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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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反抗期すか

「ファイッオー!」

「おー!!」


 例によって、イリヤのスピードに合わせて走り込みしていたら最後にはみんな屍のようになった。

 ペータにメリー、穴熊、そしてなぜかサゴシが雪の上に倒れている。執務メイド達は早々に彼女らに合ったスピードに切り替えた様子だ。今日はミリナも彼女達と一緒にランニングに挑戦している。


「なっ、なんでサゴシ、様までっ、はあっ」

「てめっ、てめえがっ、姫様のお隣っ、独占してっ、やがるからだろがクソッフザッけんなこの…っ」

「いい、がかり…かよ、はあ、めんど」

「はあっ!? なんだとてめっ」


 ペータとサゴシは息も絶え絶えなのに喧嘩している。仲良くなったようで何よりだ。


「おーい、サゴシ! てめえ何そっちに混じってんだ、俺だって姐さんと競争してーのに我慢してんだぞおー」

「はは、そうですともー」


 ドングリ先生による鬼畜人外メニューを継続中のエビーとタイタからクレームが飛んでくる。余裕そうである。


「明日は皆で走りましょう」

「やっっ…、たー!!」


 小さめだが水の入った樽を持たされているエビーが、歓声を掛け声にして高く上げて見せる。


 ちなみにザコルは大樽を持って同じ運動しているが、あまりに軽そうに持っていて運動になっているようには見えない。彼にとって大樽とは二リットルペットボトルと同じようなものなのかもしれない。容器だし。


 彼らの後ろではサカシータ騎士団の面々が同じメニューに挑戦していた。余裕綽々、というほどではないがきっちりこなしているあたり流石はサカシータの人々だ。


 男性陣は基礎鍛錬を終えると、各々相手を見つけて手合わせを始めた。



「あっちも人数増えてる気が…。メリー、私達はあっちの隅の方でやろーよ」


 コソコソ。


「いけません。やるならば訓練場のど真ん中でなければ。ミカ様の素晴らしい剣舞を愚民どもの目に焼き付けるのです!」

「君は本当に何を言っているのかな。お見せするようなもんじゃないから隅っこに行くんだよ」

「あの神事を目にせずに今後何を目にして生きていけと申されるのですか!?」

「何度も言うようだけども私は神ではないのだよ」


 また押し問答をする。メリーとは日に日に話が通じなくなっている気がする。



 結局、話の通じない狂信者を隅にやることはあたわず、衆目に晒されながら手合わせと弓、さらに投擲の鍛錬もした。


 弓や投擲はエビーやタイタ、イリヤも一緒に取り組んだ。それを見て、じゃあ、とばかりに腕に覚えのある騎士団員達が隣で参加し始めた。もちろん、最後はみんなで大雪合戦である。結局のところ、これが一番投擲の実践練習になっている気がする。


「おはよう。楽しそうだね」

『旦那様!』


 突然現れたオーレンに、サカシータ騎士団員達が一斉に笑顔で敬礼する。


 オーレンもザッシュと同じで、男性相手ならそこまで恐怖を覚えることはないようだ。執務メイド達はそんなオーレンに遠慮したか、はたまた見つかったとでも思ったのか「そろそろ失礼致します」と言って下がっていった。


「あれ? 何だか、昨日より人数増えてないかい。早朝から鍛錬してるのなんて一握りだったのに」


 冬場は午後の方が暖かい関係で、昼から鍛錬する者が大半なのだという。早朝に訓練場で鍛錬を行っているのは、昼間に見回りや見張りなどの当番が入っている者か、早起きが得意で午後はゆっくりしたい者くらいらしい。

 騎士達は冬場は基本的に仕事が少ないので、当番や当直以外の時間の過ごし方は個人の裁量に任されていると聞いた。ゆるく見えるが、根底には徹底した実力主義がありそうだ。


「僕も、最近早く目覚めちゃうから早朝鍛錬派だけどさ」


 もうおじさんだからね、と自虐を挟むことを忘れないオーレンである。

 あれで一切舐められていないのだから、実戦における彼の働きは相当なものなのだろう。ただ強いだけではああまで慕われまい。


「聖女様いわく、早起きはサンモンの得、だそうですよ」


 幸運を呼ぶ妖精、オーレンを見られた騎士達は皆嬉しそうだ。早速、早起きの恩恵に預かれたようで何よりである。


「三文の得? ははっ、寺の和尚みたいなこと言うね。彼女、本当に未来人なのかな」

「テラのオショウ? ミライジン?」

「いや、こっちの話さ」


 オーレンが奇妙なことを言うのには慣れているのか、話に応じていたビットはそれ以上追求しなかった。


 イリヤが駆けてきてオーレンに飛びつく。孫がタイタから習ったばかりの長剣の型を披露してみせれば、祖父は「はわ」と言ってとろけるような笑顔になった。






 チャカチャカチャカ。


 胸に抱いたソロバン達がリズムを刻む。オーレンから借りてきたものだ。


 ザコルとミリナが習いたいと言うので、午前中に一時間くらいレクチャーしようと思って部屋を借りたら、エビーとタイタ、イリヤも習いたいと言い出した。そしてまたしても執務メイド達が数人が現れ、見学だけでもしたいと言い出した。

 手元にあったソロバンは昨日借りた一台のみ。これでは一時間かけても全員に理解してもらうのは不可能だ。


 と、オーレンに相談しに行ったら、彼の執務室の棚から大量の新品ソロバンが出てきた。流行らそうと思っていっぱい作らせていたらしい。ついてきた護衛三人と手分けし、必要な分だけ持ち出した。


 部屋に戻った私は、行儀よく机に向かった皆に一台ずつソロバンを配る。


「コホン。では皆さん、えー、このビーズみたいなのは珠、珠を上下に分けている部分を梁と呼びます」

「たま、はり……」

「これが珠で、ここが梁だそうよ」


 ミリナはイリヤのフォローをしながら聴いている。


「では、基本的な珠の弾き方と数の数え方から……」


 ザコルがピッと挙手する。


「どうぞザコル」

「この、いくつかある点は何ですか」

「あ、説明が抜けてましたね。梁に等間隔で打たれた点を定位点といいます。このどこかを一の位と決めてから計算に入ります。位の話を含め、今から順を追って説明していきますね」


 何というか、まさか異世界に来てソロバン塾を開くことになるとは思わなかった。

 正直教える方は素人なので、うまく説明できない部分も多い。しかし皆が熱心で自発的に質問もしてくれたので、何とか授業として成り立った。この国に広く普及する数値の表し方が十進法だったのもよかったと思う。


「えー、次に繰り上がりや繰り下がりのある足し算と引き算ですがー、基本的には、足す数、引く数が十よりいくつ多いか少ないかを基準に考えます。そこで覚えていただきたいのは…」


 いわゆる合成分解、足し算九九、引き算九九といった暗記しておくべき法則については、私が手書きで量産したものを配った。


「大丈夫か? エビー」

「大丈夫…じゃねえっす。これどーいう事すか」

「それはな…」


 子供の頃に読み書き計算は一通り習ったものの、それ以降計算を要する業務と無縁だったらしいエビーは苦戦している。

 家が没落する十五歳までは執務の手伝いもしていたという、元子爵子息タイタがエビーのフォローに入った。タイタは珠を弾く所作こそぎこちないが、ノウハウ自体は理解できたらしい。


「これはこうして、ああ、なるほど! 法則に則って珠を弾けば、間違いなく計算ができるということなのね!」

「私も解ってきたわ!」


 若い執務メイド達は普段計算を業務としているだけあって、元々暗算能力が高く、しかし個々人によって計算のクセが強かった。しかしソロバン特有の計算ルールに合わせようと、何故か必死になって努力してくれた。

 その甲斐あって、出来のいい人は二桁同士の足し算引き算にも挑戦できた。


 一時間ではそれ以上の桁数の足し算引き算、そして掛け算や割り算までは教えきれなかったので、また次の機会にと約束した。

 反復練習は必要になるだろうが、足し算と引き算だけでもマスターできれば帳簿計算はかなり楽になるだろう。




「ありがとうミカさん、僕の代わりに塾を開いてくれて!」

「あっ、おじいさま!」


 イリヤが廊下の隅で両手を組み合わせてウルウルしている領主様を見つけた。


「まあ、もしやずっとそちらにいらしたのですかお義父様」

「もう、ミリナ様のおっしゃる通りですよ。そこにいたならどうして一緒に教えてくださらないんですか」


 思わずジト目になる。

 私は使えるとはいえ、小学生の時に習ったきりでブランクが大きい。対してオーレンは現役バリバリで使っているはずだ。よほど要領を得た説明ができただろうに。


「僕があんな女性率の高い部屋に入れるとでも!? しかも彼女らOLなんだよ!? 僕のことなんて嫌いに決まってる!!」

「そんなことはないと思いますが…」


 一応、彼も何度か教えようと試みたものの、執務メイド達とは顔を合わせるのも怖くて、廊下から音声だけで何とか教えようとしたらしい。なるほど。それはそれは伝わらなかったことだろう。


 ちなみに、ザラミーアやベテランのメイド達には『今更覚えられない』と断られたのだという。それも道理である。何十年も自分のやり方で計算してきた人に、新しい計算方法を取り入れさせるのは至難の業だ。


 今日やってきたのは比較的若い子達ばかりだった。おそらく彼女達は、昨日私が使っているのを見て気になっただけでなく、何度も講義を試みてくれたオーレンのためにも何とか習得してみせたかったのだろう。


「嫌いだったらあんなに必死にソロバン覚えようとしないですよ。大体ミリナ様も女性ですし、私だって元OLです」

「君達はもう家族だからね! 元が何でも平気さ!」

「家族……」


 また外堀を埋めているアピールだろうか。


「ほら、ザコルと婚約したんだろう? それだけは事実だし、相手は息子だから僕は離婚されないし、ミリナさんも子になってくれるっていうし! 安心安全だ!」

「安心安全て。…そ、それにっ、そ、その、私、ザコルとはま、まだ……こっ、婚約の、約束? をした、だけで……!」


 かぁー…。赤面。これ、いつになったら慣れるんだろう。


「まあまあ。ミカ様ったら初々しいわ、なんて可愛いらしいのかしら!」


 ミリナがきゃーっと頬を押さえる。


「はは、君も照れたりするんだ。そんなにザコルを好いてくれてるんだねえ。僕ぁ嬉しいよ」


 ぐい、バサ。


 引き寄せられて頭から大きな布ですっぽり覆われた。これ、マントか。何も見えない。


「父上は消えろください」

「消えろって言った!?」


 チャッ。音から察するに、ソロバンを突きつけたらしい。


「はわ」

「……何ですかその顔は」

「昨日は珍妙なものとか言ってたのに、習おうとしてくれたんだと思ったら嬉しくって」

「消えろ」

「ひぇっ敬語もやめちゃった!?」


 うわーんまたトラウマになるだろー!! と叫びながらオーレンが走り去る音がする。


「あのー、まだ話したいことあったんですが」

「誰かに事付ければいいでしょう」


 すげない。あと私はいつまで某エジプト神話の神みたいな格好でいればいいんだろうか。


「何すか、兄貴は反抗期すか」

「違います」

「はんこーきってなあに? エビー」


 ぷぶ、タイタとミリナが同時に吹き出した音がした。




つづく

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