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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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なぜそれを先に言わんのだ

「ジーロ兄様はザハリに子がいることも知らなかったのですね」

「知るものか。しかも認知していないのだろう、あのクズめ」



 あまりにも下界と家族の近況を知らない兄に、ザコルは溜め息をついた。


 この感じでは、もう一人の渡り人、中田カズキのことも知らなさそうだ。彼女がこの領に現れたのは夏頃、ジーロはツルギ山と絶賛同化中の季節である。


「兄様、どれだけ家族と会話をしていないんですか? 冬は戻ってきていたんですよね」

「お前にだけは言われたくないぞザコル。お前だって定期的に金は置きにきていたそうだが、挨拶もそこそこに消えるから何も話ができないとザラミーアが嘆いていた、のは何年前だったか」


 む。正論で返されてザコルが一瞬黙る。


「…コホン、確かに。家族と会話していなかったのは僕も同じですね」

「全くだ。あまりザラミーアを悲しませてやるなよ」

「第二夫人を呼び捨てにするのはいかがなものでしょうか」

「俺はザラミーアが初恋だ。彼女は俺の永遠の想い人なのだ!」


 まるで舞台俳優のような大袈裟な身振りでそうのたまうジーロ。


「人の母親相手に気持ちの悪いことを言わないでください。とにかく、ミリナ姉上は養子の件を了承なさっています。ララとルルはまだ決心がついていないようですが、子らをまともに育ててくれている素晴らしい女性達です。我が家の次男としてきちんと挨拶を」

「ふむ。俺は、お前の尋問を通ったのか?」


 ジーロに尋問を受けている自覚があったのか…。


「そこの香を所持していたから話を聞いただけです。においで判りますから」


 焚く前の香のにおいを嗅ぎ分けるなんて凄い。きっと何度か触れるうちに覚えたんだろう。


「相変わらず野生の鼻だな、俺は世辞にも無臭ではなかったはずだぞ」

「体臭と香のにおいは別物ですよ。全く何のつもりかと思いました。敵なら、ここで始末してしまわなくてはいけないでしょう?」


 ひた、ザコルは散髪用の鋏をジーロの首筋に当てた。ピリ、殺気が室内に舞う。


「…っ、分かった分かった、得体の知れんものを受け取って持ち込んだ俺が全て悪い。だからシャレにならん真似はよせ」

「洒落などではありません。ミカの敵はすべからく僕の敵だ。例え、自覚がなくとも」

「……ミカ?」

「まあ、あわよくばサカシータ一族内で諍いを起こさせようという魂胆で渡したのでしょう。そんなのに敢えて乗ってやることはないですね」


 ザコルは鋏を兄の首筋から引き、革のケースにしまった。


「今、ミカの敵はお前の敵と言ったか、ミカとは、そこの」


 ジーロは鏡越しに私の方へと視線を移す。


 汚れた肌を磨かれ、髪を前髪ごと後ろで束ねてゆるく編まれたジーロは、見違えるような貴公子然とした仕上がりになっていた。今なら彼がこの家の次男で、貴族令息であることを疑う者はいないだろう。


 母であるイーリア譲りの光る金髪は少しうねりがあって、頬にかかる後れ毛が悩ましげな色気を演出している。瞳の色は父方のブラウンカラー、背丈はスラリとした長身。骨格から言ってザッシュやロットのような無骨さはないが、ヒョロヒョロしているという印象もない。体格的にはイアンに近いものがある。だが顔立ちは完全に母親似であったイアンやロットより少したくましく、オーレンの面影をも感じさせた。


 髪も髭もぼうぼうの仙人状態から見事なビフォーアフターを決めた彼に、私はカーテシーの格好をとった。


「お初にお目にかかります。私はミカ・ホッタ。異世界の日本という国よりこちらの世界に召喚され、現在はテイラー伯の庇護を受ける身でございます。そのテイラー伯セオドア様のご指示により、この冬は貴領、サカシータで過ごさせていただく予定となっております。どうぞ、この愚身の滞在をお赦しくださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます」


 ガタ、ジーロが立ち上がって私を振り返る。


「きっ、貴殿が、テイラー伯の縁者、で聖女、異世界から召喚…ということは渡り人!? 全てあなたのことだったのか!?」

「聖女は自称していませんが、伯の縁者で渡り人というのは私で間違いないですね」

「なぜそれを先に言わんのだ!?」

「ええと、その魔封じの香を所持していたからでしょうか」


 私は、ザコルがチェストの上に並べた香を指差す。


「魔封じの香、だと?」

「はい。それラースラ教という邪教徒が持っているもので、私に効くんです。仕組みはまだよく判っていませんが」


 あー…、とジーロが口に手をやった。


「ジーロ様は私に気づいていらっしゃらない様子でしたので、何か反応があるまでは黙ってメイドの真似事をしていろとそこの専属護衛に言われまして。ですが、特に変装も誤魔化しもしていませんし、彼も普通にミカと呼んでいましたけれど…」


 ちら。私は取り澄ました顔のザコルを横目に見る。


「それはそうだが俺は聖女の名など知らんかったのだ!」

「そうみたいですね。私のことは前から噂になっていますし新聞に載って出回ったりもしているので、私を容姿や名前含め全く知らないという人には久しぶりに会いました。何だか新鮮な気持ちです」


 ジーロは、私に関する噂を色々な人から断片的に聞いたのだろう。貴族縁者、渡り人、聖女。全て別々の人物のことだと思っていたらしい。


 私の言葉にはザコルも頷く。


「この僕、深緑の猟犬が護衛をしていて、黒髪黒目で水温の魔法が使える女といえば、渡り人の氷姫でシータイの聖女だと誰もが連想しますからね。この山の民のスカートもミカの象徴になりつつある」

「それは山神教というかシリルくんの陰謀ですけどね…」


 シリル、山の民次期神官長という大層な肩書きを持つ少年。彼がこのスカートを身につけた聖女像とやらを手彫りで量産し、あちこちの教会に配っていったせいで有名になってしまった。この子爵邸の中でさえ『本当に山の民のスカート履いてるんだ』みたいな反応をされることがある。


「水温の魔法が使える女……ああ! さっき急に湯が沸いたように見えたのは魔法だったのか! 渡り人のほとんどが魔法士だという話は本当なのだな。なあ、さっきは見そびれたのでもう一回やってくれないか。人間が魔法を使うところなど見るのは初めてだ。ちゃんと見たい!」

「そんなことならいくらでも」


 再び浴室に行こうとしたら、グイ、と肩に手を回されて引き戻された。


「そんなことに付き合う必要はありません。ミカが減ります」

「そんなことでは減りませんよ。ザコルって身内の男性にばかり厳しいですよね」

「そんなことはありません」


 ザコルは自分の父親と兄弟には遠慮忖度なしの嫉妬をぶつける傾向がある。

 他の兄弟が私を狙うだとかトンチンカンなことも言っており、そんなわけなかろうと説明したがあまり納得している風でもない。


「そんなこと、そんなことと…。ザコルお前な、少しベタベタと触りすぎではないか。このミカ殿は一応貴人の扱いだろう、護衛の分際で呼び捨てにするなよ」

「はあ、兄様には言われたくありません」

「あ、私達仲良しなんですよ。護衛だけど彼氏なんで」


 ぎゅむ。私はザコルの腕を取った。これ以上驚かせるのも何なので先に言っておく。


「それは何だ、そういう設定なのか? 護衛上の」

「設定であり、真実でもあり、しかし設定でもあるといいますか」

「どっちなんだ」


 最初は完全に設定だと思っていたが、愛は真実だった。しかし、いかなる状況でも同室の護衛を正当化するため、婚約の意思があると周知までしているのは依然として『設定』でもある。


「ザコル、まさかお前、こんな若いのを手籠にしたのか。いくら何でも」

「人聞きの悪いことを言わないでください。僕達の間には婚前らしく何もありませんし、ミカは僕と同い年です」

「ふふっ、同い年。いい響きですよね」

「お前と同い年!? この少女が!?」


 さっきまで後継者問題以外では何を聞いても『ふーん』だったジーロが面白いくらいに反応してくれる。流石に、本人を目の前にあからさまな無関心は貫けないか。


「安心してください、本当に同い年です。単に童顔に見られがちな民族というだけなんですよ」

「ララとルルもあなたの年齢はきちんと把握していないのでは。告げれば騒ぎそうです」

「あり得ますねえ。彼女達も私達と同い年くらいですよね、多分」


 ゴーシはもうすぐ九歳になる。ということはザコルが十年前に領を出た後、あまり間を置かずに妊娠した子ということになる。その時点でザハリは十六歳、相手の女性の年齢も同じくらいかそれ以上だろう。ララとルルの二人を見る限り、何歳も歳上には見えなかったので、同世代だろうと推測したのだ。


「はあ、ミカ殿に失礼を働いたのは謝ろう。知らぬとはいえ毒となるものを近づけたのもすまなかった。で、今はどういう状況だ。義姉や義妹に挨拶しろというのは分かったが」

「今、イアン兄様が牢で暴れたらしく親達は取り込み中です。ちなみにザハリはシータイで監禁、洗脳を受けています」

「洗脳!? はっ、あいつは洗脳する側だろう。捕まって自分が洗脳を受けているのか。それは痛快だなあ!」


 はははは、とジーロは豪快に歯を見せて笑った。


 …あの野生もかくやという汚れ具合で歯が白く完璧に揃っているのは何でだろう。

 サカシータ一族には毒が効かないという『加護』がある。菌やウィルスも広義で毒と判断されるとなれば、病はもちろん虫歯や歯肉炎にもならないということになるんだろうか。つくづくチートな一族だ。


「ジーさんはどうした」


 ジーさん、彼らの祖父でオーレンの父、ジーレンのことだ。


「お爺様ですか? 知りませんね。いないので死んだかと思っていました」

「はあ? まだ死んでないはずだ。というか死んだなら流石に俺にもお前にも連絡があるだろう。お前は特に可愛がられていたろうに、あまり不孝なことを言ってやるなよ」

「可愛がられていたというより、いじって面白がられていただけでは」

「はは、ついにザコルにもバレたようだぞジジイ。何、他の孫と違ってお前が律儀に反応してくれるものだから嬉しかったのさ。若い時の自分に似ていると言ってよく自慢していたぞ」

「お爺様似なのはサンド兄様でしょう」

「中身はな。あいつも弟をいじって遊ぶ癖があった」

「王都でも半年に一度は僕をいじりにきていましたよ。消息確認、だとか言って」

「サンドも変わりないようだな。あいつくらいだ、イアンの補佐などして気が狂わないのは」

「それは同感です」


 急に、ジーロがザコルの顔をじっと覗き込んだ。


「…何ですか」

「お前、随分と話すようになったな」

「今更ですか? 僕と再会する者は、同じ感想を最初に口にしますよ」


 ザコルが呆れたように兄を睨む。

 その兄は弟と、その腕にくっつく変な女をジロジロと見比べた。


「ふん、随分と可愛らしい恋人達だな」

「どうせ僕らは兄様より小さいです」

「背丈の話ではない。何、それがお前の初恋なのかと思ってな」


 ふっ、とジーロが極上の笑みを浮かべる。対してザコルはカッと頬を紅潮させた。


「大人になったなあ、ザコル」

「うるさいです!!」

「おっと」


 ザコルが思わず繰り出した拳はジーロが難なく両手で受け止め………そして、ジーロは背後の壁ごと吹っ飛んだ。




つづく

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