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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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王都を追われた者達⑥ 紳士淑女な彼らの恋バナ

「魔力の澱みがひどい者が多かったが、少しマシになったな。黒水晶殿が作ったものを与えたのは敢えてか?」


 連れて行かれる王都の民達を見渡しながら、サーマルが町民女性の一人に尋ねる。


「本当、シシ先生みたいなことをおっしゃいますね。そうですよ、ミカ様が町長様を通じてそう指示していかれたんです。特に、鹿肉はまた手に入るだろうからってね。あの数の干し肉、昨夜カクニを作るついでに用意したらしいんですよ」

「ああ、それは知っているぞ。料理長が付き合ったそうだが、厨房が一瞬戦場になったらしい」

「もう、無茶なさるんだから」


 女性とサーマルが笑い合っている。




「あのー…。今、よろしいですか」


 そう遠慮がちに聞いてきたのは、王都の警邏隊の一員だったというカンだった。仲間のビーンはその後ろで口をつぐんでいる。


「聞きましょう。ザッシュ様、降ろしてくださいませ」

「嫌だ」

「嫌? まあ、ザコルみたいなことをおっしゃって。ザッシュ様らしくありませんわ」

「あ、別にそのままで構いませんので」


 ザッシュの背が人一倍高いせいで、ビーンもカンもわたくしを必死で見上げる格好になっている。りんご箱の壇に上がった時だって、男性をこんなに上から見ることはなかった。


「先程、このアホが申し上げた通りなのですが、我々はアメリア様に同行させていただき、王都再興の一助となることを希望しております。我々は王都警邏隊二番隊に所属する、いや、所属していた隊員です。王都から民を逃がすために王弟の手のものと戦い、王都から出た後は王都外の森で王都を脱する民の保護活動を行なっておりました。その後、民のほとんどが都を脱して近隣の貴族領へ逃れたためにその活動を終えました」


 ビーンとカンは、王都警邏隊の証である腕章を取り出して見せた。

 血や泥などで汚れていて、元がどのような色であったかも判別がつきづらい。しかし、確かに王家の紋章に似たマークが刺繍されていた。ここにザコルかタイタがいれば、これが警邏隊の紋章であることを証明してくれただろう。王都にゆかりのあるコマかセージに確認した方がいいかもしれない。


「どこへ行っても追い返されている集団がいるというので合流し、山賊などにやられないよう警護しながらついて参りました。…このアホが張り切って交渉したせいもありますが、あの曲者の割合の多さでは勘付かれて追い返されるのも納得ですね、我々はすっかり騙されておりました」

「ふん、本当か? そっちのアホはともかく、お前はどうして黙って民のふりをしていた」


 ザッシュがわたくしを抱く力を強める。目の前の男を警戒しているだけなのだろうが、情熱的に抱きしめられているような気がして心臓に悪い。


「率直に申しまして、アホに巻き込まれて手打ちにされたくなかったからです。貴卿が間引きを行っているのも判っておりましたし。ここの民は本当にほとんどが戦闘員なのですね。どなたも隙が一つもない」


「アホアホと言い過ぎでは…」

 ビーンが思わずといった感じで口を開く。


「よくモナ領を通してもらえたものだ。どんな手を使った?」

「あの領は観光目的ならば通してくれやすいのです。一週間という期限付きで通行許可証をもらいました。それに、俺は王都に長年いますが、元はモナ領出身なので」

「…なるほど。おい、ドーシャ殿」


 ザッシュの呼びかけにドーシャがササっとやってくる。


「お呼びですかな兄殿」

「誰が兄殿だ。こいつはモナ領出身のカンという者らしい。知っているか」

「ふむ、顔は知りませんが、一つ確認をば」


 ビシッ、ドーシャはカンの眼前に人差し指を突きつけた。


「いきなり何」

「あっち向いてー、ほい!」


 ドーシャが指を右に曲げる。カンは反射的に左を向いた。


「ほい! ほい! ほい!」


 カンはその後も、ドーシャが指す方向でない方向にことごとく首を向ける。


「ほい!!」


 指が上に向いた瞬間、カンの首も上に向いた。


「あーっ、しくじった!」

「ふむ、なかなかの手練れでございますな。兄殿、この者は確かにモナ領出身者ですぞ」

「今のやりとりは一体…」

「モナの子供はこれで反射神経を鍛えるのです」

「なるほど。遊びに似せた鍛錬か」

「いや、普通に手遊びですよ。鍛錬ではないです」

 カンが首を横に振って否定する。


「ちなみにあっちのアホはモナ領出身じゃありません。確か」

「ああ、俺は王都生まれ王都育ち、生粋の都会っ子です!」

「何気取ってやがんだ、確か、王都の東門近くの小っちゃい作業着屋の息子だろお前」


「なぬ!? 東門近くの作業着屋ですと!?」

「灰黒の、灰黒の謎服を扱っておりましたか!?」

 どんどん同志が集まってきた。


「なっ、さっきから思っていたがこの白装束の隠密みたいなのは何なんだ!?」

「お気になさらず! それで灰黒の謎服は」

「謎服って何だよ、灰黒…? ああ、あの濃い灰色の生地使った商品のことか? よく分からんが、うちの親父はあの生地を好んで使うんだ。汚れも目立たんし丈夫だからって一部に重宝されてるらしい、が! 色が濃くて厚いから生地の仕入れ値がかさむって俺もお袋も何度も何度も言ってんのに! しかもやたらに安く売るからうちはいつまでも貧乏作業着屋で!」

「アホ殿とおっしゃいましたかな。貴殿はご父君を誇りに思うべきですぞ」

「はあ? てか、アホって名前じゃないぞ俺は!」

「かの英雄は灰黒の謎服をこよなく愛された」

「数々の偉業は灰黒の上に彩られたのだ!」

「英雄が? うちの作業着を? 何が何だって? おいやめろ…っ」


 ばんざーい、ばんざーい、と同志達が盛り上がり、ビーンを胴上げし始めた。

 元警邏隊というだけあってビーンもそこそこ鍛えているはずだが、それでも屈強な同志数人には敵わずなすがままだ。


「よく分からんが、あっちの素性は証明されたようだな。そっちのカンとかいう方は依然として怪しいが」

「え」

「ハコネ殿。尋問の続きは任せよう」

「承知した。ではカン殿、参ろうか」


 そんな殺生なあああー…、とカンはハコネに引きずられて藪の中に入っていった。




「あなた、ビーンと言いましたわね、わたくしも質問していいかしら」

「はっ、はい、何なりと!」


 元々汚れや破れで身なりがボロボロだったビーンは、同志達からさらなる洗礼に遭っていっそう無惨な様相を呈していた。


「ご両親はいかがなさったの」


 王都はもはや一般人が普段通りに住める環境にないはず。このビーンが王都育ちだというのなら、正直、見知らぬ難民よりも自分の家族の世話をしていないのは不自然に思えた。


「両親ですか。実は、王都があそこまで荒れる少し前にある大商会から声がかかりまして、店ごと買い上げられました。今はその伝手で王都外に逃れ、他領の支店で働いているはずです」

「ある大商会…。アロマ商会かしら」

「なっ、なぜ判るのですか!?」

「なぜも何も」


 灰黒の謎服とやらにはわたくしも覚えがある。以前、ザコルが着ていたダボついた服のことだろう。恐らく、その作業着屋の夫婦も救国の英雄が好んで着ているなどとは思いもよらなかったのではないか。

 そんな繁盛しているとは言い難そうな店をいきなり買い上げるだなんて、間違いなくファンの集いが絡んでいる。そして大商会と言えばセージのアロマ商会。かの商会は手芸用品を扱っているので、業界も近いといえば近い。


「何というご慧眼か! アメリア殿下は俺が警邏隊の者だともすぐ見抜いておられましたよね!?」

「その殿下というのはやめてくれるかしら。まだ正式に名乗れる段階にはないのよ。それに慧眼というほどのものではないわ、アロマ商会とはたまたま懇意にしておりますの。それに、あなた着込んでいるけれど体格からして鍛えているのが判るわ。それがいかにも代表のような顔をして物を申しているから、元々民を守る立場にあったのではないかと考えただけよ」

「おお、やはりご聡明だ!! アメリア様ならばきっと…!」

「大きな声を出さないでちょうだい。それで、わたくしに同行を希望するのはあなたとカンだけね」

「ええ、他にもいた気がするのですが、いつの間にかいなくなっていて…」


 ザッシュの方に注意を向けると、彼は頷いた。


「他はこれ以上に怪しかったので捕らえさせた」

「分かりました。では、誰か。これを綺麗にしてきてちょうだい。わたくし、汚らしい従者はいらないわ」

「じゃ、行こっかアホ殿」

「だからアホって名前じゃないってええええー…」


 数人の騎士に脇を固められ、ビーンは町長屋敷の方へと引きずられていった。




 ◇ ◇ ◇




「非常に、面白い場面を見逃した気がする」

「ミカは急に何を言っているんですか…」

「へへっ、そりゃー面白いことになってんでしょーよ、まさかカリューの同志がサギラ侯爵親子だったとか!」

「申し訳ありません、口止めされておりまして…」

「いえ、貴族平民問わず、タイタが素性を口止めされているのは知っていたことですから。ですが、コマは知っていたんでしょう」

「はい。コマ殿には水害支援に携わった貴族の名をお教えしてあります。皆様、推しに認知されなければそれでいいというお考えですので」

「以前、コマがカリューに同行したのはサギラ侯爵に接触する目的もあったわけですね」


 コマが何の用でサギラ侯爵に接触したかは判らないが、彼はジーク伯の使徒である。何か重要な情報交換でもしたのだろう。


「ザッシュお兄様は無事、一緒に行けることになりましたかねえ」

「もとより、お嬢様が断る理由などないでしょう。サカシータの軍勢を率いる将としてついていくのですから」

「きっとそんな話は後にして、自分の希望として真っ直ぐ申し込んだと思いますよ。ザッシュお兄様なら」

「義母が嫉妬してややこしいことになっていなければいいのですが」

「ふふっ、目に浮かびますねえ」


 早朝、ザッシュが思い詰めた顔をして部屋を訪ねてきた時は、ついにその時が来たのだと思った。

 今後、彼らがどんな関係性に落ち着くのかは分からない。だが、せっかく側にいたいと思える相手に出会えたのだ。どんな形であれ、お互いの姿が見られる距離にいた方が精神衛生上いいに決まっている。


 がさ、穴熊の一人が藪から現れる。そして黙って荷馬車の上に乗ってきた。

 ボソボソ、あちらで起きたことのあらましを断片的にだが教えてくれる。


「…ふむふむ、ふふっ、あはは、そんなことが。ええー、結構やるじゃないですか、ザッシュお兄様」


 うぉう、と穴熊の彼はくぐもった声をあげ、そしてまた薮に戻って行った。あれは同意の『うぉう』だろうか。


「彼は何と言っていたんですか」

「あれ? 聴こえてませんでした?」

「いえ、聴こえていましたが、彼らは独自の言語を使うので」

「えっ、独自の?」


 ということは、今私が聞いていたのはオースト語ではなかったのか。


「んー……、もしかして彼ら、山の民じゃない山岳民族か移民か何かなんですか」

「ええ、ミカは聞いていませんでしたか。元々、アカイシ山脈の、サイカ側の奥地に住んでいた氏族らしいです。僕がまだ五歳か六歳くらいの頃に住処を追われ、一族ごとサカシータに与したと聞いています。穴熊は、彼らの中でもこちらの里に馴染めなかった者達で構成されているそうです」

「ザッシュお兄様は彼らの言葉が解るんですね」

「確か、少しは。ですが、彼らも一応、オースト語が解るはずです。元の言語とは発音の仕組みが違う? とかで、上手く話せないことを気にしているのだとか」

「そんな…」


 そんな発音訛りくらいで差別するようなサカシータ民ではない、と、思いたいところだが、まあ色んな人がいるのだろう。相手に悪気はなくとも、何気ない一言に傷付いてしまうこともある。その辺りは個人の感覚の違いもあるので致し方ない。


 ザッシュはその辺りを私に一切説明しなかった。彼らに偏見を持たず他のサカシータの民と同じように扱って欲しかったのかもしれないし、話すのが苦手な人達という以上の配慮は求めていなかったのかもしれない。話さない原因が言語の違いや発音の問題以外にあったのかもしれないし…。


「まあ、何でもいいですよね。ザッシュお兄様がお戻りになるまでは、この私が聞き役をさせていただけるってことでしょう? 穴熊ファンの一人としてはラッキーの一言です! 翻訳チート万歳!」

「で、彼は何と言っていたんですか」

「ふふっ、ザコルも気になってるんですね。じゃあまず、ザッシュお兄様がですねー…」



 誠実で慎ましくて、紳士淑女な彼らの恋バナ。少々の事件と新キャラもいいスパイスだ。

 私が楽しく語るのを、御者席に座ったタイタとエビーもくすぐったそうに笑いながら聴いていた。




つづく

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