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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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フラッペ

 町長屋敷に着いたのは、午後六時から七時くらいかという時間だ。

 屋敷の中で療養する患者達に夕飯が振る舞われているのか、美味しそうな匂いが外にまで漂っている。先程の牢屋のにおいとはまさに雲泥の差だ。


「おい、離せ。俺は風呂に入りに来ただけだ」

「逃げられると思うな。この領で好きに動きたいのなら義母への面通しは必須だ」

 ここはマフィアの本拠地かな…。

 玄関先でエビーが手を振っている。

「ミカさーん。今、浴室に水運んでもらってまーす」

「はーい、最初はコマさんねー。においも凄いし」

「…おい、大丈夫か姫さん、俺が近くにいて」

 コマが抱えられたままこちらを見上げた。

「ここは密室じゃないですし、大丈夫そうです。ほら、魔法も使えますよ」

 片手に持った水筒に念じると一瞬で霜がつき、ついでに竹製の水筒にパシッとヒビが入った。

「あーっ、ウスイ峠の手前の荒野で牧畜家のご夫婦に貰った水筒が…!」

「何度も筒ごと凍らせたり沸かしたりしてましたもん、そりゃね…。貸してください。割れたとこ触ってっと怪我しますよ」

 エビーが凍りついた水筒を私から取り上げる。

 残念だが仕方ない。

「イーリア様は?」

「町長様と優雅にディナーしてます。メニューは患者と同じみたいすけどね。俺らが入浴と食事済ますのを待っててくれるそうですよ。同志村にはもう連絡しに行ってもらってます。遅くなるかもしれないんで、ピッタちゃんには先に休むよう伝言しました」

「ありがとう。助かるよ」

「町医者先生も後で呼びますから。ザコル殿の件もありますけど、ミカさんも体調がおかしかったらちゃんと相談してくださいよ」

「うん。体調はもういいけどね、今日は色々ありすぎて知恵熱でも出そうだよ」

 頭を使いすぎたのか少し眠い。お風呂に入ったら寝てしまいそうだ。

「疲れたなら明日にでもしてもらいます?」

「ううん。そんな訳にいかないでしょ。エビーとタイタにも後で話があるよ」

「はい。了解す」

 エビーはザコルの小脇に抱えられたコマの方へと視線を移す。さっきはエビーも何かを察して席を外してくれたんだろう。

「お前ら、いかにも分かったような顔して俺を見るんじゃねえ」

 コマがムスくれた様子で私とエビーを見上げる。

「いやー、見れば見る程可愛いすねえ。何で捕まってるんすか」

「義母に新しい駒として紹介するんですよ」

 ザコルが穏やかにそう言った。まるで母の日に花でも持ってきたかのような顔だ。

「なるほど。そりゃさぞお喜びになるでしょうねえ。可愛いものがお好きでしょうから」

 コマの顔色がさらに悪くなったような気もするが、それでも不遜な顔を崩さないのは矜持なのかもしれない。



 玄関に入ると、使用人のマダム達が出迎えに来た。マダム達は、美少女とタイタを担いだザコルを見て笑顔のまま固まった。

 エビーから男性だと聞かされていたのだろうが、実物を見て本当に男性なのかと疑っているようだ。

 私からもコマは男性であり身の回りの世話は不要だと改めて伝えると、驚いたような安堵したような残念なような、複雑な表情になった。もしかしてお世話したかったんだろうか。


 とりあえずタイタを寝かせる場所は無いかと訊くと、回復した患者が出て行った空き部屋があるからと、使用人の控室らしき部屋に案内された。ベッドはまだそのままで、シーツだけ交換してくれたのでタイタの靴と上着を脱がせて寝かせておく。


「いい加減に降ろせ。逃げねえよ」

 ザコルはそう言われてやっとコマを床に降ろした。

「逃げてもいいが、すぐに捕まると思え」

「逃げねえっつってんだろ。本当にバケモンの巣窟だなここは」

 コマがマダム達を見遣る。

 彼女らはおそらく古くからこの屋敷に仕える使用人だ。分かりやすく殺気を飛ばしている訳じゃないので私には判らないが、元暗部の人間から見れば何か感じるものがあるのかもしれない。

「コマさん、一階の浴室へ行きましょうか。魔法使う所、見ます?」

「……見る」

 ムスッとしたままコマが頷く。 

「ミカ様、この方のお着替えはいかがいたしましょう。この背丈ですと、成人男性用の服は用意がないのですが」

 コマの背丈は私と同じか少し低いくらいだ。

 今着ている服は薄汚れてにおいも染みついているし、一度洗濯した方がいいだろう。

「子供用でも女物でも、動きやすければ何でもいい。適当に貸してくれ」

「承知いたしました」

 コマの言葉に、マダム達が丁寧にお辞儀で返した。

「調子狂うぜ」

 首の後ろを掻きながら、コマはうんざりしたような顔でそう言った。



 湯船の三分の一まで張った水に魔法をかけて熱湯にする。

 日が落ちて気温が下がったせいか、もあっと大量の湯気が立って視界を塞いだ。


「すげーな。きょうび、人の身でこんな威力の魔法を使える奴にまみえるとは」

 側に立っていたコマが感心したように言った。

「コマさん、魔法士の方が戦う所って見たことありますか?」

「戦う所は見た事ねえな。せいぜい王家主催のパレードで手品みたいな奇跡を披露するのを遠目に見た程度だ。昔はもっといたらしいんだがな、強い力を持った魔法士も」

「そうなんですね」

 魔力があるのを前提とした治療方法とやらも、大きな魔力を持つ魔法士が減るにつれて廃れていったんだろうか。

「魔法士が減ったのって、魔獣や渡り人をあまり喚ばなくなった事にも関係あるんでしょうかね?」

「さあな。ここに水足して入りゃいいんだろ、そら出てけ」

「はいはい。あ、この甕の水も沸かしますから、必要なら足し湯に使ってください。外にエビーを置いていきますから何かあれば…」

「分かった分かった」

 コマにシッシッと手で払われ、浴室を後にする。


 ◇ ◇ ◇


 エビーに浴室外の見張りをお願いし、ザコルと一緒に二階に上がろうとしたら使用人の一人に呼び止められた。おそらく午前中に私から声をかけた若いメイドの女の子だ。

「ミカ様、失礼は重々承知の上なのですが、お願いがございまして…」

「何でしょう。お力になれる事なら何なりと」

「今朝、重傷者にと氷を作ってくださいましたよね。もし…」

 私は力こぶを作ってパシンと叩いた。

「よっし山程作りましょう! どこで作りますか!」

「ありがとうございます! こちらです!」

 メイドが勢いよくお辞儀をし、くるっと踵を返しパタパタと駆けていく。


 廊下を走るとマダム達に怒られそうだなと思いつつ、彼女の後を早足で追いかける。彼女は一階の調理室の中に駆け込んだ。

 調理室は調理器具などの片付けで忙しそうだったが、料理担当の男性は忙しなく動きながらもザコルと私に挨拶してくれた。


 メイドの彼女は急いでタライやボウル等を調理台の上に出していく。

「今朝、発熱していた患者を中心に氷を与えました。綺麗な氷でしたので、直接口に…。熱にうなされていた者達も、美味しい美味しいと感激しておりました。随分と症状も良くなったのですよ。今食事の時間ですから、もしミカ様がよろしければ、その…っ」

「患者全員分の氷を用意すればいいんですね! 任せてください!」

「ありがとうございます!」


 今屋敷にいる患者は三十人程度。余裕だ。しかし発熱患者はともかく、軽傷の患者にはただの氷は味気ないかもしれない。

「氷だけかあ。ジュースでもあればいいんだけどねー。そんなもの全員分は無いか…」

「ミカ様! 牛乳ならいくらでもありますよ!」

 料理人の男性が牛乳のタンクを指差す。

「アイスミルクか。いいですね、他に何かあります? 甘いものとか…」

「うちの母が作り貯めたベリーのジャムなら…あと蜂蜜なんかも」

 彼は棚の奥からジャムの大瓶と、蜂蜜の甕を出してきた。

「もしそのジャムを使い切っていいなら、牛乳に混ぜていちご牛乳みたいにしましょうか」

「イチゴ、とは何です」

 ザコルが質問を挟む。

「ベリーの一種です。大きくて甘いの」

 こちらの世界にイチゴは存在するのだろうか。あっても季節柄採れることはないだろうが。

「手を洗っていいですか。私も手伝いたいです」

「そんな、ミカ様にそのような事をしていただくわけには…」

「あー久しぶりに泡立て器を持ちたい。ああー持ちたい持ちたいなあーヘラでもいいんだけど誰か貸してくれないかなあー」

「これをどうぞ!」

 木製の柄に刻印の入った立派な泡立て器が出てきた。

「わー、いいお品ですね。まず手を洗って……と。さあ、そのジャムと牛乳を貸してください」

 私は早速ボウルにジャムと牛乳を入れ、泡立て器でジャムを潰しながらかき混ぜ始めた。


 氷を細かくかき氷のように作り、ベリージャム、牛乳、甘みを調節しつつ蜂蜜を混ぜたものを注ぐ。

「じゃじゃーん、ベリーミルクフラッペええー!!」

 いちいち塊から削らなくても、もはや念じるだけでかき氷が作れるまでに氷結魔法の精度を上げていた私には朝飯前だ。ホイップクリームもあれば良かったな。


「さあ、飲んでみましょうか」

 小さいグラスにフラッペを少しずつ入れ、その場にいた料理人やメイドと一緒に味見してみる。

「んー、おいっしい。甘い飲み物って久しぶりです。ちょっと体が冷えそうですけど」

 寒い季節には合わなかったかもしれない。が、甘味は正義だ。疲れた頭がスーッと冴え渡る。

「ミカ、僕はこんなもの初めて飲みましたよ」

「ミカ様、どうしましょう、美味しすぎます。私、今度から牛乳には蜂蜜とジャムを入れて飲む事にいたします。早く雪が降ってくれないかしら…」

 そうか、雪を入れるのもいい。

 こっちの世界の雪は、現代の日本で降る雪よりもずっと綺麗なのだろうし。

「これは、うますぎる。あいつらにゃ勿体ねえくらいですよ。運んでいるうちに溶けてしまいそうですが…」

「じゃあ、ベリー牛乳と水とグラスを用意してワゴンに乗せてください。一緒に回って作りながら配膳しましょう。氷だけがいいという人もいるかもしれませんし」

「ミカ様にそのような事をしていただくわけには…」

「ああーワゴンって引いてみたかったんですよねえー、一度でいいから引きたいなあー」

「こちらのワゴンをどうぞ!」

 金色の持ち手が付いた素敵なワゴンが出てきた。

「このくだり、毎回やるんですか」

「ふふ。こういうお給仕用のワゴンは本当に引いてみたかったので嬉しいです」

「ミカが楽しいならいいんですが」


 楽しいに決まっている。さっきまでクスリだのクーデターだのと物騒な話ばかりだったし。

 私はメイドの彼女とザコルと一緒に、ワゴンを引いて近くの部屋から突撃を始めた。


 ◇ ◇ ◇


 今、私達は二階の部屋を順に回っている。どういうわけかちょっとした騒ぎになりつつある。


 ワゴンの後を足の動く軽傷の患者が追いかけてきて、フラッペがどんなに美味しかったかを次の部屋の患者に語っている。後続がどんどん増えている。もう列に加わらないでほしいのだが。

 ミーカ様! ミーカ様! とコールするのもやめてほしい。ここは病院ですよ! 町長屋敷だけど!


「みんな元気だね? これは今日だけの特別です。たまたま料理人さんのお母さんが作ったジャムがたくさんあっただけなので。蜂蜜も貴重だそうだし…。ただのアイスミルクなら明日も作ってあげますからね」


「ジャムを持ってくりゃいいんですかい。お前ら、明日はベリー摘みに行くぞ!」

「そんな季節じゃねえよ」

「林檎の収穫も人集めてたぞ」

「林檎のジャムでもいいですか!」


 本当に元気だな…。すぐにでも退院できそうだ。

「林檎ならシャーベットにしましょうかね…あ、そうか、私、ジャムも一瞬で作れるかもしれない。傷物で売り物にならなくてさらに使い道もない林檎があったらもらってきて」

「了解です!」

「はいじゃあ、解散解散! 三階は重傷の人ばかりでしょ。騒いだら迷惑なので! 早く部屋に帰って寝てください!」


 はーい、うぉーい、ああーい。患者達が適当な返事をしながら各々の部屋に帰って行く。

 メイドちゃんと顔を見合わせて笑ってしまった。


 私はメイドちゃんと三階を目指し、ベリー牛乳のボウルを持って階段を上がった。水とグラスとワゴンは三階にもある。

 階段を上がり切ると、三階で食事を摂っていたらしいマージが様子を見に来て鉢合わせた。


「まあ、ミカ様。何やら下が騒がしかったようですが、お風呂はどうなさったの」

「マージ様…いえ、マージお姉様。ごきげんよう」

「あら、ふふ。ごきげんよう、ミカ。それでどうしましたの。そのボウルの中身は一体…」

「今、患者の皆さんに食後のデザートドリンクをお配りしていました。ね?」

 メイドちゃんを見たら、顔色が悪くなっていた。

「お、お、奥様…申し訳ありません、私が勝手にミカ様に氷をお作りいただくようお願いを…」

「何言ってんの、私が作りたかったんだからいいんだよ。さあ、残りの部屋も配っちゃおう!」

「楽しそうですわね、ミカ。わたくしも一緒に回っていいかしら」

「ええ、もちろんですお姉様。ほら、ワゴンはどこ?」

「こちらです!」


 メイドちゃんに続き、マージと私も早足で移動を始める。

 ちなみにザコルは完全に気配を絶って後ろをぴったりついてきていた。


「何で気配を絶ってるんですか」

「僕がいると患者も萎縮するかと」

「なるほど…」

 配慮のつもりだったらしい。



 重傷患者の中には自力でフラッペを飲むのが厳しい人もいて、メイドちゃんがスプーンですくって少しずつ口に含ませてやるのを見守った。

 今世話をされているのは、川沿いにいて鉄砲水と一緒に流されかけ、大きな岩や倒木に身体を打ち付けたという男性だ。何とか近くにいた人が引っ張り上げて一命を取り留めたそうだが、裂傷や骨折が酷く、今朝まで高熱が続いていたらしい。


「今朝、氷を口にされたら突然意識がはっきりなさったんですよ。ずっと朦朧とされていたのに」

 高熱がある時に氷は美味しかっただろう。作ってよかった。

「初めまして、ミカ様…今日は、久しぶりに、体が楽になりました。熱が引いたようで…。この、冷たくて甘い牛乳も、身に染みるようです」

 彼は何とか声を絞り出すようにして、丁寧にお礼を言ってくれた。

「それは良かったです。でも、もっと早く氷を作ってあげられていたら…」

「もったいないです、俺達なんかの、ために…貴重な、お力を…っ」

 咽び泣く程喜ばないでほしい。

 私なんて氷くらいしか作れないくせに、それさえも作ってあげられなかった事にますます罪悪感が湧く。

「よく休んで、早く元気になってくださいね。明日も氷を作って届けてもらいますから」

 彼の手に手を重ねる。メイドちゃんが彼の涙を拭いてあげていた。



 そんな調子で全ての部屋を回り終えた。ボウルに残っているベリー牛乳もあと僅かだ。


「今日、症状が改善して三階の個室から二階の集団部屋に移った者もいるんですよ。全てミカ様の氷のおかげです。不思議な力でも宿っているに違いありません!」

「大袈裟、ただの氷だからね。この三日間、いやもう四日目か、ここの使用人の皆が一生懸命お世話したから回復してきたでしょう。私じゃなくて、あなたが救ったんだからね」

 そう言ってメイドちゃんの肩を撫でたら涙ぐんでしまった。きっと気を張り詰めていたのに違いない。

「ミカのお力添えはもちろんありがたいわ。皆も元気付けられたことでしょう。でもね、ミカの言う通りよ。私もあなた達を誇りに思っているの。ありがとう。あなたは特に患者を第一に考えて奔走してくれているわ」

「奥様ぁ…私、私…」

 マージも彼女の肩を抱いてよしよしと宥める。

「フラッペ、あと二杯くらいは作れますよ。お姉様、お母様とお飲みになりますか」

「まあ。嬉しいわ。でもいいのかしら」

「私達はもう味見したもんね」

 メイドちゃんに話を振ると、彼女は泣きながら笑って頷いた。


 ◇ ◇ ◇


「ミカは早くお風呂に入っていらっしゃいな。ザコル様も」

 そう言うマージに二杯分のベリーミルクフラッペを渡し、階段を急いで降りる。

 ワゴンの片付けなどはメイドちゃんが引き受けてくれた。


「ミカさん遅いっすよー。何配ってたんすか。大騒ぎでしたねえ」

 脱衣所の扉の前で、エビーが待ち侘びたというように言った。

「超美味しいデザートドリンクを開発したから配ってた」

「なあーんで俺の分は無いんすかねええ?」

「ふふ、エビーにもそのうち作ってあげるよ。今日はもうジャムがないからまた今度だけど」

 脱衣所のドアが開き、ヒョコ、とコマが顔を出す。

「風呂、空いたぞ。さっさと入れよ」


 コマは使用人見習いの少年が着るような、スラックスとシンプルな白シャツを着ていた。彼の背丈には少し大きすぎるカーディガンも羽織っている。

 波打つダークブラウンの髪は高い位置にまとめ上げられ、瑞々しく揺れている。汚れていた肌が綺麗になったことで、透明感がより一層際立った。


「め、め、めっちゃくちゃ可愛い…!! 何、こんなに可愛い生き物が存在する!?」

 萌え袖の水も滴る美少女…っぽいの、ここに降臨…!

「うるせえ。帽子作るなら早く作れ。この顔晒してっとロクでもねえのに絡まれて面倒な事になんだよ」

「そうですね。早急に作ります。これは危険だわ」

「ミカ、先程から帽子を編むとか作るとか、何の話ですか?」

「ヒッ……」

 気配を絶っていたザコルが急に存在感を出してきた。

「驚くから急に威圧感出すのやめてくださいよ。町医者先生の能力の件で、口止め料代わりです。この町に羊を育てている畜産家もいましたよね。毛糸を買いたいです」

「何でコマの帽子のためにあなたのお金と手間を…」

「取引相手への御礼品代は正当な使途かなと思ったんですが。あ、そうだ、ザコルにも何か作ってあげますよ」

「呑気な事を。それどころじゃないでしょう」

「別に、今日明日でどうこうなるわけじゃないでしょ。明日は猟犬ブートキャンプに入浴イベントもしなきゃですしね。同志村の皆と一緒にいられるのもあと少しかもしれませんし…」


 ここに王弟やらその仲間やらが攻めてくるのなら、少なくとも同志達は逃してやらなければならない。町の人は戦闘要員が多そうだが、果たしてここは戦場になりうるのだろうか。


 サカシータ領の南側にはツルギ山が壁のようにそびえ立っている。

 ここシータイはそのツルギ山の端っこの麓にあり、南側としては唯一山越えしなくていいルート上にある関所だ。だからこそ、町長の伴侶には子爵夫人の腹心を、そして守衛頭には元騎士団長という強力なカードが配されているんだろう。


 サギラ侯爵領に接するの下流の町は、シータイと共に領の最西端に位置しており、同じく山岳地帯などの難所がない拓けたルートを守る関所だ。

 シータイと下流の町の間の領境はルナ男爵領とも接している。その辺りはあまり標高の高くない山と森が広がっているはずだ。


 そうだな、もし大軍を率いてくるのならどこを狙う事になるのか。ぜひ勉強させてもらおう。


 ザコルにガッと肩を掴まれる。

「何を勉強する気です。軍師にでもなる気ですか。これ以上義母に気に入られたら本気でテイラーに帰れなくなりますよ」

 帰れなくなるとは大袈裟な…。

 確かにイーリアは領の要職にと誘ってくれたが、そんなのは私の気を軽くするためのリップサービスだろう。

「流石に軍師にまではなれないと思いますけど…。事前情報を頭に入れているのと入れてないのとでは、今後の動き方に差が出るじゃないですか。氷は特に今回の目玉商品の一つなんですから。本に載っていない事を学べる機会なんてそうそうないんですしここはぜひ深く貪欲に」

 目玉商品としては、どこで陳列…いや待機するかも考えないといけない。販促はどうしよう。


「何か不穏な事言ってる気がしますけど、ミカさん、元気になりましたね。さっき眠いとか言ってませんでしたっけ」

「ミカは大々的に魔法を使うか、仕事を見つけるなどすると元気になります」

「疲れてんのに仕事があると元気になるとかどんなキチ…いや。流石よく分かってますね、猟犬殿は」


 確かによく解っていると思う。私は定期的に人の役に立ったという実感を得ないと自分の存在意義を見失い始める。フラッペ配りはいい気分転換になった。


「さあ、私もさっさとお風呂入っちゃいますね、着替えは中に用意してくれてるのかな」

「ええ、準備万端っす。ほら、お世話係のお姉様方も首を長くしてお待ちすよ」

 コマの後から使用人マダム達がぞろぞろと出てきてお辞儀をした。

「ミカ様。ミカ様のお世話はさせていただけますよね」

「こちらのお嬢様のお世話もしたかったのですけれど…」

 マダムの一人が頬に手を当て、大袈裟に溜息をついてみせる。

「俺はお嬢様じゃねえっての。何度言や分かんだよ。そら、本物のお嬢様だ。連れてけよ」

「えっ、えっ」

「さあ参りましょう」

「わ、わ、私、自分で入れまああああああああぁぁぁ…」

 私は再びマダム達に両脇を固められ、脱衣所、そして浴室へと連行される事となった。


つづく

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