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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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参上つかまつった!

「サカシータ子爵オーレンと第一夫人イーリアが次男、ジーロ・サカシータ。参上つかまつった!」


 子爵邸の玄関口でそう口上を述べた彼は、ドドンと胸を叩いてみせた。



「ジーロ兄様…。サンド兄様の真似事ですか?」

「何だと、ふざけてなんかいない。皆俺が誰か判らんようなのでな、ちゃんと挨拶してやっただけだ」


 三男サンドの真似はふざけていると同義なのか…。


「親達はどうした」

「今手が離せない状況です。たまたま僕がいたから対応しています。で、その格好…。もしや、ツルギ山の土砂崩れの際に会った時のままでは?」

「そうだが?」


 つまり二ヶ月前からずっと同じ格好を…。


「というかよく判るな、あの時は深夜で土砂降りで泥まみれだったのに」

「夜目はきく方ですので」

「お前は耳や鼻もきく方だろうが。相変わらず野生のオオカミのようなやつだ」

「褒め言葉ですか」

「ああそうだ! 羨ましい! 俺も野生になりたいのだ!!」

「充分野生らしいと思いますが、とりあえず人に戻っていただけますか。邸内には客人もいますので。ミカ」

「はい。お風呂を沸かしますのでどうぞ」


 ぺこり。


「何だその見覚えのないメイドは。どうして山の民の服など着ている…黒髪? 山の民なのか?」

「いえ、単に気に入って着ているだけだと思いますよ」


 とりあえず正式な挨拶は後回しだ。まずは、まるで仙人のような風貌の彼を風呂に入れて小綺麗にしてしまわなければならない。





 ジーロを一番近くの浴室に連れていき、ザコルと協力して手早く湯を張る。


「は? 今、どうしていきなり湯が。その樽は水ではないのか」

「後で説明するのでとりあえず入ってください」


 浴室にぞろぞろと使用人の皆さんが入室してきた。手にはモップやたわしのようなものを持っている。


「おい、俺は馬じゃないぞ」

「野生になりたいのなら、馬扱いは本望なのでは?」

「馬は家畜だろうが! 野生じゃない!」


 世の中には野生の馬もいるはずだが、ジーロは見たことがないのかもしれない。


 浴室を出ると、早速中で身ぐるみ剥がされたらしいジーロの悲鳴ともつかない声が聴こえてきた。あんなデッキブラシのようなたわしで思い切り擦られたら、さしものサカシータ一族だって少しは痛かろう。


「ミカ、今のうちに他の浴室も回ってきますか」

「そうですね。ここは時間かかりそうですし」


 そろそろ魔力過多になりそうだったのでそうしてもらえるのは助かる。



 

 子爵邸内のあちこちで湯を沸かし、ピッタ達の部屋をのぞいて無事を確認しつつ風呂を勧め、ついでに厨房ものぞいて何か茹でるものでもないかと声をかけ、洗い物用の湯も用意してやり、と、魔法を使えるだけ使って最初の浴室に戻ってきた。


 脱衣所で脱力したように座るジーロは髭を剃られ、頭を拭かれている最中だった。


「髪は僕が整えます。下がっていい」


 使用人の男女はその言葉に少し驚いたようだが、頭を下げてササっと退出していった。


「……なぜ、お前が俺の髪を?」


 ジーロは訝しげな表情で歳の離れた弟を見上げた。


「髪はついでで、少し話したかっただけです」

「そうか。俺も訊きたいことがあるので丁度いい」


 細かいことは追求しないタイプらしく、彼はゆったりと椅子に座り直して弟に髪を委ねた。


「ジーロ兄様はどうしてこちらへ?」


 ザコルは伸び放題のジーロの髪に手をかけ、櫛を入れ始めた。私は隣に立ち、落ちる雫を手拭いで拭き取る。


「来てはいかんのか。普段ツルギ山に入り浸りではあるが、毎年冬になれば邸に戻っているぞ」

「そうでしたか。それは失礼を」

「今年は雪が積もっても曲者の数が減らんくてな、モナ領側にまで出向いて掃討していた。ようやく目処がついたところだ。そういえば、聖女と呼ばれる女が現れたらしいが、何か知っているか」

「ええ。水害支援の立役者です。今も我が領に滞在なさっていますよ」


 ふーん、とジーロは特にそれ以上の興味を示さず、剃られた顎を惜しそうに撫でた。好きで伸ばしていたんだろうか。


「何やら、王都の方から難民が来ているとも聞いたぞ」

「ええ。シータイにも押し寄せましたが、サギラ侯爵とそのご子息が引き取ってくださいました」

「サギラ侯爵が?」


 聖女の話題よりも興味を惹かれたらしく、ジーロは顎から手を離した。


「お前、面識があるのか」

「身分を隠されていたので、侯爵ご本人と知ったのは最近です」

「そうか。隣でありながら父上でさえ面識がないと言っていたのに…」

「カリューでずっと被災者支援をしてくださっていたんですよ」

「は? ご本人がか? なぜ。そんなに隣領を想いやってくださるような御仁だったのか?」

「僕のファンだそうです」


 弟の言葉に一瞬理解が及ばなかったか、ジーロはほんの数秒の間を空けた。


「……ファン? ザコル、お前の?」

「サカシータ一族のファンでもあるようです。推しに認知されたくない? とかで交流を頑なにしてこなかったとか…。今回は、ファンの集い本部からの要請で支援部隊に参加なさっていました。水害翌日には既に入領しておられましたよ」

「……??? 本部からの要請で支援部隊に参加? お前のファンの集いとは、軍隊か何かなのか?」

「知人いわく『ほぼ秘密結社』だと」


 ははっ何だそれは、とジーロが面白そうに笑う。

 そして、はて、と何かに思い至ったように真顔になった。


「お前、要人護衛の任についているとか言っていなかったか。テイラー伯の縁者の女性を預かってきたとか」


 土砂降りの山中、ザコルは駆けつけた次兄に土砂崩れ現場を預ける口実として、そんな話をしたようだ。


「ええ。今も護衛任務中です」

「何だと、悠長に俺の髪などいじくっていていいのか。他にも護衛がいるのか?」

「いるといえばいますが、基本的には僕が一日中彼女の側についていますよ。例外として、水害の際にはぐれたり、彼女自身からの要請で僕一人がカリューに救助活動に行ったりということもありましたが」

「ほう、自分の専属護衛を救助活動に。貴族女性にしてはなかなか豪胆な人ではないか。それともただの世間知らずなのか?」


 ザコルは首を横に振ってみせる。


「彼女は物事をよく知る聡明な人です。結果として、彼女の采配は正しく、カリューの人間は誰も死ななかった」

「お前が救助に行ったならそうだろうな、よくぞ間に合ったことだ」


「間に合わせたのは彼女です。土砂崩れの処理の後、シータイに迎えに行ったらすぐに行けと言われました。彼女は僕が不在の間、シータイで避難所を開設し、居合わせた山の民に馬車を出させてカリューの被災者を引き取り、さらに臨時救護所なるものまで開設して連れていた騎士と共に夜通し被災者の手当をし、さらには山の民から古着を買い取って、着るもののない者達に手ずから配っていたそうです」


「………………」


 鏡に向かっていたジーロが振り返ってザコルの顔を見る。


「最近では皆に聖女と呼ばれていますよ」

「なぜそれを先に言わんのだ」

「知らない人間の方が少ないので…」


 はあ、とジーロが溜め息をついて前に向き直る。


「随分とたくましい貴族女性がいたものだ」

「ジーロ兄様は、聖女がどのような人だと認識していましたか」

「いや、ほとんど知らん。山中で会ったモナの連中や山の民達が騒いでいたという認識しかない」


 騒いでいる内容にさえこれっぽっちも興味がなかったようで、よく思い出せんな、と彼は独りごちた。


「父母達に最後に会ったのはいつですか」

「さあな、今年の春先、雪解けの時期が最後といえば最後だろう。冬以外、下界とは接触せんのでな」

「下界…」



 次兄に関してはもはやツルギ山と同化しているまである、と言っていたのはザッシュだ。

 あの時は深く突っ込めなかったが、この人は心底自分が山の一部のつもりでいるのかもしれない。




つづく

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