だって同じ顔なんだもん
ゴーシ達も交えた賑やかな昼食後。
午後は私とザコルで同志村女子向けのソロバン塾を開く。エビタイとイリヤは道場で剣のお稽古だ。ゴーシもやりたいと言ってついて行った。
ソロバン塾が終わる頃、ララとルルが揃って部屋を訪ねてきた。リコは外で散々雪遊びをし、今はお昼寝中らしい。
女子達を先に部屋へ帰し、私達は彼女達に席を勧めた……が、座ってくれなかった。
「聖女様、この度は、大変ご迷惑をおかけいたしました」
双子の姉妹は揃って頭を下げる。
「あ、いえ。全然ですよ。楽しかったですし」
「お怪我の具合はいかがでしょうか」
「怪我? …ああ、怪我か!」
そういえばイリヤとゴーシに腕を引っ張られたんだった。そっか、彼女達ずっと心配してくれていたのか。
「忘れていましたねミカ」
「あはは、本当に怪我ってほどのことじゃなかったんですよ。嘘でも我慢してるわけでもないですから、心配しないでください」
私は腕をぐるぐると回してみせる。
ほーっ、とララとルルが息をついた。
「良かった、聖女様は我慢強いお方だって聞いていたので…」
それはどこ情報なんだろうか。同志達がジャックした全国一斉発売の新聞とかではあるまいな。
彼女達からは、後から痛んだりしたら必ず言って欲しいと念押しされた。そんなことは私に限ってあり得ないが、痛い時は必ず言うと約束した。
サカシータ一族と触れ合うということは、時に自動車事故並みの衝撃や後遺症も覚悟しておかなければならないらしい。なるほど、シータイにいた領民女性達が『一緒になるのは領の女でも怖気付く』と言うのがよく分かった気がする。
「ララ様もルル様も、何度も怪我をなさったんですか」
「ええ、それはもちろん…。私は息子に手を引っ張られて脱臼なんてしょっちゅうで」
「姉さんたら、外れた肩を自分で入れられるようになったんですよ」
「えっ、大丈夫なんですかそれ、余計に傷めたりしませんか」
「慣れました。人間、やればできるって知りました!」
ララの印象はほぼゴーシを注意するか叱っている印象しかなかったが、素は割と面白い感じの人なのかもしれない。
「リコを捕まえてくださってありがとうございました。肩車にかけっこに、食事まで…」
ルルがまた申し訳なさそうに言う。
リコは私に懐いてくれたのか、食事は私の隣に座ると言ってきかなかった。もちろんその反対隣にはルルが座って一緒に世話をしたのだが、うまく食べられない上に主張も激しい彼女の介助はなかなかにハードだった。
「お母さんは大変ですね、私は初めてのことで楽しかっただけですが」
「二歳はイヤイヤ期、なんて巷で呼ばれているんですよ。でも、聖女様がお相手してくださったせいか、今日は大人しかったです。きちんと食べていましたし」
大人しかった…だと? あれでか。普段どんだけハードモードなんだろう。育児って本当に大変なんだな。
「ザコル様」
ララはザコルの方にも頭を下げた。
「ゴーシの相手をありがとうございました。勉強のことで、あんなに嬉しそうにするゴーシを見たのは初めてで…」
自分が文字を教えられないから、と自信なさげにうなだれるララに、ザコルは首を横に振る。
「僕は文字は教えられますが、彼に常識は説けません。ゴーシは僕らに対して敬意を持って接してくれます。反発されても仕方ない立場であるにも関わらずです。それは、あなたが育てた子だからだ」
ララがぐっと何かを飲み込む。
「ララ。僕に、大事な子を預けてくれてありがとうございます。これからも、彼の力になる機会をくれると嬉しい」
ララは言葉を紡げなくなった代わりに、こくこくと頷いた。
そして、涙の落ち着いた頃に彼女は、ぽつりと
「…ザハリ様には、ちっとも似ていらっしゃらないんですね」
と言った。
「よく言われます。僕もそう思いますし」
ザコルがそう返すと、何とも言えない空気が彼らの間を流れる。
「…ええと、君達は僕の義妹となるのでしょう。ああ、別に父母の養子になることを強いたいわけではないのですが、僕は個人的に身内のつもりで扱います。もし、君達も何か学びたいことや欲しいものがあれば頼ってください。というか僕はそれくらいしか力になれませんので」
そう言われたララは顔を上げ、真っすぐにザコルを見た。
「ザコル様。私達姉妹には、あまり優しくしてはいけません」
「姉さん」
少し強い口調で言ったララに、ルルが咎めるように声をかける。
「ルル、構いません。理由を聞きましょう」
ザコルは少し驚いたようだが、落ち着いて返した。ララは少し息を整えてから話し出す。
「まず、子供達はともかく、私達には過ぎたる施しだというのもありますが…。ザコル様は、誠実で、優しい方です。ザハリ様がお兄様にあんなにこだわったのも解るくらい…。でも、お顔だけは私達が好きだった人に似ています。理由は、それだけです……」
…………………………。
しばしの沈黙が流れた。言ったララも、隣にいただけのルルも気まずそうに俯いている。
そんな彼女達を見つめていたザコルは、不意に私の方に顔を向けた。
「…なるほど。難しいですね。ミカ、どうしましょう」
「えっ、聖女様に訊くんですか?」
ララが思わずといった調子で突っ込む。
「だめですか」
「だめですよ! 私、気があるとも取れるようなことを言ったんですよ。聖女様にとったら嫌な虫みたいなものなんですよ!? バシッとはたき落としてください!!」
「ちょっ、ララ様、虫だとか思ってませんからはたき落とされないで!」
何の話だ…。私は眉間を揉んだ。
「ミカ、揉みましょうか」
「いいです。えっと、要するにこの顔が目に毒なんですよね? じゃあもっと髪伸ばして、前みたいな不審者ルックにします?」
「ああ、それはいいですね。服も灰黒の謎服に戻しましょうか」
「ザラミーア様が怒りそうですけどそれもいいかもしれませんね」
少なくとも私と同志は謎服リバイバルに歓喜する。
「なぞふくって…? い、いえ、何もザコル様がおかしな格好をする必要は」
「いいんですよ。どうせミカは僕がどんな格好をしていようとも好きだと言います」
「凄い自信ですね!?」
「ただの事実です。よく考えてみたら、僕もミカがどんな格好でも思うところはないなと」
「服装に色気を感じないタチですもんね」
「うるさいです」
昨日のやりとりを思い出したのか、プイと顔を背けられた。
「あの、私、お二人にご迷惑をかけたいわけでは!」
言い募ろうとするララに、私は大丈夫、と頷く。
「ララ様は、ザコルとどうにかなりたいわけではないんですよね」
「それはもちろん!! 解釈違…いえ、何があろうともお二人の邪魔はいたしません!! でも、だからこそ、聖女様にモヤモヤさせるようなことだけはと」
「ありがとうございます。気遣ってくださって。そう言ってくださったのでもうモヤモヤはしないかもしれませんが、ララ様が気になると言うのなら、今後の会話は私や他の方を交えてくれればいいと思います。せっかくできた妹の力になりたいとこの人が言うんですよ。贖罪だと思って聞いてやってくれませんか」
ふべ、と変な声がララの口から漏れた。
「やさっ、やさしすぎる…!」
「姉さん、もう泣かないでちょうだい。すみません、姉は何でもはっきり口に出さないと気が済まないタイプで」
ルルが取り乱す姉の代わりにペコペコと頭を下げる。
「いちいち謝らなくていいです。僕ははっきり言われないと分からないタイプなので丁度いいかと。大体、迷惑をかけたのはこちらです。君達には苦労させた分、これからいくらでも迷惑をかければいいんだ」
「そんなわけにはいきません。姉の言う通り、私達がそのかんばせに動揺しているのは本当なんです。今日だって心してやってきたのに、ゴーシをお勉強に誘うためにお部屋を用意して待っててくれるなんて…!! そんなファンサ聞いてない!!」
ルルの口からファンサとかいうワードが飛び出した。
なるほど、要するに、解ってはいても優しくされたらどうしても萌えてしまう、ということか。かつての推しの顔というのはそれほどの破壊力があるのだ。まあ、それは非常に解る。私もぶっちゃけザハリの顔には胸の高まりを感じた。だって同じ顔なんだもん。
「ファンサ、のつもりではないのですが、部屋や道具を用意したのはミカです。ゴーシが勉強の進捗を気にしているらしいと僕が言ったから…」
『聖女様が、ご用意を』
ララとルルの視線が私に集まった。
「いや、ザコルが教えたそうにしてたからですよ」
「ええ、彼女は僕がしたいことをまるで魔法のように汲み取って叶えてくれるんです。君達もミカのファンをしたらどうですか」
『もうファンです!!』
「そうですか。では僕らは同志ですね」
うんうん、何やら満足げに義妹達と頷きあう人の袖をちょいちょいと引く。
「……??? ちょ、まって、なんで私のファンに」
質問に反応したのはララだった。
「だって聖女様。ゴーシが家でずーっと聖女様の話ばっかりするんです。ここ数日は朝から晩までご機嫌で、わけもなくイライラする様子も減って…。よっぽど、聖女様のお言葉が心に残ったんだと思います。それは私もで、聖女様が『狂ったまま死ぬなんて許さない』とおっしゃった時のことは、ずっと忘れられそうにありません」
「…ララ、本当に苦労をさせましたね」
ザコルの気遣わしげな言葉に、ララは目元を雑にぬぐいながら首を横に振る。
「違うんです、私、自分が苦労したのは半分は自分のせいだって解ってるんです。私達は捨てられた、のかもしれませんが、産んで育てると決めたのは私自身ですし、今はゴーシを産んでよかったと心から思っています」
ララは、だから私達を『可哀想』にしないで、とは言わなかった。
だが今、一つララの気持ちが解った。彼女は子供を授かり、今日まで愛情深く育てあげたことを、ただの『苦労』と断じてしまいたくないのだ。
「…でも、聖女様はかの方を生かした上で、謝ってきても許さなくていいと、そうはっきりおっしゃってくれました。あれには、ほんの少しだけ、胸がすく思いだったんです…」
「ララ様…」
彼女達は今日までに、ザハリに代わって子爵家の人々から幾度となく謝罪の言葉をもらったことだろう。
ザコルの言うような、一方的な謝罪に誠意は宿らない、というのは極論かもしれない。
しかし彼女達では、領主で貴族たるオーレン達に謝られれば形式だけでも許さなくてはならないのは事実。それは、ザハリ本人が謝罪にきても同じだ。彼女達が自らをただの平民と自覚する以上、子爵家の関係者に強気な態度を取ることなんてできはしないのだ。
聖女がザハリの身柄を預かって改心させようとしている、などと聞かされた時には、言い表しようのないモヤモヤを抱えさせてしまったことだろうな、と改めて思い知った。
「わ、私も!」
ルルがララに続いて声を上げる。
「私も、姉のことがあったのに、それでもかの方を慕う心を捨てられなくって、本当に、本当にバカなことしたんです。でも、子供はどうしようもなく可愛かった。絶対いい子に育ててみせるって、私も自分で決めたんです。……けど!! 情けないことにあの子の体力についていくのでやっとで。だというのに、こんなに可憐な聖女様があのリコと全力で遊んでくださるじゃないですか! そんな『女性』がこの世に存在するだなんて…!!」
女性、とルルは強調した。リコもサカシータ一族で並の女性では相手できないくらいの体力ではあるが、一応女の子なので身内以外の男性には気軽に預けられない、みたいな苦労があるのかもしれない。
「体操のお姉さんか保育士的なポジで褒めていただいてますか、それは光栄ですね。また遊んでもらわなきゃ。というか、サカシータのお邸なら他にも遊んでくれそうな女の人何人もいるじゃないですか。いきなり引っ越すのはまたハードル高いかもしれませんけど、お母さんの息抜きがてらちょくちょく遊びに来るところから始めてみては? みんな喜びますし」
「でも、またどこか壊したらと思うと…」
「では、テイラー伯爵家の縁者、ミカが命じましょう。私、冬の間はここでお世話になるんです。大変暇なので、ゴーシくんとリコちゃんを連れて何度か遊びにきてください。修繕に関しては私が穴熊さん達と話すので大丈夫。お泊まり会もしましょうね」
ふへ、勝手に決めちゃった、と笑ってみせたら、ひゃああ、と悲鳴を上げられた。なぜ…。
つづく




