轟音
イリヤも自分の部屋から以前もらった羊っぽいものを持ち寄り、子供達は三人、編みぐるみで楽しく遊んでいる。その様子を親達が微笑ましげに見守る。
緊張感のまるでない、平和そのものな光景だ。
「兄貴って本当、面倒見いいすよねえ…」
「ここにいる者は皆そうでしょうが」
「はは、それはそう、でございますね。それにしてもララ様ルル様はお目の付け所が素晴らしい。実質ご本人を巻いているとは! 実に心くすぐられる表現だ!」
「ほじくり返すのはやめてくれますかタイタ。エビーは笑わないでください」
兄貴と弟分達の会話も全く平和である。
「ララ様ルル様、今日ってもしかして泊まっていかれるんですか」
「いえ、日帰りのつもりです。ご用があると聞いてザラミーア様をお待ちしていたんですが…」
大人達は何となく窓の外を見る。時刻的には夕方三時半か四時頃だろうが、曇天のせいか外は既に日没後を思わせる薄暗さだ。
「今から出たのでは真っ暗になってしまうわ。いつまた雪が降るとも判らないですし、お部屋を用意していただいた方がいいのでは」
「急にご迷惑ではないでしょうか、それに着替えなども持ってきていませんし…」
「それくらいは邸で用意できます。僕から頼んでおきましょう」
ザコルが部屋の外にいたメイドを捕まえ、宿泊の用意をと頼んだ。
「母上は一体何をしているのでしょうね。今に、ずるいだの何だのと言って乱入してくると思っていたのですが」
確かに、ここにザラミーアがいたなら、さぞ目の保養とばかりに孫達を眺めていたことだろう。客が来ているのにずっと席を外しているのも彼女らしくない気がする。
「兄貴ってカーチャンとは仲良いすよね」
「仲良い? 僕と母上がですか?」
「いや、ザラミーア様もですけど、イーリア様とも。あ、別に子爵様と険悪って言いたいんじゃないすよ」
む。ザコルが考えるように視線を上にやる。
「母や義母は、父に比べればまだ行動に礼節と一貫性があります。イライラしません」
「イライラ、そすか…。まあ、反抗期すもんね」
「うるさいです。あの協調性のかけらも見当たらない父にイラつくなという方が無理で」
「ほぉーん、同族嫌悪すか」
「ちが」
ドオオォォォー……ン
突如部屋の外から聴こえてきた轟音に子供達とララルルがビクッとする。ガタ、護衛達が一斉に立ち上がった。
「えっ、何いまの?」
「心配いらないわゴーシ様…いえ、ゴーシさん。私達がついていますからね。ミイ、おいでなさい」
ミリナが驚いている義妹と子供達をフォローしつつ、さりげなくミイに何事か命じる。ミイはふわりと煙のように消えた。
「兄貴、今のどっからだと思います?」
「方角はドージョーか、例の階段の壊れている塔でしょうか」
「ザコル殿、もしや塔の地下などに」
「ええ、収容されています」
塔とは、先日ザコルが扉を使わずに登っていって、上階にいたオーレンに言付けを伝えた塔だ。
どうやら、その塔の地下には収容施設があるらしい。
「え、どうやってお世話してるんですか? 入れないんですよね?」
塔は階段が壊れていて、騎士や使用人は立ち入り禁止だと聞いている。
「地下に隠し通路がありまして」
「なるほど」
他の建物から行ける地下道があるのであれば納得だ。とすると、階段が壊れたというのも実は方便なのかもしれない。
バタバタ、扉の外が騒がしくなる。トントン、とノックが鳴ったので、ザコルとエビタイが扉の前に立ってノックの主を出迎えた。
扉を開いたのは子爵邸警護部隊、部隊長ビットだった。彼は部屋の中にいるメンバーをぐるりと見回した。
「良かった、お客さんは全員いますね」
「ピッタ達はどうしていますか」
「大丈夫、ちゃんと護衛つけて保護してます。皆さんもしばらく動かねえでくれますか。扉は一応鍵かけといてください」
「ええ」
ザコルが代表して返事をすれば、ビットは慌ただしく部屋を出て行った。
謎の轟音がしてから数分後。
今度はどやどやと魔獣達が部屋にやってきた。ミイが声をかけて連れてきたらしい。
「みんないるわね、まずは無事で良かったわ」
彼らは出迎えたミリナの無事を確かめるように、彼女のもとに並んで一匹ずつ挨拶してから部屋の奥へと進む。
「わ、わわっ、しかに、いのししに、さるに、いっぱいいる! これ、ぜんぶ魔獣!?」
「そうですゴーシ兄さま。僕たちの味方だよ」
「どうぶつ!」
「待ちなさいリコ!」
魔獣達に飛びつこうとするリコを何とかルルが止めた。
「リコ、僕といっしょにあいさつしよう」
イリヤがリコの手を取ると、魔獣達は自然と集まって子供達を囲んだ。
「みんな、ちゃんとことばをわかってるよ。とってもれいぎ正しい。僕と同じ、母さまの子たち」
鹿型のナラや猪型のトツがイリヤに身体をすり寄せる。
あの二匹とミイ、そしてここにはいないが黒狐のゴウは割と人懐っこい方なんだな、と最近気付いた。他の子達はそれほど人間にベタベタしないからだ。
「そっか、みんなイリヤのきょうだいなんだ。はじめまして、おれはゴーシ。こっちはいもうとのリコ。イリヤのいとこだ」
「リコ!」
リコは挨拶の代わりに、自分を指差して名乗った。
「うしろは、おれらのかーちゃんたち。ミリナさまやザコルおじさまのいもうとにしてもらうんだ」
ゴーシはもう、ララとルルがオーレン達の養子に入るものと思っているらしい。本人達はまだ迷っているとは言っていたが、この分では決心する日も近いだろう。
「は、初めまして。え、えっと、ふつつかな人間ですがよろしくお願いします」
「姉さんったら変な挨拶しないでよ、ゴーシの方が立派じゃない。初めまして。あまり強くない人間ですがお世話になります」
「ルルもどっこいどっこいよ!」
ララとルル、意外に肝が据わってるな…。物音に驚いてはいたようだが、萎縮している様子はない。サカシータっ子を毎日育てていると、轟音がしたり魔獣が現れたくらいじゃ動じなくなるのかもしれない。
ミイミイ!
ママの新しい下僕!
そしてミイが身も蓋もない紹介をすると、魔獣達はそうかそうかと納得したように頷いた。
…一応言葉通じてるのに認識の齟齬が激しいな。
そんな魔獣達の次は、ベテラン執務メイドの一人が部屋を訪れた。
「皆様、少々のトラブルはございましたが、事態は収束に向かっております。ご安心くださいませ」
地下牢から誰か外に逃げ出したとか、そんな感じではないようだ。皆がホッと息をつく、
「父母はどうしていますか」
「旦那様も駆けつけられました。奥様はご無事でいらっしゃいます」
ザラミーアは無事、オーレンも駆けつけた。
なるほど、ザラミーアは尋問か何かの用があって牢を訪れていたのか。そこでトラブルがあって、オーレンや部隊長ビットが応援に駆けつけたと。そんな感じだろう。
と勝手に自己完結して満足していると、執務メイドの彼女はザコルの方に近寄ってきて耳打ちした。
「ザコル様、実は今、ジーロ様がいらしていまして」
「は? 次兄が?」
「はい。恐らくジーロ様です」
「恐らく…?」
どうやら新キャラ登場、のようだった。
つづく




