見た目通りやべーヤツらだって
◇ ◇ ◇
バタン。ザッシュはまだ話そうとしていた穴熊を部屋の外に出し、扉を閉めた。
そしてなぜか安全でも確認するように、扉を指差して「ヨシ」と言った。
「サカシータ子爵様からも、何かお話があったのでは」
「いいのだ。どうせ大した話ではない」
ザッシュはわたくしの言葉をバッサリと切る。
「本当に良かったのか、俺にまで話してしまって。後で貴殿の立場が悪くなるのでは」
ハコネもザッシュを気遣わしげに見る。
「問題ない。失って困るほどの立場など持ち合わせていないしな。それにザコルも言っていただろう、ここにいない者に忖度する必要などないと。だから、後はあいつらに任せておけばいい」
「ミカお姉様にもできることに限りはございましてよ」
苦言を呈したつもりだったが、ザッシュはふっと笑ってみせた。
「あいつらに限ってできぬことなどそうそうないだろう。あの聖女と弟は我が領の関所二つを掌握しているも同然なのだ。何かあればシータイとカリューで暴動が起きる。いくら当主とて無碍には扱えん」
ニヤリ。ザッシュが口角を吊り上げる。
「まあ。悪いお顔ですわ」
「悪さをするならば徹底的にせねばな。まあ、たまには親に反抗するのもいいだろう」
今まで、当主や子爵夫人たる親達の言うことに諾々と頷いてきたらしい彼は、肩の凝りをほぐすようにコキコキと鳴らした。慣れないことで緊張でもしたのだろうか。
「わたくしとお姉様のために、穴熊の皆さんを説得してくださってありがとうございます」
「違うぞ、おれはただトンネルを掘る人足を連れていきたかっただけだ」
「素直に認めてはどうだ」
「他に理由などない。あるとすれば、これから妹が考える」
ミカは、穴熊を使ってどんな策を考えるのだろう。希少かつ有用な能力だ。使い途は様々あるだろうが、彼女ならばその中でも一番『エコ』な方策を打ち出してくるはず。
それは、ザッシュや穴熊だけでなく、わたくしにも確信めいたものがあった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
どうしてこうなった。私は二人の屈強な男達が目の前で膝をつく様を呆然と眺めていた。
遠巻きにする人々と共にこちらを伺っているザコルとエビーには、大丈夫だとジェスチャーを送る。
そうだ、これはザコルに面通しする前の通過儀礼だ。同志は皆、なぜか私との面談を挟まないといけないみたいに思っているのだ。
「いやいやいや、皆さんって他の同志よりサカシータ一族に耐性ありますよね? 普通に話しに行ったらいいじゃないですか、ほら、本人も話したそうにしてますよ」
ソワソワ。ザコルが分かりやすく浮き足立っている。この二人の実力が気になって仕方ない様子だ。
「いいえ! まずは公式聖女様のご認可を得るところからでございます!!」
「段階を、段階を踏まねば一瞬でさらわれてしまいますゆえ…!!」
別に段階など踏む必要は全くない。私は断じてザコルの事務所やマネージャーではないからだ。
大体、公式聖女とかいう意味不明な二つがどうしてこんなところにまで浸透しているんだろう。私は後ろでニコニコしている『執行人』の異名を持った騎士の顔を軽く睨む。
「ああ、我々がどれだけこの日を待ち侘びたか…!!」
「この日って、私達が子爵邸にお邪魔してもう四日目にもなるのですが…?」
「むしろ三日や四日で心を決めた我々に労いのお言葉を頂戴いたしたいほどです!!」
「我々などドーシャ殿からの『日報』を読むだけでも毎日毎時毎分毎秒心臓が止まり掛けている始末!! どうかお察しを!!」
この妙な押しの強さ、同志(私)への遠慮のなさ。目の前の二人は紛れもなく深緑の猟犬ファンの集いの一員だ。
それにしても、ドーシャは子爵邸にいる彼らにまで私達の様子を赤裸々に綴った報告書を届けていたのか…。
このファンの集いではファン同士で交わす文書の機密性を何より重んじる。だからザラミーアや他の使用人や騎士に『日報』とやらは渡っていないはず、渡ってないといいな…!
「…てことは、こっちの様子ももれなくあっちに報告してるってことですかね」
「もちろんでございますとも! このお邸は既に我らのテリトリー!! 子爵邸の門をくぐられた瞬間から、ずっとお見守りいたしております!!」
つくづく安定の筒抜け状態である。穴熊がいなくともこの秘密結社がある限り私達にプライベートなどない。屋外や廊下などでおかしな真似をした覚えはないが、急に不安になってきた。
「シータイからは今日も『日報』の催促がまいりました」
「え、ドーシャさんが来てたんですか?」
「いえ、今日はジョー殿でした。彼らは持ち回りで『飛脚』をしておりますゆえ」
「えーっ、来たなら顔見せてくれればいいのに…」
「日報のやりとりは極秘任務ですので」
同志でサカシータ騎士の一人は今更ながらに声をひそめた。
まあ確かに、この厳重を体現したような子爵邸の内外で、騎士の領分を外れた情報をやりとりするだなんて本来厳罰ものだろう。立場としては領外の一般人に過ぎないドーシャやジョーがここに来たとして、正規の手順を踏まねば邸の中に引き入れることもできまい。
サッ。
「今度から、正門を堂々とくぐれるように手配しておきましょう」
『ファヒョウッ』
私の隣に瞬間移動さながらの動きで現れた人に、目の前のマッチョ二人が跳び上がった。
「ザコル。そうですね、せっかく来たなら会いたいですよね」
『りょ、りょりょりょりょりょりょうけけけけっけんささささままままままままああああ!?』
ブレ始めた…。
「ずっとあちらにいたでしょう。名は?」
「ローリ殿とカルダ殿でございます。お二人ともカリー公爵領の南方ご出身であられます」
ザコルの質問には執事よろしく侍っていたタイタが答えた。
「……カリー出身、なるほど」
ザコルが目を細める。
「ローリ、カルダ。また手合わせでもしましょう。訊きたいこともありますし」
ザコルがスッと手を出す。彼はブレすぎて手も足も口も出なくなった同志の騎士二人の肩をポンポンと叩いた。
「おい、ローリ、カルダ。お前らザコル坊ちゃんに憧れて入ってきたんだろが、鍛錬に誘ってやっても来ねえと思ったら、どんな体たらくだ」
様子見にやってきた壮年騎士ビットが呆れ顔で二人の後首を掴む。二人は完全に固まって動かなくなっていた。
「心神喪失状態ですね。僕と初めて会う同志は全員こうなるのです」
「慣れてますね坊ちゃん……」
「シータイやカリューで何度も経験したので」
「つか、まだ男に追い回されてんですかい」
「この同志達は追い回しても近づいてこないので、身体上の実害はありません」
「坊ちゃんならそうそう困るこたねえと思いますけど、困ったら言ってくださいよ。モリヤ元団長にも頼まれてんだ」
「モリヤが、…そうですか。分かりました」
邸内に常駐する部隊の部隊長であるらしいビットがローリとカルダを引きずっていく。あの上にも横にもデカいマッチョ二人を平然と一人で…。部隊長の名は伊達ではない。
私は執行人タイタの方を振り返る。
「ここにいる騎士の皆さんって、深緑の猟犬ファンの集いについてどれくらい知識があるのかな」
「水害があって支援部隊が派遣されてより、ローリ殿とカルダ殿がビット部隊長殿やザラミーア様に対し、我々集いの成り立ちや安全性について説明申し上げたという報告がありました。支援目的とはいえ、一部隊に相当する人数を関所町に引き入れることへの是非が一時議論されていた模様です」
「……………是非を議論。そっか」
今思えば当然の流れだ。
結果として深緑の猟犬ファンの集いの関係者からは害意を持つ曲者など一人も出ていないが、当時はそんなことは知るよしもないことだ。ロットが私達に対して危惧したように、善意の皮をかぶった侵略者である可能性も否定し切れなかった。実際、リーダー格もみんな隠密まがいだったしな…。
しかしあの時は、そんなことよりも目の前の支援物資がなければ多くの人が困窮するような状況で、だからこそイーリアやマージも町に受け入れる判断をしたのだろう。彼らの部下達がどこからどう見ても非戦闘員だったことも理由の一つかもしれない。
「じゃあ、結構知ってんだな、同志が見た目通りやべーヤツらだって」
いつの間にか近くに来ていたエビーが茶化すように言った。
「彼らがまた『やべー』などと判断されるようであれば、僕が口添えしましょう」
はわ、ザコルがエビーにつられて『やべー』って言ってる。きゅん。
「さあ、今日は皆で走るのでしょう?」
「お、やりますか。イリヤ様あー!! 走るって言ってますよおー」
エビーが声を出すと、隅っこでペータと一緒に雪だるまを作って待っていたイリヤがバビュンとやってくる。
「なんしゅう!? なんしゅうしますか!?」
「では、君の好きなだけ」
「じゃあひゃくしゅうします!!」
「ひゃっ、百周ぅぅ…!?」
追ってきたペータが卒倒しそうな勢いで青ざめた。
つづく




