噂をすれば
トントン、部屋の扉が鳴る。私達はお互いの腕を緩め、顔を上げた。
ガチャ。返事もしてないのに勝手に扉が開いた。と思ったら、ノックの主はバタンとその場に倒れ込んだ。
「わーっ、サゴちゃん!!」
「サゴシ」
噂をすれば、闇の眷属サゴシだった。
ザコルは倒れたサゴシをサッと横抱きにしてソファに寝かせると、入り口に戻って「彼は預かります。二人とも下がっていい」と一言声をかけてから扉に鍵をかけた。
そしてサゴシの側に跪き、彼の手を取ってきゅっと握った。
…彼氏が他所の男をお姫様扱いする様子を傍で眺める女の気持ちを百字以内で述べよ。
「こうして触れておけばいいんでしょうか、どのくらい?」
ミイミイ、ミイミイ。
「しばらくの間、だそうです。体液を介さない方法は『効率が悪い』のだそうで」
「僕らの魔力譲渡に似ていますね。口を介す方法が効果的だが、ミカの側にいるだけでも魔力の影響は受けると言う点で」
「もしかして、私が触るだけでもちょっと魔力移ったりしてるんですかねえ…」
ミイミイミイ。ミイミイミイ。
ミカの魔力は異質。人間は資質ないと直には受け取れない。
「そう…。直にやり取りできる人間は今のところザコルくらい、みたいに思っといていいのかな」
ミイミイミイ。
サゴシは多分受け取れる。
「えっ、そうなの、じゃあさ、私には闇の力とかないの?」
ミイミイ。
ミカは自然の全て。
「自然の全て?」
ミイミイミイ。ミイ。
光も闇も全て。万物。
「万物……?」
私は八百万の神か? メリーが聞いたら興奮しそうだ。絶対に黙っていよう。
「でさ、私も彼に触ったら闇だけ譲渡できたりする?」
ミイミイ。ミイミイミイ。
他ので闇中和される。多分消える。
「中和?」
「やや、やめて今は……俺消えます多分」
サゴシが絶え絶えな様子で言葉を捻り出した。
「あ、うん。ミイも多分消えるって言ってるし、やめとくね」
彼はホッとしたようにガクリと力を抜いた。
闇の力が消えるとこの子どうなるんだろう…。ていうか闇の力って何だろう。魔力とはまた別の器官で生成でもされているんだろうか。分からないことだらけで怖い。
「サゴちゃん、本当にごめんね…。ダイヤモンドダストは二度とやらないよ」
「そうしてください…てかデカい魔法ぶっ放す時は事前告知くれると助かります」
「よく分かんないけど、魔力一気に放出するような時は言うね」
そう言って、はたと思い至る。このサゴシは私の涙に触れたら危ないのではないだろうか。
「ミイ、ちょっと」
私はミイを肩に乗せたまま、部屋の隅まで移動した。
「俺・完・全・復・活!」
「ああよかったですサゴシ」
パチパチ。
立ち上がってガッツポーズを決めるサゴシに、ザコルが小さな拍手を送っている。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
選挙に勝った候補者のごとく、ペコペコとお辞儀をするサゴシ。おどける余裕もできたようで何よりだ。
「やー、猟犬殿が人に分けられるくらい闇の力持ってたなんて! マジ盲点でした! アレも血筋にくっついてきた加護か何かかと思ってたんで!」
「加護と闇の力の違い? も気になるけど、あれからずっと調子悪かったんだねサゴちゃん。御者とかしてたから、もう大丈夫なのかと思ってたよ」
「姫様が外出するってんですから這ってでも行きますよ。でも途中で倒れたりしてすみませんでした」
「あれか。イリヤくんが可愛すぎたせいじゃなかったんだ。こちらこそ気づかなくてごめん」
美少年が尊すぎて軟体化しているんだと思っていたが、普通にしんどくて倒れていたとは。
「天使が天使すぎて倒れてたのはマジなんですけど」
「マジなんだ」
「マジ光の眷属ですよねイリヤ様。ゴーシ様はお仲間っぽいですが。まあ、そんな強くはなさそうですけどね」
「ゴーシも…。やはり、母の血筋に何かあるようですね」
ザコルが目を細める。
「ねえ、その光の眷属ってのにも何かあるの?」
「いえ。ただ見た目も中身も天使ってだけです。俺らとは違って何もないですよ」
サゴシは『俺ら』と言いながらザコルの方をチラッと見る。
「僕は、ミカに触れたり、ミカの魔法に当てられても体調を崩すようなことはないですが」
「多分ですけど、渡り人の血が入ってるからじゃないですか。先祖は同郷って話ですし。猟犬殿は闇も持ってんでしょうけど、基本は姫様と性質が近いんだと思いますよ。ほら、よく触って『補給』もしてますよね、あれ無意識ですか?」
確かに、ザコルは何かストレスがあると私の髪にすりすりしにくる。
「なるほど…。あれは本能的にミカの力を求めてしまっていたんですね」
「ザコル、補給します?」
「します」
ザコルは立ち上がり、私を抱き寄せてすりすりと髪に頬を寄せた。
「ふふっ、素直」
「僕は多分、この闇の力とやらを使った後に、あなたに『中和』を求めにいっているんだと思います」
「補給というよりは中和、ですか。まあ、尋問直後とか謎の色気バリバリですもんね。力が闇に寄っちゃってる、みたいな状態なのかな。タイちゃんも浄化浄化言うし、なんか納得です」
「浄化? あの人、神徒か何かなんですか」
サゴシのセリフに思わず目を見開く。
「サゴちゃん『神徒』について何か知ってるの?」
「メイヤー教にいるヤツですよね? 呪いとか闇とか祓って浄化するのが使命みたいな。見たことはありますけどあんま近寄ったことないんで詳しくは知らないです。でもタイさんって王都出身ですけど、メイヤー教の神なんか真面目に信じてなくないですか」
「うん、どっからどう見ても猟犬教の狂信者だよねえ」
「ほんそれです。神徒って信じる神が何でもなれるもんだったんですね。初めて知りました」
サゴシはフーッと息を吐くと、先程まで横たわっていたソファに腰を下ろした。
「俺、俺以外の闇っぽい存在から干渉されるの初めてだったんですよね…」
語り出した。
「前にザコル殿に手をさわさわされてあまりの気持ちよさに思わず拒否っちゃいましたけど、本能には抗えないってことだ」
手をさわさわ…。思わずジト目になる。
「サゴシ。君はいつ自分が闇である、と自覚したのですか」
ザコルは私のジト目をスルーした。
「物心ついた時には自覚ありました。親がどんなのかは知りませんが、赤ん坊のうちに捨てられたみたいです。そういうのの専門の孤児院がテイラーにあって、そこで育ったんで」
「なるほど、専門の孤児院。流石は主セオドア様だ、お目が高い」
サゴシがわずかに顔を顰める。
「本気で言ってます? 俺ら、分類上は魔法士の端くれですけど、存在自体が呪いみたいなもんですよ。メイヤー教だと迫害対象ですし。主だって危険だって分かってるから、施設作って見つけ次第隔離してんですよ」
「隔離、そうでしょうか。君は優秀です。一部から疎まれるからと言って、捨て置くなどあまりにももったいない」
「もったいない…か」
サゴシは複雑な心境なのか、ザコルに握られていた手をじっと見つめた。
「その孤児院、寄付は受け付けていないんですか。叶うなら僕も行ってみたいのですが」
「孤児院は存在を秘匿されてます。てか子供のうちは全然力とか制御できないんで、あんま近寄らない方がいいですよ」
「僕なら多分大丈夫です」
「…確かに、アンタならよっぽど大丈夫でしょうね。そっか、猟犬殿は知らないまま大人になれたってことだ。今も普段からその力引っ込めて制御できてんの、本当に凄いと思いますよ」
しみじみ、何かに思いを馳せるようにサゴシは息をつく。今までそんな感じはしなかったが、彼も苦労の多い人生を送ってきたらしい。
ザコルが持つ闇の力とやらは、闇界隈でも強いと認定されるレベルのようだ。
サゴシも自分が強い方だと自覚していて、以前は『俺が惑わされるなんてあり得ない』と発言していた。つまり、相手の力を上回らければ『干渉』とやらはできないのだろう。
つづく




