めーめ!
トントン、お行儀のいいノック音が鳴り、返事をするとゴーシとイリヤがちゃんと歩いて入室してきた。後ろからはタイタとエビーが付いてくる。
「あら、ゴーシったら、やればできるじゃないの」
「かーちゃん! きしさまのカッコいい礼できるようになった! 見てて! イリヤ!」
「はいゴーシ兄さま」
ゴーシとイリヤは二人で並び、いつもタイタがやるような胸に手を当てての騎士の礼をビシッと披露した。
おおー、と大人達が拍手を贈る。
「にーに、イーヤ、かっこいーね」
ぱちぱち。
「くふふっ、ありがとう、リコ」
「へへ、タイタさんにおしえてもらったんだぜ」
「リコもやる!」
お昼寝を終えて完全復活したリコが、兄達の真似をして自分の胸をペチンと叩く。その微笑ましい姿に皆がとろけるように笑った。
そんなお利口な彼らには、私が魔法で温めた蜂蜜牛乳をご馳走した。蜂蜜はテイラー産、牛乳は子爵邸内で飼っている雌牛から搾られたものだ。蜂蜜牛乳が好物のイリヤはもちろん、魔法を初めて見るゴーシとリコも目を輝かせて喜んでくれた。ついでにララとルルも大はしゃぎだった。
「なんか、随分と打ち解けてんじゃねーすか。昼飯ん時はまだ壁あったのに」
「流石はミカといったところですね」
「ザコル様だって、彼女達を同志だなんて呼んではしゃいでいたでしょう?」
「ミカのファンだと言うのだから僕の同志で間違いないですよ姉上」
「素晴らしい。ミカ殿の求心力はまるでとどまることを知らないようですね」
「…その場の女を全員ホッタの嫁にするって触れ込みは伊達じゃねーな」
何だその触れ込みはと突っ込みたかったが、余った牛乳と蜂蜜でアイスもどきを作るので忙しく、そっちにの会話は加われなかった。アイスももちろん喜んでもらえた。冬は温かい室内で食べるアイスが最強なのである。
「タイタ。子供達への指導、ありがとうございます」
席について茶を出されたタイタに、ザコルが声をかける。
「お二人とも大変優秀でいらっしゃいます。こちらの学びが多いくらいでございますよ」
「ちょっとお、俺もいるんすけどお!」
タイタの隣で茶をすするエビーが抗議の声を上げた。
「君は生徒側でしょう、エビー」
「ふふん、俺は弓の引き方教えて差し上げましたよお!」
「…弓は無事でしたか?」
「ちゃんと見てたんで大丈夫すよ。目は離せませんけどね。力加減の訓練とか、二人にも並行してさせた方がいいんじゃねーすか」
「そうですね。姉上、イリヤにはどのような手芸や工作をさせていたのですか」
『手芸や工作?』
ララとルルが反応する。
「男の子に、手芸ですか?」
「ええ、私では他に教えられるものがなくって。日常生活で力加減を間違わないよう、訓練のつもりで始めさせたんですよ。かぎ針や編み棒を使った編み物はまだ難しかったので、手編みでできるものや、簡単な縫い物、工作ですと紙工作、それに薪に釘打ちなんかをさせていました」
「縫い物…。ゴーシじゃ、一瞬で針を捻じ曲げそうだわ」
ララが考えただけでげんなり、みたいな顔をした。双子姉妹はいい意味で平民育ちらしいというか、表情豊かで見ていて飽きない。
「ふふっ、イリヤも何十本、いえ百本以上はダメにしたと思うわ。王宮に出入りしていましたから、すれ違うメイドに交渉して、少し曲がって使わなくなった針を譲ってもらったりもしました。あそこには針子が何十人と働いていましたからね、そういったものはいくらでもあったようで。使い古しのリネン類や、破棄予定の紙類もよくもらったわ。私達の部屋には、イリヤが作ったぬいぐるみや、紙工作がいくつも飾ってあるの。いい思い出ね…」
ミリナは、王都の屋敷を思ったのか溜め息をついた。落ち着いたら、そうした思い出の品を回収に行くのもいいかもしれない。
「親の根気が試されそうですね。でも、縫い物なら私にも教えられるわ。早速試してみます」
「私はリコに三つ編みでも教えてみようかしら。丁度、毛糸を買ったところだったもの」
子育ての良いヒントをもらったとララとルルは喜んでいる。みんないいお母さんだな…。
「布と綿で作った球で投擲の練習もさせたのですよ。丁度、これくらいの大きさで」
ミリナは出来上がった羊っぽい編みぐるみを手のひらで転がしてみせる。
「それもいいですね、物が壊れなさそうで…………あの、その、気になってたんですけど、その生き物…羊? ですか?」
「これはミカ様がお考えになったアミグルミというもので、皆は羊のようで羊じゃない、少し羊っぽいアミグルミと呼んでいるのよ。これがチッカで大流行りだそうなの」
「そうなんですか、結局羊ではないんでしょうか…」
「チッカってモナ領の大都会ですよね。行ったことはないですが、そんな場所でこれが大流行り…」
ララとルルが遠慮がちに羊っぽいものと私の顔を交互に見ている。
作っておいて何だが、大多数の人はあれを不気味と感じるようなので彼女らが戸惑うのも致し方ない。
ちなみに、私は「ミーカ!」と繰り返しせがむリコにより、ずっと下手くそな絵を描かされている。私が何かを描くたび、隣の椅子に膝立ちした彼女はケラケラと爆笑していた。ちなみにエビーもちょくちょく私の手元をのぞいては口を押さえて震えている。チャラ男め後で覚えてろよ。
「ここに来てからも、ミカ様とザコル様と騎士様方の四人で毎日馬車いっぱいになるくらいにお作りになっていてね。売り上げは水害支援に充てられるそうですから、私も一助になればとご協力させていただいているの」
「ザコル様と騎士様方まで、編み物…を?」
ちら。
ララルルが解釈違い、みたいな顔でとりあえずザコルの方を見た。
ザコルは無言で懐からかぎ針と毛糸玉と綿を取り出すと、およそ人とは思えない速さでかぎ針を繰り出した。
『わ、わああ、わああああ!?』
「えっ、なになに」
ララルルの驚く声に、ゴーシが大事に飲んでいた蜂蜜牛乳のマグを置いて見にやってきた。
「できました」
ころん、羊っぽいものが一匹テーブルの上に転がった。
「す、すげえ!! てか何これ!?」
『はっや、はっっっっや、なにこれなにこれ』
ゴーシとララルルが大興奮で羊っぽいものを手に取る。
「ざこぅさま、めーめ?」
リコはザコルの手の速さより未確認生物の正体が気になったらしく、キョトンとした顔でザコルに訊ねた。
「そう、めーめ。羊ですよリコ」
『ぐぶう』
タイタと変な声がかぶった。めーめ。ザコルの口から聴く赤ちゃん言葉の破壊力よ…。
「何、何なんですか!? 今の本当に編み物!? これも魔法とかじゃなくて!?」
「これは魔法ではありません。僕は一度覚えた動きを再現するのが得意なだけです。それに編む作業は好きです」
「得意とか好きとかいう次元超えてましたよ!?」
「そう見えるとすれば鍛錬の成果ですね」
「ええ…」
義妹達は、鍛錬すればできるという次元でもないのでは、という半ば呆れのような表情を浮かべた。
「なあなあなんでイリヤはおどろいてねーの!?」
「ふふん、僕、先生があみものとくいなのしってるもん。シータイではね、おとこの人もみーんなあみものしてたよ!」
「男もみんなあみものを!? シータイってどこ!?」
「シータイはモナ領との境にある関所町すよ。ゴーシ様は行ったことねーすか。林檎と牛乳がうめーっす」
「えー行きたい行きたい! おれ、りんごすき!」
「リコ、りんごしゅきー!!」
「僕もシータイの林檎がこの世で一番好きでした。二人とも気が合いますね」
一番好きでした、そこは過去形か。
恐らく、角煮やアップルパイの出現でザコルの好物ランキングの上位が変動したんだろう。生の林檎も依然として上位にはいるんだろうが。
ちなみに私の中の暫定一位は、シータイの林檎畑で振る舞われたもぎたて生林檎である。
「ザコルの編み物があんまり凄いからみんな感化されちゃって、空前の編み物ブーム巻き起こしてたんですよ。それでみんなが創作意欲持て余して、ついにチッカに行商まで出し始めたっていうか」
「ブームのきっかけは僕ではなく、ミカが避難民の子供達のために編み始めたからでしょう。あっという間に靴下がいくつも出来上がって、あれこそ魔法を見ているようでした」
「教えた二時間後にマフラー五本も仕上げてた人ほどじゃないですって」
ふふ、と私は首元のマフラーをもふもふしてみせる。
「それ、もしや、ザコル様が編まれたもの、とか」
「そうですよ。ぴったり僕の身長分で、って巻いてくれたんです」
『ぐぶう』
ララルルの口から変な声が出た。
「い、いや、ミカが僕の身長くらいが長さの目安だと言うから」
「そのマフラー長さがザコル様の身長ぴったりマフラーってことで…実質ご本人を巻いてるってこと!?」
「僕を巻いてるってどういう」
「室内なのになんでずっとマフラーって思ってたけど常に彼の温もりに包まれ何何なんなのほんとなにそれなにそれあれそれ」
「今のお話本当ですかザコル様ったら本当に可愛らしいことなさるんだからもうもうもう!」
「ララもルルも姉上も落ち着いて」
「あ、ピッタ達もここに呼びます? 彼女達も一緒に編んでましたし」
「呼ばなくていいですから!」
「今からマフラー編んで再現してくださいザコル様!!」
「後生ですからあ…!!」
「泣くな縋るな同志みたいなことを言うな! 今そんな量の毛糸は持ってませんから!」
ザコルの言う通り、ララルルの謎に供給をせがむ姿はまさに『同志』である。
「かーちゃんおれもあみものしたいおしえて!!」
「ゴーシ兄さまがするなら僕もする!」
最終兵器編み物マシンに早速男子達が感化された。
「あらあら、いいわね、この機会に挑戦してみましょうか。今度みんなでやりましょうよ」
ミリナ母さんがそんな男子達に目を細める。
「リコも! めーめつくるー!」
「えっ、リコも!? リコにかぎ針は流石に……え、えーっと、そうだ、三つ編みでかわいい紐を作ってみるのはどう? できたら髪に飾ったりして」
「めーめがいいのー!!」
わーん!
「リコ、めーめならこれをあげます。何ならもう一つ作りましょうか」
シュババ、ザコルが手持ちの毛糸で羊っぽいのをもう一体作る。
「めーめ!」
気がそれたのか、リコが羊っぽいのを二つかかげて笑顔になった。
ザコルは物欲しそうな顔をしていたゴーシにも二体作ってやり、今度こそ手持ちの毛糸は尽きたと懐を開いてみせた。
つづく




