表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

177/573

穴熊達の望み③ ぉもしろぃ、ぉんな

「ぁるじ、ふぃさしく」


 先程、私と話をしていた穴熊が一歩前に出て目を伏せる。今のは『主、久しく』と言ったんだろうか。多分、オースト語だ。


「………………ごめん!! 君達が我慢してたなんて僕知らなくて!!」

「ぐぁまん、してなぃ」

「本当は賑やかに暮らしたかったんだろう、君達のためだと思ってたけど、僕のはただの押し付けだったんだ!」

「ぉしつけ、てなぃ」

「どんな不満でも聞くよ! もう遅いかもしれないけど、もう少しだけ君達を心配させてほしいんだ!」

「ふまん、なぃ」

「ああそうだよね不満も我慢もいっぱいだよね僕が全部悪いんだああ!! アダッ、何!? ザコル!? 今何投げたの!?」


「ドングリです。父上、彼の言葉が聴こえませんので黙ってください」


 穴熊の彼はザコルの方に軽く一礼した。


「ぐぁまん、ぉしつけ、ふまん、なぃ。ときが、きただけ」


「ときが、きた?」


 穴熊達は一斉に頷く。


「ときが、きた。ザッシュサマ、と、ザッシュサマまもぅ、ひめたち。たすけぅ、とき」


 時が来た。ザッシュ様と、ザッシュ様が護る姫達、助ける時。


「われら、ぁらそぃ、よぶ。わかる。しにゅくだけ、よかった。だが、もったぃなぃ。ぇこ、じゃなぃ」


「エコじゃ、ない…?」


 独特のくぐもった声のせいで、オースト語が酷く訛って聴こえる。

 どうして翻訳能力を通しても訛って聴こえる必要があるのかさっぱりだが、うちの翻訳チートさんは細かい語感にこだわる節がある。


 穴熊の彼は私の方を手の平で指し示した。


「ひめ、そと、いく、きけん。しかし、なんでぃも、わかってぃる。われら、そとのせかぃ、と、ひめつなぐ。みな、たすかぅ」


 後ろに並んでいた穴熊の一人が私の方にそそそ、とやってきてボソボソと呟いた。


(姫はこの領を出るのは危険だが、何事も見通す先見の明をお持ちだ。であれば、我々が外の世界と姫様をつなげば必ずいい結果をもたらすだろう)


「要約してくれるんですか」


 うむ、とばかりに穴熊二号は頷いた。訛りはともかく片言なので、要約があるのは助かる。


「ひめ、われらの、ことば、わかってぃぅ。みたこと、きぃたこと、みな、つたわぅ。もったぃ、なぃ。つかわなぃ、ぇこじゃなぃ」


「ミカさんが、君達の言葉を理解できるから、外で見聞きしたことを伝えたい、自分達を使わないのはもったいない、ということかい…?」


 オーレンの言葉に、うむ、とばかりに穴熊一号は頷いた。


「駄目だよ、駄目、外に行くなんて。危険なのは君達も一緒だ!」

「ひめ、きけん…」


 …ボソボソ。


(姫はこの領にいてさえ危険を冒しているが?)


「ちょっと、私が向こう見ずみたいな言い方しないでくださいよ」


 じと。

 穴熊達の視線が突き刺さる。


「かわり、ぃく。マシ。われら、サカシィタきしだん、だぃなな、ほへぃたぃ。すこしつよぃ」


「君達の実力は解ってるさ、ザッシュについていけるのも君達くらいだ。でも、君達だって僕が守るべき大事な民なんだよ、何も今、こんな治安の悪い時に出なくたって」


「ちぁん、わるぃ、ぃく」

「治安が悪いのに行く!? 何で!?」

「われら、まつり、おどぅ」

「祭りで踊る!? 儀式的なこと!?」

「ちがぅ」


 埒があかない。


「すみません、ここで要約を聞いているので補足してもいいでしょうか」

「もちろんよミカ」


 オーレンと穴熊ではなく、ザラミーアが許可を出してくれた。


「では。穴熊さん達は、この国の転換期を祭りと称して、戦士としてぜひそれに参加したいとおっしゃっています。あと、私を行かすよりマシだと言ってます。…いや、なんで? 行きませんって。ほら、大人しく引っ込もうとしてるとこじゃないですか」

「ぉとなしく、してなぃ。ぜったぃ」

「信用がない!」


 どうして穴熊達にそんな無鉄砲キャラだと思われているんだろうか。ザッシュ情報か。そうか。


「われら、てごま。ひめ、つかぇ」


(我らは手駒だ。姫、あなた様の思うように使うがいい)


「てがら、かならず、てに」


(必ず手柄を手にし、あなた様のもとに捧げよう)


「さはぃ、しんじぅ」


(我らはあなた様の差配を信じている)


「ぉもしろぃ、ぉんな」


(オモシレー女)


「………………」


(………………)



「いやいや、何で最後オモシレー女で締め括ったんですか、誰がオモシレーですか!」


 ぶふ、後ろでザコルが吹き出した。


「ミカが、面白いからいけないんじゃないですか…っ、ふ、ふはっ」

「ザコルは爆笑しないでくださいよもー、収集つかなくなるでしょ!」


 ぐふぉっ、ぐふぉっ、と穴熊達まで笑い出した。

 ほほ、楽しそうねえ、とザラミーアも慈しむように笑う


「わ、笑い事じゃないよ! もし万が一、他の貴族にバレたらどうするんだい! くれとか貸せとか言われたら、簡単に断れない相手だっているんだよ!?」


「ぁるじ。われら、せんし。ザッシュサマ、トンネル、たたかぅ、ぇこ。だが、せんし。たたかぅほんとぅ」


(主よ。我らは戦士だ。ザッシュ様とともに土木工事をし曲者を掃討する日々も有意義である。だが、我らは戦士なのだ。戦って真の功を上げたい気持ちもある)


「でも、ぁるじ、ひとり。たがぇる、しぬ。めぃわくかけなぃ」


(だが、我らが仕える主はただひとり。もし仕える主を違えろと言われるのなら、その時は潔く死のう。迷惑はかけない)


「違う、僕はそんなことを言いたいんじゃない。主が変わっても幸せならばそれでいいんだよ。でも、人と違う力を持った人間を、何の欲も打算もなく受け入れてくれる人間なんて滅多にいないんだ! それから僕に迷惑をかけるかなんてどうでもいいよ、だから死だけは選ばないでくれ。今更、敵の一つや二つ増えたってどうってことないんだから!」


「解決しましたね」

「へっ」


 ザコルの言葉に、オーレンが豆鉄砲でもくらったような顔になる。


「父上は穴熊を欲しいと言われても渡すつもりはなく、徹底抗戦するつもりなのですよね。ならば解決でしょう。議論は終了ですね」

「ち、ちがっ」

「穴熊の、僕から一つ助言をいいでしょうか」


 穴熊一号がうぉう、といいお返事をする。


「嫌いになりますよ、と一言添えればこの父は思い通りに動きます。細かい議論など不要です」

「なぅほど。きらぃ」

「やめてよ!! そんなの脅しじゃないかひどいよ!!」


 嫌いと言われるのがそんなに嫌なのか…。トラウマでもあるんだろうか。


「ダメですよザコル、この方はご領主様なんですから。脅しなんてその場しのぎじゃなく、ちゃんと納得していただかないと。領としても統制が取れなくなっちゃうでしょ」

「ミカさん…! 君は本当にいい子だね!」


 むう、とザコルの口がへの字に曲がる。

 私がオーレンの味方をするのが気に入らないらしい。


「大体、ザコルは言葉足らずを反省してるんじゃありませんでしたっけ」

「僕が誰にでも言葉を尽くすと思ったら大間違いです。特に、人から逃げ回った上、麻袋に入って挨拶も碌にしないような無礼な人間に尽くしてやる言葉などありません」


 うわあああん根に持ってるよおお、とオーレンが頭を抱える。


「しかも、そこの唐変木は余計な機密まで僕らに負わせ、領から出さないように図ったんですよ」

「ひ、人聞きが悪いなあ、僕はただ、君がこのまま領に留まって継いでくれればミカさんもここに残るかもしれないし、秘密も守れるし、万事解決かなって」

「そんな枷をつけようとしたって無駄なんです。僕はセオドア様の犬。どんな重荷を背負わせられようと、呼ばれれば必ずその足元に駆けつける。僕は父上のために言っているのですよ? 力づくで止めるのでも構いません。徹底抗戦してみせましょう」

「まあ、コリーが抵抗なんてしたら、領が丸ごと更地になってしまうわ」


 ザラミーアが全く緊張感のない溜め息をつく。


「サカシータ一族同士での私闘は禁止したはずだよ!?」

「父上が勝手に決めたルールでしょう。領を出た僕には関係ありません。ああ、イアン兄様を拘束しましたが、罰しますか?」

「それはむしろありがとうだからいいよ! …もう、何だい、僕の言うことなんて一つも聞く気がないってことじゃないか!」

「ええ、だからそう言っているでしょう。これ以上の交渉は無用だと」


 ぱんぱん、私は軽く手を叩く。


「はいはい、無用じゃないのでちゃんと話し合いましょう。オーレン様もご納得いかないうちに頷かれる必要はありませんから。ザコルも穴熊さんもちゃんとお話聞いてくださいね」

「ミカさんは本当にいい子だね…涙が出そうだよ」


 本当に涙を拭う真似をするオーレンに若干の罪悪感を覚えつつ、私はコホンと咳払いをする。


「では続きを。確認ですが、オーレン様は、穴熊さん達の意思に関係なく、この領から出てほしくないとお考えですか?」


 むぐ、とオーレンが言葉をつまらせる。

 露骨な言い方になってしまったが、そういうことなのだ。彼が領主として個人の感情に関係なく命令を下すならば、穴熊達も従わざるを得ない。


 オーレンは少し考えるそぶりをし、そして穴熊達の顔を見渡した。


「……僕は、君達がこれ以上、この国のために危険を冒す必要なんてないと思ってるよ。長年、この領と国境維持のために尽くしてくれた。それだけでも充分すぎるほどの功績だ。待遇に不満があるなら聞くよ、その功績に見合うだけのものを必ず用意させる」


 ふるふる、と穴熊達は首を横に振る。


「ふまん、なぃ。ぁるじ、じょてぃ、ぉくさま。われら、ひとり、にんげん、ぉもぅ。じゅぅぶん」


(不満などあるものか。主も、女帝も、奥様も。我らを一人一人の人間として扱ってくださった。それだけで充分だ)


「いいや、功績を求めるからには他にも理由があるんだろう、どうか話してほしい!」


 なおも言い募るオーレンに、穴熊達は顔を見合わせた。


「ぁるじ、しんぱぃ、しすぎ。われら、ぃぃ、ぉじさん」


 穴熊一号が自分とオーレンを交互に指差した。

 ぷふ、とザラミーアが小さく息を漏らし、慌てて手を口にやる。


「いいおじさん!? 何だよ! おじさんがおじさんを心配しちゃいけないってのか!」

「ザッシュサマ、せわ、なった。たたかぅ、りゆぅ、じゅぅぶん。ぉもしろぃ、ぉんな」


(ザッシュ様が世話になった。戦う理由などそれで充分だ。それに、面白い女だ)


「ちょっ、なんでそこにオモシレー女が出てくるんですか!?」


 穴熊一号は私の方に顔を向けた。


「ザッシュサマ、なやみ、なぉった。ひめ、ぉかげ。で」


(ザッシュ様の悩みを解決したのは他ならぬ姫様だ。それに)


「ぉもしろぃ、ぉんな、たたかぃ、このむ。なかま、なる、ぜったぃ、ぉもしろぃ。ち、さわぐ」


(面白いことに、この姫は戦いを好む。仲間となりこの女についていけば必ず面白いことになると、そう、戦士の血が騒いでいる)


 ニッ、穴熊一号が口の端を吊り上げた瞬間、うぉううぉう!! と穴熊達が一斉に騒ぎ出した。


「なんで……」


 真実、オモシレー女が戦いたい動機ってこと……?


「まあまあ。ミカは士気を上げるのがお上手なのねえ」

「そうなのです母上。同志も騎士も民も、ミカの前で生半可な鍛錬はできないと口を揃えて言います」


 穴熊達もうんうんと頷く。


「われら、まけなぃ。はしぅ、ふやした」


(我々も負けてはいられぬと、走り込みを増やした)


「ミカがいると誰もが真剣に取り組むようになるので、非常に教え甲斐があります」

「コリーが同志の皆様に稽古をつけたのですってね。想像がつかないけれど、あなた、本当に充実していたのね」

「ええ。最初は戸惑いばかりでしたが、今となってはミカの言う通りファンサとやらに励んで本当によかったです。集まった者達も実力者揃いで、あの鍛錬の日々は大いに僕の糧ともなりました」

「ザコルはほんと楽しそうでしたよねえ。そんなあなたを毎日見られて私は幸せでしたよ」

「あなたを弟子に持てた僕こそが一番の幸せ者なのです。勝った気にならないでください」

「ふふっ、謎の対抗心、かわ…」


 幸せかどうかで言ったら私がぶっちぎり優勝に決まってるのに。何を勝った気でいるんだろうかこの可愛い生き物は。


「そんなにやる気があるなら穴熊さん達もブートキャンプ参加してくれたらよかったのに。鍬やツルハシでどう戦うのか見たかったんですよねえ。穴熊全員でザッシュお兄様に挑んだりして欲しかったなあ」

「はずかしぃ…」

「何が恥ずかしいんですか、私が穴熊ファンとしてその魅力をクールに力説してあげましょうか」

「ぎゃる、こわぃ」

「ギャル怖い?」


 穴熊も女見知りなのか…。子を残す気がないと言っていたので、ひたすら女を避けて生きてきたのかもしれない。


「オーレン様が私もギャルだって言ってますよ」

「ぎゃる、ちがぅ。ぉもしろぃ、ぉんな」

「そのオモシレー女で押してくるの何なんですか!」


 ぐふぉっ、ぐふぉっ、と穴熊達が笑う。


「ぁるじ」


 穴熊一号が黙ってしまったオーレンに再び向き直る。


「ぁるじ、われら、ほろぶ、ゆるした。かんしゃ。さぃご、なかまため、ちから、たたかぅ、ゆるす、ほしぃ」


(主よ。我らに静かに滅ぶ許しをくれたこと、何より感謝している。これが最後だ。仲間のため、この力を使って戦うことを、どうかお許しいただきたい)


 穴熊一号が跪いて頭を垂れる。同時に、背後の穴熊達も一斉に跪いて頭を垂れた。


「……それが、君達一族の決定ならばもう何も言わないよ。でも、どうか無事に戻ってきておくれ。それが僕からの命令だ」


「ぎょぃ」



 この世界において、穴熊達が引き継いできた能力は大変に貴重で有益なものだ。本来、それを囲った権力者はどうにかしてその血を残していくことを考えるだろう。


 だが、オーレンは穴熊達の意思を尊重し、領内で静かにその血脈を途絶えさせることを許した。


 オーレン自身はサカシータ一族として、次代へと血を繋ぐ努力も『普通に』してきたはずだ。だが、血の連鎖を終わらせたいという意思もまた、尊重されるべきだと彼自身は考えたのだろう。


 いかに息子のザッシュを扶けるためとはいえ、よからぬ権力者に秘密を知られれば彼らの滅びる覚悟を踏みにじられる恐れがある。だからこそ、穴熊達を家族同様に大事にしてきた彼は反対したのだ。




つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ