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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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猟犬ブートキャンプ、再開

 まだ夜も明けきらぬ早朝、サカシータ子爵邸内の訓練場に私達は集合した。

 猟犬ブートキャンプ、再開である。


「よろしくお願いしまぁーす!」


 私が勢いよく頭を下げれば、同じく訓練で外に出てきていたサカシータ騎士団の面々がにこやかに一礼した。

 ザコルが騎士の二人と、どこかで捕まえてきたサゴシを中央の方へと引っ張っていく。


「ミカさま、どこでたいそうしますか?」


 私の上着の端を引くのはイリヤだ。


「じゃあ、あの隅っこの方で始めよっか」

「さいしょは、ゆきふみですね!」

「そうそう。ミリナ様もご協力いただけますか」

「もちろんです。雪踏みをして、地をならすということですわね」

「一生懸命やるとこれだけでも結構な運動になりますから。辛くなったら休んでくださいね」


 ミリナとイリヤ、そして魔獣達が一緒になって端から雪を踏み始める。


「さて、私も」

「ミカ様」

「ひょえ」


 毎回毎回どこから現れているのか、背後からメリーが出現した。


「メリーはもう…」

「メリー、ミカ様を驚かせるのはやめろよ」


 ペータも出現し、先に現れたメリーを嗜める。


「私は咎人よ。礼を尽くすためにも気配を現すのは最小限に」

「いちいち驚かせるなんて普通に失礼だって話をしてるんだ」

「は?」


 闇の眷属同士で睨み合いになる。


「はいはいはい、喧嘩しないで。二人とも雪踏み手伝ってくれるんでしょ?」


 私が間に入れば、彼らは睨み合いながらも距離を取って雪踏みを開始した。





「はあ、本当に、運動になりますね…はあーっ」

「母さま、だいじょうぶ?」

「大丈夫、大丈夫よ…」


 あんまり大丈夫そうじゃない。ミリナは少し休憩させた方が良さそうだ。


「ミリナ様、あちらのベンチで少し休んでいてください。その間に私は走ってきますので」

「申し訳ありません、ミカ様…」

「まだ初日ですから無理をなさらないのが一番です。身体も冷やさないようにお気をつけくださいね」


 魔獣達が心配するなと言わんばかりに彼女に寄り添う。モフモフで温かそうだが、実はそうでもない。


 魔力のようなものが血の代わりに通っている、言っていたコマと同じく、魔獣達もあまり体温をもたない子が多い。しかし唯一、火の魔法を操る鹿型魔獣のナラが自分の体温を上げることができると聞いていた。

 ナラがミリナにくっつく形で寄り添えば、ミリナも彼女に遠慮なくもたれかかる。幸せそうな光景にほっこりする。


「僕も! 僕もはしりますミカさま!」

「うん、イリヤくんと、そっちの闇の眷属っ子達も走るでしょ?」

「もちろんですどこまでもお供いたします」


 メリーは前のめりで返事をした。


「あの、この訓練場を何周なさるおつもりでしょうか」

「そうだねえ、久々だし、とりあえず五周くらいして足りなかったらまた考えようか」

「そうですね、そのくらいがよろしいと思います」


 ペータはホッとしたように言った。


 ここの訓練場も広いが、シータイの放牧場程ではない。とはいえシータイの町長屋敷の庭よりは広い。

 私や闇っ子達の体力より、イリヤの様子を見ながら走るのがいいだろう。




「ファイッ、オー!」


 私が声を出すと、イリヤが元気よく「おー!!」と復唱してくれる。


「ミカさま、あとなんしゅうですか?」

「あと一周だよ」

「えーっ、もっとはしりたいです!」

「あ、いけそう? じゃあもう三周くらいしちゃおっか」


 わーい、とイリヤが走りながら飛び跳ねる。流石はサカシータの子。元気だ。

 私は横で物凄い形相で走っているペータの方を伺う。


「大丈夫?」

「だ、だいじょびま…だいじょぶ! だいじょうぶです!!」


 ペータは一瞬訓練場の中央の方に視線を走らせたが、すぐに前に向き直って速度を上げた。一瞬サゴシと目が合った気がする。


「メリーは……」


 メリーは私の三歩後ろを走っている。息は乱れているが……あれは意地でも食らいついてくるつもりだ。

 私とイリヤは楽しく掛け声を上げつつ、残り三周を走り切った。




「ミカにしては適正の距離で切り上げましたね。今日は止めずに済みました」

「イリヤくんもいますからね、走り過ぎは成長の妨げになると何かで読んだことがありまして。最初から飛ばすのは良くないかなと」

「いやいやいやメチャクチャ飛ばしてただろ速度が適正じゃねーんだって!!」

「イリヤくんに合わせただけだよ」


 まだ走り足りなさそうなイリヤと、雪上に転がる闇の眷属二人。そしていつから一緒に走っていたのか、穴熊達までゴロゴロと転がっている。


「姉貴がやべーのは定期として、サカシータ一族マジでやべーな…」


 基礎鍛錬でかいた汗を拭いながらエビーが元気なイリヤを見てゴクリと喉を鳴らす。エビーだって、あの鬼畜人外メニューを難なく完遂できるようになったのはすごいしやべーと思う。


「ミカ殿の脚ならば、我が集いの『飛脚』としてもご活躍できそうですね。いや『速達』や『特急』もあるいは」

「本当? チャレンジしてみたいなあ」

「ミカ?」

「今はやりませんよ」


 いつか機会があればの話だ。


 深緑の猟犬ファンの集いは、全国規模の情報伝達網を独自に持っている。

 仕組みは単純、脚の速い人が駅伝方式で手紙を届けるだけなのだが、それが尋常でない速さを誇るのだ。走りに特化した彼らは集いの中で『飛脚』と呼ばれ、急ぎの時はさらに精鋭が集まって『速達』モードや『特急』モードに対応するのだという。


 ちなみに、シータイにいる同志達とテイラー邸のオリヴァーの間では現在、絶え間なく『速達』か『特急』で情報を交換し合っている。なので、王都やテイラー領の情報が二、三日遅れくらいで手に入る。通常馬車で片道十日以上かかる距離であることを思えば、信じられない速さだ。


「じゃ、体操に移ろっか。ミリナ様のとこに戻るよー」


 私は引率者よろしく、少年少女を引き連れて訓練場の端へと移動した。




 ミリナも交えて柔軟体操をゆっくりと行ったのち、私はメリーに手合わせを申し込んだ。


 ちなみにイリヤとペータは男性陣の方に連れて行かれた。居合わせたサカシータ騎士団のメンツを相手に雪合戦をするようだ。


「か、かか神に刃を向けろと申されるのですか!?」

「いや、軽く稽古をつけてくれればいいんだけど」

「神に何を教えろと申されるのですか!?」

「いや、どう考えたってメリーの方が強いしキャリア長いでしょ」


 押し問答を始めて五分は経った。

 そんな私達を見かねたのか、サカシータ騎士団の青年が一人走り寄ってきた。


「もしよろしければ、この刃を潰した鍛錬用の短剣をお使いください」

「わあ、ありがとうございます!」


 私が鍛錬用の短剣を二本受け取ると、若者はにこりと笑って一礼し、下がっていった。


「ね、メリーこれならいいでしょ?」

「ですが万が一御身に傷でもつけては」

「……はあー…」


 なおも渋るメリーに対し、私は大袈裟に溜め息をついてみせた。


「てゆか、メリーの信心って大したことなかったんだねえ」

「は!? 今何とおっしゃいましたか」

「私のお願い聞けないの?」

「そのようなことは決して!! ですが」

「ですが? ああ、じゃあ、私のこと弱くて鈍くさい女だって思ってるんだ」

「まさか!! あなた様は誰よりもお強い方、その洗練された身のこなしにはつけ入る隙などございません!!」

「だったらいいじゃん、私の御身とやらに傷はつかないよ」

「む、ぐう」


 私は受け取った短剣の一つをメリーの前に投げる。…借り物なのに投げてすみませんと心の中で謝る。


「メリー」

「は」


 メリーが反射で跪く。威圧を使うのは久しぶりだ。


「剣を取りなさい。目の前の私を、信じる覚悟があるのなら」

「…………神を疑った私を、どうかお赦しください」


 メリーは短剣を取り、ゆっくりと立ち上がる。と、同時に踏み込んだ。



 キィィッ!!



 金属同士が擦れる音が耳をつんざく。私は受けた一撃をすぐにいなそうとする、が、スッと引かれて危うくつんのめりそうになる。メリーは引いてすぐにまた突きを繰り出し、私はそれを紙一重で避ける。


 ヒュ、パ、シュ、ヒュ、ヒュヒュ。


 短剣が空を斬る音が続く。煽りに煽ってしまったせいで、メリーが手加減もなく打ち込んでくる。

 しかし緩急のバランスが素晴らしい。私が少しでも前に出ようとすれば引き、その勢いを削ぐ。そのうちに誘い込まれて首筋に刃を当てられることだろう。


 徐々に押されている。そろそろ攻守を逆転したいが、私の剣術、体術レベルではこの子の隙をつけない。手段を選ぶつもりはないが、雪を投げて目眩しにしたとて、雪を使った攻撃が雪国の人の気をどれだけ引けるか。


 私は横に倒れ込むようにして雪上に身体を近づける。そして剣先をスコップのように雪に差し込むと、すくった雪に念じて全て蒸気に変えた。

 蒸気はまるで煙幕のように視界を遮る。顔にまとわりつくぬるい蒸気。それに一瞬引いたメリーの懐へ、私は鋭く突きを繰り出した。


「はっ」


 私の突きは、彼女が退いた場所になだれ込んだ蒸気だけを貫く。畳み掛けるようにどんどん踏み出す。やっとできた隙だ、逃すまい。


 ヒュ、パ、シュ、ヒュ、ヒュヒュ。


 復習よろしく、先程見たメリーの動きをなぞって攻撃を繰り出す。緩急をつけるのも忘れない。

 私がさっきの自分と同じ動きをしていると察したか、メリーは私にはできなかった『攻守逆転』を実演して見せてくれた。


 それは蹴りだった。鮮やかに弧を描いた足先は避けようとした私の手元を正確に狙い、短剣だけをスパッと蹴り上げた。蹴られた短剣は私の手を離れ、背後の雪にトスッと刺さった。


「お見事。参りました」

「…ミカ様? なぜ雪を熱湯にして顔にかけてくださらないのですか。あなた様なら容易だったはず」

「いや、なんでそんな怖いこと言うの。鍛錬だよ?」

「一瞬で蒸気を作るなんて、熱湯を作るより魔力の消費も大きいのでは!?」

「やー、蒸気攻撃、初めてやってみたけど上手くいったね。魔力消費量も昨日のダイヤモンドダストほどじゃないよ」

「ダイヤモンドダスト…!! あの奇跡こそは天界の…ッ」

「あーはいはい思い出させてごめん次やろ次。あ、蹴り技教えてよ」


 油断するとすぐ拝み倒しそうになる彼女を適当にいなしたり煽ったりしながら、私は狂信者でバーサーカーな彼女にいくつかの技を教えてもらった。



つづく

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