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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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内職と言えば造花、じゃないですか

 女子達は鍛錬には参加せず部屋に戻っていった。

 この寒いのに冷や汗が止まらないオーレンに遠慮したともいう。


「おじいさま!」


 そして入れ替わりで天使がやってきた。

 彼は事前に作法を聞いてきたのか、律儀に靴や靴下を脱いでから道場に駆け込んできた。


「イリヤぁ!!」


 半泣きで孫を抱き止めるオーレン。


「おじいさま、どうしたんですか?」

「怖かったんだよおお」

「こわい? ピッタたちのこと? みんなやさしいですよ」

「いい子達だろうってのは解ってるけどおじいさまは若い女の子が怖いんだよおおおお」

「へんなおじいさま。おじいさまはとってもおつよくて、りっぱなのに」


 イリヤは情けない顔の祖父の頭をいーこいーこと撫でた。


「僕が『こわい』ときは、母さまがこうやってしてくれます。だいじょうぶ、だいじょうぶです、おじいさま」

「天使いいいぃぃ」

「まあまあお義父様、そんなにお泣きになって」


 イリヤに遅れてミリナも靴を脱いで入ってくる。


「イリヤにも同席してもらうべきでしたね」


 ザコルがはあ、とまた溜め息をつく。孫は精神安定剤か何かだろうか。


「オーレン様、もう一つお願いがあるんですが」

「ぴゃっ」


 私が話しかけると、オーレンはイリヤを抱いたまま飛び上がった。


「もう怖いことはないので大丈夫です。挨拶とご了承さえいただければ良かったので。お願いというのは、中央の街で慈善事業的なことをしていいか、ということです」

「じ、慈善事業だって?」


 彼の顔はまた疑問符だらけになった。


「はい。小遣い稼ぎをしているという子供達に、造花作りをお願いしてみたいのです」

「造花? またなんで造花を」

「内職と言えば造花、じゃないですか」

「内職と言えば造花、それはそうだけど」


 昭和の人、オーレンには分かってもらえた。


「それはそう、なんだな…」

「意味が分かりませんね」


 異世界の人、エビーとザコルには分かってもらえなかった。


「学び舎の子供に仕事をやるのは構わないけれど、なんというか、それは儲かるのかい?」

「儲からなくていいのです」


 むしろ儲けなんか出ては困る。そのために慈善事業と銘打っているのだから。


「ミカ、小遣いを使い切りたいのなら買い物すればいいのでは?」

「今って季節柄、物資が多いわけじゃないでしょう。何か買うにしても限りがあると思うんです。食糧を買い占めたらみんな困りますし、服や武器も今のところ間に合ってます。お金を直にばら撒くわけにもいかないでしょう?」

「まあ、それはそうですが」


 正直、土地建物さえも買えそうな額の使い所が見当たらないのだ。本屋を探して本をたくさん買うという手もあるが、本屋だけに金を落とすのもそれはそれで不公平な気がする。


「なので、とりあえずは家庭で余っていそうなハギレの買取と加工で賃金を発生させます。いい空き家があれば一軒短期で借り上げて店舗兼拠点にしたいとも思っています。できれば管理人も雇いたいですね」


 大家の許可が出れば内装もいじくりたい。こう、温室やカフェみたいなイメージにして、人が憩えるようにしておくのはどうだろう。暇つぶしにちょうどいい場所くらいに思って貰えれば御の字だ。花は売れても売れなくても構わない。


「なあ、何度でも訊くけどよ、姐さんって働かねえと死ぬの?」


 エビーは呆れ返った顔でそう言った。


「私は働かないよ、雇うだけ雇うだけ」

「でも試作とかすんだろ?」

「そりゃするよ、さっさと決め打ちして進めないと冬が終わっちゃう」


 春になったら本物の花が咲き始める。そうなっては造花の価値はダダ下がりである。


「ミカ殿、俺にできることはございますか」


 タイタは特に呆れた様子もなくそう言った。


「んー……あ、そうだ。ソロバンの教本作るから複写手伝ってくれる?」

「御意に。紙はいかがいたしましょう」

「あ、そうだね要るね。カンポー商会に頼めばよかった。今からでも手紙を」

「待って待って、流石に紙くらいはうちで用意するから。あと、教本、というほどのものではないけれど、僕の方で作ったソロバンの説明書きもあるよ。よかったら使って」

「ありがとうございますオーレン様! じゃあ、それを叩き台にして一冊にまとめる感じにしましょう。伝説の英雄アカイシの番犬著、ソロバン入門編ですね!」

「そこは君の名で作った方が売れるんじゃないかい」

「まさか。伝説の英雄著の方がカッコいいに決まってるじゃないですか!」

「そうかなあ…」

「でんせつのえいゆう! つよそうです!」

「はは、つよそうか、ソロバンの本だけどね」


 イリヤの反応にオーレンが破顔する。


「ミカ様、造花作りの件、私もお手伝いさせていただけませんか」

「えっ、ミリナ様が? いいんですか? 儲けは期待できませんよ」

「慈善事業なのですよね。民のためになるのなら、ぜひお力添えさせてくださいませ」


 そうだ、ミリナはこのサカシータ家の子息の一人になるのだった。慈善事業への参加は実績の一つに数えられるだろう。


「じゃあ、俄然真面目に取り組まないといけませんね。この後はソロバン塾ですが、造花の試作も同時進行しましょうか。昨日、廃棄予定のシーツを一枚恵んでもらったんです」


 廃棄予定、にしては綺麗だった気もするが、使用感はあるので納得しよう。洗濯メイドの彼女なりに、なるべく汚れが少ないものを厳選してくれたのに違いない。


「凄いわ、もう準備を始めていらっしゃるのね」

「昨日思いついたことですから。ミリナ様、私、自分で言うのも何ですが美的センスが壊滅的なので、頼りにさせてもらってもいいでしょうか」

「まあ。私だって流行や装飾には疎い方ですのに」


 くすくす。


「母さま、ぞうか、ってなんですか?」

「布で作ったお花よ。枯れずにずっと美しいままなの」

「ふゆでもかれないおはなですか? わあ、僕もつくってみたい!」

「じゃあイリヤくんも仲間に入って。ふふ、何か楽しくなってきたね!」


 その後、私達は魔獣達も交えて軽めに鍛錬をし、朝食の席ではどんな造花にするかをみんなで議論した。


 あまり本格的なものを目指すよりは、子供でも簡単に作れて、資材も少なくて済むものがいい。茎の部分には安価な竹ひごを仕入れて使おうという案が出たので、ソロバンを作った竹細工職人に話し、融通してもらうということで話はまとまった。






「それでは、ソロバン実習を始めます」

『よろしくお願いいたします!』


 ピッタ達五人が一斉に頭を下げる。


「よろしくはこっちのセリフだよ。ありがとうね、みんな」

「聖女様のおっしゃる通りですわ、このソロバンのために一週間も屯留してくださるなんて」


 執務メイド達は彼女達のためにお茶を淹れてくれている。


「ミカ様が出資なさるんですよ。私達で絶対にモノにして、国内全店舗導入まで必ずこぎつけてみせますから!!」

「私はあらゆる貴族邸と得意先に売り込みまくります! 日用品こそは我が商会の畑…!!」


 めらめらめら。

 商会規模の大きいユーカとカモミ、そしてルーシはやる気満々だ。在庫三百台じゃ足りないかもしれない。


「私は伝手があるので、まずはチッカの公営宿に数台売りつけてきます。あの宿のフロントで使っていれば多くの商会の目に留まりますから。ただ待っているだけで注文が殺到すること請け合いです!」


 工作員ピッタもやる気だ。というか頭いいな。

 モナの領都チッカは、山の民が織る布や良質なワインを目当てに国内外の商人が買い付けにやってくる巨大商業都市である。


「ずるいわピッタさん! 小商店の仲間だと思ってたのに! だったらこっちはチッカの露店で売るわよ、うちの兄は実演販売の天才なんだから!」

「ティスったらジョーさんに売らせる気!? それこそズルいわ、三百台なんてあっという間になくなっちゃう!」


 ティスと露店で編み物を一緒に売っていたルーシが青ざめる。

 かの羊っぽいものブームを巻き起こしたのは他でもないティスの兄、ピラ商会のジョーである。


「ありがたいことねえ…」

「勝手に三十台も作って奥様に怒られてた旦那様も浮かばれるわよ」


 執務メイド達が目頭を押さえた。


 私はやる気みなぎる女子達にソロバン一台ずつと足し算・引き算九九の一覧を配る。


「ミカ殿、一昨日お聞きしたところまででしたら、俺の方でも説明が可能です」

「あっ、そっか、流石は完全記憶のタイタ。じゃあピッタ達のことはお願いしてもいいかな」

「御意に」

「あ、俺もそっち混ざっていいすか。もっかい聞きたいっす」


 一昨日の講習で苦戦していたエビーは、ピッタ達に並んでタイタの話を聴き始めた。


 初心者をタイタに任せ、私はザコルとミリナとイリヤと執務メイド達に二桁からそれ以上の桁数の足し算・引き算と、掛け算を教えることにした。年齢や能力がまちまちなので、個々のレベルに合わせた説明も必要になる。人に教えるって、思っていたよりもずっと大変だ。


 ただ、一度説明してしまえばあとは反復練習になる。分からなくなったらその都度質問してもらうことにし、私は部屋の隅のテーブルで、以前カモミから貰った組木細工の裁縫箱とともに使い古しのシーツを広げた。




つづく

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