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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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剣道は暗殺術ではないので

 道場をそっと覗くと、オーレンが静かに正座で座っていた。精神統一中のようだ。傍らには黒い棒のようなものが置かれている。


 バッ、急にオーレンがその棒を掴んで身を起こし、その勢いで抜刀した。棒は刀だったようだ。


「ちぇえええええい!! やあ、うぉああああ!!」


 掛け声とともに、刀を振り回すオーレン。居合切りの練習みたいだ。


「おおカッケー…! 流石はサカシータ一族の当主様だぜ」

「凄まじい気迫ですね…!」

 テイラーから来た男子達は目をキラキラさせている。


「相変わらずうるさいですね…。静かに振れないものでしょうか」

 反抗期の息子は眉を寄せている。


「日本の剣道ってあんな感じですよ。なんか、めえええええん! って叫んでる印象です」

「なぜ叫ぶ必要が? 静かに殺ればいいじゃないですか」

「剣道は暗殺術ではないので…」


 ふしゅうううう、とオーレンが息を吐きつつ刀を鞘にしまう。


「ミカさん、皆、おはよう」

「おはようございます。お邪魔をして申し訳ありません」

「いいんだ、君ほど理解してくれる人もいないだろうから。僕ね、高校まで剣道部だったんだよ」

「そうなんですね。道理で刀を。でも、武道ならカズの方がずっと理解が深いですよ」

「そう、そうなんだよ、彼女って本当、見かけによらない人だよね…」


 ギャルの中田カズキは合気道師範である。

 彼女によると、昇段には年齢や修練実績なども関係するそうで、単に強いだけでは師範に上り詰めることはできないらしい。そもそも合気道には試合がないので、明確な強さの順位も存在しない。とにかく真面目にコツコツと修練を続け、周りに認められることでしか資格は得られない、のだそうだ。


「ナカタは素晴らしい武人ですよ。鍛錬への意識の高さは見習うべきものがあります」

「知ってるさ。何も言わなくても靴を脱ぎ、この道場に礼をして入ってきた子だ」


 私達はそんな中田に倣い、四十五度のお辞儀とともに道場へと入る。もちろんブーツは脱いだ。しかし、今日はタイツを履いてきてしまった。


「君にはこの上履きを貸すよ。リアが女の子を鍛える時に使わせているものだ」


 オーレンは棚からバレエシューズのような靴を取り出して渡してくれた。…うん、どこから見ても小学校でみんなが履いていた『上履き』だ。底はゴムではなく革張りだが。


「ありがとうございます。滑りそうなので助かります」

「男子は上履きがないから裸足でね。慣れるまでは寒いかもしれないけれど」

「私も裸足が良かったな、次は靴下で来よう」

「淑女は裸足を晒してはなりませんよ、ミカ殿」

「でもタイタ、道場は裸足だよ基本」

「そうなのですか…」


 紳士タイタが困った顔をする。


「はは、あまり深く考えなくともいいよ。これはあくまで、吹雪や大雨でも鍛錬ができるように作っただけの部屋だ。上履きでも裸足でも、心身を整えられればそれでいい」


 オーレンはそう大らかに言い、広い道場の中を一通り案内してくれた。




 道場は全て板張りで、間取りは大きな長方形。学校の武道場くらいの広さがある。本当は柱のない広間にしたかったらしいが、屋根に雪が積もる関係でどうしてもいくつか柱を残さざるを得なかった、とオーレンは語った。


 ザコルは話を聞くのもそこそこに、エビーとタイタを誘って準備運動を始めてしまった。


 私はというと、メリーも現れないし、女子一人で体操するのもな、と道場の見学を続けることにした。興味もあったし、オーレンが話し足りなさそうにしていたからというのもある。


「この床の傷はさ、サンドとザッシュが大喧嘩した時にできたものでね。もう、当時張り替えたばっかりだったのに」


 年季の入った壁や床には、傷や補修の痕跡がもはや数え切れないほどあった。その一つ一つにまつわる思い出をオーレンが愛おしげに語るのを傍らで聴く。彼は、ザコルが少年時代にぶち抜いた壁がどこかも教えてくれた。


 道場の正面、ど真ん中を見上げれば、筆で大きく『忍』と漢字で書かれた額が飾ってある。


「あのう…。お訊きしたいことがあるんですが」

「なんだいなんだい」


 質問されるのが嬉しいらしく、オーレンが前のめりで返してくる。


「正座をしてあの額に礼をする文化は、どなたが始めたことですか?」

「あの額を書いたのは僕だけど、正座は僕が始めたことではないはずだよ。何かおかしかったかい?」

「おそらくですが、サカシータ家のご先祖がこちらの世界に喚ばれて来た時代には、正座という文化はなかったのではないかと」

「えっ、そうなの!? …あれ? そう言われてみると、ジーさん、僕の父は正座なんかしないかも…」

「最近思い出したんですが、正座って、確か江戸時代に広まった文化で、しかも最初は拷問の一つだったはずです」

「拷問!?」


 イーリアはセイザなど何の苦行だと言っていたが、真実、正座は苦行に数えられていたのだ。罪人に何かを白状させる際にさせる辛い姿勢、みたいなものだったらしい。確か他の呼び名があったはずだ。危座、だったか。


「そっかあ…。道場とか、頼もう! とかいう掛け声は僕の趣味というか、剣道部時代の記憶を頼りに作り上げたものだから、あまり忍に関係ないっていう自覚はあったんだけど…。僕が道場を作って正座し始めたから、みんなも倣って始めたのかもしれない、ってことだね。うーん、気づかずに伝統扱いしてたよ」

「日本でもずっと昔からあるものだと思い込んでいたので、意外に歴史が浅いと知った時は衝撃的だったんです」

「全く君は物知りだねえ」

「いえいえ、ただの本の虫ですよ。何もかも正確に覚えているわけでもないですし…」


 私はもう一つ、気になっていたことを思い出した。


「サカシータには十手が伝わっていますよね。あれは昔からあるものなんですか?」

「うん。そうだよ。僕の祖父の十手が暖炉に飾ってあるからこっちは確実だ。十手なんて江戸時代の同心が使ってるイメージなのにね。あれこそ、後世に忍と関係ない日本人が現れて伝えたもんじゃないのかな」

「どうでしょうね、十手の起源が室町や戦国時代であれば、伝わっていてもおかしくないと思いましたが」

「十手の起源か…。僕も知らないなあ…。ジーさんは生まれ変わりじゃなさそうだから当然知らないだろうし。あ、シノビの流儀は代々伝わる教えだよ。古い巻物や碑もある。でも、あれこそ全然忍者っぽくないよね。むしろ侍っていうか」

「分かります。鎌倉武士みたいですよね」

「うんうん、そうそう。一所懸命、いざ鎌倉! って感じだ。君は女の子なのに、歴史に詳しいんだねえ」

「歴史好きな女子って結構いますよ。オーレン様の時代では、そういった趣味を公表する女性が少なかっただけでは?」

「ああ、なるほど。男に可愛げがないって思われちゃうから、か。…はあ、きっと女の人の方も生きにくい、大変な時代だったんだよね、昭和って。君の生きたレイワの時代と違ってさ」

「ふふ、誰もが生きやすい世の中なんてきっと幻想ですよ」


 昭和の時代は良かった、今は生きづらい、と言う人もいるのだから。


「はは、幻想か。君も言うねえ。でも、みんなが生きやすいようにみんなで努力しようって時代は来るんだ。それを知れただけでも、僕ぁ希望を持てたよ」


 オーレンはからからと笑う。


「父上はいい加減に世の中の方に合わせる努力をしてください。僕でも礼儀として挨拶くらいはします。で、そろそろここに客人が来ますが、くれぐれも逃げないように」


 ガッ、ザコルはオーレンのベルトを背後から掴んだ。


「えっ、客人!? こっ、ここに!? 聞いてないんだけど!?」


 じたばた。


「ええ、言っていませんので。リキヤ兄様の部下を含む客人達ですよ。丁重におもてなしを」

「あああああの若い女の子達かい!? そそそそそそんな僕なんか見たら悲鳴を上げるに決まってる!!」

「父上じゃあるまいし、商会の看板を背負った彼女達がそんな非礼を働くとでも? それに、彼女達は戦闘員ではありませんが荒くれ者を恐れません。僕やシュウ兄様とも懇意にしてくれています」

「ザッシュが!? あいつ、どんだけ軟派に生まれ変わったんだ!?」


 オーレンは、ザッシュがアメリアの『番犬』としてくっついていったことをちゃんと把握しているんだろうか。

 あんな淑女の極みみたいな女子に跪いて同行を願った彼の勇気を、知っておいて欲しいと思うのは私のエゴだろうか。





 ガタガタガタ。


 震えて完全にブレているオーレンの前に、可憐な女子五人が並んで丁寧にお辞儀をした。


「お目もじ叶いまして光栄でございます、サカシータ子爵様。私、ジーク領を拠点に手芸用品を取り扱っております、アロマ商会より参りました。ユーカと申します」

「同じく、カモミと申します」

「同じくジーク領を拠点に日用品を主に取り扱っております、ダットン商会から参りました。ルーシと申します」

「モナ領にて茶葉や薬草を取り扱っております、ピラ商会のティスと申します。当商会では薬草研究も行っております」

「同じくモナ領にて乳製品を主に取り扱っております、アーユル商会のピッタと申します。当商会では、モナ男爵、リキヤ・モナ様のご命令で、情報収集や暗号解析などの任務も請け負っております。ご挨拶が遅くなりましたこと、深くお詫び申し上げます、サカシータ子爵様」


 私はオーレンに視線を移す。ブレている。顔の解像度がアレなくらいにブレている。この人、心の準備ができていないとここまでのことになるのか…。まるでザコルを初めて目の前にした同志のようだ。


「父上、あの無駄に偉そうな挨拶でもいいので何か言ってくれませんか」

「いいいいいいいかにも」

「会話になってないですよ」


 はあ、とザコルが溜め息をつく。


「すみません、この父はあのシュウ兄様を超える女見知りの人見知りで」

「いえ、サカシータ子爵様といえば、アカイシの番犬の二つ名を冠する伝説の英雄様でいらっしゃいます。お目通り叶うだけでも非常に光栄なこと。ご機会を設けてくださり、感謝申し上げます、深緑の猟犬様」


 五人は再び深く頭を下げた。

 私はブレるオーレンの目線の先に立ち、彼女達を手の平で指し示す。


「オーレン様。お聞き及びのことと思いますが、彼女達には今日から一週間、邸内にてソロバンの実習を行ってもらいます。その後、各商会にてソロバンの試験導入に移る予定なのですが、今あるソロバンはオーレン様が保管なさっている三十台のみという認識でよろしいでしょうか」

「うううううん」


 今のは『うん』だろうか。それとも『ううん』だろうか。


「ユーカ。順調に実習が進んだとして、アロマ商会で試験導入するとしたら、最低何台必要になるかな」

「そうですね、試験導入であればまずは十台ほど買い上げさせていただきたく思います。もし本格導入となれば、本店だけで事務担当は二百名ほど在籍しておりますので、まずはその全員分のソロバンの発注が見込まれます」

「アロマ商会は全国に支店があるからなあ…」


 この大商会だけでも、最終的には千台単位の受注に発展する可能性がある。

 ルーシのいるダットン商会では最大で三十台程度、ただし貴族邸や他商会相手に売り込むことで、それ以上の発注の可能性もあると返答があった。ピラ商会とアーユル商会に関しては少人数体制なのでそう何台もいらないが、顧客や得意先に興味を持たれれば小売も視野に入れていきたいそうだ。


「とまあ、まだまだ取らぬ狸の皮算用の段階ではあるのですが、昨日来た会頭達も導入には意欲的でしたし、在庫は増やしておくに越したことはないかと。そこでオーレン様、なるべく早く職人に声をかけていただき、まずは三百台ほど作らせていただけないでしょうか。初期費用は私が出します」

「……えっ、君が出す? なんで?」


 ぴた、オーレンの震えが止まった。


「あれって一点一点手作りですよね、結構お高いものでは?」

「そ、それはもちろん、特注だし…。三百台も作ったら結構な額になるよ」

「やった、じゃなかった、ではなおさら私に出させていただけませんか」

「な、なんで」

「予算を使い切らないといけないからです」

「?????」


 オーレンの顔が疑問符だらけになった。


「そもそも勝手に売り込んだのは私ですし」

「ザラミーアも同席したんだろう、そりゃ、三百台も作るとなれば領として出費は痛いかもしれないけど」

「でしょう! だから在庫確保に関しては出資させていただけませんか! 余った分は引き取りますし!」


 万が一全部余ったとしても、三百くらいなら私一人で行商でも何でもすれば捌ける。テイラー邸に持ち帰ってソロバン塾を開講してもいい。そうだ、そうしよう。


「…う、ううーん…。ちょっと、ザラミーアと相談させてよ。出資してもらうにしてもきちんとしなきゃ」

「よろしくお願いします!」


 きちんとするって、借用書みたいなものでも作るんだろうか。利子を取るつもりはないし、担保はソロバン本体だし、別にいらないのに。


 コホン、とちょっとだけ落ち着いたオーレンが咳払いをする。


「あ、あの、君達」

『はい』

「ソソ、ソロバンに、興味を持ってくれて、あ、あありがとう。このミカさんに任せる形にはなるけれど、実習頑張って……」

『はい!』

「そ、それと、シータイとカリューの民が世話になっている。滞在くらいでは礼にならないかもしれないが、どうかくつろいでいってくれ……」

『感謝申し上げます!』



 こうして人見知り領主と商会女子達の対面はつつがなく終了した。




つづく

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