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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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素直でないなあ

 翌朝。


 よく晴れた明朝の空の下。邸に常駐する騎士団員達によって、あらかじめ除雪と雪の踏み締めがしっかりされた訓練場に私達は集合した。

 揃って行う走り込みや基礎鍛錬など一通りのコースを終え、今は各々得意分野の鍛錬に入っている。


 珍しく影の三人、サゴシ、ペータ、メリーが三人揃って、訓練場の隅っこで何か話している。何を話しているのか気になりはするものの、彼らにも内緒話の一つや二つくらいあるだろう。


 昨日は一緒の部屋でお泊まりしたらしいゴーシとイリヤとリコは、エビーとタイタ、そしてサカシータ騎士達と一緒になって雪合戦に興じていた。みんな雪まみれで楽しそうだ。


「まともな鍛錬なぞ久しぶりにしたな」


 ジーロが肩をコキコキと鳴らしながらこちらに歩いてきた。


「野生児先生の鬼畜人外メニュー、お疲れ様でした。山に住んでいたら敢えて鍛錬なんかしなくても一挙一動がトレーニングみたいなものですよね」

「ああ。野生とは野生であるだけで体を整える。貴殿は女性ながら素質がありそうだ。ぜひにと勧めておこう」

「情勢が落ち着いて周りが許してくれたら挑戦してみたいです」


 完全サバイバル生活か…。未知の領域だが、水源さえあればやれないこともないと思う。何せ私には便利な水温魔法がある。



「結局、昨日の父上は何だったのだ。ホッタ殿の話とは別に、何か話があって俺達を集めたのではなかったのか?」


 ジーロが私の隣で黙って立っているザコルの方を伺った。


「そうだとは思いますが…何だったのでしょうね。昨日に限らず、時間稼ぎのような真似に感じられて余計にイライラするのですよ」

「ふむ、お前が不信感を持つのも致し方ないな」


 八男に続き、心の広そうな次男まで父に不満を持ち始めてしまった。


「えっと、多分ですけど、中継されていることに途中で気づいたからではないでしょうか」

『中継?』

「はい。ご自分で呼んでおいて、とは私も思いますが、現在、シータイ、カリュー、そしてザッシュ様のお側に穴熊さんがそれぞれ配置されています」


 シータイに残っていた五人の穴熊はザッシュが連れて行ってしまったので、私に付けられた穴熊の中から二人ほどシータイに行ってもらっている。


「彼らも、私に付けられた手駒という以前にこの領のいち騎士団員ですから」


 立場的に逆らえない相手がいる。特に女帝とか団長とかだ。


 かつて穴熊の保護に関わったというイーリアは当然、彼らの能力の委細を知っているはず。ロットの方は何とも言えないが、彼だって曲がりなりにも騎士団長である。穴熊のことも戦力の一つとして密かに知らされている可能性は高い。

 その上で、穴熊の能力を私が利用することを見越し、オーレンや私が重要な話をする時に居合わせた際は密かに中継、もしくは聴いたことを後から全て報告するようにと命じたとするならば。

 何もせずとも向こうから内部情報が入ってくる、便利機関の完成である。



「…なるほどな、それはウマくない。共に誰が聴いているかも判らんということではないか」

「まあ、推察に過ぎませんが」

「当たっているのでは? ロット兄様がそんな事を思いつくかどうかはともかく、少なくとも義母やシュウ兄様は聴いていたでしょうね」


 八男の騎士団長に対する評価がひどい。


「…ザコルお前、ロットの味方ではないのか?」

「味方のつもりではいますよ。次は穴熊抜きで話すのでしょうか」

「またアポ取り直しですね」


 私に関する話だけならまだしも、オーレンの固有能力の話や、サカシータ家の当主継承に関わる機密が絡むとなれば慎重にもなるだろう。特に、オーレンはイーリアに一度出し抜かれたような形になっている。


「夫婦喧嘩は人を巻き込まずにしてもらいたいものだな」

「同感です」


 ジーロは空を仰ぎ、そして訓練場の一画で獣達と戯れ…いや、訓練をつけるお姉さんの方に視線を移した。


「本当に近々のうちに、ここへ来るんだろうな」

「はい。これ以上放置はしないと思います。少なくとも様子見には戻ってくるんじゃないでしょうか」


「で、だ。ホッタ殿よ。俺は貴殿に個人的に相談したいことがある」

「相談? 何でしょう」

「俺は、仲良くなりたいのだ」

「仲良く?」


 ピリ。隣の闇っ子が殺気立つ。


「違うぞザコル。ホッタ殿とではない」

「じゃあ、誰とですか? え、もしや」

「違う。何を考えているか知らんが違うことは判る。俺は『彼ら』と触れ合ってみたいだけだ。野獣でも家畜でもない、高い知能と誇りを持った稀有な獣たる彼らと」

「なるほど」


「どうして僕に訊かないんですか? 彼らとは戦友なのですが」

「お前の常識はアテにならん」

「………………」


 私は納得のいってなさそうなザコルの手を撫でくり撫でくりしながら思案した。


「コツは、下僕になりきることですね」

「げぼく」

「私は常に彼女の下僕たらんと心がけています。そうすれば殊勝な人間だと認めてくれますので」

「殊勝な人間」


 ジーロは理解に時間が要ったのか、顎に手を当てたまましばらく動きを止めた。


「絶対に彼女よりも優位に立ってはいけません。立てに立てまくるのです。間違っても将来、彼女を差し置いてこの地のトップに君臨しそうな人間、だなんて思われないように」

「……ふむ。なるほどな。俺が彼らに警戒される理由が判った気がする」

「はい。強そうですからね。実力的にも血統的にも」


 近々長男を除籍予定のサカシータ家次男だ。血筋だけでなく、長い年月を領境警備に費やし『ツルギの番犬』と称する彼の実力や実績が兄弟間の中でも生半可なわけはない。


「驕るつもりはないが事実はくつがえらんからな…。貴殿も、その魔力と実力では随分と警戒されたのでは?」


 つい先程、走り込みや弓引き、メリーとの手合わせを見られ『おま…いや貴殿は一体何を目指しているのだ』とジーロに呆れられたばかりである。


「ええ。ですが私は元々ザコルが従える魔獣の一匹だと思われていましたので、自然と彼女の配下ポジにスライドできました」

「魔獣の一匹…。そこは否定せんのか」

「私の魔力が人間らしくないとかで否定しても全然信じてくれません。まあ、別にいいんですよそこは」

「別にいいのか。潔い、というか寛容だなあ…」


 また呆れた顔をされた。人に寛容そうなのはジーロの方だと思うが。


「それで、強さは下手に隠さず、彼女の配下や下僕になりきれというわけか。だが、そういったあからさまな接待は『彼女』に対しては逆効果じゃないのか?」

「そこなんですよねえ、悩みどころは」


 はあ、思わず溜め息が出る。


「彼らには大袈裟なくらいの接待でないと通じないんですが、まともな感覚の人間には何のヨイショかと思われてしまうんですよね。常に側に護衛兼監視の子がいるので、彼女とだけ話す機会なんてのもほぼ無く、ぶっちゃけた話もしづらいという…」

「つまり、これからのことを考えると本人の意識を変える必要があるが、下僕になりきる以外のアプローチができず、いまいち成果が出ていない、ということか?」

「ご明察です。相手は誰よりも礼節とモラルを重んじる人格者で、謙虚を絵に描いたような人だというのに、あからさまな接待ヨイショのせいで困惑させてしまっているのが実情なのです」


「それは何というか、難しいな…」

「難しいんです。なので、同じく誰より大人でコミュ力の高そうなジーロ様に期待したく思います」


「おま…っ、貴殿まで俺に丸投げするつもりか? 父じゃあるまいし」

「ううっ、だってだって…っ! 私…っ、もう既に『世話になりすぎてる』『私をどうなさりたいの』って言われちゃってるんですよ! 私はもっともっとお姉様のお世話がしたいのにいいいいい」

「泣くな落ち着け。いや、悪かった、貴殿に丸投げしているのはむしろこちらか。うちの親どもがすまんな、俺も身内としてできることを考えるからそんなに泣くな。おいザコル、どうするんだ」

「ミカ、こっちを向いてください」

「ふべえ」


 ザコルにハンカチで顔を拭かれる。


「…そうだった、貴殿、その野生児の世話も押し付けられているのか」

「今世話をしているのは僕ですが?」

「はあ、うちの親どももだが、テイラー伯もこの世界に来たばかりの婦女子に何を背負わせて」


 ジーロがついに眉間を揉み出した。


「いえ、世話はお互い様なのでいいというか、むしろお世話はご褒美といいますか」

「僕ももっと世話をしたいです」

「私も……とまあ、双方譲らないので、こないだ話し合って分担表を作ったんですよ」


 例えば、朝のルーチンなら、カップに水を注ぎ手拭いを濡らして絞るのはザコル、それらを温めて出すのは私、片付けはザコル、その間にベッドや脱いだものを整えるのは私、という具合に細かく決めた。そうでもしないとお互い競い合うように家事をしようとして、ちっともゆっくりできなくなったためだ。


「互いの世話に分担表ときたか。まあ、お前ら俺の世話も嬉々としてしていたものな。世話好きなのはいいが、あまり引き受けすぎるなよ。父や母みたいのにタカられるぞ」

「もっと言ってやってください兄様」

「お前もだザコル。何も、シュウやロットのために代理で反抗してやることはないのだぞ」

「僕は父に文句をつけたいだけです」


 ぷい。


「素直でないなあ…」


 ジーロは歳の離れた弟に困った顔をする。いい兄ちゃんだ。



「ジーロ様。いい機会ですので、あちらにいる商会女子を紹介してもいいでしょうか」


 商会女子を紹介、変なダジャレみたいになってしまった。


「ああ、彼女達はザコルのファンの集いの関係者でもあるということだったな。どれ、俺のファンにもしてやるか」


 おどけたように言うジーロに笑う。

 本当にファンが欲しいわけでもなかろうに、私達に気を使わせないようにジョークを飛ばすのが彼流の心遣いなのだ。



つづく

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