途中の町① いやあ、楽しかったなあ天井生活
「イリヤ、イリヤ、もう着くわよ、そろそろ起きましょう」
荷馬車の中から、ミリナの優しい声が聴こえる。フンフンと、イリヤに枕がわりにされていた魔獣の声も聴こえる。
私は荷馬車からピョンと飛び降りて雪に着地した。その隣にザコルも着地する。
「私って、どこまでコマさんになってればいいんでしょうか」
「その帽子はしばらくかぶっていた方がいいと思いますが、言動までエセコマになる必要はありません」
「エセコマ、ふふっ」
遠目にでも騙せていれば充分ということだ。どのみち、仮装大会など少しの時間稼ぎにしかならない。
目の前の町の門が上がる。時刻的にはもう午後二時過ぎくらいか。門の中では、町長とその関係者と思わしき人々が立って待っていた。
ぬ。
「えっ」
急に前に立ちはだかった男性に目がいく。傍らにはザラミーアが立っている。
先程、サギラ侯爵親子が来た時でさえ荷馬車からなかなか降りてこず、降りたはいいが、私からは完全に見えない角度でサギラ侯爵達に挨拶していた彼、だろうか。
「半纏…」
彼は半纏を羽織っていた。男物のそこそこ上等そうな生地で作られているが、どこからどう見ても半纏だ。
「完全に着の身着のままで潜伏していたようで。他に体躯に合う上着がなかったようです」
ザコルがこそっと教えてくれる。
「大きいですねえ…」
ザッシュと同じくらい、もしかしたら若い時はそれ以上の上背があったかもしれない。
半纏は余裕のある作りをしているので羽織れはしているものの、袖も裾も丈が足りていない。もはや半袖の短ランだ。短ランとか実際見たことないけど多分あんな感じだ。それにしても、麻袋に入れられていた時はここまで大きい人だとは感じなかったのだが。
ザラミーアがこちらを少し振り向き、申し訳なさそうにペコペコする。大丈夫ですよー、とペコペコし返しておく。そもそも、今の私はミリナについてきた薬師エセコマなので、ここで彼に挨拶される立場にない。
「ヌマの町へようこそ。お待ち申し上げておりました」
「ご苦労」
町長らしき男性は彼の半纏姿には特に何もツッコまず、そして私達にも軽く視線を渡らせてから恭しく一礼した。それに合わせ、町長の後ろにいた人々も揃って頭を下げる。
衛士達の誘導で、荷馬車は町の中に引き入れられる。空には徐々にだが黒っぽい雲が出始めていた。ザコルの言う通り、今夜からきっと吹雪になるのだろう。
「エセコマちゃん」
「エセコマちゃん、ふふっ。何かなイリヤくん」
荷馬車の布の隙間から顔を出したイリヤに小声で返事をする。
「あの方が僕のおじいさまですか?」
「多分ね、私もまだ挨拶できてないんだ。楽しみだね」
「はい! シュウおじさまくらい大きくてかっこいいです! たのしみだなあ」
オーレンがこの小さな孫の期待を裏切らないでくれることを祈りつつ、私は荷馬車の横を補助員みたいな顔をしてついていく。
ぶるる、荷馬車につながれていたクリナが鳴いてみせる。お疲れ、と労われた言われた気がした。
◇ ◇ ◇
ヌマの町長屋敷の三階。何の変哲もない四人部屋に通されてはあ、と私達は息をついた。
隣の部屋にはミリナとイリヤ、そして魔獣達がいる。本来、こちらはゲストが連れてきた侍従などが使う部屋なのだろう。ソファセットなどもあるが、これは後から運び込んだものらしい。どう見ても質素な部屋には合わない、かなり上等そうなソファだった。
穴熊達とメリーに関しては、警備に穴を開けるので勝手に忍び込んでもらうことになっている。これから吹雪くとあっては、外に潜ませ続けておくわけにはいかない。
「このお屋敷、シータイの町長屋敷よりはこじんまりとしてますが、調度品や内装が立派ですね」
この侍従用の部屋はともかくとして。
ふかふかの絨毯が敷き詰められた廊下や応接室には、美しい花瓶や絵画などの美術品も飾られており、何というか、小金持ちのお屋敷感があった。
「このヌマの町は古くから養蜂が盛んです。人口はそれほど多くありませんが、領内でも比較的裕福な町と言えるでしょう」
ヌマ、というからには湿地帯でも近くにあるんだろうか。日本語から町名がつけられていればの話だが。
アカイシ、ツルギ、カリューは明らかに日本語を連想させる名だが、シータイは別に日本語っぽくはない。全ての町や地名に日本語が残っているわけではないのだろう。
ソファに皆で腰を下ろし、屋敷のメイドが淹れてくれたお茶をすする。お茶請けには素朴なクッキーも添えられていた。
「…えっと、俺ら、ここで四人で寝るんすかね?」
「それは流石に…」
「むしろザコルと私が二人で寝るよりはまだ周りに説明がつくんじゃない。どうせ吹雪だし夜更かしして恋バナしよーよ」
「お、姐さんから夜更かしってワードが出るとは」
「だってここじゃ完全にお客さんなんだもん。鍛錬とか料理とか雪かきとか、勝手にするわけにいかないでしょ?」
「指示を待ちましょう。風呂くらいは沸かさせてもらえるでしょう。僕はアミグルミを作ります」
「じゃあ私も」
「えー、俺にも教えてくださいよ、暇だし」
「俺にもご教示を!」
私達は荷物から毛糸玉とかぎ針を出し、羊のようで羊じゃない、少し羊っぽい編みぐるみを作り始めた。
ガコッ。
「あら、サゴちゃん」
「俺のこと絶対忘れてましたよね!?」
「忘れてないよー、一緒に作る?」
「作りません! とりあえず、罪人どもはここの地下牢に入りました。ペータとイーリア様の側近が見張りしてます」
「そう。どうかな、道中で何か収穫あった?」
「あの元執事長と元使用人ですか。マージ様が搾り取った以上の目新しい情報はないと思いますけど、やーな小悪党どもってカンジでしたよ。先の戦ん時は、町内に捕らわれてた曲者の大半を放して、無理矢理飲ませた毒の血清を脅しのタネに戦を起こさせたっぽいです」
「え、何それエグ。それであんな捨て身だったの彼ら」
「反応薄…。本当にエグいと思ってんすか姉貴」
私が拐われたあの日、シータイの西の森に突如現れた大軍勢。
人数だけは多かったものの統率も何もないばかりか、ただ闇雲に向かってきていたように見えたのは気のせいではなかったらしい。
女性ばかりの少数勢だった私達はともかく、どう考えても、モリヤやイーリア、そしてマージが率いた軍勢に対しては負け戦だった。だが、戦わなくてはいずれ毒で死ぬとあれば、自棄でも何でも向かっていくしかない。
「そんな都合のいい遅効性の毒、大量に用意できたとは思えませんけどね」
「サゴシ殿は曲者達が騙されたとお考えなのですね」
「丁度コマが人体実験をしていましたから、嘘を信じやすい土台があったのでしょう。適当な草の汁でも飲ませたのでは?」
「でしょーね」
そうだった。コマとリュウが例の香やニタギの毒などを囚人相手に試して実験していたんだった。ついでに、大量の林檎の種を集めてシアン化合物の解毒実験もしようとしていた。
実際に毒を飲まされた人数は大したことはなかったはずだが、口を割らないと毒を飲まされると噂が広がり、尋問が捗ったと聞いている。
「あと、一部には屋敷の地下牢を解放できたヤツに氷姫の身柄を渡すって取引したようです。戦は陽動で、そっちがメインでしょう。あいつら、不法なブツ作って裏ルートで捌いてたらしくて」
「不法なブツ?」
「ミカ殿が水浸しにしたブツですよ」
「ああ、黒色火薬…。あれ、もしかして『在庫』だったの? 関所町としての備えみたいなもんじゃなくて?」
「はい、マージ様にも内緒で貯め込んでたみたいです」
イアンも確か、町長の女も知らないと執事長が言っていた、みたいな発言をしていた。勝手に先代あたりが遺したものかと考えていたのだが…。
「マージ様が町長になってから、つーか前からだったかもしれませんけど、新町長に味方する人が多かったじゃないですか。特に女はあの元町長や元執事長にいい印象持ってない人多かったみたいですから、やりにくいと思ったんでしょうね。だから屋敷内でも町内でも元ザハリファンを裏でつついて、女同士で対立させようと目論んだみたいです。ついでに鼻の利きそうな猟犬殿の評判も落とそーって魂胆で」
「なるほど。メリーも執事長に有る事無い事吹き込まれてたし、マージお姉様も元ザハリファンのお姉さん達の扱いに頭抱えてたもんね。結局彼女達、当のザコルに庇われてこっちについてくれたんだけど…」
「はは、ザコル殿の魅力の前には悪党の小細工など紙屑同然でございましたね」
「タイタ、中央貴族のゴマスリのようなセリフを言うのはやめてくれませんか…」
「ゴマスリなどとまさか。神の前に摩る胡麻などございません」
あのマージとアンチザコル派の戦いは、前々から元町長ドーランと元執事長が下地を作ったものだったということだ。
マージの話ではドーランは元ザハリファンを好き放題させていたようだし、町内でマージが権力を握り過ぎないよう調整していたというところか。
そう考えると、あのドーランは意外に政治のできる奴だったのか…。
「火薬のことも、いずれバレるなら曲者とイアン様に屋敷ごと破壊させよーって魂胆だったみたいです。マージ様が裏帳簿みたいなもの見つけました」
「もちろん、元町長も共犯なんだよね?」
「もちろん。裏帳簿が出てきたのはリネン室の天井裏です」
水害のあった日、ドーランが寝室を追い出されて寝ていた部屋だ。行く場を無くしてたまたまそこで寝ていたのではなく、バレたらヤバいものが隠されていたからそこで寝ていたわけだ。
マージは一時期からサゴシとともに天井に潜むことが多かった。一応、天井が怪しいと踏んで証拠探しをしていたのか。
「落ち着いた頃にマージ様が色々責任とって辞める、ってか領を去って調味料を探す旅? に出る気っぽかったんで、イーリア様にチクって退路絶っときました」
「調味料ってまさか醤油…? いや、止めてくれてありがとうサゴちゃん。醤油はなくても全然大丈夫だから」
ちょっと惜しそうな顔をしているザコルをチラリと睨む。角煮や肉じゃがの完成度を上げるだけのために、貴重な人材を野に放つわけにはいかない。
「いーえ。俺もあのお姉様にはずっと活躍しててほしーんで。いやあ、楽しかったなあ天井生活。ずーっと天井で繋がってたしもう実質同棲でしたよね同棲」
ちょいちょい、と手招きすると、サゴシは天井から降り、私の傍らに忍者よろしく跪いた。
「いーこいーこ」
「えっ、ちょっ、何するんですか…っ、いでっ!」
偉い子をなでなでしたら、すかさずドングリが飛んできた。
つづく




