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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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天に帰られちゃ困っからなー

 ミイミイ、ミイミイミイ。

 やっぱりミカ、魔獣だな。人をまどわすやつだ。ミイ知ってる。


「違ーう!!」


 ボソボソ、ボソボソボソ。

(やはり姫のお力に比べれば我らの秘密などどうということはないな)


「そんな訳ないってもう本当に解ってるんですか!?」


 どう考えたって、水温操作なんかより情報操作の方がはるかにヤバい代物に決まっている。

 シャイだったはずの穴熊だが、その一人が普通に荷馬車の後ろに腰掛けて乗っている。能力を明かしたのを機に、常に連絡係として一人は側に侍ることにしたらしい。


 …まだ私とザコルにしか能力を明かしていないというのに、何かのはずみでエビーやタイタやミリナにバレたらどうするつもりなのか。この三人ならよほど大丈夫だろうが、それにしても危機感がなさすぎる。


「はぁー、途中の町にたった二泊しただけでどーしてこんなに問題が起こせるんすかねえ」

「私が起こした問題はダイヤモンドダストだけだよっ」


 嫌味っぽいエビーに反論する。


 オーレンが逃げ回っていたのはもちろん私のせいではないし、ザラミーアに怒られたのは私でなく護衛達だ。

 穴熊の件に関してはいきなり巻き込まれたというか、何となく成り行きで仲立ちしただけ、勝手に像を彫って教会に置いて回っているのはシリルである。その全てを私のせいのように言われるのははっきり言って心外だ。


 …そうだ、文句を言いたい相手はシリルだけではなかった。どこかのタイミングでザッシュにも文句を…じゃなかった、お兄様のお考えとやらをお聞かせ願わなければなるまい。にこぉ。


「僕はミカに山ほど文句を言いたい」

「どうぞどうぞ。この拘束を解いてくれるのならいくらでも聴きましょう」

「これはしばらく解きません」

「天に帰られちゃ困っからなー」

「だから天ってどこ?」


 私はザコルに後ろから抱きすくめられたまま、身じろぎも自由にさせてもらえない状態で馬車に乗っていた。もはやエビーでさえそうしろと言わんばかりで突っ込んでくれない。


 はあ…。と耳元で溜め息をつかれる。


「懐かれすぎです」

「懐かれ? 誰に、マリモですか」

「違います」


 違うのか…。とするとザラミーアだろうか。あの自称おじさん達はおじさん同士で愛を叫んでいただけなので対象外だ。


「あの木像はやはり回収すべきだった」

「私は何度もそう言ったでしょう。でも、結局マリモが泣くからって諦めたじゃないですか」

「ミカが神になっては困ります」

「ザコルはもう神じゃないですか」

「僕は神じゃない」

「私も神じゃないです」


 ふふっ、とミリナが笑う。


「仲良しですわねえ」

「ミリナ様」


 御者席から幕をめくり上げ、タイタが顔を出す。


「本日のご体調はいかがでしょうか。馬車酔いなどすることがあれば停めますので、ご遠慮なくお申し付けください」

「ありがとうございます、タイタさん。今日も体調は絶好調よ。それに私、乗り物には強い方なの。ミリュー達に何度も振り回されたおかげかしらね。どの子も、安定して飛べるようになるまでは私を乗せて訓練したのよ」


 ミイミイ、ミイミイ。

 ママ、失敗しても絶対落ちないで笑ってる。みんな安心。


「へえ…」


 この人、飛べるタイプの魔獣の飛翔訓練にまで付き合っていたのか…。しかも危険を顧みず自ら乗ってやり、何が起きても振り落とされずに笑顔を絶やさない、と。超人か?


 ミリナは自分がただの世話係だったと言うだけだが、戦闘に関わる訓練まで任されていたのであれば、それはもはや教官である。まだ飛び始めで不安定な魔獣を乗りこなすだけの平衡感覚と身体能力をも持ち合わせることはたった今判明した。

 今は屋敷ぐるみの虐待によって体を弱らせているが、元王宮騎士団長の娘というだけあって、元々運動神経はいい方なのかもしれない。そういえば、イリヤに投擲を仕込んだのもこのご婦人だ。のほほんと魔獣達を撫でながら微笑む姿からは想像しづらいが。


「あ、タイタ! 今てきに当たったよ!」

「お見事ですイリヤ様」


 イリヤは私と私を拘束するのに忙しいザコルに代わり、御者席に座ってタイタが示した方向に飛礫を投げる係をしていた。

 戦闘勘は優れていても投擲の腕はまだまだなタイタと、気配察知はまだまだだが投擲の精度は百発百中のイリヤは、割合いいコンビだった。


「タイタさん、息子がお邪魔ではないかしら…」

「邪魔などと、とんでもございません。この御年でこの投擲の腕前、惚れ惚れするほどでございますよ。ご本人の向上心と資質もありましょうが、ご母堂のご教育の賜物ですね」

「まあ、相変わらずお上手ねえ」

「本心ですとも。俺にもご教示いただきたいほどです」


 ふふふ、とミリナが穏やかに笑う。

 タイタは言葉が丁寧すぎるのでまるでゴマスリみたいに聴こえることもあるが、実際は事実と本音しか言わないタイプである。私もミリナの教示は気になる。


「イリヤ様、よろしければ俺に当てるコツを教えていただけませんか」

「いいよ! タイタも、また僕に剣をおしえてくれる?」

「もちろんでございますとも」


 ニコニコとするタイタに、イリヤも嬉しそうに笑う。


「イリヤ。ザラ母…おばあ様がイリヤに何か贈りたがっていたでしょう。イリヤの体格に合った剣をねだってはどうですか」

「えっ、剣を?」

「はい。有り合わせの短剣や棒ではなく、君に合った長剣を選んでもらいなさい」


 剣…。とイリヤはタイタが腰に履いた剣に目を落とす。テイラー家から支給された、シンプルで丈夫そうな剣だ。


「たかそう…」

「値段を気にしているのですか?」

「…父さまに、おまえみたいな『らんぼうもの』に、こども用のぶきなんてもったいない、たかいし、ぜいたくだといわれました」


 しゅん、と下を向くイリヤに、ミリナも申し訳なさそうに俯いた。

 はあ、とザコルが溜め息をつく。


「君の父上は、目が節穴なだけでなく金の使い所も理解していないようですね。君に与える武器など、むしろ高くなくては意味がないでしょう。大きすぎては危ないですし、生半可な品では君の膂力に耐えられません。……自分だって幼少期に相応の剣を買ってもらっただろうに、あの兄は本当に何を考えているのか」


 ザコルはそう言って軽く眉間の皺を揉んだ。

 ミリューに乗ってシータイに降り立った時のイアンの格好を思い出す。あの金糸刺繍の入った派手な白ローブに比べたら、子供の背丈に合う剣の一本や二本、贅沢であるはずがない。

 実際のところ、イアンはイリヤに武器を持たせて逆襲されるのを恐れていただけではと思う。もしくは、遊興費や自分の服飾代などに金を使い過ぎて金欠だったか。きっとそのどちらかだ。


「僕から贈りたいところですが、イリヤに関することで抜け駆けをすると母に睨まれそうなので話しておきます。武器屋に行くか邸に呼ぶかして、君専用の武器を誂えましょう」


 目を見開いたまま、泣きそうな顔で黙ってしまったイリヤの肩をタイタが優しく叩く。


「良かったですね、イリヤ様。剣の修練もますますはかどることでしょう」

「……うん! ありがとうございます、先生!」

「いえ」


 タイタとイリヤは幕を閉じ、再び曲者の掃討に集中し始めた。




 武器屋か…。


「ミカも見たいですか。おそらくその短刀を超える品は置いてないかと思いますが。弓も」

「あ、いえ、武器を変えたいんじゃないんです。単なる好奇心ですよ、武器屋さんにはまだ行ったことがないので」

「行ったことがない? ですがミカ様、そのご愛用の短刀や弓はどちらで?」


 ミリナが首を傾げた。


「この短刀は、テイラー邸を出る際に護身用としてザコルが貸してくれた物なんですよ。それ以前は武器自体持ったことがなくって」

「武器を持ったことがなかった…?」

「はい。こっちの弓もシータイの町長屋敷で借りたまま譲ってもらっちゃったし、シータイの武器屋さんには行けずじまいで」


 コマが薙刀も教えてやろーかなんて言うから、行けたら探してみようと思っていたのに。結局教わる時間もなかったので仕方ないのだが。


「武器を、持ったことが、なかった…」


 ミリナはなぜか同じセリフをゆっくりと反芻した。


「…………忘れそうになっけど、姐さんてまだ初心者なんだよな」

「……そうでした。武器を持ち始めたのはこの領に来てからでしたね。僕も忘れていました」

「なんで師匠が忘れてるんですか」


 あんなに何度も、このミカは鍛錬を始めて半年だの、武器を持って数日だのと前置きしては『流石は僕のミカ』『自慢の弟子』と周りに言い回っていたというのに。


「ともかく。イリヤとミカが行きたいと言うなら母が張り切って案内すると思います」


 ミリナがキュッと拳を握り、何かを決心したように顔を上げた。


「ザコル様。私も武器屋に行きたいのですが、ついて行ってもいいと思われますか?」

「義姉上が? いいに決まっているで…………参考までに聞きますが、どのような武器をお求めに?」


 ぐい、心なしかザコルが前のめりになる。


「あ、いえ、今は買えるお金もありませんし、見るだけのつもりなのですが、一応、細身の剣か短剣ならば心得が」

「どなたに習われましたか」

「い、一応父に」

「贈ります!」

「えっ、ザコル様が? わ、私に武器をですか、そんな」


 ミリナは焦ったように私の方を見た。


「カーマ王宮騎士団長が直々に鍛えられたのでしょう、実力が気になります。とりあえず子爵邸についたらすぐにでも」

「待て待て待て、兄貴がミリナ様に贈り物すんの色々アレだろが、しかも武器とは言え光り物…」


 ミイミイ、ミイミイミイ!?

 光り物、贈る、ザコル、ミリナと結婚する!?


 ざわ、魔獣達が一斉にザコルを見た。


「あ」


 ぎく、とザコルが私を抱く手がこわばる。


「ほらよう」


 エビーがザコルを肘でつつく。

 ザコルとエビーは魔獣達の言葉を理解していないはずだが、何かマズい流れになったことくらいは解るようだ。


「ミイったら、また何か勘違いしているわね? ザコル様は先程おっしゃったわ。ミカ様にお渡しした短刀以上の品など、領都の武器屋にさえ置いていないって。ザコル様、そうですわね?」

「え、ええ、ミカが持っている短刀は、僕が持っているものの中でも一番の業物ですので」

「聞いたわね。私は贈っていただくとしても何番目になるか分からないわ」


 ミイミイミイ!!

 ザコル、うちのママに失礼!!


「怒らないでちょうだい。ザコル様にとってはミカ様が一番で、先程の発言にも他意はないと言いたいだけよ」


 どうどう、ミリナが魔獣達を鎮める。


「申し訳ありません義姉上、そんなつもりでは」

「ふふっ、解っておりますわ。ですが、他ならぬミカ様の前で不用意なことをおっしゃってはいけませんよ」

「はい、反省します。…それはそれとして、義姉上にも武器をと父母に言っておきます」

「まあ」


 反省しているのかいないのか分からないザコルに、ミリナが困ったように首を傾げる。


「ミリナ様、子爵邸についたら一緒に鍛錬しませんか。まずは軽めのメニューを、このドングリ先生に考えてもらいましょう」

「流石にお邪魔ではありませんかミカ様」

「いいえ、私もミリナ様の剣技を拝見したいですから。それに、鍛錬歴を考えれば、邪魔になるのは私の方です」

「…っ」


 ミリナはしばし言葉を失った。


「…そう、かもしれませんが、やはり信じられません。ミカ様が最近まで戦闘の初心者だったなんて…!」


 ミリナは私をなんだと思っているんだろう。ああ、コマの紹介でついた護衛だからベテランの戦闘員か何かだと思い込んでいたんだろうか。それは大変申し訳ないな…。


「あっ、決して実力を疑っているわけではないのです。相当な実力がおありと思うからこそ、最近まで初心者だったという事実が信じられないだけで…」

「ミリナ様とイリヤ様がこっち来たの割と最近すもんねえ。ブートキャンプ初日から見てた俺らでもちょっと信じられねえかんな、へへっ」

「僕でさえも忘れかけていました」

「だからなんで師匠まで忘れてるんですか」


 ふふっ、とミリナは弛緩したように笑った。


「もちろん、メイド長や他の使用人にも聞いてはいたのですよ。ミカ様はこちらにいらしてから強くなられたのだと。まさか武器も持ったことのないところからとは存じませんでしたが」

「護身術はテイラー邸にいた頃からザコルに習ってましたけどね。ちなみに、最初に短刀の手ほどきをしてくれたのはコマさんですよ。弓はエビーで、投擲はザコル。マージお姉様や他の女性達にも教えてもらいました。私、先生運がものすごく良かったんです」


 暗部の元エース二人に、現役騎士、さらにはベテランの女性戦闘員達。およそ初心者につけるとは思えない、そうそうたる教師陣だった。


「ミカ様のことですから、才能にあぐらをかかず相当な努力をなさったのでしょう。私も、しばらく剣を握っていないことを言い訳にしていてはいけないと思いましたわ。お義父様達には必要があれば鍛錬もするだなんて言ってしまいましたけれど、そんな心意気では駄目ね。明日、いえ今日からでもできることを始めましょう。イリヤの母として、恥じない生き方をしなくては」


 エメラルドの瞳に闘志を宿したミリナを祝福するように、魔獣達が声を上げる。


「もちろんあなた達の母としてもよ。ありがとう、みんな」



 ミリナは虐げられていたことさえ人のせいにしない。全ては自分の弱さが招いた結果だと言い張る。

 それは、彼女が自分を律し、自分の生き方に責任を持ち続けてきたからに他ならないのだと思った。




つづく

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