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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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じゃあ何に色気を感じてくれるんですか?

 元気になったサゴシを無事闇の仲間達に引き渡した頃、汗を拭うイリヤとエビタイの三人が廊下をワイワイと歩いてきた。


 三人のために一番近い浴室に湯を溜めてやり、ついでなので私も違う棟の浴室を借りてお風呂に入ることにした。いくつも浴室があるというのは便利だ。


 ザコルは脱衣所外の廊下に立って待っている。彼の耳が良すぎて入浴の音を聴かれているとか、そういうのはもはや気にならなくなってきた。一応気配や音は消して入るが、聴覚以外も鋭い彼のことだ。そんな私の小細工くらいで何もかも感知できなくなるようなことはないだろう。


「ああーザーコルーはかーわいーいなあー、いーとしーいなあー、あーいしーてるうううー」


 気にならなくなったついでに歌うことにした。

 現在、一日一回以上『愛してる』って言うキャンペーン実施中である。私が世界を愛していると言っただけで、びっくりして泣いちゃう感動屋の彼氏のためだ。


「ぶふ…っ」

「あれ、脱衣所に誰かいます?」

「す、すみません、洗濯メイドのマリーです。脱いだお召し物を回収に参りました」

「ふふっ、当たり前みたいに気配断って入ってくるね」


 脱衣所に誰か入ってきたことに全く気づけないとは、流石はサカシータの邸付きだ。メイドがただのメイドじゃないのは定期である。


「おくつろぎの時間をお邪魔しないためだったのですが…、ついお歌を聴いてしまって。申し訳ありません」

「こちらこそごめん、知能が著しく低下した歌なんか歌ってて」

「いいえ、仲がおよろしいのですね」


 ふふふ、と洗濯メイドのマリーは笑いながら去っていった。





 脱衣所で着替えだけ済ますと、私は廊下に声をかけようと扉を開く。


「あれ、頭抱えてる」

「何なんですかあの歌は…」

「愛してるって言うキャンペーン中なので。髪拭きます?」

「拭きます」


 自分の髪なので自分で拭いてもいいのだが、拭きたい人がいるので声はかけるようにしている。私は気遣いのできる女である。


「私、脱衣所で待ってますから、ザコルもこのままお風呂入ってくださいよ」

「はあ!?」


 髪を丁寧に梳られ拭かれてあらかた水分が取れたところで、風呂を勧めたら大声を出された。


「目の前で脱げと!?」

「残り湯温め直しますね」

「だっ、まっ、あっ、あなたの残り湯を僕が使う!?」

「そりゃだって私の後の湯を使えるのってザコルくらいですからね色んな意味で。もったいないし…」


 外は猛吹雪なので、新しく雪や井戸水を確保するのも大変だ。それでも何人か入れるくらいの雪や水は浴室に用意されていたが、節約できるならしたほうがいい。明日吹雪が止むとも限らないし。


「温めてるうちに脱いでガウン羽織っておいてください。あ、脱がせてあげましょうか」


 私は彼の騎士団服のボタンに手をかけようとする。


「やめろ!! じっ、自分で脱ぎますから!!」

「じゃあなるはやでお願いします。すぐに戻りますので」


 それ以上の問答はせず私は浴室に移る。こういうのは勢いが大事だ。


 ひや、冷えたタイルの床が足裏を刺激する。

 紳士タイタによれば淑女は裸足を晒してはいけないらしいが、ザコルは私の裸足を見ても何も言わない。

 接吻に同衾までしておいて今更かもしれないが、裸足を見慣れているとか、脱衣所に平然と入るとか、髪を手ずから拭くとか、そういう細かな『オイタ』を意識していないあたり、まだまだ彼も鈍感だ。それでいて椅子を持ち上げる程度のことを『悪さ』だと思っているのだから。


「はあ、愛おしい」

「うるさいです! 馬鹿にするのも大概にしてください!」

「馬鹿になんてしてませんよ。脱ぎました? 脱がせましょうか?」

「脱ぎました!! あっ、開けるのはまだ」


 私は浴室と脱衣所を隔てる引き戸をガラッと開けた。ザコルはまだガウンの紐を結んでいる最中だったがなかなかの早着替えだ。

 彼は私の視線から逃げるようにして浴室に入り、そして引き戸をバンと閉めた。

 引き戸は欧米文化では馴染みのない仕組みらしいので、オーレンか、この砦を建てたサカシータの先祖あたりが設計したものかもしれない。


「ふふ、脱ぎ散らかしちゃって」

「拾わなくていいですから!!」

「はいはい。服には触らないからちゃんと洗って浸かってきてくださいよ。さもなくば確認しますからね」

「絶ッ対に開けないでください! お願いですから!!」


 さぞ急いで脱いだのだろう、マントも武器の収容された腰ベルトも団服も下着もその他仕込み武器も、何もかもが床に散らばっていた。


 私は貴重品が入っている腰ベルトと仕込み武器だけを拾ってチェストの上に並べ、廊下に出て声をかける。先程のマリーではない洗濯メイドが速やかにやってきて、使用済みの衣服を洗濯済みの衣服にササッと交換して下がっていった。


 しばらくすると、びしょびしょのままガウンを羽織ったザコルがまた引き戸を開いた。

 私もまた浴室に入り、彼が着替えるのを待って脱衣所へと戻った。





 ぶす…。


 ふくれながら鏡台の前に座ったザコルの髪を丁寧に拭いて梳かす。

 そろそろ髪を切ってあげたい。変装のためにモサモサ感を残してはいたものの、いい加減に度を超えた毛量になってきた。私はモッサモッサでも全然好きだが、本人は鬱陶しいだろう。


「…ミカは少し前まで、僕の半袖姿にさえ動揺していませんでしたか」

「してましたねえ。今も明るいところで見たら動揺すると思いますよ。ザコルは私が薄着でもあんまり動揺しませんよね」

「…あまり、服装に色気を感じないタチですので」

「じゃあ何に色気を感じてくれるんですか?」


 じろ、睨まれた。残り湯には色気を感じてくれたらしい。


「前に、私がザコルの残り湯を使っていても何も言わなかったじゃないですか」

「あれは、確信犯なんですか? 気にしていないだけかと思っていたんですが」

「ええ、気にはしていません。家族はもちろん、温泉や大浴場で人と湯を共有することは私にとっては普通だったので」


 まあ、男湯にはもちろん、混浴も実際には入ったことはないのだが。


「いいですか、僕以外の男に残り湯を使わせるのだけはやめてください。男の後に入るのもですよ!」


 りんご箱職人のおじさん達が入った後の湯に、カズと一緒に入った時のことを根に持っているらしい。


「音をわざと聴かせるのも禁止です!」

「禁止ねえ…。じゃあ、入れる時に必ずお風呂に入ってくれると約束してくれるなら、約束してあげてもいいですよ」

「何ですか、ちゃんと入ったでしょう」

「今日、別に入らなくていいやとか思ってましたよね?」

「き、機会があれば入るつもりで」

「ですよね。なので機会を作っておきました」


 ザコルは、先程のことでオーレンに少々だが不信感を持ってしまっている。この精神状態では、子爵邸内とはいえ、風呂ごときのために人に私の護衛を任せて離れるとは考えづらい。


「私が廊下で待つのも気にするでしょ。寒いですし」

「僕のことを見透かすのは大概にしてくれませんか」

「ザコルだって私の思考を先読みしまくるじゃないですか。甘やかされるのが心地よくなってきてるので構いませんけど」

「護衛を甘やしたってあなたの益にはなりません」

「あなたの髪を拭けます。これは益です。明日は髪を切りましょうね」


 すーりすりすり。まだ湿っている髪に頬擦りする。


「…あの!」

「私が『補給』してはいけない理由でも?」

「…………ありません」


 ぎゅむ、後ろから抱きついてみる。そして、火照ったこめかみにちゅう、とキスをする。


「〜〜〜っ!! あの!?」


 じたばた。


「私が『補給』してはいけない理由でも?」

「あ、ありません、ありませんが!?」

「ないならいいじゃないですか。ふへ、大好き大好き大好き」

「どうしてそんなに僕が好きなんですか!?」

「えっ語っていいんですか!?」

「だっだめです!!」



 わーわーわー…。

 いい大人が二人で何を大騒ぎしてるんだろう、と思いつつ。

 じたばたと抵抗しているようで抵抗できていない彼の世話は非常に楽しかった。




つづく

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