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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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豪胆で画期的な目論見だな!

「ミカ、散髪用の鋏を借りていいですか」

「はい。ここに」


 私は持っていた肩掛けカバンから鋏をケースごと取り出してザコルに渡す。ジーロが顔色を変えた。


「おい、髪まで切る気か」

「坊主にしようという気はありません。長いのは別に構わないと思いますが、こうまで毛量が多くては鬱陶しいのでは?」


 ジーロの髪はロットのようなストレートではなく、うねって広がっている上に腰くらいまでの長さがあった。


「……後ろで結べる程度の長さは残してくれ。中途半端が一番鬱陶しい」

「分かりました」


 ザコルはジーロの髪を後ろで適当にまとめ、背中の真ん中くらいでバツンと切った。


「すきましょうか?」

「では軽く」


 私は受け取った鋏でざんばらになった毛先を整え、気になるところに細かく鋏を入れてボリュームを取っていく。

 こうした散髪の技は、テイラー第二騎士団氷姫護衛隊の一人で床屋の倅、コタに教わったものである。ザコルの散髪は諸事情あって私がしているが、彼も毛量が多い方なのですく技術はいるだろうと思い、習っておいた。


「今年、曲者の数が多いのはなぜか知っていますか」

「いや? よく知らんが、捕まえた曲者は渡り人の氷姫? がどうとか言っていたぞ。そいつがどこにいるかは知らんが」

「ご自分が世間知らずというご自覚は?」

「あるさ。下界とは連絡を絶っているので必然とそうなる」


 ザコルは軽く眉間を揉んだ。


「山中で会った者などに、変なものを渡されませんでしたか」

「変なもの? ……ああ、黒いローブを着た者から都会で流行っているという香と薬を渡された。俺は香など焚かんし薬も効かんぞと言ってもぜひ試してくれと言って押し付けられてな。高貴な女性が好むから、そういう方のお部屋で焚くと喜ばれるぞと」

「出してください」

「そこに入っている。服は持って行かれた。他に荷物はない」


 ジーロが指差した先に、泥などでぐずぐずになった革製の巾着が置かれていた。ザコルが中を出して改める。

 小銭に、携帯食なのか何かの乾燥した実、小さなナイフ、そして見覚えのある香に、何かの粉が入った薬包紙が数包。


「これで全部ですか」

「ああ。やはり何か怪しい薬なのか」

「ええ。明確な悪意をもって持ち込まれたものです」

「そうか、やはり突っ返せばよかったか」

「ミカ、そのあたりで」


 私は鋏をザコルに返し、部屋の隅にあった箒とチリトリで落ちた髪を掃き集め始めた。


「さっきは聞きそびれたが、お前、なぜ山の民の少女を小間使いにしている? 攫ったならちゃんと山に帰せよ」

「攫ってなどおりません」

「ではなんだ、出奔でもして迷い込んだのか? おい少女よ、どこの集落の者だ。連絡くらいは入れた方がいいぞ」

「私は山の民ではないです」

「嘘をつけ。その純粋な黒髪、瞳もかなり濃い色だな。そんなのは今日び山の民でもあまり見かけんぞ」

「少数ですがジーク領にもいましたよ」

「ジーク領に? ああ、魔の森に少数民族の隠れ里があると聞いたことがあるな。なんだそこの出身か」

「いいえ」

「ではどこの者だ。見た目からして特殊な血を継いでいることは明らかだ。年頃で思うこともあるだろうが、あまり問題になるような行動は慎めよ。大体最近の若い娘は…」


 ジーロはまるで家出少女を捕まえた警官のごとく説教を始めた。私は適当に頷きつつ大人しく聴いていた。


「ジーロ兄様、そのあたりで。というか彼女も兄様には言われたくないと思いますが」

「俺はいいのだ。兄弟が九人もいるからな。誰かが継ぐさ」

「二人減りましたよ」

「は? 誰か死んだのか?」

「いえ、死んではいませんが最低でも除名はされるかと。そうなれば、血筋と産まれた順番から言って、ジーロ兄様が後継者候補第一位になります」

「俺が一位に、では一人はイアンだな。あいつ、ついにやらかしたか。あと一人は誰だ。ザハリあたりか」


 ザコルは意表を突かれたのか、一瞬だけ言葉を飲んだ。


「よく、お分かりで」

「あいつは昔から危なっかしい奴だったろうが。お前の方がよく知っているはずだ」

「………………」


 まるでザコルがザハリに振り回されていたことを知っていたような口ぶりである。領内で流れていた偽の悪評を信じた様子もない。単にそうした噂を知らないだけかもしれないが。


 ザコルの苦労を知っていたならどうして助けてやらなかったのかとも思うが、飄々として悪びれないジーロの様子を見る限り、男兄弟の距離感というのは本来こんなものなのかもしれない。


「後継者候補第一位とはいうが、我が家に関しては産まれた順番など関係ないぞ。イアンもそうだが俺も母親似だろう、それでは駄目なのだ。父上は知らんが、母が後継にと目しているのはザッシュかロットだ。アイツらのいかにも父親似なガタイと馬鹿力は『別格』たるサカシータ一族の象徴、まさに長として相応しい。似なくてもいいところまで似てしまったのは玉に瑕だがな」


 似なくていいところとは、女見知りと豆腐メンタルなところだろうか。


「その二人は姫様方に献上されたのでもう数に入っていません」

「献上? 姫様方? 女にということか?」

「はあ、姫というからには女性ですね」

「何の冗談だ。ロットはともかく、ザッシュは女に献上されたところで近づけもしまい」

「シュウ兄様は自分から同行を願い出て、姫と共に王都へと旅立ちました」

「はあ? ザッシュがか? しかも領外へ? はっ、やはり冗談に決まっている」


 ザッシュが女について領外へ出たのが意外なのは解るが、姫がどこの誰なのかは気にならないんだろうか。


「冗談ではありません。まあ、シュウ兄様とロット兄様のことは諦めてください。ザイーゴ兄様とザナン兄様は恐らく帰ってこないでしょう。そうなると…」

「俺、サンド、お前。以上か」


 わざとらしく指折り数えてみせたジーロの手を、ザコルが手で押し戻す。


「僕は出稼ぎ組です。数に入れないでください」

「馬鹿言え。お前は母親似と見せかけてその実、誰よりもサカシータ一族の血を色濃く顕現させている。頭の出来も申し分なしだ。まだ若いしな、何とかして嫁をとれば子供も望める」

「その子供の件なのですが、イアン兄様とザハリの子がいますから、別にこれ以上増やすことにはこだわらなくていいかと」

「イアンとザハリの子だと。大丈夫なのかそれは…」

「大丈夫です。父親は全く育児に関わっておりません。母親となった女性達がしっかりと健全に育てていますし、年長の二人は実に有望ですよ。親達、とりわけ父上は、その母親達を養子に迎えるつもりで動いています」

「ふん、クソ息子どもに代わって孫のみならず嫁達まで手厚く庇護してやろうというわけか」


 我らが父上様はよほど懐に余裕があるらしいな、とジーロが吐き捨てる。


 どうやらジーロという人は、偽善的な真似事を良しと思わないタイプのようだ。

 たまたま居合わせて避難民の世話をしただけのくせに、未だに領に居座って歓待を受けているっぽい聖女とやらのことも冷めた目で見ていた。


 サカシータは産業は少なく、しかし防衛費がかさむ土地であり、お世辞にも裕福とは呼べない領であることが一つ理由に挙げられるかもしれない。

 要は、貧乏のくせに人に施していい顔をして、などと思っているんだろう。


「僕としては、むしろ懇願して家に入っていただくと言った方が正しいのでは、と考えています。何しろ、彼女達よりも常識や責任感を備えた子息は我が家におりませんので」


 む、とジーロが眉を寄せる。


「……まさか、実の息子を差し置いて、養子、しかも女を後継に立てるつもりだと?」

「必ずしもそうなるとは限りませんが、まあ、あり得るかと」


 むむむ、とジーロは唸り、しかしすぐにパッと顔を上げ、


「面白いじゃないか!」


 と叫んだ。


「兄様もそう思いますか」


「ああ! 父上らしくない豪胆で画期的な目論見だな! マトモな息子がいないならマトモな神経を持った外部の人間を迎えればいい。実に単純明快だ。しかもその彼女達の子供はサカシータの血を継いでいるんだろう。だったら血が途絶えることもないし、問題ない。少なくとも俺やサンドが継ぐよりはマシだ!!」


「ジーロ兄様ならばそう言うと思っていました。偶然ですが今、イアン兄様の妻子とザハリの子を産んだ双子姉妹とその子らが邸にいます。ザハリの子はその子らを含めて五人いるそうなので全員ではないですが…」


「五人!? そんなにいるのか!? なるほど。それは確かに安泰だな」


 ジーロは満足げに頷いた。


 自由に生きているようで血の継承に関しては一定のこだわりがあるようだ。いや、群れの血統を重んじるのはある意味で野生っぽい考えかもしれない。




つづく

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