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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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それは、心細いというのですよ

「ミカが頭を下げるから、皆も下げてしまったでしょう。あなたは敬われる立場なのだから堂々として、苦しゅうないとでも言っておけばいいのです」

「そんなイーリア様みたいなこと言えませんよ、小市民なんですから」


 ザラミーアに軽く叱られながら古城の中を歩く。

 各町の町長屋敷などとは全く構造が違う。古い石造りの建造物の中に人が住めるよう、後から床や窓などを取り付けたという印象だ。分厚く冷たそうな石の壁の内側は意外に暖かかった。断熱性が高いのだろうか。


 ランプの光に重厚な石壁が照らされて非常に趣深い。人によってはおどろおどろしい雰囲気に感じるかもしれないが、私としては中世ヨーロッパか魔王の城にでも来た気分で、テンションはマックスだ。


「すごいすごい、こんなすごいたてもの、僕見たことないです!」

「ほんとほんと、私も見たことないよ! すごいね、立派だねえ」


 私はイリヤと一緒に小並感全開ではしゃいでいた。後ろでエビーとミリナが顔を見合わせて苦笑している。タイタは多少持ち直したのか、ニコニコといつもの笑顔でついてきている。


「あっ、鎧があるよイリヤくん! あれはロット様のコレクションですか!?」


 廊下に年季の入ったフルプレートアーマーが飾られている。鈍色でいかにもそれっぽい雰囲気だ。


「ロットさんはあんな無骨な鎧は好まないわ」

「そうなんですか…カッコいいのに」

「分かる!? いかにも中世って感じでカッコいいだろう! 他にもあるんだよ!」

「あ、オーレン様のコレクションなんですね」

「そうよ、この人ったらあんなガラクタを集めて飾っているの」

「ガラクタじゃないよザラミーア!」

 プンプン!


 はあ、とザラミーアは溜め息をついてみせる。ぶっちゃけ邪魔だとでも思っているんだろう。

 この世界は元々中世から近代の文明レベルなので、使い古した鎧など巷にあふれているのかもしれない。ただ、日本人としてはああいったものに憧れる気持ちも解る。私も、こんな立派な城があったらフルプレートアーマーや鹿の剥製を飾りたくなってしまうと思う。


「あんな古くて重いだけの鎧などガラクタで相違ありません。というか父上はミカに話しかけないでください」

「もう! ザコルまで! 何で僕にだけひどいこと言うの!?」


 この人一応領主様なんだよな…。騎士や使用人に舐められている感じはしないが、人目のある場所でトップを邪険に扱うのはあまりよろしくない。イリヤの教育のためにも。


「ザコル、私はオーレン様ともっとお話ししたいです」

「ミカさんは本当にいい子だねえ…!!」

「そのミカを避けてないがしろにしていたくせに、よくそんな態度が取れますね」

「うぐう」

「ザコル、それはもういいですから…」

「というか僕は僕の知らない話をミカが楽しそうに話しているのが気に入らないだけなのでどこかに行ってください」

「そんなあ」

 ぴえん。


 ふはっ、とエビーとタイタが吹く。


「いや正直すぎんだろ」

「ミカ殿が困っておられますよ。子爵様は故郷のお話ができる貴重なお人であられますし」

「コリーったら、いい歳をして、父親と子供のような喧嘩をしないでちょうだい」


 母親にまで突っ込まれ、ザコルはプイとそっぽを向く。


「……別に、解っていますよ」


 拗ねたザコルの腕をギュッと抱いて「ふへ」と笑ったら久々にベリッと剥がされた。


 ちなみに、エビタイにはオーレンの前世の話は既にしてある。渡り人ではないが、訳あって日本の記憶を持つ人だと。オーレン自身はあまり隠すつもりがないようだが、個人情報なので外部に漏らさないようにとは言ってある。



 厳かな雰囲気の食堂に案内され、皆で和やかなお食事会をした。


 ソーセージや野菜のスープなどはシータイでもよく食べたメニューだ。メインディッシュは鹿肉のステーキだった。ソースは赤ワインと肉汁を煮詰めたもので、付け合わせはマッシュポテト。ご馳走だ。

 飲み物として出されたワインは見覚えのあるロゼのスパークリングで、エビーが「モナドン…!」と感動していた。




 食後、浴室を借りて湯浴みをさせてもらった。もちろん自分の分とミリナ達、そして護衛達の分は私が沸かした。

 それ以外にも邸内には湯浴みのできる浴室がいくつかあると聞いたので、掃除の済んでいる浴室にはザコルや使用人達の手も借りて全て湯を用意させてもらった。


「はー、すっきり」

「解消しましたか」

「ええ、てきめんに!」

「それは良かったです」


 廊下でザコルが私の湿った髪を撫でる。


「ミカ」

「ザラミーア様」


 振り返れば、心配そうな顔をしたザラミーアだった。様子を見にきてくれたようだ。


「疲れたでしょう。あんなに湯を沸かして、本当に大丈夫なのかしら。替えの湯まで何樽も……」

「いえ、そろそろ魔力過多になりそうでしたから助かりました」


 今日はダイヤモンドダスト以来、大々的な魔法は使えていなかった。

 ヌマの屋敷に滞在中もそう何度も風呂を沸かしていたわけではない。道中も、周りは雪だらけなので素材には事欠かないのだが、移動しながらコソコソちまちまと使うのには限界があった。毎日大量の魔力を消費していたシータイでの暮らしを思えば、ここ三日はほぼ開店休業状態だったと言っても過言ではない。


 そんなわけで実は結構精神にきていたのだ。小並感全開ではしゃいでもいなければ、片っ端から余計なことを思い出して泣き出しそうなくらいには…。


「冷めないうちに、皆さんで有効活用してくださいね」

「皆が喜ぶわ。オーレンと私も相伴に預かりますわね。ありがとう」


 ザラミーアが眉を下げて微笑む。食事中、空元気だったのを悟られたかもしれない。


「ミリナさん達には邸の騎士を護衛につけますから、あなたも一人部屋でお休みになって。ザコルとテイラー騎士のお二人には隣の部屋を用意しましたからね」

「はい。ありがとうございます」


 ザラミーアは部屋の使い方などには特に言及することなく、あっさりと去っていった。




 着替えや歯磨きなどを済ませた私は一人ベッドに座り、石造りの高い天井を見上げた。


「ここは天井裏がないな」


 あの子達、どこに潜んでるんだろう。


「ミカ様」

「ひょえ。もうメリー…じゃなかった、ペータくん。どうしたの。中に入ってよ」

「いえ、このままで失礼します」


 ペータは配慮のつもりか廊下側の扉から半身だけ覗かせていた。寒い空気が入るから部屋に入って扉を閉めて欲しい、というのは伝わらなかった。


「あの二人が使い物にならないので僕が代わりにまいりました」

「えっ、あの二人どうしたの」

「サゴシ様は浄化のダメージが大きいようで、回復に時間がかかっています」


 浄化のダメージって何…。


「メリーは未だトランス状態のままでして」


 トランス状態…。まだ私が神だなんだと語り続けているんだろうか。


「僕も少々目を灼かれた気がしましたが、まだ闇に堕ち切っていなかったことが幸いしたようですね」

「いや、何なの、ダイヤモンドダストって闇の眷属を灼く魔法とかそんなんじゃないんだけど?」

「あれはどう見ても闇を灼く魔法でした!!」

「ほんと何言ってんの。正真正銘ただの氷魔法だよ」

「まさかそんなはずはございません!! あれは、あれこそは神界の…ッ」


 闇の眷属って何か別の世界線で生きてるのかな…。ああ、厨二病か、そうか。


「あれの直撃を受けた後、サゴシ様はイリヤ様の光にも当てられております。気持ちわる…じゃなかった、回復には今しばらく時間がいるかと」


 今、気持ち悪いって言いかけた。


「そういった事情で、本日このお部屋の影役は僕が務めさせていただきます。ご承知おきください」


 ぺこり。


「あ、うん、よろしくお願いします。ペータくんてさ、私の寝室の監視についたことある?」

「監視? 護衛の間違いでは……いえ、これが初めてですが」

「そう、あの、何か聞いてるかな、サゴシとメリーから」

「いえ、あの二人は絶対に自分から影役を譲らないので、人に引き継ぎをするという発想がないようです」


 文句がありそうだな…。


「まあ、いいよ。何か気になることがあったら聞きに来ていいからね」

「はい。ご配慮に感謝いたします」


 ペータは一礼し、やっと扉を閉めてくれた。





 数分後。



「どうしてこちらのお部屋にザコル様が!? しかも当然のように同じ寝台に入られようとしているのはなぜ!?」


 早速ペータがやってきて疑問を呈した。


「マージは自ら天井裏で監視するのを条件に目こぼししてくれましたよ。まあ、条件といっても彼女が無断で張り付いていただけですが」

「町長様……っ、それってただの覗きじゃ……っ」


 ペータは膝から崩れ落ちた。


「まーまー少年、俺らも隣の部屋にいっからな、ドアも一応ちょっと開けとくし」

「ペータ殿。このお二人はどちらも不眠気味でいらっしゃいまして、しかし寄り添って寝ると安眠できるのですよ」


 エビーとタイタに宥められ、ペータが身を起こす。


「不眠解消のため、ですか…?」

「ミカはともかく、僕まで熟睡しすぎるのが悩みです」

「兄貴は今までの人生ロクに寝てねーんだからいーんだよ。今は護衛だって何人もいんだしよ」

「ええ、今夜こそはゆっくりとお休みください。ミカ殿もお疲れでしょうから」


 部屋の中は私達だけだが、廊下には等間隔でサカシータ騎士団の人が立ってくれている。

 最初、侍女もつけるとザラミーアは言ってくれたが、懇切丁寧に説明して断った。私が意外に人見知りなことも、また、直接的には言わなかったが、私がザコルの側で寝たいことも理解してくれたのだと思う。


 ペータの眼差しが、気遣わしげなものに変わる。


「……。一人用の寝台ではかえって寝づらくはないでしょうか。もしよろしければ、広いベッドに替えるよう要望を出してまいりますが」

「ううん、いいよ。そこまですると、みんなにオイタがバレちゃうでしょ」


 黙認してくれたザラミーアの気遣いを無に帰すことにもなりかねない。


「もしや、ヌマの屋敷ではあまりお休みになれませんでしたか。僕にできることがあればおっしゃってください」

「ありがとうペータくん。ヌマで全然寝られなかったわけじゃないから安心して。君も、隣の続き部屋で休んでくれていいからね。どこに潜んでたか知らないけど、あまり休めてないでしょ」

「いえ! そのようなご温情に預かっては後であの二人に殺されますので!」


 ペータはシュバッと身構えた。どこで聴かれているか分からないとでもいうように。


「ペータくん、一つだけお願い。ザコルは私のために非常識に振る舞ってくれてることもあるって、知っておいてくれるかな」

「はい。必ず心に留め置きます」


 コクコクと素直に頷く様子は、闇の眷属ではなく、純朴少年ペータだ。


「逆も然りですからね、ペータ。ミカが非常識に振る舞っている時は大概が人のためです」

「そっちの方が多いかんな、マジ騙されんなよ」

「そのような時ほど余計に無茶をなさるというのが定石です。ご注意を」


 文句のありそうな護衛達の言葉に、ペータは重々しく頷いた。


「僕も、何度か皆さんを撒いて走るミカ様をこの目で見ております。ほとんどが風呂を沸かしたいがためなど、人のためだったことも存じております。決して気は抜きません」

「さっすが少年、頼りにしてるぜ」


 エビーはペータの背中をバシバシと叩いた。





 ペータと騎士の二人が退室すると、ザコルが先に布団に入って手を広げ、「ん」と言った。

 温かい腕の中に入った途端、私はわけもなく泣きたくなった。


「ミカ」

「…違うの、ただ、安心しちゃって」

「それは、心細いというのですよ」


 人心に疎かったはずの彼は、私の心情をさも当然のように代弁し、抱き寄せて頭をいーこいーこと撫でてくれた。


 もういい大人だし、自分の機嫌は自分で取るべきで、これ以上心配させたり迷惑をかけたくなくて、子供を余計に不安にさせるような真似もしたくなくて、ザコルの立場を悪くしたくなくて……。


「僕の前で『いい大人』にならないでほしい。僕は、あなたと共に泣きたい」


 テイラー邸やシータイを去ることになって、仲良くなった人々と明日も会えなくなったことを、寂しいと感じている。

 そんな単純明快な感情も、大人は『普通』に隠しておかなければいけないと、


「普通という言葉は呪いなのでしょう?」

「…ふふっ、ついに思考に割り込んでくるようになりましたね」


 今のは独り言にもしていなかったはずだ。

 思考がダダ漏れなのはよくないと以前は考えていたが、最近になって彼に気持ちや思考を読まれる事に安心しきっている自分がいる。甘えすぎて、いわゆる察してちゃんになるのだけは避けたい。が、彼の愛情を堪能したい気持ちもあって……ああ、思考がゴチャついているな。


 つまり、私は心細さと疲れから癒しを求めているのだろう。


「ついでに言うと、涙を流して何か問題が発生することも恐れていますね」

「ほんとよく分かってますね」


 シータイでは察した上でもみ消してくれたと思うが、一時滞在のヌマの屋敷でやらかすわけにはいかないので、自ら湯に入るのも避けていた。


「ミカは気にしいですから。あなたなら一度や二度の入浴くらい上手くやれたでしょうに」

「だって、あんなにバレてるとは思ってなかったし、慎重にした方がいいかと思って……」


 メイド長達は、一ヶ月も付き合っていれば自ずと判るみたいなことを平然と言っていた。

 あの分では、町民の間でも気づいている人がいたかもしれない。寂しいが、こうして町を出たのが、決定的な問題を起こす前で良かったとも思う。


「子爵邸内であればどうとでもできるので、これからはそう我慢しなくていいです。が、ダイヤモンドダストは禁止でお願いします」

「分かりましたって。というか何か新たに実験するときは人払いしますね」

「そうしてください」


 そうだ、闇の眷属とやらの子達も、遠ざけて……あげ……なきゃ…………




 いつの間にか意識が遠ざかり、気づけば次の日の朝だった。





つづく

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