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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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つよそうです

 馬ゾリは再び走り出した。

 投げナイフがいっぱい入った箱がガチャガチャと音を鳴らしている。



「サゴちゃんとペータくんは本当によかったの」

「大丈夫です。姫様に買っていただいた武器なんてもったいなくて一生使えません」

「右に同じくです」


 メリーには結局威圧を放って無理矢理受け取らせてしまったが……使ってくれることを祈ろう。

 私はミリナの手元に目を移す。


「ミリナ様、それ、本当に素敵なレイピアですね。素振りもカッコよかったです!」

「流石ね、騎士のお家の出だけあるわ」

「お義母様、いずれ働いてお返しを」

「いいと言ったでしょう」

「ですが」

「子に武器を持たせてやるのは親の役目よ。今日はあなたもイリヤさんも出来合いのものから選ばせたけれど、次は一から誂えさせますからね」


 にっこり。有無を言わさぬ圧だ。


「ミカ、あなたも欲しいものはないかしら」


 私も短剣はどうかと勧められたものの、持っていた短刀を出したら店主が絶句してしまった。ムツ工房のミツジの銘を見たら震え出した。店主は私の短刀とザコルが持っていたマネジ作の短剣を見つめたまま、三十分くらいその場を動かなかった。


 ザコルの言う通り、店にムツ工房製の武器以上のランクのものは存在しなかったが、お手入れ用のグッズをいくつか購入した。


「ではザラミーア様、もし時間があれば食材を扱うお店に寄っていただけませんか」

「お料理がしたいのなら材料はこちらで用意させますわよ」

「お店を見てみたいんです。物の相場も知っておきたくて」

「相場ですって? 私は欲しいものはと聞いたのです。視察ではないのよ!」


 ザラミーアがプンスカしている。


 だが今は食材か相場知識以上に欲しいものなど思いつかなかった。街に出られる機会は貴重だ。ネットもテレビも、ついでに写真さえもない世界では『視察』以上に現場を理解できる手段はない。子爵邸で食材をお借りするにしても、相場を知らないまま好き勝手に使うだなんて絶対によろしくない。


 本当は本屋にも行きたいのだが、この世界の本はものによっては武器以上、下手をすると高級自動車並みの値段がする。買ってくれるなどという話になっても困るので無闇に近づけない。


「ミカ、学舎に通う子供が世話になる貸本屋もありますよ」

「えっ、貸本屋!? そんな良いスポットが!?」

「はい。本は高価なので皆が買えるわけではありません。意欲のある者は街で手伝いなどを引き受け、小銭を稼ぎ、そして本を借りるのです」

「わあ、素敵ですね…! 私も小銭稼いで借りに行きたい…!」

「あなたの小遣いで借り占められますよ」

「か…っ、借り占めだなんて、そんな暴力が許されると思ってるんですか!?」


 ぱちくり、ザコルが目を瞬かせる。


「借り占めは暴力ですか」

「そりゃそうですよ! みんなの本なんですよ!? 日本の図書館だって一度に十冊までしか借りられないんですから! やっと借りられると思って小銭握りしめてきた子がいたらどうするんですか!!」

「ああ、それは確かに『暴力』ですね」


 ふ、とザコルはほのかに笑い、私の頭をポンポンと撫でた。そしてなぜか気まずげに手を引っ込めた。


「……あ、その格好につられてつい子供扱いを。すみません」

「ふへ、いーこいーこは嬉しいですよ」


 というかいつも子供扱いしているじゃないか。しょっちゅう顔を拭かれているし、すぐ膝に入れようとするし、基本縦抱っこだし。イリヤの扱いを見ていて、私もほぼ同じ扱いだなと思うことはしょっちゅうある。


 ニコニコしているミリナと、口元を押さえてこちらを見ているザラミーアの視線にビクッとなる。

 しまった、頭ポンポンに完全に意識を持っていかれていた。


「あ、あの、すみま」

「本当、ミカの良心に従っていれば世界は平和ね…」


 しみじみと言われる。恥ずかしい。私は顔を両手で覆った。


「私、お二人を見ているとホッと心温まるし癒されるのです。ああ、世界はこんなに美しいのね、って!」

「ミリナ様の方が癒し系じゃないですかっ、いつもお言葉とか振る舞いにこれでもかってくらい癒されてますから!」


 ミリナは絶対に私みたいに腹にイチモツ抱えてない。ミリナの方が絶対に世界を美しくしていると断言できる。


「僕は裏社会の不審者です」

「ぶ…っふ、ちょっと…っ、笑っちゃったじゃないですか、もう」


 何だ裏社会の不審者って。


「平和や癒しも大切よ、でも、ミリナさんもミカも、もう少し欲を持ちなさい。借り占めでも何でも、必要と思うのなら人に構わずすればいいわ。時には図々しくもならないと、大事なことを取りこぼしてしまうことだってあるのよ?」


 ザラミーアのありがたいお話にミリナと私は何となく頷く。

 今も充分図々しく世話になっていると思うとか言っちゃいけないやつだ。




 馬車はその後、服屋や鞄屋などを経由し、街のレストランで賑やかに昼食を食べた後、私の望み通り食材を扱う大店に寄ってくれた。高価ゆえに棚の飾りと化していた白砂糖は、宣言通りザコルが壺ごと買った。


 冬が本格化したのもあって、青果はあまり並んでいなかった。生の果物はシータイ産の林檎が数箱置かれているのみ。野菜は根菜類が中心だ。葉菜類はほとんどない中、シータイの貯蔵庫にもあったエシャロットっぽい野菜はなぜか山のように売られていたので一箱の量を注文した。ザコルが買った白砂糖とともに後で子爵邸に届けてくれるそうだ。すごい、貴族の買い物っぽい。


 青果の値段は総じて高い。グラムあたりの値段を考えたら加工品の方が安いくらいだ。その加工品も秋にチッカで見たものよりずっと高い。季節的なこともあるかもしれないが、ここは国の最果て。物流自体が細く限定的でコストがかかっているのだろう。


 ここで唯一価格が安定しているらしいのが塩である。有名な塩湖があるという東隣のタイラ男爵領からの融通品だ。塩は腐らないし通年使われるものでもあるので、常に一定の在庫を抱えているのだと店員の男性は教えてくれた。


 店内で最も多くのウェイトを占めているのが領内産の生乳と乳製品、そして、


「生肉の種類が多いですね。しかもそこまで高くない、ですか」


 保冷剤代わりに雪を敷いた平箱に、大きさも見た目も様々なブロック肉が並んでいる。鹿肉や猪肉、鶏肉くらいは私にも判別ができた。


「ええ、この街は学舎に通う若いのが多いんでね、小遣い稼ぎに猟を選ぶのもいるんです。それに家畜を飼う家が、秋から今ぐらいにかけて冬支度の資金作りに売るんですよ。ウチでもこんだけ並んでるのは今時期くらいまでですね。お安いのもそのせいです」


 生なんで、今日明日中に売れなきゃ冷凍か加工に回しますよ、と店員は言った。棚を見れば、干し肉や燻製肉などもたくさん揃っている。ちなみに秋口に加工していたものは支援物資としてカリューに出したそうで、いっとき品薄状態になったらしい。


 店員は親切で、店に併設されたソーセージや燻製、チーズなどの加工場も見せてくれた。





「楽しかったですか、ミカ」

「はい! あんな大きなベーコンブロック初めて見ました!」

「メッチャうまそーでしたね! あれ、厚切りにしてチーズ乗っけて焼いたら最高だろなあー」

「塩辛そうだからお芋かパンも添えたいね。お酒に合いそう」

「麺作って絡めるのもありすね。酒に合うぞお!」

「はは、ミカ殿とエビーはうまいものを考える天才ですね」

「……ミカ、あの塊も買ってきますか?」


 ザコル以外が全員吹き出した。食への興味が人並み以下だったザコルは、今や大の食いしん坊キャラだ。



「イリヤ、美味しいかい」

「おいひいです!」


 外で待っていたイリヤは大ぶりのフランクフルトを頬張ってニコニコだ。オーレンが屋台で買ってやったものらしい。


 オーレンは最初の武器屋とレストランには一緒に入ったが、服屋や鞄屋、食材の店には入ってこなかった。店員と客層の女性率が高かったせいだろう。

 通行人から、領主様だ、オーレン様だ、とヒソヒソ声が聴こえる。噂しているのはいわゆる『若いの』だ。親元を離れて中央で寮生活をしている子達だろう。大人達はオーレンの気質を理解しているのか、無闇に噂したり話しかけたりすることもなく、黙って頭を下げて通り過ぎるのみだ。


「ん?」


 ふと、変な気配を感じて視線を走らせる。雑な気の発し方から言って、練度はそう高くない。だが何となく無視のできない『強さ』を感じた。


 ザコルとエビタイがそれとなく私を囲む。通行人の大人達も気配の方向に注目する。

 私にも『その子達』の顔が見えた。


「引きましょう、ザコル」

「ええ」


 ザコルが私を背に庇いつつさりげなく後退してくる。



「あれっ、おじいさま。あの子たち」


 イリヤも気づいた。


「つよそうです。先生ににてます」


 オーレンはしまった、という顔をしたが、すぐに笑顔で取り繕った。


「そ、そうなんだよ。あの子達は、ザハリの子達なんだ、偶然だなあ、え、ええと」


 あんまり取り繕えていない。


「ザハリ? ザハリ…おじさまの子? もしかして、僕の」


 イリヤが目を見開く。


「イ、イリヤ、待…っ」


 少年は食べ終わった串を放り出し、走り出した。オーレンの制止も間に合わない。


 彼が目指した先には、少年と少女の二人組がいた。兄妹だろうか、妹はまだ幼いが、兄の方はイリヤより少し大きく見える。

 兄の方は一瞬焦ったように妹に視線を走らせたが、手を掴んで素早く自分の後ろに引き入れた。そして手を胸に当て、顔を俯かせようとした瞬間、





 ズザァァッ。





「……えっ」


 ザコルやザハリと同じ、焦茶色の髪をした少年が戸惑いの声を上げる。



 イリヤは、雪上で見事なスライディング土下座を決めていた。




つづく

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