野生たるもの
「で、姉上はそこから出られないままか。ははは」
「申し訳ございません…」
依然として魔獣バリケードの中から出してもらえず、部屋の隅で顔だけ見せているミリナである。
「いいか甥達よ。野生たるものあれくらいの警戒心を持っておかねばならん。俺のような面白い人間相手には特にな」
「おもしろいからけいかいしろだって」
「くふふっ、なあに、それ」
ジーロはイリヤに面白いと言われたのが気に入ったようだ。
実際、親戚に一人か二人はいるひょうきんで子供好きな面白おじさんみたいな人だ。年齢は確かイアンの二つ下、ザコルの八歳上だったか。大人が彼をおじさん呼ばわりするのは失礼かもしれない。
「後ろの弟など、久しぶりに会う実の兄相手に容赦なく背後を取って尋問を始めたぞ。最後は壁ごと吹っ飛ばされたしな。この弟こそは俺が知る中でも最も野生に近しいヤツだ。山で見かけても迂闊に近付かん方がいい」
「人を野獣のように言わないでください。大体、兄様が怪しい薬物を持ち込むからいけないんでしょう。話を聞いてやっただけでも身内の情けと思ってほしいです」
分かった分かった、と手をヒラヒラと振って弟をいなす兄。その肩にはゆるく編まれた三つ編みが乗っかった。リコがすかさず「みちあみ!」と声を上げる。
「カズさまも先生のことを『やせいの人』って言います。でも、先生もまじゅうも『やじゅう』じゃないですよ。ことばもわかってます」
「む、魔獣も言葉を解するのか? 失言には気をつけねばならんな。それにしても、魔獣を見るのはいつぶりか…」
ジーロはどこか感慨深そうに魔獣達を見渡す。ぐるる、ともれなく唸り声が返ってきた。警戒されてるなあ…。
「ジーロ兄様には領に魔獣がいた頃の記憶があるのですね。僕は、召喚の儀に立ち会った覚えがおぼろげにあるくらいで、子供の頃に触れ合った記憶はほとんどありません」
「俺も触れ合った覚えはないな。慣れた者達以外は不用意に近づくなと、父上からきつく言われていた」
ジーロとザコルは、割に気が合う方なのかもしれない。ザッシュやロットと話す時とはまた違う気安さや、遠慮のなさが彼らの間にはあった。
「…ゴーシ兄さまは、先生がわるい父さまと同じおかおでも『ちがう』ことをわかってました。すごいです」
イリヤはまた先程のことを思い出したようで、シュンと肩を落とした。
何か失敗したと思った時に他責、つまり人のせいにしたりしないところはイリヤの美徳だが、逆に自分を深く責める傾向があるので、周りの大人が注意してやった方がいいな、と心に留める。
「そりゃあ、おれんち、かあちゃんがふたごだし。にてるけど、なかみぜんぜんちがうんだぜ」
「そっかあ…」
彼らの会話をそれとなく聴いているララとルルが顔を見合わせてくすりと笑う。
「おれ、思うんだけど、ふたごだけど『ちがう』からアイツはザコルさまにイジワルしたんだ。同じじゃないのが気に入らないんだよ」
「同じじゃないのが気に入らない? ちがうは、だめってこと?」
「だめじゃない。でも、じぶんより、いいものたくさんもってるって、思ってたんだ、たぶん」
ゴーシはイリヤをじっと見る。イリヤはキョトンとゴーシを見つめ返した。
「イリヤはおれより下なのに足ははやいし、つよそうだし、べんきょうもできそうだし、おじいさまやおばあさまにもかわいがられてる…」
ゴーシは、気持ちを整理するかのように、思っていたことを一つ一つ口に出していった。
「ゴーシ兄さまもかわいがられてますよ?」
イリヤが首を傾げる。
「ああ、うん。そうなんだろうけどさ、おれから見たら、おまえの方がかわいがられてるように見えたってこと。でもさ、おまえって、ザコルおじさまと同じでさ、すげーがんばるヤツだろ」
「がんばるヤツ? えっと、がんばるのは、好きです。がんばったら、母さまがほめてくれるから…」
「やっぱそうだ。おまえは、がんばったからすげーんだ。おれと同じじゃない。おれは母ちゃんの言うことあんまきかねーし。でも、だから、おまえと同じになりたかったら、イジワルとか敵とか考えるより先に、がんばらなくちゃいけないんだ」
「…………」
「へへ、フシギそうな顔すんなよ。おれ、がんばるよ。おまえといっしょに、ずっと走ったり遊んだりしたいから」
じわ、イリヤの瞳がまたうるむ。
「あ、また泣いてんのかよ、イリヤは泣き虫だなあ。こんど、文字とかおしえてくれ。おれけっこうバカなんだ」
「ゴーシ兄さまはバカじゃないもん…!!」
「へへ、怒んなよ。ありがとな」
いーこいーこ、ゴーシがイリヤの頭をなでる。
もらい泣きした目をこすって、ふと母親であるララの方を見たら号泣していた。
「我が子が最大手…!!」
「台無しよ、姉さん」
リコを膝に乗せたルルが笑って宥めている。
不思議と、あの双子姉妹はザハリをそれほど恨んではいないのかもな、と思った。
「どうやら孫世代は俺達子世代の数倍は人間ができているらしいな。あの母親達に期待を寄せるのも頷ける」
コソコソ。
「そうでしょう。仮に僕らに子がいたとしても、きっとあのようには育ちません」
「全くだな。俺達では同じ『変人』が育つだけだ」
「ああ、それでシュウ兄様は僕が何か教えようとすると口出ししてくるんですね…」
「何か言われたのか」
「暗器のナイフを持たせたら普通の長剣にしておけと」
「……別にいいじゃないか、暗器でも剣でもなんでも。人を殺める武器に変わりあるまい」
「でしょう?」
コソコソコソコソ。
なるほど、ジーロとザコルは変人と揶揄される者同士、感覚的に通じるものがあるようだ。
「なんか、今までで一番仲良しな兄ちゃんじゃねーすか?」
私の後ろに立つエビーがそう耳打ちしてきた。
「うん、私もそう思った。ザッシュ様が一番仲良しなのかと思ってたんだけど」
「ザコル殿も前々から山に潜伏なさりたいとよくおっしゃっていますから、お気持ちが通じ合うのでは」
タイタも同調する。
「山にこもり気味なのは子爵様も同じじゃねーすか。あっちには反抗期してんのに」
「うるさいエビー」
ヒュン、かぎ針が飛ぶ。
「ははは。お前、反抗期なのか」
「別にそんなつもりはありません。今まであまり関心がなかったのが、少し関わってみたら無性にイライラする存在だと気づいただけです」
「まあ、反抗期でもなんでも無関心よりはマシだな。父上はいちいち傷ついただ何だとうるさそうだが」
「はい。何か言うと泣いて逃げます。もっとイライラするのですが、どうしたらいいですか」
「好きなだけぶつけて泣かせてイライラしたらいいだろう。俺くらいになるともうぶつけたいと思うこともないぞ」
「そんなものですか…」
「そんなものだ」
トントン、ノックが鳴る。
やっと登場したのはザラミーアだった。
つづく




