私も闇の力欲しい!
「こんな力あっても何の得もないと思ってましたけど、無くなると死にかけることはよく判りました。回復も遅えし」
サゴシはまたしみじみと言った。死にかけたことで何か悟りでも開けたようだ。
闇とは、呼び方は違えど、少々性質の変わった魔力の一種ということなのだろう。
要するに彼は魔力不足の状態に陥っていたのだ。なぜかダイヤモンドダストで私の魔力を浴びたことによって…。私の魔力は塩で闇はナメクジか何かなんだろうか。
「あのさ、サゴちゃん。私の涙には気をつけて。塩…じゃなかった、魔力が桁違いに濃いんだって。あと、念のため血とか唾液にも注意して」
「ああ、そうですね。なるべく触らないようにします。てかあんま気にしないでくださいよ。あなたの涙が『毒』になる人間なんて滅多にいないんですから」
「毒になる人が少数でもいるって知っちゃったからには気にしないってのは無理だけど、聞いといてよかったよ。何かあったら助けちゃうとこだったもん」
逆にサゴシが瀕死になった時はどうやって助ければいいんだろう。まあ、普通は助けられないのだが…。
「そういや、ザハリ様って大丈夫だったんですかね。めっちゃ大人しくなったって聞いてますけど」
はい。自殺しようとしたザハリの口に涙を含ませたハンカチを突っ込んだのは私です。
「ザハリ様からも闇を感じたってことだね」
「はい。まあ、牢じゃあからさまに使ってはなかったですけど、アレが加護とかによるもんじゃないっていうんなら…」
「僕が涙を舐めて平気なのですから、問題ないのでは?」
「涙舐めた…? えっと、まあ、兄弟でも性質違うことありますよ。孤児院でも、兄は普通なのに弟だけ闇が強すぎて預けられたのがいました。その弟以外、家族全員が発狂したらしくて」
「そうですか。それは、家族も弟も災難でしたね」
闇の力を持つ者とは、精神感応系の魔法能力者ということで間違いないようだ。
「サゴちゃん。闇の力を授かった子達って、みんな同じような能力を持ってるのかな」
「いえ、個人差あります。俺はほとんどの人間の悪感情に『干渉』できますけど、何となく場の空気や気分を変えることくらいしかできないヤツもいます。あとは人の注意をそらせるとか、逆に異性にモテまくるとか、そーいうのも闇の力になりますね」
モテまくる…。
「ザコルもザハリ様も、小さな頃から男女問わず頻繁に襲われてたんでしたね…」
「ええ。まあ、僕も子供時代は制御などできていなかったんでしょう。そう思えば、襲ってきた者達もまた被害者だったということか…」
あ、気にさせちゃった。しまった…。
「男女問わず襲われてたとかこっわ…。しかも猟犬殿、絶世の美少年だったんですよね? よく貞操無事でしたね?」
「僕は闇という以前にサカシータ一族ですから。一対一ならばほぼ返り討ちにできます。鍛錬は裏切りません」
「いやいや闇の力持ってる上に滅茶苦茶強いガキとかマジに最終兵器だろ…」
サゴシが自分の両腕をさすってみせる。
「物理での対処は最終手段です。人付き合いも苦手で避けていましたし。そういう僕と違い、ザハリは周りを器用に動かすタイプでしたから、ある意味使いこなしていたのかと」
その結果、ファンの人生を弄ぶ危険人物に成り果ててしまったわけで…。
「ね、ザコルがいい子でよかったでしょ?」
「ほんそれですね」
ですです、私とサゴシは頷き合う。
「僕はいい子ではありません。不審者です」
「それって、周りがチャームにやられないように、見た目だけでも不審者装ってやってたってことですよね? 信じられないお人好しですね」
「チャームというのかこの力は…。で、ですが! これでも王都では多くの者に疎まれて悪口も言われていたんですよ!」
どうだえっへん。何で得意げなんだろう。かわ…。
「多分ですけど、それもアンタが望んだからそうなっただけだと思いますよ」
「僕が望んだから?」
「そんだけ強い力なら、はい」
そうか。チャーム、魅了。そういった力をもってして、逆に人に疎まれるように仕向けることもできるわけだ。なるほど。
「まあそんでも、王子様とか公爵様とかセオドア様には逆に好かれちゃってたんですよね」
「そ、れは……」
むむ、ザコルが眉を寄せる。心当たりがありまくりそうだ。
「俺も、魔力が高いと思われる人には干渉しづらいんですよね。なんで、この領はやりにくいです。ただの従僕でも高位貴族相手にしてるのかと思うくらい効きが悪いんで」
ただの従僕、ペータのことだ。
側で話を聞いていて気になったことがある。
「ねえサゴちゃん、ちょっと聞きたいんだけど、呪いって呼ばれてる力はさ、闇の力に分類されるのかな」
「呪いですか? まあ、俺ら存在が呪いみたいなことはよく言われますけど」
「違う。邪教が使ってたあの魔封じの香のことだよ」
「ああ、あれかあ…」
サゴシは考えるように口に手をやった。
「どーですかね。俺のいた孤児院には、例えば物に力を込めといて自分の手が離れた場所で発動させる、みたいな能力者はいませんでした。だからって呪いが使えるヤツが闇魔法士じゃないとは言い切れませんけど…。勉強不足ですいません」
「ううん、ありがとう。また誰かに訊いてみるよ」
闇と呪いを混同させるべきではないのかもしれない。だが、ザコルは闇の力を持っているからこそ呪いを弾けるのだとミイは言っていた。
「俺もいっこ訊きたかったんですけど、あのメリーって何なんですか? 元々そんな闇っぽくないのに完全に闇堕ちしてるんですけど。全然干渉できねーし」
「何で干渉してみようと思うのかな。そういえば、ペータくんもまだ闇に堕ちきってないみたいなこと自分で言ってたよ。つまり堕ちかけてはいるってこと? 闇って生まれつきじゃなくても後から堕ちたりできるもんなのかな?」
ミイミイ。
鍛えることはできる。
試作品のコサージュを転がして遊んでいたミイが話に戻ってきた。
「鍛えることはできる?」
「は? 鍛える? 闇を? マジ?」
サゴシも知らない話だったようで前のめりになる。
「確認なんだけど、それって現状闇の力を持ってなくても、後天的に鍛えて使えるようになれるってこと?」
ミイミイ。ミイミイミイ。
できなくもない。才能ないやつには無理。
「てことは才能さえあればできるんだ! ミイって色んなこと知ってるね」
ミイミイ!
ミイは魔界の森の賢者!
「魔界の森の賢者ときたか。大物だねえ」
ミイミイミイ。
ミカも闇の力鍛えると、呪い弾ける。
「えっ本当に!? 私、そっちの才能はあるってこと!?」
ミイ。
「あるんだ! やったあ、神徒の資質はないって言ってたから、自力で呪いをどうにかするのは諦めてたのに!」
ミイミイミイ。ミイミイ。ミイミイミイ。
ミカは魔のモノ。しかも強い。呪いくらいどうにでもなる。
「魔のモノってとこ引っかかるけどそれでもいい! よぉーしこれで邪教のアジトにも突っ込みたい放だいぇぐぅ」
急に強く抱き締められて潰れたカエルのような声が出た。
「ミカ。いいですか。あなたがアジトに突っ込む必要はこれっぽっちもありません。どうしてすぐ敵に姿を晒してやろうという発想になるんですか? 一つも合理的ではありません」
「ぅぎぇ」
「そういう意図で鍛えようというのならシショーとして僕は許可しません」
「ぃぅ」
「締め過ぎです」
ぽん、とサゴシに肩を叩かれ、ザコルが腕を緩める。
ゲホゴホ。
「締めてすみません。でも許可しません」
「わ、解りましたって。アジトには突っ込まないから鍛えさせてくださいよ。万が一のこともあるでしょう?」
「万が一、それはそうですが。だったら僕も」
「姫様、マジで闇の力鍛える気ですか? ちょっと考えた方がいいですよ」
「なんでよ、闇の力とか超カッコいいし気になるじゃん! 私も闇の力欲しい!」
「拗らせたガキみたいなこと言わんでください。まあ、どうやって鍛えるのかは俺も気になりますけど」
私達は揃ってミイの方を見た。
ミイミイミイ。ミイミイミイミイ。
やり方はジョジーに聞け。ミイ、闇の力持ってないから分からない。
「いや分かんないのかよって。うん、でも分かった。ジョジーに話しておいてくれない? ちゃんとお願いに行くから」
ジョジーは猿型の魔獣だ。こないだナラの特訓に付き合って雪玉投げてた子。
ミイミイミイ。ミイミイミイ、ミイミイ。
ジョジーは人に近い。そのサゴシみたいに闇極振りじゃないけど、魔力は万物。
「そうか、魔獣にも闇とか光とか万物とか色々あるんだ。そりゃそうか」
ミリューは水魔法が使える。水温を操る私が『万物』とされるのなら、彼女の魔力も万物に分類されるんだろうか。火や物理はどうなんだろう。身体強化は?
ミイ、ミイミイミイ。
ジョジーあいつ、色んな魔力鍛えるの趣味。
「色んな魔力鍛えるのが趣味…」
ジョジーは脳筋タイプ、と私の頭の片隅に刻まれた。
つづく




