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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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ゆるさなくても、いいんだ

 ゴーシ少年はまず、自分がまだ混乱していると正直に言った。


 今まで、ザコルは残虐非道な悪魔なのだと母の『友人達』から聞かされていたこと。友人達は事あるごとにゴーシを探して会いにきて、母に隠れて菓子や服をくれたこと。ゴーシの父はその辺の人間とは違う、選ばれし人なのだと陶酔するように言っていたこと。


「あの人たち、母ちゃんのことは、ずるいっていうんだ。おめぐみ? をもらったくせに、おれをかくそうとするから」


 母親のララはどこか所在なさげに俯く。その背をザラミーアが撫でた。


 ゴーシ自身、自分が周りの子と違うことは理解していたこと。力が強すぎたり、変な人に付きまとわれたりするばかりにトラブルを起こしていたこと。母と自分は二人で慎ましく生活していたが、自分が原因のトラブルで目立つたびに色々な場所を転々とし、母に苦労させたこと。


 一年前、母の妹であるリリがリコを連れて現れ、一緒に生活するようになったこと。三ヶ月くらい前、子爵邸に呼ばれた日、初めて母親達から、父親がどんな意図で子を作ろうとしたのかを聞いたこと。そして、産まれたのが双子ではなかったばかりにあっさり捨てられたのだと知ったこと。


 この時点で、ゴーシはザコルに明らかな非がないことを何となく理解していた。一方的な施しによって自分を手懐けようとしてくる『友人達』に違和感があったことも少年は話した。


「ザハリのファンにも色々いますからね…。僕に領を出るように言った彼女らは、ある意味穏健派だったかもしれません」


 かつて元騎士団長のモリヤが、ザハリに執着されるザコルのため、双子のうちどちらかを王都にやってはと進言した。候補に挙がっていたザハリを領に留めるため、ザハリのファン達がザコルの元に嘆願に来たのだという。


「どうしてザコルおじさまは、そんなのの言うとおりに出て行ったんですか」


 ゴーシが苛立ちを隠さずにぶつける。ザハリファンへの不信感は相当なもののようだ。


「その方が、ザハリと彼女らのためになると信じていたからです。それに、僕は弱かった。あの弟の愛から逃げ出す口実を、彼女らから受け取ってしまったんです」

「……あいとか。きもちわるい。男きょうだいで」


 吐き捨てられた言葉に、ザコルは頷いてみせた。


「正しい感想だと思います。僕も自分とザハリの関係を気持ちのいいものだとは思いません」


 肯定の言葉に、ゴーシが顔を上げる。


「ですが、まさか自分のファンに、民に手を出して責任を取らないような弟だとは思っていませんでした。僕が、あいつを野放しにしたせいで」

「おれ、おじさまにあやまってほしくないです」

「ええ、解っていますよ。僕も、一方的な謝罪に誠意は宿らないと考えるタチですから」

「せいい? ちがう、おじさまはわるくないから、むしろ」

「いいえ、解決しないまま領を出て、彼らのためと自分に言い聞かせて十年会いに行かなかった。これは、僕の罪だ」

「でも、おれたちのために、おかねを、だからおれ、お礼を……」


 ザコルは依然として片手を握る少年の手に、もう片方の手を重ねた。


「君の気持ちは受け取りました。しかし、僕には外で金を稼ぐくらいしかできないのです。僕達双子がしでかしたことは到底許されることではない。でも、だからこそ、僕、ザコル・サカシータは、君達の人生に投資をするのです」

「とうし…」

「ええ。同じく、兄弟の不始末を被ったイリヤの人生にも僕は投資します」

「…? 先生、僕は」

「ザコル様」


 ミリナが咎めるように口を挟む。


「僕はずっと王都にいたんですよ。君と義姉上が大変な思いをしている時に。知らされなかったなどと言い訳したくありません。君の母方のお祖父様のこともお救いできなかった」

「ザコル様!」

「ははかたの、おじいさま…」


 ミリナはイリヤに、父であるカーマ元王宮騎士団長と実家の男爵家について、何かあって没落したくらいにしか説明していなかったのだろう。イリヤはまだ小さいし、無闇に恨みを抱かせるような真似はしたくないと思ってのことだろうが、ザコルはそれを『公平』ではないと考えるタチの人である。


「僕はこの土地を愛しています。故に僕は、いえ僕らサカシータの人間は、次代となる君達がなるべく前向きにこの領を継いでいってくれるよう、最大限に努力しなければなりません。何せ、孫の世代は今のところイリヤと君達ザハリの子供達だけですから。縋りたいのですよ」

「でも、それってイリヤさまだけ、ですよね? うちの母ちゃんはおきぞくさまじゃない、しかもお父さまは」


 ゴーシはちらりと私の方を見た。ザハリが私に何かしたくらいのことは聞いているのか。


「誰から産まれたかなど、君が持つ価値に関係ありません。君は、例えば義母イーリアを見て、母親の出自を問うような人物だと思いましたか?」


 ゴーシは首を傾げ、目線を空にやった。


「……よく、分からないです」

「まあ確かに、数度会ったくらいでは判断がつきませんか。あの女帝は、使えるものは絶対に逃しませんよ」


 え、とゴーシが表情に警戒をにじませると、ザコルの方はふっと表情を和らげた。


「脅しはそのくらいにしておきましょうか。大人達が君に縋りたいのは本当です。いくら強く優秀でも、一人や二人では民と国境を守り切るのは難しい。つい先日、現騎士団長の六兄が山にこもりすぎて病んだところですしね」

「やんだ」


 オーレンがぎくりとする。ザコルはそんなオーレンをちらりと見て、またゴーシに視線を移した。


「病むまで働けという意味ではありません。しかし僕らには君が必要だ。だから君も最大限、僕らを利用してください。欲しいものがあれば遠慮なく言いなさい。武器でも、本でも、機会でも。君自身が将来領や家を愛せるかは別として、鍛錬と勉学は自分を裏切りませんよ」

「おじさまは、いっぱいたんれんしたから、えいゆうになったんですか?」

「ただ都合よく担ぎ上げられただけとも言いますが、まあ、そうかもしれません。君は、英雄になりたいのですか?」

「えいゆうは、カッコいいと思います」


 ゴーシはザコルと、そしてオーレンの方もキラキラした表情で見た。そうか、ゴーシは……


「いいでしょう。しかるべき時に手柄を立てるため、自分をしっかりと高めるといい。僕らがこちらに滞在する間、機会を作って君も一緒に鍛錬をしますか」

「いいんですか!?」


 ぱ、とゴーシの顔が輝く。


「いいに決まっているでしょう。君も、僕の大事な甥だ」


 ニヤリ、ザコルは微笑んだ。





 ザコルとの話が終わると、ゴーシは立ち上がって私の座っている方へとやってきた。母親であるララも慌てて彼の隣に立つ。粗相があってはいけないと緊張しているようだ。


「ゴーシです。あなたは、せいじょさま、ですよね」

「はい。聖女と自称しているわけではないけれど、日本という国から召喚されてきた、渡り人のミカ・ホッタです。テイラー領にいましたが、冬の間はサカシータ領でお世話になることになりました」


 ゴーシは少しだけ逡巡し、口を開いた。


「おれの、お父さまが、あなたに……しつれいを、したとききました。ザコルおじさまがあいてにしてくれないからって…」


 言葉を選んでいる。この子もまた苦労が多い分、思慮深い子だ。


「ゴーシくん」

「はい」

「庇うつもりはないけど、彼に関わったのは私の判断だよ。私が目の前に現れなければ、彼を刺激することもなかった」

「ううん」


 ゴーシは首を横に振った。


「あいつ、おれに会いにきたんだ。せいじょさまとザコルおじさまが、サカシータにくるまえに」

『えっ』


 ゴーシの言葉に、私だけでなく目の前のララも驚いて声を出した。


 大人達が目配せし合う。エビーがさりげなくイリヤに声をかけて厠に連れ出す。ルルも寝落ちしている娘のリコを抱いて部屋の外に出ていった。


「あいつ、おれたちのこと、じぶんの子どもだってみとめてないくせに、コソコソ会いにきやがったんだよ。それで『こんど、僕のザコルがおんなをつれてかえってくる。これはチャンスだよ、おまえは僕にみとめられたいだろう?』って言ったんだ。もしことわったら母ちゃんたちやリコに何かするって…!」

「まさか」


 ザラミーアが顔色を青くする。オーレンはそんな妻の肩を抱いた。


「ゴーシあんたそれ本当なの!? どうして母ちゃんに言わなかったの!!」


 ララが問いただそうとする。ゴーシは口を引き結んだ。


「待ってくださいララさん。言えるわけありません」


 少年は家族を父と関わらせたくなかったのだろう。


「ゴーシくんは、その話、断ってくれたんだね」

「……うん。あいつは何かワケわかんねーわるくちばっか言ってたけど、きっとフツーの女のひとだろうと思ったから。おれは子どもだけどフツーじゃないし…。それから、リコと母ちゃんたちがどっか行くときはぜんぶについてった」

「そっか…。何事もなくてよかった」


 父親から一体何をしろと言われたのか、彼から聞き出すのは酷なように思えた。


 ザハリはザコルが帰ってくるという情報を掴んだ瞬間から、同行者を害するための準備や根回しを始めていたということだ。

 こんな子供でも、悪意を持って私に向かってくれば、ザコルは甥とも知らずに手をかけたかもしれない。つくづく、ザハリは自分に関わる人の命を何だと思っているんだろう。ここに彼がいたなら、これも『ザコルが僕を見てくれないからいけないんだよ』とか『ファンへの復讐』の一つだと言って笑ったのだろうか。


「あいつ、せいじょさまの『おんじょう』で、やりなおすチャンスもらってるってききました。せいじょさま。あいつに、どうじょうなんかいりません」


 じわ、ゴーシから不穏な気が立ち上る。


「ゴーシ、駄目よ」


 ララが彼の腕を掴む。私の脇にもザコルとタイタがやってきた。


「怒ってるんだね」

「……せいじょさまは、わるくないです」

「彼にやり直させようとしてるのは私の我が儘だよ。怒っていい」

「…………っ、じゃあ、じゃあさ、なんで、なんで、あいつをギッタギタにしてくれねーの…!! せいじょさまにはムリでも、ザコルおじさまならできましたよね!?」


 ザコルは黙ったままだ。彼の性分的に言い訳はしたくないだろう。私が望み、命じたことであれば尚更だ。


 私も返答に迷う。ザハリを生かしたのは、私のせいでザコルから片割れを奪いたくなかったからであり、ゴーシ達から父親という存在をなくしてしまいたくなかったからだ。


 しかし、目の前の少年は父への厳罰を望んでいる。産まれてよりこのかた、たった一人の大事な母と、さらに叔母と妹に苦労をかける要因を作った父を許せないのだろう。母も叔母も、ただ父を慕うファンの一人に過ぎなかった。推しのために命懸けで子供を産むと決断した彼女達を簡単に見捨てておきながら、自分を利用しようと近づいてきた父に心底失望したのだろう。


 ザハリを生かしたのは、やはり私のエゴだったのだ。



 それでも。





「……それでも、狂ったまま、死ぬなんて私は許さない」


 びく、とゴーシが肩を震わせて後ずさる。息子を掴んでいたララも押されてよろめいた。



「私は、この世界で何よりこのザコルが大事なの。その彼を、産まれた時から悩ませてきた存在を、家族と故郷を大事にする彼を悲しませた存在を、私への狼藉一つで死なせてやるだなんて、絶対にあり得ない」



 ゴーシは目を見開き、呆然と私の顔を見つめた。


 …しまった。無意識に威圧を使ってしまったか。


「えっとね、彼には今、人並みの贖罪ができるように、心を整えてもらっています。正しく後悔ができるようになってから、犯した罪をじっくりと自覚してもらうんだよ」


 にこ、私は笑顔を作る。取り繕ったつもりだったが、ゴーシもララも顔が引きつったままだ。ああー…やっちまった。


「つまり、いきじごく、ってことですか」


 ゴクリ、ゴーシが喉を鳴らしながら言った。


「生き地獄、よくそんな単語知ってるね。まあ、そんなところかな。ああ、もしも彼が改心して君に謝ってきたとしても別に許してやらなくていいよ。謝罪っていうのは単なる意思表明であって、免罪符ではないからね」

「めんざいふ…」


 生き地獄は知っていても免罪符はまだ知らなかったか。しかし、ゴーシはやっと表情を緩めた。


「……ゆるさなくても、いいんだ」


 いからせていた肩を降ろした少年に、周りもやっと息を吐き戻した。




つづく

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