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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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姐さんが一番やべえ!!

 時間的に百周は無理だった……が、イリヤは今日も屍を大量に生産し、ご機嫌のまま剣の素振りを始めた。


 まだ彼用の剣は用意できていないが、今彼が持っているのはかつてロットが少年時代に使ったものだという。オーレンが探し出して持ってきてくれたのだ。

 ロットは昔の宝物をずっと大事に手入れして取っておくタイプらしく、イリヤが握っている剣もお下がりとは思えないほどピカピカだった。

 …勝手に使われて怒るタイプでないことを祈ろう。


 今日の屍には闇の眷属三人とテイラー騎士二人、穴熊、それにサカシータ騎士団の数人も含まれた。普通に立っているのはザコルとイリヤ、そして私くらいのものである。


「…姐さんが一番やべえ!!」

「結局、俺達までのされてしまうとは…! 想像以上です!」

「ソンナコトナイヨー、なんて言いたいところだけど、私もちょっと自分『やべー』って思ってる」


 走るのは好きな方だと思うし努力もしたとは思うが、現役の騎士や影がへばるレベルまで走り込めるのはちょっとどうかと思う。魔力が高いというのはやはりそれだけでチートなのだろう。


 別に、単純な膂力が上がったわけではないが、持久力や五感には確実に影響を及ぼしている。

 持久力が上がれば集中力も持続しやすくなるし、そうして鍛えていれば瞬発力も上がる。鋭くなった五感と瞬発力が合わされば戦闘勘も向上するだろう。しかも自己治癒能力があるせいで筋肉が損傷してもすぐに治る。すなわち、私には筋肉を休ませるというインターバルが発生しない。毎日身体への負担を考えずに鍛え続けられるというのも充分反則だ。


 ちなみにもう一人の渡り人、中田カズキは身体強化の魔法を持っている。あっちは膂力も含めた身体能力全体に魔法が影響を及ぼしていて、しかも彼女は合気道の達人だ。それ以上鍛えるまでもなく、この世界に喚ばれた瞬間から俺TUEEE系主人公である。


 サカシータ騎士達がよろよろと立ち上がる。


「くっそおお、お姫様に負けて何が騎士だ……っ!!」

「イリヤ様だってまだ七歳だぞ、サカシータ一族とはいえ!!」


 ドゴォォ…ン


「っ、何だ!?」


 突然の轟音に、疲れきっていたはずの彼らの顔に緊張が走る。エビーとタイタ、穴熊達、サゴシにペータにメリーもガバッと身を起こす。


「ああ、トツったら!! 壁を壊してはいけないと言ったでしょう?」


 きゅう…。


 緊張感のないご婦人の声と可愛らしい鳴き声に、皆が顔を見合わせた。


「大丈夫よ、後で私が直しておくから。石造りの壁を直すなんて初めてでとっても面白そう! でも次は気をつけてちょうだいね」


 きゅう!


 猪型魔獣のトツが安心したように短い尻尾を振る。


「では、次はナラ。私が雪玉を投げるから火で防いでちょうだい。ジョジーも一緒に投げるかしら?」


 ジョジーと呼ばれたのは小さな猿っぽい見た目の魔獣だった。あの子は特に衰弱がひどかったようで、跳び回っているようなところはまだ見たことがない。


 キキィ!


 そんなジョジーは張り切って小さな手で雪玉を丸め始めた。どうやら順調に回復しているようだ。


 皆、突然始まったミリナお姉さんの魔獣レッスンに釘付けになった。






 ひらり、私の肩に白いリスが現れる。


「おはよう、ミイ」


 ミイミイ! ミイミイミイ。

 今日、ママ元気! みんなも元気、体動かしたいって言ってる。


「そっか。それはよかった」


 ミイ、ミイミイ、ミイミイミイ。

 ミカとザコルの魔力のおかげ。あとあのオーレンてやつも魔力強い。それに面白い。


「面白い?」


 ミイ。ミイミイ。ミイミイ。

 そう。魂の形が面白い。ゴウも言ってた。


「魂が……へえ」


 ひょっとしなくても転生者だからだろうか。


 ミイミイ。

 あと、あの赤毛。


「えっ、赤?」


 ミイはタイタの方を可愛らしい手で指した。今のタイタは髪を染めているので茶髪だが…。


 ミイミイミイ! ミイ!

 あいつ、ちょっとだけど浄化できる! たぶん神徒!


「しんと? え?」


 聞き慣れない言葉に、思わず聞き返してしまった。


 ミイ。ミイミイミイ。

 神従。エレミリアも神徒。


「エレ…っ」


 王妃の名を声に出しそうになってすんでのところで飲み込む。

 翻訳チートさんは『信徒』ではなく『神の徒』だとはっきり訳した。


 神徒。そういえば、第二王子サーマルは王妃エレミリアの命令でメイヤー公国にやられ、神徒なるものを目指す教育を受けさせられていたらしい。向いていなかったそうだが。


 ミリナと魔獣に注目が集まっている傍で、私はコソコソと隅の方に移動した。ザコルだけが音もなくついてくる。


「…ねえミイ、その神徒って何」


 ミイ? ミイミイ。ミイミイミイ。

 ミカ知らない? 神徒、呪いとか弾いたり浄化したりできる人間。神を信じてるやつがたまになる。魔族にもいる。


 …何だろう、司教とかエクソシストとかみたいなものだろうか。それとも神主? ノーマル信者の上位互換的な存在か?


 それから信じる神は人それぞれでいいんだろうか。王妃エレミリアはメイヤー教の信者だろうが、タイタは猟犬教の信者だ。何しろメイヤー教の祈りや教えなどを口にしているところは一度も見たことがない。


 何教かは問われないと仮定したとして、あの狂信ぶりであれば本人も知らぬうちに神徒とやらにレベルアップしていてもおかしくはない。しかしそんなことを言えば、同志のほとんどが神徒化していてもおかしくなさそうだが……。


「ねえ、それって信心深いとみんななるものなの?」


 ミイ。ミイミイ。ミイ、ミイ。ミイッ。

 みんなならない。資質ないと。ミカ、資質ない、人間じゃないし、ぷふっ。


「人間だよっ!! それに別になりたいわけじゃないよ。なれたら便利そうだけど」


 自分で呪いを弾けるならあの魔封じの香だって怖くない。が、資質がないのでは仕方ない。


「ザコルは?」


 サカシータ一族は解毒の加護とやらを持っている。しかし、呪いなどの類も解けるかまではよく判っていなかった。


 ミイミイ。ミイミイ。ミイミイミイ。

 ザコルも資質ない。でも、弾けると思う。あの母親から闇の力、継いでるな。



 闇、私は思わずギョッとした。



「? ミイは僕に関して何と言っていますか」


 ザコルが首を傾げる。


 しまった、闇の力とかよく分からないが個人情報を聞いてしまったぞ。軽々しく本人に話していい内容かどうかも判断がつかない。


 頭を抱えた私に、ザコルが溜め息をつく。


「ミカは本当に気にしいですね。僕に気を遣うことはないのに。母上が来ましたよ」

「えっ」


 噂をすれば母親ことザラミーアだ。

 彼女は闇の力の保有者だったのか…。どんな力なのか全く判らないが。


「おはようございます、ミカ。今日はこれから街へ行きましょう! あなたとミリナさんには衣装を用意したのよ、鍛錬が終わったら着替えてちょうだい」

「えっ、でも、私エセコマ役をするのでは」

「別に何役だっていいでしょう。聖女と分からなければいいのですから。コリーとテイラー騎士のお二人にはサカシータ騎士の格好をしてもらうわ!」


 ザラミーアはルンルンと上機嫌にそうのたまった。

 気づいたミリナがこちらに駆けてくる。


「お義母様! 申し訳ありません、あちらの壁を少々破壊してしまいまして…!」

「まあ。あなたが破壊したの?」

「いいえ、ぶつかったのは魔獣の子ですが、私が責任を持って直しておきますので!」


 ペコペコとするミリナをザラミーアは手で軽く制した。


「そんなもの誰かに任せておけばいいのよ。怪我はないわね? さあ、鍛錬が終わったならあなたも着替えてちょうだい! 早く!」

「えっ、着替え? 何に、えっ」


 ザラミーアは戸惑うミリナと私の背中を半ば強引に押し、建物の中へといざなった。





「かわいいわ、かわいいわ! 三人ともこっちを見て! まあああなんてかわいらしいの!!」


 ザラミーアは着替えたミリナとイリヤと私を見て大いに興奮していた。


「お義母様、こんな上等そうな服は」

「私のお下がりでごめんなさいね、リア様の服はほとんど男装なの。今日は服も買い揃えましょうね」

「い、いいえいいえ、そんな、新しく買っていただくなんて!」

「私が買いたいのよ。年寄りの楽しみを奪わないでちょうだい!」


 ミリナは暖かそうな赤い厚地のワンピースに白い厚地のパンツ、そして革のブーツを履かされている。袖口や裾、そして頭に被せられた頭巾には緻密な刺繍が施され、首元にはタータンチェックのストール。完全に北欧の田舎にいそうなお姉さんだ。


 イリヤはそんなミリナとお揃い風で、赤い生地の上着に白のパンツ、ファーのついたブーツを履いていた。こちらもお下がりらしいが、兄弟で着回しているようで誰のお下がりというわけではないそうだ。


「あの、僕、かわいいでしょうか…」

「ええ、ええ、もちろんよ。かわいらしいし、格好いいし、それに懐かしいわ。ああ、息子達にもこんなにかわいい時期があったのよ!」

「母上、ミカの髪を編んでもいいでしょうか」

「おさげを二つ結ってちょうだい!」

「分かりました」


 昔は可愛かった息子がナチュラルに私の髪を編み出したが、全く気にする様子がない。というかイリヤの帽子を選ぶのに夢中である。


 私の髪は完全に昭和の中学生みたいになった。ザコルはどこからともなく臙脂色のリボンを二つ出し、おさげの先に結んだ。そこに白地に赤い草木柄の刺繍が入ったベレー帽を被せられる。ここまでゴテゴテと飾りつけていたら元の髪色には目が行きにくくなるだろう。


 立ち上がれば、ミリナの衣装よりもボリューミーでラブリーなスカートがふわりと広がった。生地の色は鮮やかな青、胸元や裾はチロリアンテープのような刺繍リボンで装飾されている。そして極めつきは真っ白なフリル付きのエプロン。これは一体誰のお下がりなんだろう。


 ザコルが無言で私の周りをくるくる回っている。完成度が高いとでも思っていそうだ。しかし、流石に若作りすぎやしないだろうか…。


「いいこと、ミカはミリナさんの遠縁のお嬢さんよ。イリヤさんのお話相手として連れて来られたの」

「では、ミリナお姉様とお呼びすればよろしいですか」

「まあ、こんなにあどけない子にお姉様なんて呼ばせられませんわ、おば様とでも呼んでくださいなミカ様」

「あどけないって…」

「どこからどう見ても完璧にあどけない少女よ!」



 私は二十六歳でおたくの息子さんと同い年なのですが、と喉から出かかったものの、これはこういう変装だと割り切らねばならない。


 完璧にあどけない娘、今日一日演じきってやろうじゃないか。




つづく

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