タノモーッ!!
荷馬車の一団は街をジグザグと進みながら、目的の子爵邸へと着いた。もう隠れる必要はないからと、私達も荷馬車から出してもらえた。
既に辺りは薄暗くなっており、門扉の脇では篝火が焚かれている。
子爵邸の門扉は『城門』などとと呼ばれているだけあって非常に立派な鉄製門扉だった。ごうごうと燃える篝火に照らされて迫力満点だ。
「ここが『タノモウ』のもんですか先生…!! すごい! おもそうです!」
イリヤがザコルを引っ張ってはしゃいでいる。
「あれを一人で持ち上げられるようになったら一人前なんですよ」
「あれをひとりで!?」
あの巨大な鉄の塊にしか見えない扉を一人で…。
いや、どう見たって人間が一人や二人で開けられる代物ではない。大人の男性が十人や二十人集まったって開けられるかどうか…。
「あれを上げられたら一人前とか、ジーさんが勝手に言ってるだけだからねザコル。実際に一人で開けて出てったのも君だけだし」
「そうなのですか!?」
「十六の君があれをなんてことない顔で開けて『では行ってまいります』なんて言って出てったの、今でも語り草だよ。ジーさんは嬉しそうだったけどね」
流石は我らが猟犬殿だ。私は思わず拍手を贈る。エビーは扉を眺めながら「相変わらずやっべえの定期だな」と呟いている。
「し、しし子爵様、ご、ご質問の許可をいただけますか」
「き、君は、ててテイラー騎士の。い、いいよ、な、何だい」
タイタとオーレンはお互いにどもりながらペコペコした。
「か、感謝申し上げます! 俺はタイタと申します、どうぞお見知り置きを。そのジーさん、という方はもしや、ご尊父のジーレン様でしょうか」
「あ、ああ、そうだよ。孫にすぐ変なこと吹き込むんだ。真面目な子は本気にしちゃうからやめろっていつも言ってるんだけど」
真面目な子代表、ザコルが気まずそうな顔になった。かわ…。
「ほう、錚々たる戦歴を見るにお厳しいお方なのかと思っておりましたが、お孫様を愛する明るいお方でいらっしゃったのですね。貴重なお話をありがとうございます!!」
「え、あ、ああ、うん…。何でジーさんの戦歴なんか知ってるの君」
「常識にございます」
「常識だったんだ…」
オーレンがサカシータ一族マニアの勢いに押されている。
オーレンの反応からいって、先代のサカシータ子爵の戦歴は一般的に知られているようなことではないのだろう。
「…コホン。イリヤ、せっかくだから『頼もう!』って言ってごらん」
「はいおじいさま!」
すうう、とイリヤは息を吸うと、
「タノモーッ!!」
と全力で叫んだ。それを見た門の衛士がほほえましげに笑い、
「挑戦者だあああ!!」
と叫ぶ。
門内からはすぐに雄々しい返事がして、そして迫力のある掛け声が一定のリズムで聴こえてくるようになった。
『ファイトォー!!』
『いっぱぁーつ!!』
どうやら鉄の門扉を吊る鉄鎖か何かを内側から引いているらしい。一枚板の門扉は、シャッターのように上にゴゴゴと上がっていった。
じっ、とオーレンを見たら、てへっ、という顔をされた。
「僕はね、二十四時間働けますか、が売り出される前から、ファイト一発、を愛飲してたんだよ」
「そうですか。私は、翼を授ける、を愛飲していました。カズは、怪物、の方をよく買って飲んでましたね」
「へえ、翼に怪物か。何だかロマンがあっていいね」
確かに、昭和の栄養ドリンクの広告は少々暑苦しいというか、熱血漢な印象がある。それに比べて平成、令和のエナジードリンクの世界観は詩的というか、ある意味異世界チックと言えるかもしれない。
それにしてもなぜ、カズはあの掛け声に一つも疑問を抱かなかったのだろうか…。
オーレンとザラミーアについて邸内の道を歩く。
周りは先程門扉を開けてくれた屈強な者達…恐らくサカシータ騎士団の現役騎士達だろう、が固めている。目が合うとニカッと笑ってくれた。
道中、ザコルが子爵邸について話してくれた。
サカシータ子爵邸の規模はテイラー伯爵邸に比べるとその十分の一くらいらしい。とはいえ、話に聞く限り、町を一つ飲み込むくらいの敷地を誇るテイラー邸が特別なのであって、このサカシータ邸が狭いなどということは決してなさそうだ。
篝火に照らされる邸の壁面は、カリューで見た城壁に近いものがある。邸を囲む壁や扉の雰囲気といい、ここも邸宅というよりは城や砦に近い性質を持っているのだろう。あの要塞のような領都も、この子爵邸を中心として、城としての機能を拡張するような感じで造られていったのだと推察できる。
「昔はこの中央にまで敵が攻めてくるようなことも頻繁にあり、ここはツルギ山を守るための本拠地として機能したようです。アカイシの麓にあり、カリューの城壁にもつながる『北の城壁』は、その争乱の後にできたものです」
ということは、この邸はカリューの城壁よりもずっと古い建造物なのか。もう辺りが暗いので全貌が見られるのは明日の朝だ。
「ワクワクしますねえ、朝が待ち遠しいです!」
「……ミカの趣味は本当に変わっていますよね、テイラー邸の方が女性受けすると思うのですが」
「あれはあれで立派ですけど全然ジャンルが違うじゃないですか! 古城には古城の趣というものがあるんですよ!」
「ミカさん分かってるねえ! 僕もこの雰囲気は気に入ってるんだよ」
「父上は話に入ってこないでください」
「そんなあ」
すげなくされてオーレンが情けない顔になる。
「まあ、趣はともかく実用的ではあると思います。堅牢ですし」
「ザコル、古城で育ったんですよね、いいなあ…! お気に入りの場所とか色々教えてくださいね!」
「先生! 僕も僕も、いっしょにたんけんしたいです!」
「そうですね、明日は鍛錬の後に邸内と敷地内を散策しましょうか」
「やったー」
ザコルは私とイリヤの頭をいーこいーこと撫でた。
ふ、ふふ、ふひ、と噛み殺すような笑い声があちこちからする。
「あなた達。たるんでいるのではなくって」
ザラミーアがひと睨みする。
「だってよ、奥様、こちらの元気なお嬢さんが例の聖女様なんでしょう。あっちで何か感動して泣いてるのがテイラーの騎士で」
私の近くを歩いていた騎士の一人が、漢泣きするタイタとそれを宥めるエビーの方を指差す。
「旦那様も楽しそうですし、なんつうか、緊張感が」
「あんな人形みたいだったザコル様が、まるで人間みたいだ」
「僕は元から人間なのですが…?」
ザコルが怪訝な顔をすると、彼らはますます笑った。
邸の玄関らしいエントランスに辿り着くと、騎士達はズラッと並んで姿勢を正した。同時に邸の中から使用人がずらずらと出てきて並び、同じようにビシッと姿勢を正す。
「け、敬礼!!」
ザラミーアに脇をつつかれ、オーレンが彼らに向かって号令を叫ぶ。騎士も使用人も、全員が胸に拳を当てた。
「シータイの聖女様に申し上げますッ!」
「え、シータイの? 私ですか」
エビーが私の背を押して前に出す。
「多大なるご献身により、我らが同朋たるカリューとシータイの民をお救いいただきましたこと、誠に御礼申し上げます!!」
『御礼申し上げます!!』
騎士の一人が口上を述べ、他の兵と使用人も一斉に礼を叫ぶ。
「あ、いえいえ」
私は咄嗟にカーテシーの格好で一礼を返した。
「深緑の猟犬、ザコル・サカシータ様に申し上げますッ! 聖女様と同じくカリューとシータイの民をお救いくださったこと、そして長年の領へのご献身、誠に御礼申し上げるとともに、ご帰還をお慶び申し上げます!!」
『お慶び申し上げます!!』
ザコルも黙って一礼した。
「ミリナ・サカシータ様に申し上げますッ! 我が領にゆかりある魔獣達の母となりよく育んでくださったこと、誠に御礼申し上げますッ!」
『御礼申し上げます!!』
「まあ、私にまで」
ミリナは驚き圧倒されたように口を押さえつつ、慌てて一礼する。その周りの魔獣達達も鳴き声を上げた。
「ミリナ様がご子息、オーレン様がご令孫、イリヤ・サカシータ様に申し上げますッ!」
「僕も?」
ザコルがイリヤの背を支える。
「王都より遠路はるばるお越しくださいましたこと、誠に御礼申し上げます! あなた様を、ここサカシータ子爵邸にお迎えできましたこと、オーレン様が配下一同、心よりお慶び申し上げますッ!」
『お慶び申し上げます!!』
「わ、あ、ありがとう、ございます」
イリヤもぎこちなく頭を下げる。
「テイラー騎士のお二人も、シータイで夜通し怪我人の手当てをしてくれたと聞き及んでおりますわ。皆、礼を」
『御礼申し上げます!!』
ザラミーアの補足に使用人、騎士一同は再び敬礼した。エビーとタイタも騎士らしくビシッと一礼で返す。
「みんな、ようこそサカシータ子爵邸へ。心から歓迎するよ」
オーレンがそう言えば、騎士と使用人達は、再び胸に拳をダン、と当て、揃って一礼した。
つづく
また短くてすみません。
皆さんの徹夜のお供はなんですか。
私は翼を授けるやつと、キューピーコーワゴールドα(錠剤)でした。
当時の上司も言っていたことですが、ドリンクなんかより錠剤の方がマジにキマります。
あ、常識でしたか、そうですよねすみません。
以下、まだ錠剤に手を出していない方へ。
その後、仮眠も取れなくなるくらいには効くので夜に飲むのはおすすめしません。
飲むなら翌朝、始業三十分前です。夕方三時か四時くらいまでは元気に過ごせます。
そしてヤク切れとともにガクッと脚にきます。
地球に重力があるのがいけないんだと思います。
ザコル「何の話だ……」




