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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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穴熊達の望み④ できる妹を持つと辛いな

「ミカさん。この穴熊達を使って何をしようと考えているのかな。内容によっては許可できないこともあるよ」

「…えっと、申し訳ありません、何も考えてなかったです。力の件もさっき聞いたばかりですし。…あ。でも、もし協力してくださるなら」


 うぉううぉううぉう!


「待って、まだ聞いてもないうちに盛り上がらないでください。私も穴熊さん達には必ず無事に戻ってきてほしいです。ちゃんと冷静にできますか」


 うぉう!


「本当かなあ…。じゃあ話しますよ。でもこれは提案ですからね。無理なことは必ず言ってください」


 うぉう!


「全国で不法に」


 うぉううぉううぉう!!


「もーっ、最後まで聞いてくださいよ!!」


 だめだ、オーレンの許可をもらったからかテンションが上がりきっている。


 ミイ!

 ふわり、私の肩にリス型魔獣のミイが現れる。


「あ、来たねミイ」

「まあ、あなたどこから来たの。今、突然現れなかったかしら」


 ザラミーアが目を丸くした。


「ミイは空間を移動できるみたいです。何か異変がないか見回りに来たんですよ。ミイ、ミリナ様のご様子は?」


 ミイミイ!

 ママ元気! イリヤも起きた。お腹すいたって言ってる。


「あー、そろそろご飯の時間だね。オーレン様、改めてお時間をいただいてもよろしいでしょうか。少し考えをまとめてからお話しさせてください」

「ああ」


 オーレンは少しそっけなく頷いた。


「穴熊さん達もちょっと待っててくださいね。あ、一つだけ確認なのですが、力に関してどこまで明かすことを考えていますか。最終的にオーレン様の許可は必要になるでしょうが、その前に穴熊さん達の考えを聞いておきたいです」


 穴熊一号は彼らを代表して頷いた。


「ぁるじ、ひめ、しんじる、われら、しんじる。ぁかす、しろ」


(主やあなた様が信じるお人ならば我々も信じよう。あなた方のご判断で明かすがいい)


「分かりました。でも事前に相談はさせていただきますからね」

「ぎょぃ」


 穴熊達はぞろぞろと退出していった。



 ◇ ◇ ◇



「ふっ、一つ面倒ごとが解決したぞ」


 穴熊からの報告を聞いたザッシュがニヤリとした。


 外はまだ吹雪いている。屋内でもできる準備は進めているが、この分ではまだまだシータイから出られそうにない。

 わたくし達は昼食後の余暇を元食堂、今は編み物専用となった部屋で過ごしていた。昨日からはザッシュもわたくし達と行動をともにするようになって、そればかりかわたくしの近くに座ってくれるようにさえなった。まだ真隣でなくとも距離の近さが嬉しい。

 ただ、まだまだ上手とは言えない編み物を目の前でする勇気はなく、特に目的もなくハンカチに刺繍している。


「面倒ごと、ですか。何か起きておりましたの?」

「いや、これから起こすのだが、一番面倒な相手の許可をもぎ取った。流石はミカ殿だ」


 うぉう、と穴熊の男が拳をあげてみせる。

 …声を初めて聴いた気がするわ。


「お姉様が、何の許可をお取りに?」

「また話そう。あなた方にも利のある話だ」


 つまり軽々しく話せないような内容なのね。ミカはまた何を押し付けられていたのだろう。


「ははっ、ザッシュ殿も聖女遣いが荒くなってきたな」

「人聞きが悪いぞハコネ殿。家族ではもはや、あの引きこもりの心配性を説得できんのだ。かと言って穴熊では言葉が足らない。ミカ殿が仲立ちしてくれさえすれば何とかなると思っていた。期待通りだ」

「ザッシュ様。引きこもりの心配性とは、お父上様のことですの?」

「ああ。おれの女見知りとロットの脆弱な精神を合わせて煮詰めたような父上のことだ」


 女見知りとご自分で言うのね…。

 ザコルも人付き合いが苦手で繊細だと思っていたが、この一家の中ではまだ社交的で精神の強い方だったのだと今は思う。


 女見知りの自覚があると言いつつ、わたくしの向かいに座ってくださる方のお顔を見る。何が解決したのか判らないが、穴熊の男に「やったな」と無邪気に笑いかけ、拳を突き出す様が可愛らしく見えて仕方がない。


「ザッシュ殿。どうして子爵様の了解を得るのが難しいのだ。何というか、あまり高圧的なお方には思えなかったが」


 結局、彼はあの麻袋からほとんど出てこなかった。一応、日の出の頃に挨拶をと呼び出されたものの、窓からの陽光が眩し過ぎてほとんど顔を見られなかった。判ったのはザッシュと同じくらい巨躯の人物だということだけだ。あの逆光の立ち位置は敢えてだったのだろうか。


「子爵様…。もう少しお姿を拝見したかったですわ」


 溜め息を漏らせば、ザッシュが苦笑する。


「肉付きの良さではおれと同等か、若い頃はそれ以上だったはずだ」


 む。わたくしが筋肉見たさに残念がっていると言いたいのね。


「拝見したかったのはお身体ではございません。わたくし、マージ様から似ていると聞いて楽しみにしておりましたのよ。その焦茶の髪と榛色の瞳はザラミーア様譲りでいらっしゃいますわよね。その精悍で整ったお顔立ちはお父様譲りかと想像しておりましたの。あまり確かめられず残念ですわ」

「し、失礼。あまり見つめないでいただけるか」

「意地悪をおっしゃった罰ですわ」

「悪かった、悪かったから」


 向かいに座ってくれるようになったものの、まだ見つめ合うようなことはできない。ただわたくしも、あちらから見つめられればつい目を逸らしてしまう有様なのでお互い様だ。


「…コホン。ええと、父上、いや父だったな。父は心配性なのだ。心配性が過ぎると言ってもいい」

「心配性が過ぎる、か」

「ああ、おれもロットもいい歳だというのにある意味甘やかされているだろう。性質が父に似たからか、余計に心配され過保護にされているのだ」

「……貴領では、一年の四分の三を過酷な山岳地帯で戦闘し続けたり、領内の大規模な土木工事を少人数で一手に任されることを過保護と呼ぶのか」

「ある意味だ。結局、社会に出ては心労を溜めるだろうとか、女と無縁の仕事ならば気楽だろうとか、そんな発想からあてがわれた仕事に過ぎない。性に合っていたのは否定せんがな」


 国境の防衛にほぼ人生を捧げることも、通常ならば数年以上はかかる土木工事を短期間で、しかも常に数件は同時進行することも、とてもではないが甘やかされた人間ができる仕事には思えない。もし他領で同じことをこなす人間がいれば、功績を讃えて碑でも建てられているだろう。


「うちの領は基本的に人手不足なのだ。仕事が多いように見えるのはおれ達だけではない。例えばロットの目付役であるタムラや、一線を退いたはずのモリヤの仕事も減っていない。かと言って若い世代が怠けているわけでもない。いくら過酷でも金になる仕事は少ないので、あまり人を増やすわけにいかないという事情もある。結局、外に出た者達がせっせと稼いでくれているから暮らせているようなものなのだ。せめて、ふるさとの景色くらいはおれ達で守り通さねば、出稼ぎ連中に顔向けできんだろう」


 ザッシュは雪のやまぬ窓を見つめる。彼の弟は十年間、毎年欠かさず莫大な額を故郷に仕送りしたという。


「父は自分が引きこもりを好むからと、他の人間もそうだと思っている節がある。それにお人好しでな、一度懐に入れたものは決して見捨てない。というか、過保護にし過ぎるきらいがある。それがいい歳した男相手であってもだ。その気質に救われた者はもちろん大勢いるんだろうが……」


 ザッシュは穴熊の方をチラリと伺った。


「普段足取りさえ掴めないことが多いせいで、礼や相談をしたくともしようがないとしばしば民に文句を言われる。たまに捕まえても『いい上司は部下に顔を見せないものだ』とか何とか言って話にならんしな。今までに何度、父との間を取り持ってくれと頼まれたことか」

「民にことさら恩を説きたいと思わないお方ですのね。なんと謙虚なお方でしょう」

「あれは己に自信がないだけだ。領主で二つ名持ちの英雄のくせにな。そういうところはザコルも似ている」

「確かに、ザコル殿も謙虚というか、自分を卑下するところがある。ホッター殿が許さんと言うので控えることにしたらしいが」

「あの聖女はな…」


 ザッシュが眉間を揉む。ミカがザハリとザコルの間に立った時のことを思い出したのだろう。


「俺達も油断した上、有無を言わさん圧に屈しておいて何だが、後でどれだけ怒鳴って叱責してやろうかと思って踏みとどまったか。正しく反省しているから余計にタチが悪い!」

「同感だ。俺も問い正してやろうとして失敗した。全く、あの聖女は護衛さえも『可愛い子』扱いで護ろうとする癖があるからな、危なっかしくて敵地にはやれん。今回、大人しく引っ込んでくれたことにホッとしているくらいだ」

「引っ込んだところでどうせ大人しくなどしていない。だったら、使える手駒を、権限を与えておいた方がまだいい。自身でどこかへ乗り込みに行くなどと決して言わせないように!」


 なるほど。ザッシュが言う『面倒ごと』とはその手駒や権限に関することなのね。


「あれは適度に仕事させておいた方が落ち着くタイプだからな」

「おーい、だからって旦那らはミカさんに色々押し付けすぎなんですよぉー」

「そーだそーだー」

「またエビーがキレますよ」


 部屋の隅に控えていたカッツォとコタとラーゲが口を挟む。ハコネはフッと鼻で笑った。


「俺は仕事は押し付けていないぞ。隠密を一人付けさせてもらっただけだ。謎も闇も深い奴だが、あの最終兵器の世話に比べたらどうということはないだろう」

「おれも仕事は押し付けていない、むしろおれが手駒なのでな。ミカ殿はこれからもおれ達の活用方法を考え続けるというだけだ。そもそもおれ達を押し付けたのは義母で」


 …ボソボソ。

 穴熊の男がザッシュに耳打ちする。


「は? バレているだと? 覚えておけ? ミカ殿がそう言ったのか?」

「ちぁぅ。ぉくさま」


 …喋ったわ。

 くぐもった声で聞き取りにくかったが、確かに『違う、奥様』と。


「…………母上か。よし、しばらくは顔を合わせる予定はないからな。大丈夫だ!」


 穴熊の男がふるふると首を横に振っている。大丈夫ではなさそうだ。


「ザッシュ様。お姉様宛にお手紙でもお書きになられてはいかがでしょう。例え言い訳でも、言葉を尽くした実績を作っておくことは大事かと思いますわ」

「言葉を尽くした実績か。なるほど、手紙にはそのような使い方があるのだな。流石はアメリア嬢だ。早速用意しよう」


 ザッシュはその言葉通り使用人に便箋と筆記具を申し付け、届くや否や言い訳らしい言葉を書き連ね始めた。


「どんだけ怒られたくねーんだ…」

「しっ」


 カッツォの口をラーゲが塞ぐ。


「……そういえば、ザコルは子供の時分から字が上手かった。そういう才能かと思っていたが、今思えば、地道に書き取り練習でもしていたのだろうな。我が弟ながら見習わねばならん」

「貴殿もお上手ではないか…あ、失礼。覗き見のような真似を」


 ザッシュの手元を見たハコネが慌てて謝罪する。


「はは、別にいい。どうせ言い訳しか書いていない。何を書こうがおれ達の魂胆なぞあの聖女にはお見通しだろう。であれば、おれの愚かさがよく分かる文の方がマシだ。まあ、せめて丁寧には書くさ」

「愚かさのよく分かる文か。それはいい、後で俺も用意しておこう」


 どうやらまともに謝る気はないらしい。さしものミカも怒るのではと頭によぎったが……


「むしろ怒られてーんだろ、あれは」

「ふはっ、何だそれ、まるで…」


 コタの言葉にラーゲが思わずといった様子で吹き出した。コタの言う通りだ。

 きっと、どんなに愚かな言い訳をしたとしても、ミカならば『しょうがないですねえ』と、ザッシュやハコネの望むようにしてくれてしまう。あの『兄達』もきっとそれを解っている。だったら少しでも怒らせた方がマシとでも思っているらしい。


「できる妹を持つと辛いな」

「それ、ミカさんのセリフですか。『妹がしごできすぎてつらい』って」


 付き合ってまだ日は浅いというのに、迷惑を掛け合っても揺るがない、まるで本当の兄妹のような信頼関係。

 ミカがハコネを兄さんと呼び始めた経緯はよく分からないが、ザッシュの方は彼が妹のいるエビーを羨ましいというから、ミカが妹をするのだと約束したらしい。


「わたくしももっと悪い妹をすればよかったわ」


 ミカに気安く迷惑をかける彼らが羨ましくて、ついそんな言葉を漏らす。ああ、こんなのはまるで……


「ははっ、アメリア嬢が悪さをしたところで可愛い可愛いと甘やかされるだけだ。ザコルもそうだったろう」


 そうだ、まるでザコルだ。


「ふふっ。散々悪さをしては空回りしていましたものね」

「あなたは姉に溺愛される妹でいいのだ。ドーシャ殿が言っていたのだが、兄は妹に叱られるくらいが丁度いいらしい」


 ドーシャは妹のピッタに『馬鹿お兄』と罵られていつも平気そうにしている。叱られている自覚があったのか。


「では、わたくしが兄を叱りに行くのは正しいのですね」

「もちろん。妹に正義があるに決まっているとも」


 妹がどんな輩かにもよるだろうに、冗談めかして断言するザッシュに笑う。

 彼は彼の『正しい妹』に叱ってもらうための文を丁寧に折りたたみ、シンプルな封筒にしまった。




つづく

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