君って随分と優しい子だったんだね
……闇の力、か。
呪いという魔法技術を含め、精神に干渉できる魔法士がいることは諸外国を巡る中で経験上知っていた。サゴシもおそらくその類で、主セオドア様がどこかで探し当ててきた懐刀であろうと勝手に予想していた。
しかし、それが闇、闇の魔法士と呼ばれ、国内でも孤児院ができるくらいの人数が巷で生まれ落ちているなどとは知らなかった。
それがメイヤー教の言うところの『悪魔』や『悪魔憑き』であったことも…。
第一王子殿下やコマからでさえそんな話は聞いたことがない。実は僕がそういった力を秘めていると気づいていて、敢えて話題を遠ざけていた可能性はありそうだ。
「どうやら僕は、いい大人でありながら実に世間知らずのようです。親が教育熱心でなかったせいかもしれませんね。いい大人が育ちを言い訳にするのは見苦しいのであまり言いたくはないのですが」
「嫌味だなあ…。本当、よく喋るようになったね君は。それに感情が豊かになった。確かに、今の君じゃあ危ないか」
「ええ。いくら悪口を言われようともいくら凄惨な現場を見ようともさして心動かされなかった僕が、ミカに害なす者達の尋問には一つも冷静でいられないのです。騎士の一人には毎回『浄化浄化』と騒がれる始末で」
「浄化? テイラーはメイヤー教の神徒まで囲っているのかい?」
「いえ、本人も知らないうちにそういった能力を得てしまった者がいるようです。外から見ても判断はつきませんが、魔獣がそう言うので間違いないでしょう」
「魔獣の信用度も僕より高そうだね」
「彼らは基本的に嘘をつきませんので」
「それは僕もよく知ってるよ」
僕が王宮で会ったことのある魔獣のいくらかは、この父が召喚した者達だ。年老いた彼らは僕に父の面影を見ていたのか、僕に対して好意的だったと思う。
「先に言っておこう。闇の力、というか呪いや精神感応に類する能力をそれと知って使うことは、メイヤー公国および、オースト国の法で禁術に相当する」
「それくらいは知っています。だから何なのですか」
「君は、十六の時点でその力を表に出さないだけの精神力を持っていた」
「そうでしょうか? その割には王都でも何度も襲われましたが」
「その程度の漏れならば、君の実力では大した害にならなかったろう。闇の力を自覚させた瞬間から君は迫害対象だ。知らせずに済むならその方がいいと僕は判断した」
「僕が持つ力が、比較的強いと知っていてもですか」
「だから、君にはそれを上回るだけの精神力がある、と僕は判断したんだ。ザハリよりも、ずっと自分を律することのできる子、だとね。君は、自分の意思でザハリの代わりに領を出たと思っているようだけれど、正確には違う。君を出すと最終的に決めたのは領主で父親たる僕だ」
「ですから、どうして出したのですか。危険と判っているのなら、双子ともども手元に置けばいいものを」
「ザハリの執着が度を越していたからだよ」
整合性の取れない言葉に僕は思わず眉を寄せる。
「…経緯は知りませんが、父上はザハリと僕の関係を知っていたのですね? ではどうして義母は」
第一夫人、義母イーリアは、当時ザハリが僕を孤立させるために動いていたことを知らなかったようだった。
「当時、僕とイーリアの見解は違った。リアはザハリこそが闇の力をコントロールできていると主張した。隠して領外で暮らすしても、制御できている方がいいと。ザコルが問題を起こしていると、民から度々苦情があったことも彼女の論拠だった」
確かに、義母は僕達がシータイに滞在するようになってから、その行動を見極めようと度々姿を見せては観察していた。ミカはともかく僕は自分が清廉潔白に見えるとは思っていないので、その疑念や警戒を含む視線に文句があったわけではない。義母もミカと一緒で行動に一貫性がある方だ。この父よりはよほど理解ができる。
「でも、僕の見解は違った。君達は子供だった。我が儘や他責思考を一つも持たずに鍛錬や勉学に打ち込める子供なんて、そんな子はザコル、君しか思い当たらなかった。対してザハリは道場にも数えるくらいしか出てきたことのない子だ。双子達の幼少期、僕以上に邸にいなかったリアには、その姿勢の違いがよく分からなかったようだ」
「父上も、僕らが物心着く頃にはあまり邸にいませんでしたよね」
何を分かったようなことを。と口をついて出そうになる。
「そうだね、常駐するのはせいぜい冬の一期間くらいだった。でも、冬の間だけでも君達を見ていれば気づくことは多いよ。君は、吹雪の日は必ず一番に道場へやってきた。…ごめんね、民、特に女性と交流のない僕では、君の無実を証明してやれなかったんだ」
哀れみの眼差し。僕は懺悔を聴きに来たのではないのに。
「…そんなことはいいのです。僕も弁解する気がなかったので」
「君は話すのが苦手だっただけだろう」
「いえ、肝心な時に言葉が出てこないのは今もそうですが、した覚えのないことで責められるのは、嫌われているがゆえだと思っていました。嫌われているのは僕が上手くやれないせいですから、彼女達の苛立ちは甘んじて受け止めるべきだと考えていただけです」
父は瞳を瞬く。
「そっか。あの頃、僕も気付けなかったけれど、君って随分と優しい子だったんだね」
「僕が優しい? まさか。物理的に襲われたら民といえど返り討ちにしていましたよ」
「それは普通だよ。ただの自衛だ」
「いいえ。僕らの自衛は自衛じゃない、ただの暴力だ。それに、彼らは純然たる被害者だった。僕が、きちんと自覚して制御できていたのならと思わずにはいられないんです」
今からでも、彼らに何かしてやれることはあるだろうか。いや、あるはずもない。他ならぬ加害者が目の前に現れたところで、恐怖を思い出させるだけだ。
「…やっぱり優しいね。それに正しい。君からしたら、僕はさぞ領主失格に見えることだろうね。僕は領主である以前に一人の親として、幾人かの民の犠牲より、息子の将来と自由を取った。何も知らされなかった君が気に病むことはないんだよ」
「いいえ、無知だったことにも責任はあります! どうして知らせてくれなかったんですか。僕は黙っているのだけは得意な方だ。自覚しても隠すくらいはできた!」
まずは冷静に、というミカの言葉を反芻する。喉から次々に出かかる文句を何とかして押し留めようと、思わず胸の辺りを掴む。
父はそんな僕を見て目を細めた。
「そうかもしれないね。でも、僕は子供であった君に秘密を抱えさせられなかった。そして君は自覚のないまま、いい大人になった。次に君に伝える機会があるとすれば、君が子供を作る時だろうと思っていた」
「子供…。ザハリを止めなかったのはなぜですか」
「それは、今度こそ僕が家族や民と向き合ってこなかったせいだ。あいつのことは、リアが適度に仕事をやって面倒を見ていた。ザコルがいなくなってからは、そこそこ真面目に努力もするようになったとも聞いていた。それが、領内でも特に貧しい、学舎にも来れない娘達を標的に自分達に似た双子を作ろうとしていたなんて、本当の本当に知らなかったんだよ。僕らが知った時には既にゴーシとリコは生まれていた。他にもあと三人は見つかっている。うち二人は生まれたばかりの男の双子だ。絶対に全員、母子ともに引き取って僕らが面倒を見る。それだけは、必ずだ」
父は、珍しく僕を真っ直ぐに見据え、強い意思のある表情でそう言い切った。
つづく




