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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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親愛なる聖女殿

 ◇ ◇ ◇



親愛なる聖女殿



 まずは謝らねばなるまい。

 テイラーの一行についていきたいという我が儘を聞いてもらったばかりだが、もう一つ、聖女殿を見込んで頼みたい件があったのだ。もう解決済みだろうが、事後報告になったことを許してほしい。


 かねてより穴熊とは一つの野望を語ってきた。領外にある難所と呼ばれる山に、あっと人を驚かせるトンネルや道を作ってみたいものだと。

 まあ、それは冗談というかただの夢物語であったのだが。貴殿と交流してからというもの、おれ達はこの領に引きこもり続けることに一種の後ろめたさを感じるようになった。端的に言えば、おれ達は甘えすぎだったと思うのだ。

 手駒になったからには、もっと貴殿の役に立ってやりたいし、貴殿ももっとおれ達をこき使いたいはずだ。おれ達はそんな貴殿の意を汲みたくて行動を起こしたのだ。そこは解ってほしい。


 さて、貴殿もそろそろ察している頃だろうが、我が家の当主殿はおれ達のようなワケアリを手元で甘やかすことに関して、強い信念をお持ちの御仁だ。

 いくら可愛い息子のおれが喚いたところで、穴熊を連れて領外に出たいなどというささやかな望みは叶えてもらえまい。それどころか話し合いの席に着かせるのも至難の業となるだろう。


 そこで穴熊達は言った。先に聖女殿に打ち明けてしまえばいいのだと。何せ、普段隠れて出てこぬくせに、過保護だけは特一級の当主様だ。必ず聖女に圧をかけにくるはずだと。子爵邸についてからでは父のテリトリーになってしまうので、道中、吹雪で足止めされているうちがチャンスだともな。全く奴らも狡賢いことを考える。真面目なおれにはちっとも思いつかなかった。


 おれも一応、その話を聞いて聖女殿に悪いと言って止めたのだが、穴熊達の意思は固く止められなかった。不甲斐ないおれを許してほしい。だが、優秀なる我が妹殿ならば、きっといいようにまとめてくれるに違いないと兄は信じていたぞ。


 ああ、ザコルには打ち明けていいと勝手に許可を出しておいた。お前達の間に隠し事があってはならんからな。それからこちらはアメリア嬢とハコネ殿に話を通しておく。この気の利かぬおれが、あの二人を相手に隠し通すなど到底無理な話だ。だったら最初からバラしておいた方が安気というもの。


 では、この手紙を穴熊に託した後、おれはアメリア嬢一行についてシータイを出る。現モナ男爵であるリキヤ兄から触れがきてな。チッカにこの近辺の要人を集めておくから、アメリア嬢とその兄だか弟だかを紹介しろと言われたのだ。旧知の仲とはいえ爵位持ちに命じられては断れぬ。すぐにでも出発するほかあるまい。


 突然の出立になって貴殿も困るだろうから、連絡用として五人ほど穴熊を連れて行くぞ。父の許可も出たようだし問題ないだろう。

 ちなみに領内では、貴殿に預けた十五人のほか、この手紙を持って走るのが一人、それから三人がカリューにて施設の修繕と風呂場の建設を行なっている。何か指示することがあれば穴熊を通して連絡するがいい。


 以上だ。ではな。



 ザッシュ・サカシータより




 ◇ ◇ ◇




「穴熊さん、この手紙を託されたのはいつですか」

「ににち、まぇ」

(一昨日だ)

「一昨日ぃ…!? てことは、もうチッカにいるかどうかも判らないじゃないですか!」

「チッカぃる。やまぃぬきた。てぃらぁ騎士、つぶす」

(まだチッカの公営宿にいる。峠の山犬殿のお出ましで、テイラー騎士の半分が酒に潰された)


 公営宿、響きはどっかの保養所みたいだが、おそらく私達も泊まったあの巨大なホテルのことだろう。


「……よし、穴熊さん、今からつないでください。どうせ今頃、スイートの一室で優雅にくつろいでるはずですから」


 ポクポクポク…。

 こちらから交信を持ちかけると、あちらにいる穴熊がザッシュの元に向かう。穴熊達が泊まる部屋はスイートよりもずっと下層にあるらしく、移動に時間がかかるようだ。つながったのは数分後だった。


 ボソボソ。


「…なんだこんな夜更けに、じゃないんですよザッシュお兄様! 私に手紙を渡すタイミングもわざわざ遅い時間を指定したでしょう!?」


 ポクポクポク、チーン。ボソボソ。


「よく解ったなじゃないんですよもう!! ていうか早朝に交信持ちかけてこないでくださいよ! 私達が鍛錬してる時間だって分かっててやってますよね!? こっちから交信しようとしても会議中とか言って絶対出ないし! ハナから話す気ゼロじゃないですか!!」


 ポクポクポク、チーン。ボソボソ。


「ははは、じゃないんですよ何笑ってるんですか! 大体、どうしてもうアメリアとハコネ兄さんにバラしてるんですか!? こっちはオーレン様のご意見も聴きながら慎重に行こうと思ってたのに」


 ポクポクポク、チーン。ボソボソ。


「父か聖女が信じる者ならば構わんと穴熊が言い、父も口を挟まなかったのだろう? であれば良しだ、じゃないんですよ、何がヨシ!ですか! 何をうちの妹巻き込んでんだって話をしてんですよ!! 勝手に穴熊さん達同行させて領出ちゃってるし!! もーっ!!」


 その後も色々と文句を言ってやったが、全て一笑に付された。全く反省の色がない。確かに、トンネルや建築以外のことではしっかり筋を通そうとするザッシュらしくはない。


「…………トンネル? まさか」


 ボソボソ。

(お姉様、アメリアですわ)


「……えっ、アメリア!? そこにいるんですか!?」


 穴熊の声でお嬢様言葉を聴いたので、一瞬脳がバグって反応が遅れてしまった。


 ボソボソ。

(ええ。お元気そうで安心いたしました。こちらも皆、つつがなく過ごしておりますわ)


「良かった、道中の教会でね、アメリア達の無事と幸せを祈ったところだったんですよ!」


 ボソボソ。

(俺もいるぞホッター殿)


「あっ、ハコネ兄さん!? ちょっと何を機密握らされてんですか!! あなたは日和ったこと言って若い子を止める係の人でしょう!?」


 ボソボソ。

(貴殿が俺をどう見ているかはよく分かった。ザッシュ殿が俺達にも利のある話だというのでな、つい聞いてしまったのだ。すまんな、俺も後で謝罪文を送るから読んでくれ)


「これ以上反省の色のない反省文なんていりませんよっ!! そうだ、トンネルですよトンネル! ザッシュお兄様、まさかアマギ山にトンネル通す話がきたから穴熊を連れ出したかったんじゃないでしょうね。それで穴熊達と私に交渉させ…」


 ボソボソ。


「バレたか、じゃないんですよもおおお!!」

「ミカ」


 ぽん、と隣に座ったザコルに肩を叩かれる。私はうわーんと彼に泣きついた。


「シュウ兄様。ザコルです。この場には父上もいます」


 ボソボソ。


「ミカ、お願いします」


 ザコルが私をヨシヨシとしながら翻訳を促す。


「……無事に中央に着いたようだなって言ってます」

「ええ。サギラ侯爵の件は驚いたでしょう。僕も驚きました」


 ボソボソ。


「驚いたそうですが、何となく只者ではない気がしていたそうです。今、彼らもチッカにいて同じ宿に滞在しているそうです」

「そうですか」


 ボソボソ。


「お前も文句があるか、と言っています」

「いいえ別に。ただ意外でした。シュウ兄様もこんな『悪さ』をするんだなと」

「悪さ?」

「ええ。こんなもの『悪さ』以外のなにものでもないでしょう、叱ってくれと言わんばかりじゃないですか」


 ばさ、ザコルはザッシュの手紙をローテーブルに投げ出す。


 ボソボソ。


「え、は? せっかくだから、おれの愚かさがよく解るような書き方にしてやった…!?」

「ぶっ、ふっ、ははっ」


 ザコルが本格的に笑い出した。


 ボソボソ。

(今日はアメリア嬢もお疲れだ。明日も早いしもう開きにするが、アメリア嬢と話したければまたいつでも穴熊に言え。ではな)


「え、あ、ちょっと!」

「あっ、おいザッシュ、僕からも話があるんだ……けど、もしかして切れた?」


 オーレンが穴熊一号に問うと、彼は頷いた。


「きぇた。へや、だす」

(切れた。あちらの穴熊は部屋を出されたようだ)


「……はあー…。何だい、いくら何でも、当主としてここまでないがしろにされたのは初めてなんだけど?」


 オーレンは再び深い溜め息をついた。


「ぁるじ、げんき、だす」

「ありがとう…なんて言うと思ったかい? 君ら穴熊も全員グルじゃないか!」


 ぴひょぅ、穴熊一号の口から奇妙な音が出る。もしや口笛を吹いて誤魔化そうと思っているんだろうか。お茶目だな…。


「オーレン様、申し訳ありません。やっぱり私が」

「君が謝っても仕方ないよ」

「でも、ザッシュおにい、ザッシュ様は」

「あいつが勝手にしたことだ」


 オーレンは私の言葉をバッサリと切る。


「まさかこの歳になってできた妹可愛さに、人を巻き込んでまで我が儘を通すヤツだとは僕ぁ知らなかったよ!」

「オーレン様……」


 オーレンはまだ笑っているザコルの方を見遣る。


「そっちも、人の『悪さ』が成功したのがそんなに面白いかい。君もザッシュも、今更反抗期のつもりか?」

「っはは…、べ、別に、今まで反抗する理由がなかっただけかと思いますが…」


 ザコルは目尻の涙を拭い、私の下ろした髪を撫でた。


「僕は、ミカが寂しい思いをしないなら、何も文句はありません」

「ふべ…っ、やめてくださいよ…っ、い、いくら何でも…!」

「あっちも、アメリアお嬢様が寂しい思いをしないなら、それでいいんでしょう」

「そんな…」


 うぉう!

 同席していた穴熊一号と三号がザコルに同調するように唸る。


「てっ、手柄を上げたいとか言ってたじゃないですか! だから私」

「それ、ほんとぅ。ひめ、かんがぇる。ぃぃよぅに。しんじぅ」

(それもまた真意だ。あなた様がいいようにしてくださると、我らは信じている)

「ぇこ、する」

(この機会を必ず有意義なものとしよう)

「うえぇ…っ、無茶振りすぎる…!!」


 ぐふぉっ、ぐふぉっ。

 泣く私に、穴熊二人が大丈夫だと励ますように笑う。


「全く、誰が過保護だよ。随分と絆されちゃってさあ…」

「フン。この数日引きこもるのも忘れて、ミカの周りをやたらウロチョロしている父上には言われたくないでしょう」


 ザコルは悪態をつきながら私の顔をハンカチで拭いている。過保護なのは間違いない。


「ひめ、ぉもしろぃぉんな、ほんとぅ。ぁるじ、まんぞく。ぜったぃ」

(この姫が面白い発想をなさるのは本当だ。主もきっと満足する結果になる)

「あーはいはい、分かった分かった。これ以上邪魔なんかしない。ミカさんはいい子だから、何か始める前に僕に相談してくれるよね?」

「それはもちろんです!! というか不安しかないので相談に乗ってくださいお願いします!!」

「ああーおじさんを立ててくれて偉い子だなあほんとーに! そう思うだろ君達」

「その偉くていい子のミカをないがしろにしたのは誰ですか?」

「ぁるじ」

「もーっ分かったってば、何度だって謝るし態度でも示すよ!!」




 かくして、ただ私とアメリアが寂しい思いをしないようにスマホを買い与えようみたいなノリで、サカシータ領きってのチート持ちが領外に持ち出されてしまった。

 私に課せられたのは、そのスマホが宝の持ち腐れにならないように、いかにもそれらしい有意義な使い方を考えることである。




つづく

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