途中の町④ 本当に日本から来たばかりなの?
「なるほど。息子さん達の繊細で心優しいところはお父様譲りなんですねえ」
「こっ、これ以上僕を泣かせるようなこと言わないで! 君、実は分かっててやってるでしょ!? 年取ると涙脆くなるんだからっ!」
アンタわざとでしょ性格悪いわねあたしのメンタルの弱さ舐めないで! というオネエのセリフが思い浮かぶ。
「ふふっ、やっぱり性格はロット様に少し似てらっしゃいますね。イリヤくんの言った通りだね」
「はい! ロットおじさまは『てき』かとおもったけど『てき』じゃなくてよかったです!」
「てき…」
それって、もしやオーレンのこともちょっと『てき』かと思ったってことじゃあ…。
ロットは初対面のイリヤに敵認定され、フルーツナイフを突き立てられていた。
どうにもあのオネエキャラと豆腐メンタルのイメージが強過ぎて忘れそうになるが、ロットは九人いるサカシータ兄弟の中でも、国境を任せるに足ると認められたお人である。あのチートギャルでさえ騎士団長としての彼を心から尊敬しているほどだ。
果たして、そんな資質も実績も確かな大人を相手に、七歳が音も気配もなく近づいてピッタリ鎧の隙間を狙えるものだろうか。
私は改めてイリヤの無垢な笑顔を見つめる。
……もしかしなくともあの天使、怒らせたら最終兵器以上に危険な存在では…?
「いいですかイリヤ。ミカに失礼する奴は全員敵で構いません。雪がやんだらあのデカいのも雪玉の的にしましょう」
「雪玉の的って何!? 僕は敵じゃないってば!!」
ザコルのぶっ込みにオーレンが青ざめる。
……もしかしなくともこのドングリ先生、イリヤの教育にめちゃくちゃ悪い…?
「先生、おじいさまも雪がっせんのなかまに入れてあげるんですね!」
「ああ、なんだ雪合戦か。面白そうな遊びをしてるんだね」
オーレンがホッと息を吐き出す。
「シータイではね、おとなもこどもも、雪やドングリでたのしくたたかうんです! 先生はね、ドングリほーを打てるんですよ」
「ドングリ砲? ああなるほど、ザコルが投げたらドングリも鉄砲みたいになるだろうからね、そう呼んだのはホッタ嬢かな」
「はい、おっしゃる通りです」
火薬禁止のこの国では、勢いよく飛ぶドングリを見て『鉄砲』を連想する人は少ない。
「子爵様、よろしければミカとお呼びください。イーリア様もそうお呼びですから」
「ああ、リアらしいね。ではミカさん、僕のこともオーレンと」
「はい、ありがとうございますオーレン様、呼び捨てで結構ですよ。ザラミーア様もミリナ様も、ぜひミカと」
「まあ、お義父様やお義母様はともかく、私は恐れ多いですわ。それならばミカ様こそ私をミリナと呼んでくださいませんと」
「ええー、私、尊敬するお姉様はみんな様付け主義なんですよねえ。あ、エセコマちゃんでもいいですよ」
一応持ってきていたニット帽をかぶってみせる。
「…ねえ、そのコマって子、ジークから来たって言ってたよね、どんな子かな」
「ふっ、俺ですか。 暗部っつうゴミ溜めに溜まってたドブネズミですよ。本来子爵様の御前に出るようなもんじゃありません」
「わあ、エセコマちゃんだ!」
「何度見てもコマちゃんそっくりねえ」
ミリナとイリヤが嬉しそうにはしゃぐ。
「とまあこんな感じの人ですね。まあ、見た目はもっとすっごい美少女なのでとても真似できませんが。でも歳上らしいです」
「そう、歳上の美少女…」
オーレンは何か思い当たることでもあるんだろうか。
でもまあ、コマだしな。どんな伝手を持っていても不思議じゃない。
食事会が終わる頃、ヌマ町長のガマがその妻と娘達を連れて挨拶にやってきた。
笑顔の素敵な夫人はこの国ではよく見かける明るい茶髪の女性で、ふくよかで恰幅のいいガマと同じく、包容力のありそうなふわふわ系のママだ。まだ幼い娘達は素朴だが趣味のいいウール地のドレスを着ていた。フリルもリボンも全て生成り色で揃えられているのがまたオシャレだ。訊けば夫人の手作りだという。
イリヤがはしゃいだように挨拶すると、娘ちゃん達は恥ずかしそうにカーテシーをしてみせた。かわいい。町長家のお嬢さんとしてきちんと躾けられているのだろう。
食後、イリヤを連れて浴室にゆく。
どこまでお手伝いするべきかと様子をうかがっている使用人達にも立ち合ってもらい、私とザコルで例の大樽パフォーマンスを行った。
「魔法、本当に魔法だわ!」
「ザコル様も素晴らしい膂力です! 流石は我らが主家のお血筋ですね」
私達の鉄板芸に、執事もメイドも従僕も大興奮だ。
当たり前かもしれないが、表立ってザコルを非難する人はいない。事前に、双子の間であったことや、ザコルが長年行ってきた領への貢献が詳しく伝えられているのかもしれない。
「お二方ともすごい…! すごいとしか言えません! シータイの屋敷に勤める叔母から届いた手紙の通りです!」
若い従僕の言葉に振り返る。
「え、叔母?」
「はい、叔母はシータイでメイド長をしておりまして」
「メイド長! 君、彼女の甥子さんなの! すごくお世話になったんだよ」
「叔母からの手紙には、とにかくすごい方がいらっしゃるから粗相のないようにと書かれておりました!」
「ふふっ、ざっくり情報だね」
「そりゃ、どんなのが来るかってあんま詳しく書くわけにいかねーからっしょ」
「はは、それでも精一杯の根回しをしてくださったのですね」
「メイドちょう…」
『あ』
ぐす、寂しいのを思い出して涙ぐんだイリヤを皆で必死に宥めたのち、私は護衛三人にイリヤを預け、使用人達とともに浴室を出た。
使用人達は一礼してそれぞれの仕事に戻っていく。私は廊下で待っていてくれた面々に一礼した。
「お待たせいたしました、オーレン様、ミリナ様。それからミイとナラとトツも」
「ああ、イリヤは大丈夫かな」
「はい。あの三人には心許しているみたいですから」
イリヤの傷は深い。王都の屋敷では使用人に虐げられていた関係で、使用人全般に恐怖感がある。
シータイの使用人には打ち解けたが、ヌマの屋敷の使用人はまだ初対面だ。イリヤの体には鞭打ちなどによる古傷もある。何も知らない人々に、いきなり世話を任せるわけにはいかなかった。
「ミカ様、いつもありがとうございます。イリヤが楽しく過ごせるように気を配ってくださって」
「いいえ、こちらもイリヤくんの明るさ、純粋さにたくさん助けられていますから。お互い様ですよ」
本当である。私が彼を便利に使っている時だってあるのだ。
ミイミイミイ!
「はいはい、分かってるよミイ。オーレン様。魔獣達が、あなたの魔力をいただく許可を求めています」
「魔力を?」
かくかくしかじか。首を傾げたオーレンに軽く事情を説明する。
「へえ、そうなのか。魔獣は人の魔力をもらうことができるんだね。長年召喚に関わってきたのに初めて知ったよ」
「サカシータ一族は魔力が多く、加護もあるから『美味しい』そうですよ」
コマもよく私の魔力が『美味い』と言っていた。コマは私のことをすぐ魔獣扱いするが、コマの方がずっと魔獣っぽいと思う。言わないけど。
「うん、君には学ぶことが多そうだね。魔力はどうぞ、好きなだけ。さあ、ここは冷えるし移動しようか」
この人はやはりザコルやザッシュのお父様なのだ。
ずっと歳上で、私などよりよほど魔獣や召喚に関する知見を持っているだろうに、この世界にきたばかりの人間の言うことを一つも馬鹿にしない。かと言ってこちらをおだてているような雰囲気もなく、純粋に新しい知識を喜んでいるように見えた。
ぞろぞろ、私はオーレンの横を歩き、魔獣達はミリナとともに後をついてきている。
オーレンと魔獣は、ザコルと騎士二人に代わって私の護衛を申し出てくれた。ミリナはイリヤと魔獣の付き添いだ。
先程食事した食堂の前に来た時、オーレンがくるりと振り返った。
「ミリナさん。少し、このミカさんと話があるんだ。ザラミーアもいるから心配いらないよ」
「はい。では私は部屋に戻っております。イリヤが戻りましたら、部屋へ来るよう言伝願えますでしょうか」
「ああもちろん。ちゃんと送り届けさせるから安心して」
ミイ。
「オーレン様、このミイが護衛として残りたいと言っています。ザコル様と約束したからと」
「ああ、分かった。それは許可しよう」
ナラとトツはミリナの護衛を継続するようで、彼女の脇を固めながらついていった。
「サゴシ、メリー」
「お呼びでしょうかミカ様」
「ひょえ」
すぐさま背後から声がして飛び上がる。
「もー、出てくるの早すぎだよメリー」
ガコッ、シュタッ。
天井に穴が開き、忍者が降ってくる。
「先越された…」
「何の勝負してるの君達は。ちょっとね、オーレン様と内緒話があるから。君達はここから離れてて」
「御意」
シュッ。
「消えるのも早すぎる…。ほら、サゴシも」
「はいはい、分かりましたって。ペータでもからかいに行ってきますよ」
「あ、じゃあ何か差し入れてあげて。側近さんにもね」
「りょーかいです」
天井に帰らず、普通に廊下を歩いて去っていく忍者を見送る。厨房で何かもらっていくつもりだろうか。
扉を閉めたオーレンがこちらを不可解な顔で見ている。
「…君、本当に日本から来たばかりなの?」
「そうですよ、春に来たのでまだ一年経ってません」
「人を使うのに慣れ過ぎてない?」
「そんなことないですよ」
「第三営業所のラスボスだっけ?」
「なっ、なぜその二つ名を」
「ギャル…じゃなくてカズさんがラスボスが黙ってませんよって言いながら追ってきたんだよ。何だか分からないけど怖かった…」
「まさかそれで避けられてたんですか私」
「いや」
オーレンは先程自分が座った上座の椅子を一つ引き、私に勧める。ご当主様に勧められてしまっては仕方ないので黙って座った。
スッ、音もなくソーサーに乗ったカップが目の前に差し出された。給仕はザラミーアだ。
「私のことは、いないものと思ってくださいね、ミカ」
「はい。ありがとうございます、ザラミーア様」
早速ミカと呼んでくれたザラミーアに笑顔でお礼を言う。彼女もにこりと微笑み、スッとテーブルから遠ざかる。
オーレンは、私の右隣の席に自分で椅子を引いて腰掛けた。
つづく




