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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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内緒の特訓に誘うらしいです

「ゴーシは自分がまだ文字を読み書きできないことを気にしているようです」

「あ、そうなんですね」


 道場を出て朝食をいただき、一足早くソロバン塾の準備をしていると、ザコルがそう耳打ちしてきた。


「ゴーシとリコの母親達は特に貧しい家庭の生まれで、家計を助けるために学び舎にも通えない子供時代を送ったそうです。今は両親も亡くなり、それ以外の親戚とも縁がない状態だそうで」


 …何というか、どうしてザハリがあの双子姉妹に目をつけたのかが如実に判る経歴だ。やはり一度くらいギッタギタにすべきだったか。


「これまで町を転々としたせいで、ゴーシも学び舎に通い始めるのが遅くなったと聞いています」


 ララとルルは、過激なザハリファンや近所の人の目を気にして引越しを繰り返してきた。

 ゴーシが大きくなるまで子爵家にも頼らず隠れて生きていたのは、子供を取り上げられるのを恐れたせいだろうと昨夜ザコルから聞いている。


「それでゴーシくんが、勉強の進んでそうなイリヤくんと自分を比べちゃうかも、ってことですね」

「はい。それで…」


 ザコルがふと視線を下に泳がす。彼にしては珍しい表情だ。


「ザコル、マージお姉様から引き取ってきたあなたの教科書を貸してあげたらどうですか。ついでに、手本もいくつか書いてあげたら」


 ぱ、ザコルが目線を私に戻す。


「そうですねえ…。一対一で教えてもらえる機会があれば、彼もそう気負わなくて済むんじゃないですか。私も不登校の頃は、勉強の遅れを友達に知られるのが恥ずかしかったので」

「ミカもそんな思いをしたんですか」

「まだそんなこともできないのか、って思われたくなかったんですよね。同じ子供同士には特に…。だから学習塾とかにも行けなくて。数度だけ、家に近所の大学生のお姉さんが教えにきてくれたことがありました。その時は恥を忍んで必死に質問しましたよ。お姉さん一人になら恥ずかしい姿を見られてもいいって、覚悟を決められたんです」


 私は一番乗りでやってきた若い執務メイドに頼み、この部屋の近くの小部屋を手配してもらった。エビーには私の荷物から画板と紙と鉛筆、そしてザコルの教科書を取ってきてくれるように頼む。


「もし彼がここに来るようなら、そっちで相手してあげてください。そこからならこっちの音も大体聴こえるでしょ。今日は無理かもしれませんが、数字と簡単な足し算引き算が覚えられたら、ソロバンも一緒にやろって誘いますね」

「はい。ありがとうございます、ミカ」


 ザコルが表情を緩める。憂いが軽くなったらしい。

 





 わいわい、今日もソロバン塾は盛況だ。


 今朝は同志村女子達、エビー、タイタのグループにイリヤも入ってもらった。大人に比べると理解の速度はまだまだ遅いイリヤだが、ときたま彼が大人に『こうやるんだよ!』と教える姿も見られた。


 執務メイド達のレベルはおかしい。何か、数日前に教え始めたとは思えない手捌きで弾いている。若い子達だけでなくベテラン達も腰を据えて習い始めた。

 どうやら、私がサカシータの新たな財源になること間違いなし、なんて言ったのがやる気に火をつけたようだ。実際に商会の人間が関心を寄せているのも大きい。


 初心者チームと中級者チームを交互に教えつつ、片手間に造花の試作を進めていると、今日はソロバンではなくかぎ針を持っていたザコルがふと顔を上げた。


「来ました? どうぞ、行ってらっしゃい」

「はい。行ってきます」


 来たのはゴーシだろう。廊下で捕まえて、一緒に勉強しないかと誘ってみるつもりのようだ。


「あら、ザコル様はどちらへ?」


 布の花を竹ひごに括り付けていたミリナが首を傾げる。


「ちょっとね、話があるらしいですよ」

「そろそろゴーシ様達がいらっしゃる頃ですのに……あ、もしかして」

「ええ、内緒の特訓に誘うらしいです」


 ふふ、とミリナが笑う。


「画板と鉛筆、もらってきてよかったです。あと紙も」


 紙は子供向けの支援物資として、カファを始めとした同志の部下達が手配してくれたものだ。本などに使われるような質のいい紙ではないが、手習いやお絵描きには必要充分である。

 この世界、どう作っているのかは知らないが、植物の繊維を使った比較的安価な紙が存在するので助かっている。


「ミカ様がまたお言葉を失われてはいけないからって、多めに渡されたのでしょう?」

「ええ、これがまた結構な量で…いえ、せっかくなので、たまにザコルと文通してるんですよ」

「文通ですって? まあまあまあ。お二人ってどうしてそんなに可愛らしいの? 素敵だわ!」


 ミリナは私達の恋愛模様をまるで少女漫画でも見るようなノリで楽しんでいる節がある。


「いえ、私に言葉が通じなくなったのが本当にトラウマらしくて…」

「まあ…トラウマ」

「最近はより速く書けて伝わる省略語みたいなものも開発してます」

「省略語の開発を」


 文通は元々、ザコルが手紙を書くのが苦手だと言うから鍛錬の一つとして提案したものだった。が、徐々に筆談の能率を上げる方向へと目的が変わってきている。もはや文通とは呼べない。


「ほら、ザコルって暗号解いたり作ったりが趣味じゃないですか。省略語もノリノリで考えてて楽しそうなんですよ」

「ノリノリで、ふふっ。目に浮かぶようですわね」


 まあ、彼氏が可愛いからなんでもいいのだ。


 くすくす、あちこちから笑い声が漏れている。みんなソロバンに集中しているフリで私達の会話を聴いているようだった。





「イリヤーっ」


 ばばん、ゴーシがソロバン塾の部屋の扉を勢いよく開いた。


 ソロバン塾の部屋で一緒に造花を作ってくれていた母親のララが「ノックしなさいっていつも言ってんでしょうが!」とすかさず注意した。だがゴーシは機嫌がいいようで、へらりと笑っただけで響いていなさそうだった。


 ゴーシの後ろからザコルも一緒に入ってくる。無事、二人きりでのお勉強会ができたようだ。


「ゴーシ兄さま! おべんきょうはおわりましたか?」

「うん! おれ、きょうはめっちゃべんきょうできた! なあ、しゃとるらん? ってやつやろーぜ。ザコルおじさまにきいたんだ」

「やる! ミカさまにうたってもらわなきゃ」

「せいじょさま!」

「はいはい、待って待って」


 少年達にグイグイ迫られ、私は作りかけの造花をテーブルに置いた。


「リコも入れてやろーぜ、あいつ、めっちゃ足はやいから」

「あんなに小っちゃいのに!?」

「ああ、あんな足みじけーくせにさ、おれでもつかまえんのにくろうすんだよ」


 お兄ちゃんは毎日妹に振り回されているらしい。ちなみにリコとその母ルルは、ザラミーアと一緒に別室で過ごしている。


「まあまあ君達。シャトルランするのはいいけど、お昼ご飯を食べてからにせんかね」

「走ってからごはんのほうがいいです!」

「そうだそうだ!」


 おろおろとする母親達、ミリナとララの制止も虚しく、少年達のボルテージは上がる一方である。


「うーん、確かに食後に激しい運動はよくないか。じゃあひとっ走りしに行くしかないね」


 やったー、と無邪気に飛び跳ねる子達をザコルとエビーとタイタが総出で押さえている。そうでもしないと勢い余って天井や床や机を破壊してしまうのがサカシータっ子だからだ。


「ミカ様、しゃとるらん、というのは一体何でしょうか」


 気になったのか、女子達を代表してピッタが質問した。


「持久力を測る目的でやる競技みたいなものなんだけど。歌に合わせて同じところを何度も往復して走るんだよ」

「やっぱりミカ様が歌うんですか!? えええ、聴きたい…!」

「今の時間は旦那様もドージョーにはいらっしゃらないわ。ミカ様さえよろしければ、皆で見学させていただきましょうよ」


 管理職っぽいベテランの執務メイドがそう言った。オーレンの行動パターンは完璧に頭に入っているらしい。


「歌っていうほどのものでもないんだけど…。まあ、皆が見たいっていうなら一緒に行こっか」


 やったー、と少年達と同じようにうら若い乙女達が飛び跳ねる。


「ねえ、早く早く! いこーよせいじょさま!」

「ミカさま、早く立って!」

「分かった分かった」


 立ちあがろうと椅子を引いて中腰になった瞬間、フリーになっていた腕をゴーシとイリヤが強く引っ張った。


「わ、いぎっ」

『あ』


 どた、何とか倒れずに踏ん張ったが、悲鳴と物音で皆の注目を集めてしまった。


『ミカ様!?』


 サアア、大人達が顔面蒼白になる。


「ミカ、腕ですね? 見せてください、ほら」

「だ、だいじょぶなのでザコルもみんなも落ち着いて」

「せせせ聖女様大丈夫ですか!? こらゴーシ!! 人を無理矢理引っ張っちゃダメだって本当にもう…!!」

「イリヤも落ち着きなさい!! ミカ様、一度お座りになってください」

「今、人を」

「誰も呼ばなくてだいじょぶだから!! 私、丈夫なので!!」


 実際は筋か骨を傷めたのか腕の付け根あたりがズキズキ痛んでいたが、どうせすぐに治る。


 心配するピッタ達と執務メイド達、そしてペコペコと物凄い勢いで頭を下げるミリナとララを制し、流石に気まずそうにこちらを見上げた少年達に笑いかける。


「いいかね君達。私は少しくらいなら平気だけど、他のお姉さんやザラミーア様には絶対にやっちゃダメだからね。気をつけてください」

『はぁーい、ごめんなさい…』

「よろしい」


 私は、しおらしくうなだれた少年達の頭をポンポンと撫でた。




つづく

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