限定品。いい響きですね
「ミカ、ミカ。雪が解けたら山の民の里に行きましょう。シリルに言ってもう一体彫ってもらうんです」
「いーすね俺も欲しいっす。へへっ、正真正銘の限定品だぜ。他のヤツらに羨ましがられちまうなあ」
「限定品。いい響きですね」
「や、やややややめ」
お願いだからフィギュアかアクスタみたいな感覚で木像を欲するのはやめてほしい。
「シリル殿に造形師の才能がおありとは。猟犬殿の像も彫っていただけないものか…」
「あ、それは私も欲しい」
どんなポーズがいいだろう。やっぱり戦闘シーンの再現か…
「兄貴、アミグルミで聖女像再現できねーすか」
「いい案ですねエビー。やってみましょう」
「ちょちょちょやめやめやめやめ」
ザコルが着手したら即大量生産だ。自分の像がこれ以上増えるだなんて耐えられない。
「たった今僕の像を増やそうとしていましたよね…? ミカ、あの姿絵を処分してくれるのならアミグルミはやめてあげてもいいですよ」
「処分!? そんなの脅しじゃないですか酷いです!!」
「酷くないです」
しまった、これが狙いだったか。しかしザコリーナちゃんの姿絵は既に猟犬ファンの集いの手に渡っている。私の一存では処分できない。そもそもどこに隠してあるのかも判らない。脅しに屈したくとも屈せない……
「ん?」
ふと、変な気配を感じて顔を上げる。
私は肩にはめて持ち歩いていた弓を外し、矢筒の留め具に手をかけた。
「私がやってもいいですか」
「どうぞ」
「えー、たまには俺に譲ってくださいよお」
「お、俺にもぜひ機会を!」
「うん。次はエビーで、次はタイタ。順番ね」
私はオーレンの影を拝借して矢を弓につがえた。そしてオーレンの影からサッと身を乗り出す。
「あ、ミカさん。それ以上出たら危な」
パシュッ、トスッ。
よっしゃ、手応えありだ。
ぐら、教会の屋根の上の影が傾き、新雪のクッションの上にドサッと落ちた。
「わあ」
「きゃあ」
「下がって」
イリヤとマリモが驚いて声を上げ、エビーが二人を遠ざける。
矢は、曲者らしき影の肩に命中していた。
「気を失っていますね」
「お見事ですミカ殿」
ザコルとタイタが手早く曲者に縄をかけてくれる。
「ユキが矢尻に鎮静剤か何か塗ってくれたみたいなんですけど……ちょっと強力そうですねえ。鍛錬や狩りの時は別の矢を用意しなきゃ」
オーレンがこちらを不可解というか、信じられないものを見るような顔で見ている。
「あ、オーレン様も曲者にお気づきでしたよね。さりげなく庇っていただきありがとうございます」
「……ねえ、何度も訊くようだけど、君、本当に日本から来たばかりなの?」
「はい。まだ一年経ってません」
「とんでもないね君!!」
「あははそんなことないですよ」
「そんなことあるよ!? 君、武術に関しては素人だったんだよね!?」
オーレンも私が鍛錬していることくらい聞いているんじゃないのか。ああ、お世辞で驚いてくれているのか。優しい。
「ミカは僕の自慢の弟子です。素晴らしいでしょう」
「ザコル!! 平和な国から来たお嬢さんに何を仕込んでいるんだ、騎士の君達も止めたまえよ!」
人見知りを忘れたかのように叫ぶオーレンに、エビーとタイタは軽く笑った。
「いやー、最初は止めてたんすけどねえ、今となっちゃ鍛錬してねえミカさんはもはやミカさんじゃねーっつうか」
「ええ。ミカ殿こそはわれらが猟犬殿の隣を歩くに相応しい唯一無二の存在であらせられますゆえ。我々もミカ殿に負けぬよう精一杯励む所存でございます」
えええ…、と騎士達の反応に困惑するオーレン。大袈裟に驚いてくれるのほんと優しい。
「しかし、あの早朝鍛錬がないと張り合いが出ませんね。子爵邸に着いたら再開しましょう」
「はいぜひお願いします師匠。早く思いっきり鍛錬したいですね、体が鈍っちゃう」
「よろしければ今度、ミカ殿の走り込みにご一緒させていただけませんか」
「あっ、俺も俺も! 競争しようぜ姉貴!」
「もちろんいいよ、でも負けないよー?」
「望むところだぜ!」
すっかり脳筋四人組と化した私達はワイワイと盛り上がる。
「せいじょさま…! すごい、かわいくておやさしいだけじゃないんだわ!」
何か私に幻想を抱いているらしいマリモが感動の声を上げる。
「ミカさまはね、剣やとうてきもとってもおじょうずなんだよ」
「マリモもおけいこがんばる! せいじょさまみたいになりたいもの」
「僕も先生みたいになりたいんだ。がんばろうね、マリモ!」
「うん!」
「はわ…」
オーレンが溶けそうな顔で二人を見ている。
「こんな天使達までやる気になっちゃって。確かにミカさんは士気を上げる天才だよ。やっぱり一生うちの領にいたら?」
「えっと、春には一旦テイラー領に帰らないと」
「そんなこと言わずにさあ」
ぐだぐだと喋っていたら、町長屋敷の方から闇堕ちペータが迎えに来た。
早朝鍛錬を再開したら元従僕の彼にもぜひ参加してもらおう。闇堕ちの成果が見たい。
「闇堕ちの成果、とは…」
「ふふっ、たまらず突っ込んでしまったねペータくん」
「あ、申し訳ありません、あまりに気になりまして」
闇堕ちキャラから、本来の純朴ペータがちょっとだけ顔を出す。
「ずっと闇堕ちしてなくていいんだよ。また一緒に走り込みしようね」
「ミカ様がそうおっしゃるのなら…」
「ペータ、今後は僕が鍛えましょうか」
「ひぇっ、ザコル様」
「どうして悲鳴を上げるんですか」
「兄貴が何度もヤラシイ触り方すっからでしょうが。怖がらせんなよ」
「僕はペータの可能性を確かめていただけです。…あの、怖いですか? ペータ」
「も、もも申し訳ありません違うんですザコル様! でで、ですがその目で見つめられるのはおやめいただけませんか!? 何か変な気分に…!!」
「ザコル殿、いたずらに堕とすのはやめるようマージ町長様から言われたのでは」
ニコォ。
「堕としているつもりはありません。どうして君が不機嫌になるんですかタイタ」
「不機嫌になどなっておりません」
「はいはい痴話喧嘩やめろ。姐さん呆れて先行っちまったぞ」
「あのさ、君達は男同士で一体何をしているんだい…?」
スッ。
「ミカ様」
先を一人で歩いていたらメリーが現れた。
「わっ、もう、いきなり現れないでって言ってるでしょ!」
「このメリーも鍛錬に参加してもよろしいでしょうか。姿は晒さぬようにいたしますので」
「いや、参加するなら姿は晒してよ。女子は私だけになっちゃうかもだからさ、一緒にやろうよ。柔軟体操とか背中押してほしいし…」
「ひぇっ、神を直接お触り申し上げろと申されるのですか!?」
「変な言い回ししないでくれる。神じゃないし」
「教会に像が安置されているお方が神でなくて何なのですか!!」
「あれは山神教総本山の陰謀で」
「ああ私も一体ほしい…!! ぜひとも立派で壮麗荘厳な礼拝堂をお建てしてお祀り申し上げますのに…!!」
「ほんとやめて」
「君達も女の子同士で一体何の話をしているんだい…?」
一人でどうやって壮麗荘厳な礼拝堂を建てるのか知らないが、このメリーならやりかねない気がする。シリルとは極力接触させまいと心に決めた。
ぎゅ、ぎゅ、新雪を踏む音にも慣れた。この感触、結構好きなんだよな。
くい、コートの端を引っ張られて振り返ればイリヤだった。
「相変わらず気配ないねイリヤくん」
この子は普段から気配を殺して動く癖がある。
王都の屋敷で虐げられていた名残かもと思えば、強く突っ込むのも憚られるが。
「マリモが、氷のまほうも見たいと言うんです」
「ああ、いいよもちろん」
山神教総本山の陰謀のせいで聖女に過大な期待を寄せていたらしいマリモだが、昨日はイリヤの入浴準備に使用人に混じって潜り込み、私が湯船で熱湯を沸かす場面を見学していた。
両親には内緒で入り込んだようで使用人達が慌てていたが、私が内緒にしてあげてと頼んだ。なかなかアグレッシブな幼女である。
イリヤに続き、マリモも目を輝かせて私の脇に並んだ。かわいい。
よし、町長屋敷の玄関の脇に、適当な氷像でも作ってあげよう。
つづく
この後の回が変なとこで切れちゃう関係で、今回短いです。
次回、ミカがやらかして大炎上します。
追伸
ちょい書き足しました。
オーレン「あのさ、少年を堕とそうとする息子に騎士の一人が嫉妬し始めちゃって、ちょっと僕も何言ってるかよく分からないんだけど」




