途中の町⑤ たまにこうして悪さをしています
「君を、いや、君達を避けてた一番の理由はね、生まれ変わりがバレたらどうしようって、思ったからかな…」
「あー…」
「でも、会う前から君にはバレていたみたいだね。そりゃそうか…」
オーレンは私が羽織る半纏をしみじみと眺めた。
彼の前世が日本人で、こちらには生まれ変わる形でやってきたことは、カズとザコルの話から想像がついていたことだ。
オーレンはおそらく、日本人の渡り人が現れることを想定して生きてこなかった。周りも日本とかいう国の知識などないので、オーレンが半纏や道場を作らせたり、頼もう! という挑戦文句を広めたりしても特に疑うこともなく、少々変わった発想の持ち主だと思われるだけで済んでいた。
「でも、中田…カズとは交流なさってたんですよね? 少し前までは」
「あのギャルはさ、いい意味で鈍感だったから、僕がたまに日本語使ってることになんか気付かなかったし、僕が生まれ変わりだなんて全く考えてもなかった。僕らの先祖が忍者か何かだってことくらいは気づいてたみたいだけどね」
そうか、私が半纏が日本語であることを教えてしまったために、カズはオーレンが転生者ではないかと初めて疑いを持ったのだ。あのギャルのことなのでストレートに詰め寄ったのだろう。そしてオーレンは逃げ出した…。
「彼女、決しておバカなわけじゃないんですが、割と勢いで生きてるとこありますからねえ…。まさにギャルって感じですよね」
「はは、君もギャルだろうに、他人事だね」
「私はギャルじゃないですよ」
「自分がオバサンだなんて言いたいのかい? 君だって若い女の子なんだからギャルだ」
「?」
……何だろう、オーレンが思う『ギャル像』と私が思うそれに食い違いがある気がする。もしや年代によってギャルがどんな人種を指すのか認識が異なったりするんだろうか。
私が知っているギャルとは、いわゆるチョベリグーとか言っていたらしい時代の流れを汲む者達である。
その時代に私は生まれていなかったので本やテレビなどで得た知識しかないが、原宿や渋谷を好み、明るい髪色に派手なメイクやネイル、カワイイグッズやゴテゴテにデコったケータイなんかを持っているイメージだ。あと何かノリでたくましく生きているイメージもある。その辺り、まさに日本にいた頃の中田カズキそのものだ。今は就活中のすっぴん黒髪ギャルだけど。
「神宮外苑のスケート場にはいつ頃遊びに行かれたんですか」
「そうだなあ、昭和何年のことかなんてのは覚えちゃいないけど、当時、会社に入ったばかりでね、同期同士の親睦を兼ねてみんなで行ったんだ。僕は東北の出身だったから、スキーやスケートは得意でね。後にも先にも、同期から尊敬の目で見られたのはあの時くらいだろうなあ…」
「二十四時間働けますか、ってフレーズ、覚えてます?」
「あー、何だっけそれ、えーと、あっそうだ、栄養ドリンクのコマーシャルでしょ! 入社早々、デスクをあれの空きビンとタバコの吸い殻だらけにした社員がいてねえ、僕もその伊藤ってヤツに一本もらって初めて飲んだんだ。ははっ、我ながらよく覚えてたなあ!」
話を聞くうちに何となく分かってきた。オーレンは多分、一九七〇年代から八〇年代にかけて東京都内で働いていたサラリーマンだ。そして一九九〇年頃に亡くなっている。
何が根拠かと言えば、バブル崩壊を知らず、チョベリグも知らない。だが高度経済成長期の終焉と、昭和から平成に年号が変わったのは知っていた。
「どうして自分が死んだのか思い出せないんだけど、記憶の最後の方は家と会社の往復しか思い出せないくらいだから、君と同じで過労か、心臓や脳の病気あたりが原因じゃないかなあ。前世の僕は一度結婚したんだけど奥さんに逃げられていてね、無駄に広い一軒家に一人きり、趣味もなくて、仕事しかすることがなかったんだ。多分、実家とも疎遠になっていて」
ふむ、なかなかコメントに困る暮らしをしていたようだが、私も一人暮らしでブラック企業勤め、帰る実家はなく、恋人はおろかたまに会うような友達もおらず、趣味は読書のみという侘しさだったのでどっこいどっこいだ。
「僕はそれを思い出したのも随分昔で子供の頃だし、こちらの人間として生まれて家族もいたから、孤独を味わうようなこともなかった。こんな僕だけどまた結婚もできたし、子供も産まれた。その子供達も大人になって…まあ、ちょっと出来の悪い子もいるけど…って、色々と息子達が迷惑をかけたね、本当に」
「あ、いえ。済んだことですし、大丈夫です」
また土下座でもされる前に制した。蒸し返されて大事にされては困る。
「…謝罪はまたにしようか。それで、彼らも一応大人になった。妻達も元気だ。今の僕は前世よりもずっと恵まれていると思う」
「それで、私達に負い目を?」
「ああ。急に喚ばれて来た子達なんか、僕よりもっと大変だろうと思ったからね。もしこちらの世界に馴染もうと努力してる最中に、日本を知る者が現れたらどんな思いをするだろうかって考えたら不安になったんだよ。幸か不幸か、カズさんは天涯孤独だったとかであっちに未練なんか全然なさそうだってたし、僕のこともこのまま気づかなければいいと思ってたんだ。でも、あのギャルの話を聞く限り『先輩』は知識豊富そうで随分と気の回る人みたいだったから、これは、会わせたら絶対にバレる…って」
オーレンはこれでもあの鈍感現代っ子ギャルに救われていたらしい。
「しかもカズさん、君が渡り人としてこの世界にいるって聞いたら急に泣き出しちゃったんだ! あのカズさんが息もできないくらい泣いて泣いて、ロットも慌てちゃって。やっぱり彼女も日本に未練があったんだって、バレたら傷つけるかもって思ったら急に恐ろしくなって…っ」
「落ち着いてください。未練があったとして、オーレン様の存在にショックを受けるとは限らないじゃないですか。何ならいてくれて良かったって思ったかもしれませんよ」
「僕がどんなに気配りのできないデリカシーのかけらもない人間か君は全然分かっていないんだ! 特に日本の女性には嫌われる自信がある! 妻にも逃げられたし、お茶を淹れてくれてた女の子達も給湯室では悪口言ってたし、急須に雑巾の搾り汁を入れてやったとか言うんだよ!? 残業の後、深夜に公園でぼーっとしてたら若い子達に財布取られて、女の子にオヤジのくせに千円しか持ってねーのかよクズって言われたのもトラウマで…っ」
やはりオヤジ狩りまがいの目に遭っていたか…。
「別に女性が嫌いとか苦手とかじゃないんだよ? いつの間にか嫌われてるのも、僕が何か余計なことを言ってしまったに違いないって解ってるさ。でもさ、気が利かないくせに口が軽い自覚あるからなるべく黙って隠れて過ごしてるのにすぐボロが出ちゃうんだよお…。だからって山に引きこもってても怒られるし、追われるし、ザコルにもイライラされちゃうし、もうどうすればいいのかなあ…」
シクシク。
「ええと、話題を変えさせていただきますね。オーレン様にお会いできたら必ず訊こうと思ってたことがあるんですよ」
「なっ、何? 僕、もう粗相した!?」
サーッ。
「してません。むしろこっちが粗相して嫌われてるかと思ってました」
「えっ、なんで、嫌われるならともかく嫌うなんてあり得ないよ!」
アセアセ。
「それは良かったです。で、訊きたいことなんですが、それはお子様の名付けについてです」
「なづけ…?」
キョトン。
「オーレン様ってご子息の名付けに関わってますよね?」
「え、うん、おじさん一応当主だからね、ザラミーアの子にザをつけて欲しいっていう要望は聞いたけど…」
「イアン、ジーロ、サンド、ザッシュ、ザイーゴ、ロット、ザナン…って、もしかしなくとも日本語の一から九になぞらえてつけてらっしゃいますよね?」
「わあ、気づいてくれた? 誰にも伝わらないこだわりだったから嬉しいなあ!」
ニコニコ。
……さっきから泣いたり青ざめたり焦ったり呆けたり笑ったり、とにかく顔が忙しい。オーレンの百面相だけでスタンプが作れそうだ。ザコルじゃないが、この正直すぎる性格で領主を長年務めるのは大変だったことだろう。
「それで、その息子達の名前がどうかしたの」
「どうもこうもないですよ、どうしてザコル様とザハリ様があの順番なんですか。八男のザコル様は九つの『コ』、九男のザハリ様は八の『ハ』が入ってますよね? 逆じゃないですか!? それがもー気になって気になって!」
「あーっ、そういえばそうだった!! 実は間違えたんだよ僕! 生まれた時はザコルの方が未熟児で小っちゃかったからさあ、てっきりザコルが弟なのかと勘違いしてて…。気づいた時にはもうみんなその名で呼び始めちゃってたし、誰も間違いに気づかないならもう仕方ないかなって」
テヘッ。
「やっぱり! そんなことじゃないかと思ってたんですよね。でも、それも出生にまつわるこぼれ話って感じでいいですね。ふふふ推しのレア情報ゲット…」
「オーレン! 今の話は本当ですの!? 私はこっちが兄でこっちが弟だとしっかり伝えたはずですよ!」
「あっ、ザラミーアいたんだった、ごめん! ごめんたら!」
ポカポカポカ。ザラミーアがオーレンに向かって威力のなさそうなパンチを繰り出す。しまったな、夫婦喧嘩の種を蒔いてしまったか。
でも、何だか可愛い喧嘩だ。ほっこり。
「ミカさん、助けてよお!」
ぴえん。
「あ、すみません、ほっこりしてました。ザラミーア様、そろそろイリヤくんがお風呂から上がる頃では」
「あっ、そうね、お部屋に牛乳を届けさせようと思っていたのよ」
「良かったら温めましょうか。私が温めると魔力がこもるので元気が出ますよ」
「まあそうなの、お願いするわ!」
バンッ、突然扉が開く。
「あらザコル、ノックもなしに。お行儀が悪いですねえ」
「コリーったらミカの言う通りよ、全くうちの男達ときたら」
「何を僕のいない所で打ち解けてるんですか。全くこれだから…」
ツカツカツカ、ガッ。
「え?」
「わっ」
椅子が私を乗せたまま宙に浮く。
「きゃあ、ミカに何するのコリー!」
「ちょっ、ここはシータイじゃないんですから! こんな立派な椅子、壊したらどうするんですか!」
「シータイでも椅子を壊せばマージに叱られます」
「解ってるなら降ろしてくださいよ!」
「ダメだよザコル、そんな風に女の子を扱っては。父様みたく嫌われたくないだろう?」
「ミカはこんなことで僕を嫌いません。むしろ僕が何をしても喜びます」
「すごい自信だね!?」
「事実です。滅多に叱ってもくれないのでたまにこうして悪さをしています」
「えっ、悪さ? それ悪さしてるつもりなんですか!? ふふっ、何それかわい、かわいすぎて吐きそう」
「吐かないでください。ほら早く叱らないと走りますよ!」
「ちょ、まっ、さっき叱ったじゃ…きゃーっあはははすごい速さーっ」
ドタバタ、ザコルを追ってきたらしいエビーとタイタが走り込んでくる。
「あっ、おいこらやめろ変態天然魔王!! 姐さんもたまには真剣に止めてくれよもおおおお!!」
「本当におやめくださいザコル殿! 椅子が軋んでおりますから…っ」
わーわーわー。
「わーっ、おイスがとんでます! ミカさまたのしそう!」
「あっ、イリヤくんもいるっ、ちょっ、ザコルっ、教育に悪いからほんとにやめ」
「おやめなさいコリー!!」
「そっ、そうだよ、いい大人が悪さなんてするもんじゃないよ!」
「いい大人だとか父様にだけは絶対に言われたくありません!」
わーわーわー………………
つづく




