こちらせんじつやまのたみのじきしんかんちょーさまがほうのうされたぞうです
「クリナ、新雪が積もった道でも走れるの?」
ぶるん!
「ふふっ、無論! ってこと? すごいね」
「ミカさんは馬ともおしゃべりできるのかい」
「いえ、魔獣以外の動物とはおしゃべりできないです。でも、このクリナは私の言葉を解っている気がするんです」
「ああ、この子はテイラー家にやった仔か。うちの領出身の馬は、魔獣の血を引いているんだって僕の父が言っていたよ。本当かどうかは知らないけどね」
「そのお話、ザコル様からも聞きました。この子は賢い上に脚もとんでもなく強くて速いし、そうであっても不思議じゃないと思いましたよ」
ぶるるん。
クリナが得意げに顎を上げる。
「ミカさん、キント達も準備終わりました」
「エビー。そろそろ出発だね」
ふと後ろを見ると、近くにいたはずのオーレンの姿がない。と、思ったら厩舎の柱の陰に隠れていた。
「ぶふっ、隠れきれてない…っ」
巨躯なせいでほとんど柱からはみ出ている。顔を含む身体の中心が細く隠れているのみだ。
「子爵様、何度かご一緒させてもらってますけど、テイラー第二騎士団のエビーっていいます。しばらく世話になりますんで、よろしくお願いします」
オーレンは柱に隠れたままぎこちなく片手を挙げた。
「へへっ、ミカさんとは随分打ち解けたみたいすねえ」
「共通の話題がありますから。ね、オーレン様」
コクコク、オーレンは柱に隠れたまま首を縦に振った。
やはりオーレンは、生まれ変わりというか転生を積極的に隠そうと思っているわけではなさそうだ。あくまで、日本から来た私やカズにショックを与えたくなくて逃げていただけのことらしい。
考えてみれば納得である。本人も言っていたことだが、オーレンくらいの強者であれば敵の一つや二つ増えてもどうってことはない。例え異世界の貴重な知識を持っていると広まったとしても、当のオーレンを捕まえて物理的に情報を搾り取ろうだなんて、そこらの人類には不可能な所業なのだ。
とすると、オーレンにはまだ私に話していない秘密がある。自身の転生を機密と考えていないのならば尚更だ。
イーリアが言っていたことを思い出す。
『詳しくは言えないが、リスクを冒して検証するより確実に能力を知る方法がある』
それはオーレンの能力に関することだとも匂わせていた。
「まあ、こんな道中の町で話すことでもないってことですかね」
「えっ、何か言ったかな? ミカさん」
「わ、出てきた」
「ぴゃっ」
ぴゃっ、って自分で言ってる大人初めて見たな…。
ぎゅ、ぎゅ、新雪の上をそんな足音でやってくる二人がいる。ザコルとタイタだ。タイタは私と、再び柱に隠れたオーレンに対して恭しく一礼した。
「お待たせしました、ミカ」
「所在は判りました?」
「はい。やはり冬の間はこの町で過ごしているようです。町長に伝言を頼みました」
ザコルが探していたのは、水害発生時に山の民のシリルとその父親を救助した後、彼らを預けた最寄りの民家の夫婦だった。
夫婦は木こりとして森に住んでいた。このヌマの町へ来る途中、夫婦が暮らしていたロッジを確認したものの誰もおらず、恐らくヌマの町にいるだろうと踏んで探してもらっていたのだ。
「無事で良かったですね」
「僕らと同じように、ここを通った山の民の一行が夫婦を探して礼をしたそうです」
「おばあ…じゃなかった、長老様、またアレやったんですかねえ…」
山の民全員で紫色のローブを着て跪き、聖女よ番犬ようんたらかんたらとのたまう、まるで儀式のようなアレである。
「小さな借家がちょっとした騒ぎにはなったようです」
「ふふっ、やっぱり」
山の民からすれば、私達だけでなくその木こり夫婦も大恩人だ。突然預けられたずぶ濡れの父子を、一週間も世話してくれたのだから。
「ミカ殿、この町の教会がこちらの屋敷のすぐ近くにあります。人払いをお願いしました。詣りますか」
「えっ、ありがとうタイタ! 行く行く!」
私がイリヤのために祈ろうと言っていたのを覚えていてくれたらしい。
「ミカさん、山神様にお詣りするのかい?」
「はい! ちょっと、みんなが幸せになるようにお願いしようかと思って」
はわ、とオーレンの眉が下がった。
「……君って、本当にいい子だねえ。僕も行くよ。賽銭の一つでも投げよう」
オーレンはそろりと柱から出てきて、まるで近所の神社にでも行くかのようなノリでそう言った。
ヌマの教会はシータイのそれとほぼほぼ同じ造りで、違うところと言えば外壁に苔が付いているかどうかくらいだった。やはりこのヌマの町は大きな湿地帯に隣接した町なのだそうで、苔が多いのはその影響かもしれない。
大きな入り口扉を開けば、麦の穂を持った女神像と、小さな天使達が……
「あれ、天使?」
「あっ、ミカさまたちだ!」
天使かと思ったのはイリヤとマリモだった。
「おじいさまもいる!」
バビュン、といったスピードで駆け寄ってきたイリヤをオーレンが難なく捕まえる。
「イリヤ、ここで遊んでいたのかい?」
「はい! マリモがこのきょうかいのおそうじをするというので、いっしょにさせてもらいました。色んなところをぴかぴかにふいたんですよ」
「そうかいそうかい、お手伝いをしていたんだね、偉いなあ。マリモさん、イリヤを誘ってくれてありがとう」
「ご、ごりょうしゅさま、せいじょさま、先生さま、ごきげんうるわしゅう」
ヌマの町長令嬢、マリモが慌ててカーテシーをする。できたお嬢さんだ。
「いいんだ、楽にしてくれ。山神様にお詣りさせてくれるかい」
「はい、どうぞ」
人払いをかけたとのことだが、子供二人は人払いの人数に入っていないようだ。ついでに、オーレンの人見知り対象にも子供は入っていないらしい。
オーレンがこの地方の作法に則り、両手を組み合わせて祈りの姿勢をとる。私達もその後ろで同じように祈りの姿勢をとった。イリヤのこと、アメリア達のこと。大事な人達の無事と平穏を祈る。
しばらくして顔を上げると、女神像の傍らに小さな台が作られ、高さ三十センチくらいの木彫りの像が置いてあるのが目に入った。
「何だろこの像。山神様、ではないのかな」
女神像の前にある台には、穂付きの麦や蜂蜜の瓶など様々な供物が乗っている。それとは別に、木彫りの像の前にも同じようにたくさんの供物が捧げられていた。
個別に祀られているということは、やはり別の神か、それとも聖人に類するお方なのか。
「シータイの教会にはいなかったような…」
「こちらせんじつやまのたみのじきしんかんちょーさまがほうのうされたぞうです」
「えっ、何だって」
マリモの言葉がよく聞き取れず、もう一度ゆっくり話してもらう。
「せんじつ、やまのたみの、じきしんかんちょーさまが、ほうのうされた、ぞうです。せいじょさま」
「先日、山の民の、次期神官長様が、奉納された、像……? えっ、次期神官長って誰」
先日シータイを発った山の民の一行の中にそんな大層な肩書きを背負った人がいたのか。
次期というからには、現最高権力者の長老チベトのことではない。
「シリル坊のことじゃねーすか」
「エビーの言う通りかと。彼のことは、神官であるというラーマ殿達が『我らが後継の男児』とおっしゃっておりましたから」
「エビー、シリルって、だぁれ?」
「山の民のお坊ちゃんすよ、イリヤ様」
木像はよく見ると頭巾をかぶっていて、ふんわりしたスカートを履いている。裾には刺繍を思わせる細かな彫刻がされていて、素朴ながら非常によく彫れていた。
「…そういえば、あの子、木のオモチャや置物作るの得意って言ってたような」
ぞわ。何か、嫌な予感が……。
「このかみさま、ミカさまにそっくりだねマリモ!」
「ええそうなの! わたし、ほんものにお会いしてびっくりしたわ! このぞう、ほんとうにそっくりなんだもの!」
「ほー、シリル坊にこんな特技があったとは」
「じきしんかんちょーさまは、これをせいじょさまとおもって、よくあがめるようにとおっしゃいました!」
「なるほど、こちらはさしずめ『聖女像』ということですねマリモ殿」
「はい、きしさま!」
私は頭を抱えた。
「せっ、聖女像!? ど、どどどどういうことシリルくんあの子まだ私の巫女化計画諦めてなかったってこと!? 油断も隙もない…!! これは回収」
「これとおなじものを、ちゅうおーにあるきょうかいにもぜんぶ、おさめるっていってました」
「ひいえええええ」
シリル達がシータイを発ったのなんてもう随分前だ。中央、サカシータの領都に教会がいくつあるか判らないが、その全部に納めたということは……
「これ一体何体彫ったの!? 仏師にでもなる気なのあの子!?」
「はは、仏師か、確かによく彫れているねえ。君、巫女にされそうなのかい。本当に人気者なんだね」
「笑い事じゃないですよオーレン様!! 山神教の総本山の人に広められたら本当に崇められちゃうじゃないですか!!」
「何を今更。君は大事な関所町を二つも救った聖女だもの。何もしなくたって崇められているよ」
「ひいえええええ」
ザコルが聖女像とやらの周りをくるくると回っている。
「ミカ、この像は本当に素晴らしいです。後ろ姿までミカにそっくりです。これは、僕の大好きな背中だ」
ほわ。彼は慈しむようにほのかに微笑った。
「ひいえええええこれ以上爆弾投下しないでくださいよおおお!!」
「だ、大好きとは、不意打ちを…ッ」
猟犬殿の突然の大好き発言に心臓を持っていかれる私とタイタ。
「僕も一体欲しいです」
「兄貴は安定の自由すねえ」
私は断固木像を回収すべきと主張したが、もう住民のみんなが供物と祈りを捧げているの取り上げないでと涙目のマリモに言われ、最後は皆に引きずられるようにして教会を後にした。
つづく




