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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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二度寝します?

「では、また一週間後に参ります」

「はい。君達も鍛錬を怠らぬよう」

「皆様、よくお越しでございました」


 ソロバンに盛り上がり、邸で昼食を振舞われ、案内を買って出たローリとカルダとともに散々子爵邸内を探検した後、同志四人組は羊っぽいもの満載の荷馬車とともに中央の街に用意された宿に戻って行った。明朝シータイへと出発するらしい。


 そういえば彼ら何しに来たんだろう。毛糸を届けて『日報』を引き取って……ああ、子爵邸に入ってみたかっただけか。一週間後はまた別のメンバーが来るのかもしれない。


「商人のお嬢様方、お部屋に案内いたします」

「お世話になります」


 同志村女子達は子爵邸に残ることになった。ソロバンを一週間で習得せよと上司命令を下されたためだ。ピッタとティスの上司はここにいないが、二人の上司は実の兄だ。指示を仰がなくても彼女達の判断で動いて問題ないらしい。


「ふへ、みんなと明日も会えるなんて嬉しいなあ」

「私達もですよ! しかもこんな、お城みたいなお邸に泊めていただけるなんて! 本当にいいんでしょうか」

「もちろんよ。シータイやカリューの者達がお世話になっているのだもの。喜んでもてなさせていただくわ。あの珍妙な楽器も何とかしてしていただけるというし」


「あの、子爵夫人様。滞在にあたり、子爵様にはご挨拶申し上げなくてよろしいんでしょうか。他の者はともかく、私は一応、モナの工作員ですし…」


 ピッタがおずおずとザラミーアに訊ねる。


「問題ないわ。お恥ずかしながら夫は人見知りなの。特に女性には尻込みするところがあって…。むしろ挨拶させられなくて申し訳ありません」

「い、いいえ、問題がないのならばいいのです!」


 オーレンは今日一度も姿を現さなかった。知らない女子がいっぱいいたからだろう。ソロバンの話をすれば出てくるかと思ったが結局出てこなかったな…。





「さて夕食までにお風呂を沸かしちゃいますか」

「ミカは一旦休ん」

「休みません! 魔力過多寸前なので!」

「お待ちくだ…っ」

「待ちやがれミカ坊!」


 バビュン。護衛の手をかわし、廊下をダッシュする。


 子爵邸のマップは大体頭に入っている。いくつかある風呂場を効率よく回ってどんどん魔法をかけていく。オーレンが手を回してくれると言った通り、風呂桶や足し湯用に置かれた樽には、雪や雪解け水が満タンに入れられていた。


「ミカ様! 今朝も洗濯用の湯をありがとうございました」


 廊下で顔見知りの若いメイドに会った。


「あ、洗濯メイドちゃん。あのさ、廃棄予定のシーツとかない? ちょっと試したいことがあって」

「ございますよ。何にお使いでしょうか」

「手芸の試作をしたいだけなんだ、シミだらけのボロボロのものを一枚恵んでくれると嬉しいです」

「では見繕ってお部屋に届けさせていただきます」


 別に見繕わなくともその辺に落ちているので構わないのだが、洗濯メイドの彼女はそう言って丁寧に一礼し、通り過ぎていった。


「オーレン様の行方が分かんないんだよなー」

「父上ならばおそらく、あの塔の上の方にいますよ」


 背後に迫ったザコルが窓の外を指差す。


「えっ、あの、階段が崩れて使ってないって言ってた塔ですか?」

「はい。ちらちらと明かりが見えるので。騎士や使用人は立ち入り禁止となっているようですから、勝手に入って見過ごされているとすれば父上くらいでしょう」

「なるほど。ナイス推理ですね」


 あんなところに潜んでいたのか…。だが、あの塔の上からなら訓練場や中庭の様子がよく見える。鍛錬する孫や息子の観察にはうってつけだ。今日はソロバンの売り込みを勝手にしてしまったが、耳に入れているだろうか。


「言付けがあるなら、僕が行ってきますよ」

「いいんですか」

「ここで大人しく待ってくれるのならば」


 ザコルは言付けを預かり、窓から飛び出して例の塔に走って行った。そして入り口に鍵がかかっているのを確認し、壁をよじ登って上階の窓から侵入した。


「オウ、ニンジャボーイ」

「鍵を取りに行くとかいう発想はねーんだな…」


 全くだ。というか違う建屋に行くのに一度も出入り口を使っていない。


「ここはかの方のご生家。少々のヤンチャも『らしい』気がいたします」

「ふふっ、そうかも。ザコルにとっては、木も建物も、全てが遊具みたいなものだったんだろうね」


 ほっこりとした気分で窓の外を眺める。

 やがて、塔の窓の一つから人影が一つ飛び出して雪にズボッと着地した。雪まみれで戻ってきたザコルに、私達は皆で笑った。







 翌朝、猛吹雪。


「えええ…大丈夫かな」


 今朝シータイに発つと言っていた同志達は、今日は中央で足止めだろう。昨日は曇天ではあったが、今日の猛吹雪は誰も予見していなかった。いかに雪国の人達でも、天気が読めないことはままあるらしい。


「ミカ、鍛錬を諦めることはありません。ここにはドージョーがあるのですから」

「道場! そうだ、まだ案内してもらってませんでしたね!」


 私としたことが、オーレンの自信作だという場所のことをすっかり忘れていた。この邸は他に見所がありすぎるのだ。


 ベッドから降りようとしたら、ぐい、と腕を掴まれる。


「ちょっと、だけ、待ってください」

「?」

「補給を」


 ちゅ、触れるだけのキス。最近されていなかった。珍しい。

 もしかして、昨日同志村女子達や同志達に会えて私が嬉しがっていたから、少し嫉妬してくれたんだろうか。


「……鍛錬諦めて、二度寝します?」

「そ、そんな顔で言わないでください」

「じゃあぎゅっとしていーこいーこしてください」


 その要望はすぐに聞いてもらえた。多幸感に本気で二度寝したくなった。





 るんるん。

 ミリナとイリヤ、そして同志村女子達への言付けは使用人に頼み、私達はザコルの案内で道場に向かう。


「姐さん、ご機嫌すね」

「ふへへえ」


 エビーがザコルの顔を覗き込もうとする。ザコルはすかさずかぎ針を投げた。タイタはニコニコしている。今朝のやりとりは聞かれていない、と思いたいところだ。


 石造りの邸内は、外よりはマシだろうとはいえ非常に寒い。断熱性は高いようだが、逆に冷えたら温まりにくいという特性もありそうだ。早朝だし外は吹雪なのでなおのことである。


 途中、洗濯部屋も覗いてみたが、今日は流石に洗濯メイド達も出てきていなかった。とはいえ、急を要する洗濯物も少しはあるはず。甕に貯められていた水が凍りかけていたので、火傷しないくらいの湯温に温めてぴったりと蓋を閉じておいた。


 廊下に出て、ザコルがエスコート用に差し出した左腕を、震えとともに思わずきゅっと抱きしめる。


「寒いですか」

「はい、冷えますね…。動けば暖かくなると思いますけど」


 今の外気温はマイナス何度なのだろう。北海道並みの気候であれば、マイナス十度を下回ることもあるはずだ。本州のスキー場などと比べても、段違いの寒さであることは間違いない。


「ミカは『雪国』出身でもないのに、寒さには耐性がある方ですね」

「そうですか? だとしたら筋肉のおかげですよ。元は冷え性気味でしたし。やっぱり鍛錬は裏切りませんね師匠!」

「…そうですね」

 いーこいーこ。ふへへ。


 相変わらずの子供扱いだが、それに甘えるのがクセになってきている。知能は着実に低下しているがその状態が心地いいとさえ思える。ああそうか、恋人相手に赤ちゃん言葉で喋る人々の気持ちはこんな感じか。おそらくバブみとかそういうやつだ。


 廊下を歩いていると騎士で部隊長のビットに鉢合わせた。彼も道場に用があったんだろうか。


「…イチャついてんなあ」

「あ、すみません知能低下してました」


 しがみつくように抱いていた左腕を離し、適正な体勢に立て直す。


「はは、別にいいんだぜ。ちゃんと両想いなんだな、って思っただけだ」

「私は一目惚れのベタ惚れですが?」

 ぎゅうぎゅう。

「やめろ」

 ぐいぐい。

「へっ、あんたらも目に毒だなあ」

「俺には癒しの光景です」

「俺ぁ姐さんが楽しそうならいいっす」

「理解があるこって」


 けけけ、とビットは揶揄うように笑いながら通り過ぎて行った。用事は終わったのだろうか。


「なんか、あのビット殿って誰かに似てんだよな…」


 エビーが呟く。彼もシータイやカリューにいた誰かの親戚とか、そんなところかもしれない。




つづく

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