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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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王都を追われた者達④ ではおれも希望しよう

「あれは謙虚などではない。心底目立つ場所に行きたくないだけだろう」


 ザッシュがそそくさと去るサギラ侯爵の背を見て苦笑している。

 ザッシュはカリューにいる同志と交流があったようだ。パードレのことは、侯爵の皮をかぶらない素顔の方に馴染みがあるのだろう


「なるほど、あのザコルに共感なさるお一人ですものね」


 今後、彼ら同志の一員に何か礼をするときには、必ずタイタに意見を仰ごうと心に留める。富や名声より、ザコルやオリヴァーに関するものの方がよほど喜ばれるだろう。


「おいザッシュ。いつまでアメリア嬢のエスコート役を独占しているつもりだ。そろそろ私に代われ」

「えっ」


 突然現れたイーリアの言葉に、わたくしをずっと腕にくっつけたままだったザッシュが慌てだした。


「あっ、す、すまないアメリア嬢、騎士の誰かにでも引き継ぐべきだった!」

「いいえただの役得で」

「役得?」

「なっ、何でもございません! こちらこそ申し訳ありません、今離しま……」

「…アメリア嬢?」

「………………」


 温もりを手離すのが惜しくて、未練がましくザッシュの服の生地に指を添わせる。

 …エスコートしてもらえる機会はもうこれが最後かもしれない。そう思えば、こみ上げるものがあった。


「どうした。そんな顔をするな。あなたがいいのならおれは別に」

「…ふふっ、いけませんわね、こんなに感情をさらけ出していては。この町ではずっと気持ちを楽に過ごさせていただいたせいか、慎むことも忘れていたようですわ」


 にこりと笑えば、ザッシュはうっとたじろぐ。指先はやっとその腕から離れる。


「今後、初対面の者には充分気をつけることにいたしましょう。こうして、庇っていただけるのもあと少しの間のことでしょうから」

「待っ」

「アメリア殿下ァ!!」


 突然、大声がわたくし達の間に割り込む。


「申し上げます! 俺…じゃなかった、私、ビーンはアメリア様に同行し、王都再興の一助となることを決意いたしました! あっちは同じ警邏隊二番隊の者で、カンです! ここまで難民達の警護を二人で務めてまいりましたが、こうして民も行き場を得たことですし、これからは殿下の盾となるべく邁進してぶっ」


 侍女達が投げた雪玉がビーンと名乗った男の顔に全弾命中する。


「ぶ、ぶはっ、何をするっ」

「ほら! どー見たってお取り込み中だろがっ、うちのアホが申し訳ありません! 後ほどまたお願いに参ります! お騒がせいたしましたぁー…」


 カンと呼ばれた男がぺこぺこと頭を下げながらビーンを引きずって遠ざかる。


「………………」


 警邏隊の者は他にもいたのか。本当にそうかどうかは確かめないといけないが。


「アメリア嬢、あいつらを連れて行くのか?」

「ええ。希望者は連れて行くつもりですわ。軽く尋…面談はいたしますが」


 ハコネが頷いてみせる。今し方、大勢の目の前で命を狙われたところだ。軽い尋問くらいで彼らも文句は言うまい。


「ではおれも希望しよう。面談を頼む」

「はい。承知いたしました。ハコネ、面談を……、めん、だん……? 今、何とおっしゃいまして?」

「だから、おれにも面談を」

「なぜザッシュ様が面談を?」

「だから、同行を希望しようと」

「そうですの、同行を…………同行を、希望!?」


 あり得ないと思っていた言葉に、つい大声が出てしまった。


「なっ、なぜ!? ザッシュ様はお姉様の手駒をなさっているのでしょう、それに穴熊の皆さんは」


 特殊部隊『穴熊』はザッシュとともに領内の土木工事を請け負う傍ら、山岳地帯に潜む曲者の掃討を行なっている。

 無口、というよりは話すことが得意でない者達で、ザッシュとしかコミュニケーションができないのだと聞いていた。


「穴熊の半分以上はあちらに託した。ミカ殿ならば安心だ。おれとしか喋らなかったあいつらが、近くで挨拶されても逃げ出さないばかりか、なんと言葉を発するようになったのだ」

「何、穴熊達がミカと話したと?」

「ああ、そうなのだ義母上。タイル風呂の見学にきたミカ殿に対し、一言だけだったが確かに。驚いたが、おれは嬉しくて…!」

「そうか…! 私も感慨深く思う。かの聖女には、確かに人の心を溶かす力があるようだ」


 涙ぐまんばかりに喜ぶイーリアとザッシュ。

 …どうしましょう、何も訊けないわ。


 ハッとしたようにザッシュが振り返る。


「失礼。穴熊達のことは心配いらない。それで、面談を」

「ですから何をおっしゃっているの!? ザッシュ様に面談など要りませんわ!!」


 そう強めに言ったら、ザッシュはなぜか傷ついたような顔をした。


「…そうだな。やはり、こんな輩は連れていけないか」


 ひゅ、と喉が鳴る。


「ど、どど、どうしてそんなお顔でそんなことをおっしゃるの!? ザッシュ様はこの世の誰よりも紳士ですわ! 輩などと、悲しい言葉を使わないでくださいまし!」

「しかし、面談を受けさせるまでもないのだろう」

「そういう意味ではございません! ザッシュ様、ミカお姉様はこの件に関してどのようにおっしゃっておりますの、あちらこそザッシュ様のお力を必要としておられるはずですのに」

「あー……」


 ザッシュは気まずげに頬を指先で掻いた。


「ミカ殿には、その、だな、ええと……」


 なぜ言い淀むのだろう。ザッシュに限って、ミカに無断で同行を言い出したなどということはないはずだ。ザコルと喧嘩でもしたのだろうか。いや、でもまさか、そんなことで?


「………………振られたら帰ってこいと、言われている」

「振られたら」


 思わず復唱すれば、ザッシュが目を逸らす。彼の少し日に焼けた頬が、わずかに色づく。


「………………………………」


 言葉が何も出てこなくなった。



「お嬢がキャパオーバーになっちまったぞ」

「やっぱタイさんにはいてもらった方が良かったな」


 コホン、とハコネが咳払いをする。


「では面談を。この場でいくつか質問させていただいていいだろうか」

「ああもちろん」

「その、お家の事情はいいのだろうか。不干渉を貫いていただろう」

「王政への不干渉は領の事情ではなく、山の決まり事だ。その山の女王が王位などこの可愛い娘にやってしまえと言っている。もはや事情も何もない」

「なるほど。長老様にはテイラー家への力添えもお約束いただいているしな。では次。貴殿の目的は何だ。いや、ご厚意で護衛に加わってくださるつもりなのは承知しているが、他にも目的があるのでは?」

「目的などただ一つ、と言いたいところだが、これだ」


 ザッシュは懐から一つの書状を出す。


「ジーク伯がうちの父宛に書いたものだ。テイラー領との境にまたがるアマギ山にトンネルを通したいので、相談をと書かれている」

「ああ、ザコル殿が預かってきたものか」

「そうだ。アメリア嬢はこれから挨拶回りに行かれるのだろう。ついでに紹介してもらえると助かる」

「ついでか」

「ああついでだ。ついでだが、アマギ山は岩の多い難所だそうだな。腕がなりそうだ」

「そうか。貴殿はどこまでもトンネル狂だな」

「褒め言葉か、ハコネ殿」


 ぷっ。

 先程のサーマルとのやりとりを思い出した面々が吹き出す。


「まあ、そちらは本当についでなのだが」


 ザッシュは書状を懐にしまいつつ、わたくしの目線に合わせるように跪いた。

 手を、と言われ、気がついたら自動的に自分の手先を預けていた。頭が全く働かないのに体は勝手に動く。もはや自分の体ではないようだ。


「あなたの出自と、それを明かすつもりだろうと聞いて、おれは恥ずかしながら取り乱してしまった。あなたは、テイラー家で確かに愛し愛され育てられたご令嬢だ。会って間もないのに何を言っていると思うかもしれないが、あなた自身を見ていればよく判る」


 見ていれば判る。…見ていた、ザッシュ様が、わたくしを?


「そのあなたがテイラーとは違う看板を背負う覚悟をしたというのだ。その心細さはいかほどであろうかと思うと、その決意の瞬間に寄り添えなかったことが、その、どうしようもなく悔しくてな、本来、そのような立場にないことは充分弁えていたつもりなのだが」


 …違うわ。本来誰も、わたくしに寄り添って共に責を負う必要などないのよ。


 どんなに孤独感や不安に苛まれようと、決断はわたくし一人のものであるべきだ。生まれながらに血を背負ったのはわたくし自身。いくら近しい人間でも、誰かがわたくしを『擁立』するようなことは決してあってはならない。


 それでもわたくしの決断に巻き込まざるを得ない、むしろ巻き込むために集められた騎士や侍女達、邸に残してきた乳母や乳姉妹達を想う。

 ただ一人、自分から巻き込もうと思った人はついに巻き込めなかった。巻き込む筋合いなどない、愛や憧れを甘えにしてはならないと、自分を叱咤したところだったというのに。


「昨晩はタイタ殿が寄り添ったと聞いて、今度こそ諦め時かと思っていたのだが、当然のようにあちらについて行くつもりのようだし…」


 ごにょ、とザッシュは言葉を濁した。


「ミカ殿に相談しようと早朝尋ねたら、開口一番、見透かされたように『振られたら帰ってきてもいいですよ』と…。ミカ殿もこの場に居られないことをもどかしく思っていたようでな。後からゴウ殿を預けられ、まずは曲者の間引きをするようにとも命じられた」


 がう。

 狐型魔獣のゴウが相槌を打つように鳴いた。


「手駒として、間引きと同行も命じられたと? しかし元はといえば、領内で聖女の活動を補助しろという命令ではなかったのか」

「いや、補助は別に領内に限られていない。義母は、必要ならテイラーに連れ帰ってもいいと言っていたらしいしな」


 ハコネとザッシュの視線に、女帝イーリアはどこか面白くなさそうな顔で頷いた。


「手駒は聖女の献身に対する礼の品。どう扱おうと彼女の自由だ。ミカにも最初からそう伝えている」

「まあ…それを聞いてついに後継候補からも外れたかと思ったが、今はその措置に感謝したい」

「聖女の手駒であることを忘れるなよ、ザッシュ」

「もちろん解っているとも。聖女殿には、妹御の無事を見届けるよう命じていただいた」


 ザッシュはわたくしに真っ直ぐ向き直る。


「アメリア嬢。あなたの番犬として侍りたい。つまづきそうな時は必ず力になる。扱いは御者でも従者でも何でもいい。どんな形でもただ、あなたの側にあることをお赦し願う」



 そうして彼は、わたくしの手に軽く口付けた。


 今度こそ頭が真っ白になった。



つづく

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