横に振った。
「変じゃありませんとも!!」
「ゴーシ坊っちゃまならきっと誰からも好かれる紳士になれます!!」
「へへ、そうかなあ」
ゴーシはへらりと照れくさそうに笑った。
「タイタさん、もっと『しんしのたしなみ』ってやつ教えてください。好きになる子のために、がんばっておぼえるから」
「ええ、もちろんでございますよ、ゴーシ様」
タイタはにっこりと笑って少年に一礼した。
それにしても、まだ会ったことのない、これから好きになる、その子のためにか…。
凄い、そんな誠実な小学生男子が他にいるだろうか。彼の爪、いや全身の垢を煎じて父親に飲ませるべきではないだろうか。
「…僕、はずかしいって思ったのがはずかしい」
「えっ? なにが?」
「ミカさまのいうとおりだった。はずかしがらないほうがカッコいいんだ…! ゴーシ兄さま、カッコいいです!!」
「えっ、そーかな。へへっ、おまえの方がカッコいいってか、かわいいしモテそーだけど」
「ゴーシ兄さまの方が世界一かわいいしカッコいいしモテるにきまってます!!」
「…ほめすぎじゃね?」
イリヤの従兄愛が少々重すぎる気がする。
お泊まりもしたとはいえ、ゴーシとはまだ会って二回目なのに。どんだけ初めて会う従兄弟に期待していたんだろうか。
「いやいやいや、絶対モテるに決まってますよね、系統は違えどお二人ともかなりの美少年ですし…。あのイーリア様とザラミーア様のお孫様だけあるといいますか」
「ゴーシ様とリコ様を見たら、猟犬様がかつて絶世の美少年だったというのも納得よ」
「似ている、というかそっくりだものね、同志というか会頭達に見せたら卒倒するに決まってるわ」
コソコソ、女子達が噂している。
「あの兄妹は賢明な母親達に似ているから可愛らしいのですよ。イリヤも然り。僕らとは魂の格が違うんです」
『魂の格…?』
聴き慣れぬ言葉に商会女子達が首を傾げた。
「…猟犬様って結構叔父バ…いえ、素敵な甥御様、姪御様ですね」
「でしょう?」
叔父バカな英雄殿は満足げに頷いた。
つづく




