途中の町二日目① 僕はただの我が儘な変態ですから
結局、ザコルを止めるの二十分くらいかかり、その間ずっとジェットコースターに乗っていた私は本気で吐きそうになった。すぐに回復したが、フラフラになって睨んだら流石に謝られた。
ザラミーアはイリヤを連れてミリナの待つ寝室に向かい、私達もその後を追うようにして移動し、自分達の寝室に入った。
「結局俺らここで四人で寝るんすかね…。いや大丈夫かよ」
エビーが心配しているのはやはり外聞的な問題だろうか。
「他に寝台を四つ置ける部屋がなかったんでしょう。しばらくは君達も同室警護ができるよう、僕からお願いしました」
「なんと、ザコル殿のご差配でしたか」
「移動中は気が抜けませんので。とはいえ、従者用の部屋になるとは思っていませんでしたが」
トントン! 焦ったようなノックが響く。ザラミーアだった。
「どっ、どうしてミカまでそちらに、まさかそこで寝る気でいるの!? 後ろをついてきていないから何かと思ったでしょう!」
「えっ、何か同室警護だから四人で寝るってザコル様が」
「こことミリナさん達がいるお部屋は続き部屋よ! よく見なさいコリー!」
えっ、そんな扉あったっけ…。
私は部屋を見渡す。…なるほど、あそこか。窓際の壁の辺りに、クローゼットと鏡台が固めて置かれている場所がある。部屋は殺風景ながらそこそこの広さがあるので、あの密な置かれ方は確かに不自然だ。
「あんな厳重に鍵をかけられ障害物を置かれた扉では続き間の意味がありません。実質別室です。僕に壁ごと壊させたいのですか?」
「何を極端なことを言っているの! ミリナさんに確認してからでなければ鍵を外せないじゃないの、そういう段階を踏むために敢えて隠してあるのよ!」
「僕に気遣いを求められても応じられません。気遣いのできない僕はミカと一緒に寝たいので失礼します」
「あなたそれが本音ね!? リア様やマージから聞いていたけど本気で」
「今日はあの二人もいますし、今までも何も起きていませんが」
「ちょちょちょザコル…」
何を実のお母様に同衾を認めさせようとしているんだ。しかも彼女は今までの経緯をよく知らない。ここで寝るにしてもベッドは四つあるし、私もしばらくは一人寝するつもりでいたのに。
「何言ってんすかこの変態兄貴は。まさか俺らもいるってのに仲良く寝台に入るつもりだったんかよ、いくら何でも」
「俺は構いません。お二人の安らかな寝顔、朝まで必ずや見届けさせていただきましょう」
「流石ですタイタ。ミカの安寧は僕らで守りましょう」
「ちょっとタイタまで何言ってるの、あちらにもベッドを用意していただいてるなら私はそれで」
「嫌です。僕はミカと一緒に寝るんです。でないと安心できません」
ミイミイ、ミイ?
実はずっと私の肩に乗っていたミイが首を傾げる。
「ほら、何かあればミイがすぐ知らせるから大丈夫なのにって言ってますよ、ザコルが私の護衛を頼んだんでしょう」
「しかし僕は」
ミイミイ!
「あ、そうだった。私ってばミリナ様の護衛だったね、同室警護しなきゃ。ザコル」
にこ。私が笑いかければ、ザコルが一瞬うっと怯む。
「あ、ちょっ、待ってくださいミカ!」
するり。
私は伸びてきたザコルの手をかわし、サッと廊下に出てザラミーアの後ろに立つ。
「ミリナ様には私から頼んでおきますので、そちら側の障害物をどけて扉を通れるようにしておいてください。鍵は許可が出次第あちら側から開けます。エビー、私の荷物一式は後で届けて。タイタ、ザコルを見張っているように」
「りょーかいっす」
「御意」
騎士二人がそれぞれ一礼した。
「ミカ、あなた、よくザコルの手をかわせましたね」
「コツがありまして」
彼は私の作り笑顔に動揺するのだ。色々あってトラウマになっているらしいので乱発するつもりはないが、ここぞというときの決め手にしている。
「実力が確かだというのは本当なのね。ミリナさんの護衛だなんて、冗談か建前だと思っていたわ」
「半分冗談だとは思いますが、一応頼まれましたからね」
「あのコマというジークの手の者にですか」
「ええ、ザコル様の大事なお友達です」
私はザラミーアの前に先回りし、扉をノックした。返答があったので扉を開いて一礼する。
「…あなたは侍女としてもやっていけそうね」
「恐れ入ります」
私の礼儀作法は基本的に見よう見まねだ。
侍女然とした振る舞いで言えば、テイラー邸で私のお世話してくれたホノルやアメリアの侍女達、シータイの町長屋敷の訓練された使用人達の動き方を観察してトレースしているのにすぎない。それでも見本のレベルが高ければそこそこに見えるようだ。
偉い人に同伴する際、先を歩いて扉を開けたり、エレベーターのボタンを押したりするのは日本の会社員もよくやる作法ではあるが。
部屋では待ちくたびれたイリヤがベッドの上でポフンポフンと跳ねていた。彼が本気を出したら天井を突き破れるので、あの跳ね方は彼にとって貧乏ゆすりみたいなものだろう。
ザラミーアの読み聞かせで、イリヤがうつらうつらとし始める。ミリナが穏やかに魔獣達のブラッシングをしてやっている。
そうしているうち、外は徐々に吹雪らしい轟音で埋め尽くされるようになった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
いつもの癖で暗いうちに目覚めてしまった私は、ミリナ達の安眠を妨げないよう静かに着替え始めた。
細々とした装備のあるパンツスタイルではなく、とりあえず着慣れたニットと山の民スカートのコーデを選ぶ。そして気配を絶ってそっと部屋を出た。
「ミカ」
当然のように廊下で待ち受けているザコルにはもう驚かない。
「寝られましたか」
「はい、ぐっすりと」
「そうですか…」
音からして私が熟睡していることくらい把握していただろうに、ザコルは私の返事を聞いてホッと息をもらした。
「ザコル、ありがとうございます。毎日あなたが寄り添ってくれたおかげで、随分と心が楽になったと思います」
「それは僕の方こそです。…あなたが泣いていなければいいんだ」
ザコルはそう言って黙って手を広げた。私はそれに甘えることにし、誰もいない廊下の真ん中で二人、ぎゅっと抱き締めあった。
外の轟音はまだ鳴り止んでいない。徐々に明るくなる窓も一面真っ白で、外の景色など全くと言っていいほど見えない。
シータイの方は大丈夫だろうか。知り合いはもちろんのこと、罪のない民が遭難などの憂き目にあっていなければいいが。
「廊下は冷えます。中に入っては?」
「いえ、一度、廊下で護衛っぽく立ってみたかったんですよね。もちろん、もう少し二人きりでいたいなーって意味です」
「…ふ。それは『我が儘』ですか」
「もちろん我が儘です。というか私はいつだって我が儘ですよ。いい子ちゃんのフリをしてるだけです」
「安心しました。僕ばかりゴネているようで心苦しかったので」
「ザコルが私のためにゴネてくれていることくらい、解ってますよ」
もっと私のためだと言って段階を踏めばいいものを、自分の我が儘ということにして押し通そうとする。不器用すぎるし、いい大人のすることではないかもしれないが、ザコルが私を大事にしようとしてくれているのは解る。
彼は、皆に迷惑をかけたりいらぬ心配をかけたくない、という私の『我が儘』を尊重し、それでも精一杯配慮しようとしてくれているだけなのだ。
「ふへ、大好き」
「そういうのはいいんです。僕はただの我が儘な変態ですから…………で、そこの引きこもりは何をしているんですか」
「えっ」
ザコルが向けた視線の先、廊下の角からぬっ、と大きな人が出てくる。
サーッ、アセアセ、ぴえん、を混ぜたような顔のオーレンだった。
「ご、ごめんよ邪魔しちゃった…」
「解ってるなら引き返せばいいでしょう」
「一階に降りて、トイレと鍛錬に行きたかったんだよ」
「厠はともかく外は吹雪ですが?」
「大した吹雪じゃないさ。あの程度の風じゃ負荷にもならないよ」
オーレンは普通の吹雪を小雨か何かだと思っているようだ。日本からの転生者といえど、長年サカシータ一族をやっているだけあって発想が過激である。
「ほらミカ、僕は常識的な方でしょう。僕とて吹雪の中でわざわざ鍛錬しようとはしません」
「ザコルは雪で頭を濡らしたくないだけですよね。それにしても常識的、ですか……」
水満タンの大樽を洗面器みたいに持ち上げたり、乾燥前の材木を一本丸ごと小枝みたいに拾ったり、国境の分厚い城壁を鎚一つでぶち抜いたりするのは非常識と言えなくもないが…。
「まあ、結果は非常識でも、振る舞いはそこまでじゃないかもしれないですね」
「そうでしょう、僕は麻袋に入ったりもしませんし」
「僕は女の子を椅子ごと持ち上げたりしないよザコル!」
「会話が成り立たないよりはマシだと思いませんか」
「ミカさんが怪我するよりはマシだ!」
「ミカはあの程度で怪我などしません。その気になれば自力で飛び降りられるでしょう」
「うーん、あのスピードで飛び降りるのはちょっと危ないですよ、慣性の法則というものがありましてね」
「そうだよ慣性の法則だよ! 君の脚の速さじゃ、電車や車から飛び降りるのと同じなんだから!」
「ええ、どうしてもスライディングとかしちゃいますから。壁や床が無事では済みません」
「壁や床なんてどうでもいいんだ! おじさんは君の身を心配してるんだよ!?」
プンプン!
「うるさいです父上。義姉上とイリヤが起きてしまいます」
「はっ、ごめん」
オーレンは立派な巨躯をペコペコさせながらそそくさと移動していった。
「ふふっ、仲良しですねえ」
「あの父と二言以上の会話をしたのは十年ぶりくらいです」
「十年ぶり…」
あのおしゃべりな人と二言以上も交わさずにいられるものだろうかと思ったが、ザコル自身が無口だったなら仕方ないなと思い直した。
つづく




