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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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次のエンタメ要員

 チャカチャカ。


「ジーロおじさま、これはソロバンといって、けいさんのどうぐですよ」


 ソロバンをマラカスのように振っている叔父を甥が諭す。


「ああ、珍妙な楽器だと思っていたが、そうではなかったのだな。してイリヤよ。どう使うのだ」

「こうやって、たしざんします!」


 イリヤはつたないながら、ここ数日で教えた通りにソロバンの使い方を説明し、一桁の足し算の実演もしてみせた。


「すげー、よくその木のオモチャこわさないな。おれだったらすぐ…」

「ははは、気になるのはそこかゴーシよ。だが確かにそうだなあ、よく力の加減ができている」


 ソロバン塾を見てみたいというジーロにはゴーシもくっついてきていた。ちなみにミリナとララとルルはザラミーアに呼ばれている。リコも引き受けようと声をかけたら「かーちゃといくの!」と母親から離れず、結局ルルはリコを連れて行くことになった。

 懐かれたと思っていたのはこっちだけだったのかと少々ショックを受けていたら、妹の世話をしたことのあるエビーに「かーちゃんには絶対勝てねえすよ」と苦笑された。


「えへ、ありがとうございます、ゴーシ兄さま、ジーロおじさま。このソロバンね、けっこうじょうぶみたいなんだ」


 ソロバンは竹製だ。どうやら他の木材に比べて弾性というか粘性みたいなものが高く、少々衝撃を加えても割れたりはしにくいようだった。


「これも父上の『中途半端なアレコレ』の一つだったわけだ。どうだ商会の女子達よ、使えそうか」

「はっ、はい! 使いこなせれば、事務に革命が起きるかと」


 こくこくこく。代表して返事をしたアロマ商会職員ユーカに、他の女子も頷いてみせる。何となく動きがぎこちない。


「ユーカ、随分と緊張しているではないですか。次兄のことは僕や四兄を扱うように気軽に接してくれていいんですよ」

「いっ、嫌味ですか猟犬様! ですがそうですね、失礼いたしました。あの、ジーロ様は随分とお貴族様らし…いえ、洗練されていらっしゃるのでつい…」


 筋骨隆々というわけではないが鍛え上げられた長身に、イーリアとオーレンのいいとこどりをしたかのような顔面、波打つブロンド。振る舞いも気配りに満ちていて、今の彼はまさに貴公子だ。できれば邸に現れた時の時の仙人スタイルも皆に見てもらって『私達がお世話しました』と紹介したかった。


 加えて、ジーロは昨夜と同じく、ザラミーアが用意したという正装に身を包んでいた。貴族として間違った格好はしていないものの、誰もかれもが戦闘民族というこのサカシータ領においては、少々浮いた存在に見えてしまうのは致し方のないことに思われた。


「フン、僕は所詮野生児ですからね。シュウ兄様も貴族らしくなかったですし」

「そう拗ねるなザコル、俺はお前達のその野生みにこそ憧れてきたのだ。このヒラヒラした服も着たくて着ているわけではない」


 ザラミーアもドレスで隣に立ってくれないしな、と、ジーロは首元の繊細なクラヴァットをつまみ上げてみせる。


「その服しか着るものがないのでしたね。騎士団のものを借りてはどうですか」

「俺もそうしようと思ったのだが、あいにくと丁度いい丈のものがなくてな。デリーが昼までに直してくれると言っていた、俺のために。ふ、デリーも相変わらずいい女だ。俺はザラミーアの次にデリーが好きでなあ」

「デリー……ああ、デリーですか。兄様達の乳母をしていた侍女頭ですよね? 高齢の…」

「ああ。あの何でも許してくれそうな微笑み、幼い頃、何度も抱きしめてくれた柔らかくも逞しい腕。あれに恋せぬ男などいまい」

「デリーは既婚者ですよ?」

「そんなことは百も承知だ! 想うくらいいいだろうが!」


 ジーロは熟…いや、歳上好きなんだろうか。隅の方で黙ってソロバンを弾く執務メイド達の肩が震えている気がする。


「みんな、ロット様とは話した?」


 私が話を向けると、彼女達はパッと顔を上げた。


「ええ! アロマ商会ではカズ様のためにとリボンをたくさんお買い上げいただきました!」

「我がダットン商会ではカズ様のお髪に似合う花の意匠が施された銀製の櫛を」

「うちのピラ商会ではカズ様と飲むとおっしゃって、最高級の薔薇の紅茶を」

「アーユル商会はお売りするものがなかったんですが、何か不公平だからとモナ産の林檎酒を発注いただきました。カズ様を含む騎士団の皆様への差し入れだから、とびきり可愛く装飾するようにと仰せつかってます」


 思った以上に打ち解けていた。というかいいカモ…じゃなかった、もはや上得意客だ。

 ジーロは眉を寄せた。


「あいつ…。どんだけそのカズ様とやらに貢いでいるんだ」

「今まで山にこもり切りにさせられていたので、小遣いは余っていると言っていましたよ」


 余ったならザラミーアに返しておけよ、とジーロは長男より長男みたいな顔でぶつくさとぼやいた。


「まるで大天使様みたいなかんばせなのに、ギャップのある話し方がまた魅力的ですよね」

「解るわ、可愛らしいものが大好きでいらっしゃるし」


 ロットもイーリアの実子だけあって顔面偏差値はカンストレベルだが、中身はオネエなので女子達とは話が合うだろう。


「可愛らしいカズ様に翻弄されているご様子も目の保養と言いますか」

「民の皆さんもニヤニヤ…いえ、陰ながら見守られていて」


 すっかり次のエンタメ要員にされているようだ。民の皆さんも忙しいだろうに、相変わらずというか何というかだ。まあ、楽しんでいるのなら何よりである。




つづく

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