お前も面白おかしく生きろよ
「お前、随分と変な奴に成長したな。女の髪を結うのを趣味にしているとは」
「何度でも言いますが兄様にだけは変だとか言われたくありません。兄様の髪も複雑に編み込んで差し上げましょうか」
「やめてくれ」
ザコルは再びジーロの髪を取る。というかまだ水気が取り切れていなくて梳いては拭いている。
「ゴーシくん。ジーロ様ったらね、テイラーから来た貴族縁者と渡り人と聖女が全部違う人だと思ってたんだよ」
「えー、おれでもぜんぶせいじょさまのことだって知ってるのに!」
「山にいるとな、下界のことなどどうでも良くなるのだ。毎夜星と語り合い、太陽の温もりに感謝する。生き物のあるべき姿を追求する暮らしのなんと尊いことか」
「かりとかもするんですか?」
「狩りか、もちろんするとも。野生は弱肉強食が基本だからな」
「かり」
イリヤがそう呟いてこちらを見る。
「今年はなぜだか鹿が多くてなあ…。大分間引いて山の民にくれてやったが、食べ切れん量を狩るのは性に合わんくてな。だが、お前達がいるなら狩ってきてやればよかった」
「おれも、かりやったことあります! 石なげたり追いかけてつかまえたりしただけだけど…。でも、きょうエビーさんに弓をならったんだ。弓でかりとかしてみたいな、カッコいい気がする!」
「確か、どこかに強弓があったぞ。父上がザイーゴに作っていなかったか」
「ああ、ザイーゴ兄様は弓を持っていましたね。何本も破壊していた記憶しかありませんが」
「ごうきゅう? それも弓ですか?」
「ああ。強い弓と書いて強弓だ。というか強すぎて俺達以外には引けん。使えるかは知らんが、探しておいてやろう」
「やった! エビーさん、また弓おしえて!」
「もちろんいいすよ。イリヤ様も一緒にやるっしょ」
「……うん」
エビーがイリヤの両肩に手を置き、宥めるように揺らした。
「イリヤとは晴れたら狩りに行こうという約束でしたね。ゴーシも行きますか。ミカがカクニを作ってくれますよ」
「カクニ?」
ゴーシが首を傾げる。
「カクニは非常に美味な肉料理です。砂糖とネギはもう買ってあります」
「ネギ? 父上が農家に育てさせて余らせているあの臭い野菜か?」
ジーロが反応した。
「えっ、あのネギっていうかエシャロットっぽい野菜って、オーレン様の指示で育ててるんですか?」
エシャロット、いや、あれはエシャレットだったか? 大きめの葉ネギっぽくもあった。根本に小さいタマネギがついているタイプの、まあつまりネギなのだが。
「エシャロット? そんな洒落た名前ではないぞ。父上がネギと呼ぶから皆もそう呼んでいる。父上が考案したウドンという麺料理にあれを刻んで乗せるのだ」
「ああ、シータイにいた元騎士団員、リンゴ箱職人さん達が作ってた麺料理ってやっぱり『うどん』だったんですね…」
出汁は鹿や羊の骨でとったもので、和風というよりは韓国風の牛テールスープに近かった。醤油や鰹節や昆布は手に入らなかったのだろう。
「ウドンは騎士団の年長の奴らがよく作って食べていたが、あのネギの独特な風味や辛味は父上以外には不評でな。よほどの食糧難にならないと誰も買わないし食べない」
「ええ、もったいない…」
それで店頭でもあんなに余っていたのか。
「ミカはあれを肉の臭み消しやタレの風味付けに使うんです。それがまた絶品で…」
「あれに刻んで乗せる以外の使い途があったのだな。砂糖とネギを使う肉料理か、どんな味がするんだ」
「言葉には言い表せない複雑な味です」
「それでは一つも判らんではないか」
兄は急に夢心地で肉料理を語り始めた弟に呆れている。
「お肉って、狩ってすぐには使えないですよね、熟成とかありますし」
「母上がすぐに使える肉も用意していると思います。イリヤがねだりましたから」
「あ、そうなんだ」
だったら確認でき次第、明日にでも作ろうか。ゴーシ達にも試食してもらえたらいい。
「イリヤくん、後でザラミーア様に訊いてみようよ。きっとどっさり仕入れてくれてるよ、もしかしたら蜂蜜も」
イリヤの方を見ると、彼は唇を噛んで下を見ていた。
「どうしたの…って、そっか」
「イリヤ…」
ミリナが彼の手を取って顔をのぞき込む。
恐らく、ジーロが敵でないことはすぐに理解したのだろう。しかし気持ちの切り替えがうまくできなかったか。
ミリナが言葉を促せば、イリヤはぽつぽつと心情を話し始めた。
「…えっとね、父さまは、僕がケモノと同じだから他のきぞくの子とはしゃべっちゃいけないって言ってた。けど、母さまは、たとえ僕が人でもケモノでも、おはなしすれば、きっと僕がやさしいのをわかってくれるって、言った」
「そうね。あなたは優しい子よ。母様の言うことを信じてくれたのね、嬉しいわ」
「でもね、僕は、ジーロおじさまとおはなしせずに、てきだと思っちゃったの。ロットおじさまのことも。見た目が、父さまみたいだったから…」
イリヤは、顔の横にかかる自分の髪を指先でつまみ上げて睨む。まるで、父親と同じ金の髪を疎むように。
「見た目で、てきだって、思うのはやさしくなかった…」
彼はそんな自分に悲しくなったとでもいうように、じわりと瞳を潤ませる。
「あなたはそう思えたのね、素晴らしいと思うわ。私はね、この光る金の髪が好きよ。優しいあなたと、頼りになるお義母様の色だもの」
「母さま…」
「さあ、もう一度ご挨拶しましょう。ジーロ様は、あなたの目と耳と鼻の全てで、敵かどうか判断しろと仰ってくださった。どうかしら、答えは出た?」
「うん」
イリヤはジーロの前までトボトボと歩いてきた。
「なんだ、もう少し時間をかけてもよかったのだぞ。物分かりが良すぎるんじゃないか? いてて、髪を引っ張るんじゃないザコル」
「イリヤです、ジーロおじさま。それから、ごめんなさい…!」
イリヤはガバッと頭を下げる。
「いい。別に謝る必要はない。目から得られる情報というのは野で生きる上で最も重要なものだ。侮ってはならんぞ。それにまだ、ここにいる者達が全員俺に騙されているという可能性も捨てきれん。本当に俺を味方にしてよかったのか?」
「…ふふっ、おじさまは、おもしろい人です」
「褒め言葉と受け取っておこう。変わっているとも言われるが、面白いの方が断然マシだな。お前も面白おかしく生きろよ。人生、楽しく生きたもん勝ちだ」
「たのしく生きたもんがち、カズさまもそう言ってました」
「カズ様? 誰だそれは」
「カズさまはね、とってもかわいくっておつよいんです!」
「つよいヤツの話? おれもききたい!」
イリヤは、下界のことを何も知らない叔父と、強いと聞いて目を輝かせる従兄に、シータイで出会った合気道ギャルのことを面白おかしく語って聴かせた。
つづく




