全然真面目じゃないや
「長兄の尋問が難航しているようです」
午後のソロバン塾を解散し、ミリナと女子達を自部屋に送り出した後。部屋に残ったザコルがそんなセリフを言った。
「イアン様の尋問、こちらでも続きをしてたんですね」
私は皆がソロバンを弾いていたテーブルの椅子を引き、ザコルにも隣に座るよう勧めた。
長兄イアンといえば、シータイに滞在中、イーリアによる尋問を散々受けていたはずだ。テイラー第二騎士団団長ハコネもなぜか『よき夫』代表として連れいかれていた。善良な彼の説教はモラ夫イアンの耳を素通りしたようだが。
「義母の尋問では埒が明かなかったため、実母に託されたのです」
「えっ、ザラミーア様が尋問してるんですか? イアン様を?」
「はい。母は尋問の名手ですので」
「尋問の名手」
意外な特技が発覚した。いや、意外でもないか。彼女はこの尋問魔王のご母堂だった。闇の力とやらもお持ちらしいし。
「その母でも難航しているため、僕に鉢が回ってきそうです」
「ザコルってイアン様の尋問はしてませんでしたっけ」
「はい、僕はしていません。あの兄を捕まえて以降それどころではなかったこともありますが、一応『サカシータ一族同士の喧嘩』に相当する可能性もあったので」
「あ、それで」
サカシータ一族同士での喧嘩の禁止は、当主であるオーレンが決めたことだ。
確かに、ザコルは今まで、イアンとザハリの捕縛まではしているが尋問や拷問には参加していない。戦やら何やら色々あって、私から離れるわけにいかなくなった事情の方が強いかもしれないが、一応そんな理由もあったのか。
「……あれ、ザッシュお兄様が一発入れて失神させたりしませんでした?」
「……していましたね。実はあれも意外だったのです。そんな『悪さ』をする兄だったかと」
私がザハリに会いに地下牢へ行った際、余計なことになりそうだからという理由でイアンの鳩尾に一発入れ、意識を刈り取っておいたのだとザッシュ自身が話していた。
「ふふっ、ザッシュお兄様って、本当に真面目な方だったんですねえ」
「ええ、いつでも大真面目で頭の固い兄でした」
過去形だ。
「大方、不真面目な僕達に影響を受けたのでしょう。…親に言われたからとしたくもない見合いをしたり。外に憧れがあるにも関わらず、出稼ぎ連中のために故郷を守るべきと自分に言い聞かせたり。抑圧されるのは勝手ですが、それで僕に八つ当たりをされても困りますね」
フン、とザコルは鼻を鳴らす。
「ザコルだって真面目じゃないですか」
「僕は不審者なんですよ。どこが真面目ですか」
どこが真面目。そう言われてみればそうか、と思い直す。
故郷への仕送りだけは真面目にというか過剰に行ってきた彼だが、王宮に作業着で出入りしたり、王太子に塩対応で接したり、王都なんか全部焼き払おうと思っていたり、挙句人間不信になったからとさっさと隠居しようとしたり。
初めての職場がブラックだったせいで少々感覚はズレているようだが、ザコルはザコルで割とやりたいようにやって生きてきたのかもしれない。
「愛おしい」
「なっ、何が」
「タイタもそういう自由なとこ褒めてたなって。ていうか護衛対象の私にもやりたい放題でしたもんね。全然真面目じゃないや」
「ぼ、僕はあなたに対しては一応真面目に」
「真面目に耳食んだりしてましたよね。ふふっ」
「あ、あれは、試し行動みたいなもので」
「試し行動?」
試し行動とは。中田カズキいわく、里子が里親の愛を試すためにわざと困らせるようなことをする現象、らしい。
「ミカが困って僕から離れるなら、それまでと思っていたんです」
「ザコルは里子でも捨て子でもないでしょうに」
「僕は、領から追い出された捨て子のようなものだと自分で思っていましたから」
「それで、私の愛を試そうと?」
「……………………はい。多分」
にま、顔が緩む。
「ふふふ、そっかあ」
「何を笑っているんですか! 僕は散々幼稚な真似をしたんだ。あなたはもっと困って怒ればいいんです!」
「困って怒ってたじゃないですか。当時は魔力過多だったのもありましたけど」
「ええそうでしたね、明らかに体調が悪く心の余裕も無さそうでした。だというのに、あなたは僕を本気で突き放さなかったし、不信感を持つ様子さえなかった。それでいて、僕のために『他の人間を見ろ』と言うんですから!」
「根に持ってますねえ。私は、自分の存在の方がよほど信用ならないと思ってましたからね。大事なあなたの心を預かる自信が持てなかったんです。不安にさせてごめんなさい、ザコル」
「謝るな」
「そうでした。一方的な謝罪に誠意は宿らないんでしたね」
「違う。ミカの謝罪には誠意しか宿っていない。そんな重い謝罪はいらないし僕に受け取る資格などない」
プイ。
「…えっと、何の喧嘩してたんでしたっけ」
「喧嘩はしていません。僕こそミカに謝りたいのに、謝罪を贖罪にしたくもなければそもそも謝って済む問題でもないから軽々しく謝れない。だというのに! ミカはすぐ僕に謝る!」
「はいはい怒らない。ほらいーこいーこ」
「子供扱いするな」
「普段子供扱いしてるのはそっちでしょうに。何ですかねえこの愛しい生き物は」
何を拗ねてるんだろう。ザラミーアにドキドキしていたのがバレたんだろうか。拗ねて怒っていても可愛いとは全く不思議な生き物だ。
で、この可愛い生き物がイアンの尋問に参加するんだったか?
イアンめ、尋問魔王が出張らなくてはいけない程の秘密を抱えて今も死守しているのか。私の中でイアンは小物に分類されていたのだが、案外大物だったらしい。ザコルの前で怯えたリスのようになっていたイメージしかないのに。
ミイ!
噂をすれば白いリスがドロンと現れた。同じリスでもこっちのリスが怯えているところは見たことがない。
「ミイ、ミリナ様についていかなかったの?」
ミイミイ。
ミイは今来た。
「何か伝言でもあった?」
ミイ、ミイミイミイミイ。ミイミイ。
ミカ、アナグマ使って何かするだろう。ミイ達も使え。
「え、ミイ達を? 何で」
ミイミイミイ、ミイミイミイ!
ミリナママの手柄、増やすため!
「手柄? え、ミリナ様がそう言ったの?」
ミイ。
言ってない。
「ちょっ、まずミリナ様のご意向を確認しようよ、何勝手なこと言ってんの」
ミイミイミイ!
ママ過保護!
「そりゃ、最近までみんな弱ってたんだから過保護にもなるよ。まだリハビリし始めたばかりの子もいるでしょ」
ミイミイミイ!
もうみんな完全復活!
「本当かなあ…」
ミイミイ、ミイミイ。ミイミイミイ。
ミカの、キラキラドーム。あれで復活。
「は? キラキラドームって、ダイヤモンドダスト? あんなものただの氷じゃん」
ミイミイミイ! ミイミイミイミイミイ!!
ただの氷じゃない! 呪いを灼き尽くすくらいの濃い魔力浴びた!!
「ミイまで闇の眷属みたいなこと言って…。あれはね、ただ空気中の水蒸気を氷に変えただけのことなんだよ」
ミイミイミイミイ。ミイミイ。
ただの空気を氷に変えるほどの魔力、濃くないわけない。ミカはアホ。
「アホとは何よアホとは!」
プンスカプン!
ミイミイ、ミイミイミイ。ミイミイ、ミイミイミイ。
あのサゴシってヤツ、まだ回復してないぞ。ザコルに闇の力、分けてもらった方がいい。
「ちょ、またそれ…」
ミイいわく、ザコルはザラミーアから『闇の力』を受け継いでいるのだという。コマでさえそんな話はしていなかった。
信じてもいいとは思うが、ミイはあくまでも魔獣の立場からものを言う。例えばその力を持っていると、人間社会の中でどんな扱いを受けるのかなど私には全く判断がつかない。
…というかサゴシは闇の力をアテにして生きているんだろうか? それはまあ、何となくあり得るような気もするが…。
「ミカ。また僕の話をしていますね。あまり気を遣う必要はありませんから、教えてください」
私に大人しくいーこいーこされていたザコルが口を挟む。
「……ええと」
「気になるので教えてくれませんか」
「……はい。じゃあ…」
すう、はあ。私は一旦深呼吸した。判断がつかない以上、ザコルを信じて相談するしかない。
「闇の力を持っているそうです」
「闇の、力? 僕がですか?」
「はい。で、サゴちゃんがこないだのダイヤモンドダストにやられたまま回復してないらしいので、ザコルに闇の力を分けてもらった方がいいとか言ってます」
「……そうですか。彼の『狂気』もその闇とやらの類なのですね。僕にも似た力があると?」
ミイミイ。ミイミイミイ。
闇は同じ。質は似て非なるもの。
「闇は同じ。質は似て非なるもの、だそうです」
要約もせずそのまま伝える。というか初めて聞くことばかりでは下手に要約なんかできない。
ザコルは少し考えるように顎に手をやり、自己完結でもしたのか、うん、と頷いた。
「力は、どう分けてやればいいですか」
ミイミイミイ。ミイミイミイ。
「肌に触れるだけでもマシになる。本当は体液に触れさせた方がいい。だそうです。チュウでもしてきますか」
「……ミカ以外に接吻などしませんが?」
「ふーん、どうだか。誘惑してるのは知ってますよ」
「ゆっ、誘惑なんてしてません!」
「いつもねっとりした目で見てるじゃないですか」
「そんな目で見てはいませんから!」
ミイミイミイ。ミイミイミイ。
ミイはサゴシどうでもいい。ミイ達を使え。
「分かった分かった、ミリナ様にちゃんと相談してからね。それに他の子の話も聞きたいよ、みんなにどんな能力があるのかも全部は把握できてないし」
「ミカ、父にも話を聞かなければ。あなたの能力はもちろん、僕の闇の力とやらについても聞いておいた方がいい。あちらも知っていて黙っていることが色々とあるはずです」
「そうですね、次のアポで聞いてみましょう。エビーとタイタにはどう話すか、ですねえ…」
「僕は包み隠さず話せばいいと思う。穴熊のことも、僕が持つ知らない力のことも。あの二人に隠すのは疲れますから」
「ふふっ、疲れるからですか。でも、オーレン様のお許しはいただかないと」
「今の僕らはテイラーの犬だ。本来、他領の領主の意向など聞く必要はない。もう耳に入ってしまった情報をどう扱うかなど、こちらの裁量に委ねられるべきなのです」
「それでも。あなたを愛してくれる、大事な家族ですよ」
きゅ、私は撫でていたザコルの頭を抱き締める。
「オーレン様は、あなたの不利益になることはなさらないはずです」
「……どうしてそう言えるんですか。あの父なら、僕に秘められた力のことくらい以前から知っていたはずです」
ザコルの言葉の端に浮かぶのは、実の父への…………不信感。
「それも、どうして黙っていたのか、ちゃんと聞きましょう。いい大人ですからね。話し合えるうちに話し合ってみましょうよ」
ね、と言うと、ザコルが黙る。既に話し合える親もいない私が言うのは少々卑怯かとも思いつつ…。
色々と聞いておかないと次に進めないのは事実だ。ザコルの実力と立場ならば、無理矢理聞き出すことも不可能ではないのかもしれない。だが、相手は敵でも罪人でもない、家族の一人。誰のためでもない、この彼のために口を閉ざすことだって充分にあり得る。
オーレンという人は、領主としての意向や利を優先させることも当然あるし、正直に言って自分本位な面もあると思う。しかし、息子や孫が可愛くて仕方ないという顔に嘘はないと思えた。彼は決して、このザコルの敵ではない。
聞き出したいならば、まずは誠心誠意、自分の希望を説き、そして相手の意向にも寄り添うことだ。そうするしか道はない。
うちのばーちゃんも頑固だったな、と思い出す。
母が失踪し、私がそれまでの記憶の大半を失った時から、祖母は母の話を一切しなくなった。他ならぬ私が乞うてもだ。
怪我を拗らせて呆けてしまってからは私を母と間違えたり、母が帰って来るはずと騒ぎ出すこともあった。逆に言えば、それほどにまで祖母の心には娘である母がいたにも関わらず、子供だった私を不安や悲しみの捌け口にすることだけは避けていたのだ。
それが、私の生育にとって正解だったかどうかなど解らない。ただ私は、祖母には祖母なりの愛があってそうしたということだけは理解していた。
「ミカ?」
きゅ、と彼の頭を抱く腕に力を込める。
ザコルはそれ以上追求することなく、私の背に手を回してポンポンと優しく撫で返してくれた。
つづく




