僕は悟りました
『うっ』
部屋の外で待っていたエビーとタイタが私の姿を見て胸を押さえた。
「騎士のお兄ちゃん達、どうしたの」
私はそんな彼らをあどけない少女のつもりで見上げる。
「うぐうぅぅ…し、心臓にくる、やめ」
「大丈夫? お兄ちゃん」
「上目遣いは、おやめくだ」
ぐい、後ろに引き戻された。
「いたずらに堕とそうとするのはやめろ」
「それはザコルでしょう?」
いたいけな少年や同志をやたら堕とそうとする人には言われたくない。
じっ。
あからさまな視線を感じる。廊下の向こうでオーレンが半身をのぞかせていた。
彼は私の後に出てきたイリヤを見るなり、ダダダと駆けてきた。廊下に振動が走る。
「おじいさま!」
「かわいい!! 何この子、本当に僕の孫!?」
「おばあさまに着せていただきました」
「かわいいかわいいかわいい」
「落ち着きなさいませオーレン」
コホン、とザラミーアが咳払いする。さっきまで大興奮ではしゃいでいたことは棚に上げた様子だ。
「さあ、馬車を待たせております。参りましょう」
「ぼ、僕も、僕もやっぱり一緒に行く、剣を選びに行くんだろ!?」
「今更何なんですの、馬車には乗り切れませんわよ」
「御者でも従者でも何でもいいから!!」
「仕方ありませんわねえ」
ザラミーアは溜め息をつくと、馬をもう一頭用意させるようにメイドに言付けた。
「わあ! 僕、ばしゃとミリューにはのったことあるけど、お馬にのるのははじめてです!」
オーレンが手綱を握る馬の上でイリヤがはしゃぐ。
「今度、乗馬も教えてあげようね。自分で走る方が早いかもしれないけれど、馬に乗ってないと格好がつかない時もあるからね」
自分で走る方が早いけどTPO的な意味で馬に乗るとは一体…。
「はい! お馬にのってるおじいさまはかっこいいです!」
「はわ…! ねえ聞いた? 聞いた!?」
「へへっ、聞いてましたよお」
「イリヤ様は、お祖父様はご一緒なさらないのかと何度もお聞きになっていたのですよ」
「そ、そうなのかい?」
「うん! ついてきてくれて、うれしい!」
「はわあああああああ」
オーレンの顔面と語彙が崩壊した。
私はそっと馬車の窓を閉める。今日の馬車は荷馬車ではない。ザラミーアは馬車と呼んでいたが、車輪の代わりに大きな板が二枚付けられた、いわば馬ゾリだった。中は四人がけで女子供だけで乗る予定だったが、イリヤがオーレンと馬に乗ると言い出したので代わりにザコルが乗っている。
御者席にはペータとサゴシが乗っている。茶色の外套にハンチング帽を被った二人はいかにも御者っぽい。メリーや穴熊はどこにいるか分からないが、まあ、どこかにはいるんだろう。ちなみに魔獣達はゴネたが置いてきた。目立つに決まっているからだ。
「コリー。ミカがかわいいのは解りますが、あまり見つめていると変態みたいよ…」
向かいに座ったザラミーアが眉をひそめる。ミリナは笑いを噛み殺している。
「あまりに完成度が高い変装なのでつい。何度も人攫いを疑われた道中を思い出します。同じ色の外套を羽織らせてさえ、僕がそういう類の変態に見られる始末で」
「どうして嬉しそうなのかしら…?」
「僕は悟りました。やはり不審者だと思われているくらいが安心します」
「ふふっ、何その悟り。ザコルは何しててもモテモテじゃないですか」
モテたくなくて不審者の格好をしていたはずなのにいつの間にかファンクラブができていてしかも秘密結社化しているなんて、異世界広しといえどザコルくらいのものだろう。
「求心力が高いのはミカの方です。シータイでは何度殺されかけたことか」
「そんな何度もないでしょう、コマさんと二股ごっこした時くらいじゃないですか」
「二股ごっこ?」
首を傾げるミリナには、コマと左右からザコルの腕を取って、町中で三角関係修羅場コントをした時の話をした。
「…ふ、ふふっ、コマちゃんはともかくミカ様まで、そんな悪さを?」
「笑い事ではありません義姉上。本当に殺されるかと思いました」
「あの時はザコルが脂汗かいてるの初めて見ましたね」
「僕だって無敵ではないんですよ」
いや、無敵だろう…。あのコマが『その駄犬以上の兵器なんざ、魔獣や大砲含めたって存在しねえ』とまで言いきるのだから。
「あの時は、サイカの山中で練度の高い特殊部隊に囲まれた時の事を思い出しました」
「まあ、あなたサイカに入って任務なんてしたことがあるの?」
「はい。少ないですが」
「そう」
ふい、ザコルが車窓に目を移す。サイカ国の話になったら話が途切れてしまった。話しにくい理由でも……ああ、もしかして、イーリアやザラミーアの故郷に何かしたと思われたくないとか、そんな理由だろうか。
ぽくぽくと馬ゾリは街の中を進み、赤い扉の店の前に停まる。掲げられた看板には『武器』とシンプルに書かれていた。
ソリが停まったのに気づいた店主らしき男性が飛び出してくる。そして深々と一礼した。
「お待ち申し上げておりました皆様。ささ、冷えますから中へ」
挨拶もそこそこにいざなわれ、扉をくぐれば、壁一面、棚いっぱいに飾られた武器が目に入ってきた。
『わぁ…!!』
イリヤと声がかぶる。私達は顔を見合わせて笑った。
剣の種類が多いが、戦斧や戦鎚、槍や薙刀なども各種取り揃えられている。店の奥には弓矢のコーナーもあった。
「へへっ、武器屋に来てはしゃぐ女子なんてミカ坊くらいのもんすよ」
「何よう、ミリナお姉様だって興味深々だよ」
ミリナは細身の剣、いわゆるレイピアの棚に釘付けだ。
「イリヤ、まず身長や手の長さなんかを測ってもらおう。さあこちらへおいで」
オーレンに促されてイリヤが店主の男性の元へゆく。店主は巻き尺を出してイリヤの身体の採寸を始めた。
剣には個人の体格に応じた長さや重さというものがあるそうで、採寸の結果をもとに店主がオススメを見繕ってくれるとのこと。さしずめ、シューフィッターならぬ、剣フィッターだ。
「坊ちゃんは少し小柄ですから、長さはこんなもんでいかがでしょう」
店主は、刀身は短めだが、太さは大人用の剣とそこまで変わりないもの選び、棚から降ろす。
「普通の子ならもっと細く軽いのをオススメするとこですがね、サカシータ一族の坊ちゃんですからねえ。少しくらい重くないと、逆に振りにくいかもしれませんし」
オーレンはタイタに手招きをした。
「どうかな。今は君が稽古をつけてくれてるから、意見を聞きたいんだ」
「長さはよろしいかと。ロット様の剣もそのくらいの大きさでございましたね。イリヤ様、お手に取ってみては」
「うん! ……かっこいい!!」
剣の柄を握ったイリヤが目を輝かせた。デザインは気に入ったようだ。
素振りをさせてみようと、イリヤを連れて店の裏手から外に出る。
少年がいいフォームで振り下ろせば、ブォンといい音が鳴った。店主が同じ長さの剣を追加でいくつか持ってきて台の上に並べる。タイタのフォローのもと、イリヤは順番に試していった。
「懐かしいね。みんなこうしてこの店で選んだり誂えたりしたんだよ。末の双子には付き合えなかったけれど…」
「ああ、ザコル様やザハリ様にはお選びしたことがなかったですねえ」
店主が記憶を辿るように顎ひげを撫でる。
「ザハリはサボり魔でねえ…。ザコルには『もったいないからいらない』って言われちゃって」
「僕が得意としたのは投擲でしたから、わざわざ用意するのは無駄かと」
「まあ、君は武器なんか問わなかったからね。剣も投げてたし…」
そういえば本人も言っていた。剣もナイフよろしく投げていたと。
「最近は長剣もお使いになりますよ。我々テイラー騎士の稽古のため、修練なさってくださったのです」
「モリヤ殿との一戦、マジでアツかったっすよ! 『独学ながら既に剣豪』なんて言われてよ!」
「そうかい、君たちはいつも楽しそうだねえ。モリヤも喜んだろうね、ザコルを可愛がっていたから」
あっ、そうだ。
「ザコル、長剣買って帰りましょうよ!」
「別に、鍛錬用の剣なら子爵邸にいっぱい…」
「いいじゃないですか、私のお小遣い使わないと怒られるんでしょ? とびきり丈夫なやつ選んでもらいましょう! あ、そうだ、メリー、メリー?」
スッ。少女が煙のように現れる。
「ここにおります」
「メリーのダガー、サモン君に持たせたままなんじゃないの。鍛錬で使ってたのってスペアだよね?」
「そうでございますが、不都合は」
「新しい短剣選びなよ。そうだ、エビーとタイタ用に普通の投げナイフも買おう」
ザコルが使っているリング付きの小さな投擲用ナイフは、騎士二人の手には合っていなかった。
「えっ、俺らの武器もすか」
「しかしミカ殿」
「ミカ様お待ちください! 愚かな咎人たる私に施しなど!」
「サゴちゃんとペータくんにも聞いてくる!」
ガチャ、と扉を開けたらザラミーアと鉢合わせた。
「あっ、ザラミーア様、すみません、ぶつかっていませんか、お怪我は」
あわあわとしていたらフッと笑われた。
「あなた、自分のものでなくて、護衛の武器を買ってやろうとしているのかしら」
「はい、それが有意義かと思いまして…」
本来私に充てられた小遣いは旅費や服の調達などに使われる予定だったが、服ならテイラー邸から送られてきた追加分もあるし、高級ホテルに泊まる予定もしばらくはない。
半分くらいはハコネに引き取ってもらい、帰りの旅費も計算したが、それでも相当な額が余る予定だった。使わずに返すのも失礼だ非常識だと言われたので、何か有意義な使い途を考えていたところだ。
「護衛の子達の練度が上がるなら回り回って私のためにもなりますし……あ、砂糖か蜂蜜も買わなきゃ! 角煮と肉じゃがをいっぱい作らないといけないので!」
えっ、角煮と肉じゃが? とオーレンが反応する。
「それは僕が出します。僕が食べたいので。長剣も自分で買いますから。これは譲りません」
ザコルから絶対に払わせんぞという強い圧が放たれる。というか私の財布は彼が握っているので、彼の許可なくして使うことはできない。
「ええー…、じゃあ、すみません、とりあえず、この女の子に合うダガーと投げナイフを見せてください」
「ミカ様! ですから愚かなるとがび」
「承知いたしました。ただいまご用意いたします」
店主は一礼し、最適なものを見繕ってくれた。
つづく




