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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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王都を追われた者達① 第三の王子

「私もアメリの味方なのだが!? 数に入っていないではないか!!」

「殿下はただの厄介者ですわ」

「厄介者!?」

「身内だから仕方なく引き取った、それだけでございます」

「め、めめ、めげんぞ! 一緒に兄上に文句を言おうと言ってくれたではないか!」


 騒ぎ立てるサーマルを捨て置き、わたくしは集会所の前に立つ。


「遅くなった。私も付き合うぞアメリア嬢」

「イーリア様。心強いですわ」

『だ…っだだだだだだ第一子爵夫人…ッ』


 どこからか音もなく現れたイーリアに、パードレとフィリオが飛び上がる。サーマルも騒ぐのをやめて黙った。


「ああ、カリューにいた同志ではないか。まさかサギラ侯爵とその子息本人とは思わなかったぞ」


 同志ではないが、イーリアもまた身分差を意に介した様子がない。まさに女帝の風格だ。


「挨拶は後でいいだろうか」

「もももももちろろろろん」

「ははっ、落ち着け。侯が奥ゆかしい同志の一員だったとはな、頑なに我が領と交流を持たぬわけだ」

「同志に理解がありすぎる…」

 わたくしの後ろを固めているカッツォが小さく呟いた。


 イーリアの側近が素早くりんご箱を並べて即席の段を作る。サギラ侯爵親子とイーリア、そしてわたくしとサーマルが登壇すると、それを待っていたかのように集会所の扉が開いた。

 シータイの『町民』配属の者達が中から難民達を誘導して外に出してゆく。ぞろぞろと列は続き、彼らは壇の前で何列かに並べられた。辺境まで辿り着いただけあって、歩くのもおぼつかないような者はいないが、子供を連れた親の姿もあり、寒空の下に晒すのは心が痛んだ。

 王都の民達は怯えたようにわたくし達を見上げた。曲者でなければただの庶民。貴族らしい佇まいの者が何人も睥睨しているとあっては、萎縮して当然だ。


 誰から、と示し合わせる間もなく、イーリアが一歩前に出た。


「私はサカシータ子爵が第一夫人、イーリア・サカシータだ。お前達は王都を脱してここまでやってきた無辜の民、相違ないか」


 難民達は黙ったまま少し顔を見合わせ、次々に頷いた。


「王都以外から来た者がいれば名乗りあげよ。特に意味はない、確認だ」


 その言葉に、一人だけ手を挙げる者がいる。確認すれば、王都で商売していた者の親戚で、都外で買い付けを担当していたとのことだった。王都が機能しなくなったことで仕事を失い、王都を脱した親戚とともにここまでやってきたらしい。

 その他は手を挙げなかった。


「お前達は氷姫、聖女の慈悲に預かりにきたとのことだが、残念ながら彼女は常に狙われる身だ。素性を確認しきれぬうちに会わせるわけにはいかない」


 ざわ…っ、難民達が一気に悲壮な顔になる。


「聖女の身を護るは我がサカシータ一族に託された使命。これは彼女の庇護者、テイラー伯からの要請でもある。諦めろとは言わんが、どうか理解してほしい」


 イーリアはその美しいかんばせに憂いを滲ませる。敢えてだろう、彼女の武功を知らなければ気を緩ませる者も多いはずだ。


「見ての通り、ここは北の小さな田舎町だ。過酷な土地でもあり、吹雪けば数日雪に閉ざされることもある。正直、難民の世話をするような余裕はないのだ」

「だ、だが、町民達はみな元気そうに見えます。氷姫様には英雄、深緑の猟犬様がついているので安心だと聞きましたよ。それに氷姫様は雪をも操られると聞いているし、だったら」

「彼女は水温を操る魔法士だが、天をも操るというのはデマだ。事実、今年も何度か吹雪に見舞われている。吹雪の前には我が家の最終兵器とて無力だ」

「そんな…っ」


 イーリアは急に口を挟んだ男に気を悪くした様子もなく、憐れむように眉を下げた。


「お前達は本物の吹雪を見たことがあるか? 今年は珍しく王都も大雪に見舞われたそうだが、そんなものとは比にならんぞ。一歩外へ出ただけで遭難するような風雪を伴い、一晩で家一つを覆い隠すこともある。そうなったらこの集会所に人手をやることも叶わなくなり、吹雪が数日以上続けば餓死や凍死で全滅もありうるのだ」


 全滅、と男は呆然としたように呟いた。他の難民達も足元の雪に目を落とす。まさかこの触れれば溶けてなくなるような儚い存在が、いとも簡単に多くの人命を奪うことに想像が及ばないのだろう。

 わたくしとて、ミカが倒れた時の猛吹雪を体感するまでは、雪の真の恐ろしさを理解することなどできなかったと思う。


 イーリアはさらに淡々と、ここで難民を預かれない理由を並べていった。

 まずこのシータイでこの人数を収容できる建物は集会所しかないが、吹雪になれば陸の孤島と化すこと。宿や町長屋敷、受け入れ可能な民家などは既に水害による避難民でいっぱいなこと。受け入れられるとしてもごく少人数になり、不公平が生じること。領都のある中央に関しても、同じく住民が冬を越せるだけの蓄え以上に物資は存在しないこと。むしろ隣領の巨大商業都市チッカが近いシータイの方がまだ調達がききやすいくらいであり、そのシータイで預かれないものを他の町で預かるのは不可能だということ。


「安心しろ、だからお前達に死んでくれと言うつもりはない。ここに居合わせた貴族で話し合い、選択肢を用意することになった。よく聴いて判断するように」


 ざわざわと不安を隠せない難民達の前に、サギラ侯爵親子が進み出る。


「私はこの最北の辺境サカシータ領に隣接するサギラ領が領主、パードレ・サギラだ。水害発生直後から被害の大きかったサカシータ領カリューに入り、人道支援を行ってきた。カリューは国内でも一位二位を争うほど防衛上重要な拠点であり、国の存続のためにも必須と考えて支援を行っている」


 パードレの横でフィリオがそれらしい顔で頷いている。

 実際のところ、彼らは深緑の猟犬ファンの集いの一員として、辺境エリア統括者マネジの指示でカリューに駆けつけているはずだ。カリューにはザコルが破壊した城壁など、彼らが言うところの『聖地』が点在している。侯爵の名において支援部隊を寄越すならまだしも、侯爵と嫡男が自ら現地入りして長期間支援に当たっていた理由など『ファン行動』以外の何物でもないだろう。


 パードレは少し厳しい表情を作り、難民達に睨みを効かせた。


「この町にくれば、聖女かその施しにあやかった者達が助けてくれる、という話だったな。…まず、お前達が辺境の防衛というものをどのように捉えているかは知らんが、国境周辺は常に戦争並みの緊張感があると言って過言ではない。街中に出る輩を取り締まるのと同じように考えているのならば、今すぐ改めろ」


 先程、イーリア相手に口を挟んだ男がギリッと拳を軋ませる。王都の軟弱者、と辺境の者に馬鹿にされた気になったのだろう。


「特にこのサカシータ領は、他の辺境領と比べても過酷さは群を抜いている。『別格』の強さを誇るサカシータ一族を擁してさえ、絶え間なく戦闘を繰り広げる必要のある正真正銘の前線だ。それゆえ、この領の民はほとんどが戦闘員。他ならぬこの地で、今後どこまで膨れ上がるかも判らぬ難民支援に人を割かせることはすなわち、国防を疎かにさせるのと同義であると心得よ。……早晩隣の大国に侵略され、仲良く奴隷になりたいのならば別だがな」


 これ以上サカシータ領に迷惑をかけるな。パードレはそう含み、高位貴族らしい圧を聴衆に放つ。叱られたように俯く民達に、パードレは咳払いを一つしてみせた。


「だが、私も国を想う貴族の一人として、此度の事態を重く受け止めているつもりだ。内から腐りゆくものに翻弄され、帰る場所を失ったのはお前達の責任ではない。ゆえに、希望者をサギラ領にて引き取ろうと考えている。当面の資金と住居はこちらで用意し、職の斡旋なども約束しよう」


 ざわざわざわ。一度黙った民達が再びどよめく。

 厳かな雰囲気を崩さないパードレに変わって、長男フィリオがにこやかに手を広げる。


「私はサギラ侯爵が長男、フィリオ・サギラだ。どうか安心してくれ。サギラも同じく辺境だけれど、ここサカシータほどの緊張感はない。それに我が領は南北に広く、雪の降らない土地もあるんだ。王都で暮らした者達にこの豪雪はつらいだろう? 個人的には海の見える土地もおすすめだよ」


 海だって、と母親にしがみついていた子が目に光を灯す。王都には海はおろか湖もない。内地に住まう者は海に憧れを持つ者が少なくない。


「既に、ジーク領から我が領に入ってきた王都民達を仮の住居に案内し始めてもいる。我が領は幅広い産業も売りだ。諸外国との貿易を始め、造船、漁業、農業、林業、と仕事は余る程ある。未開拓の土地もまだまだあるからね、開墾を志望するなら別途支度金を用意するよ。君達はここまで辿り着けた健脚の持ち主だ。体力があって真面目に働いてくれる者ならこちらも大歓迎さ」


 ざわざわざわ。大歓迎って、本当に? でも…


 サギラ侯爵領は貿易で成功しているだけあり、羽振りがいいのは本当だ。実際、景気に対して人手不足でもあるのだろうし、カリューへの支援実績からも、彼らが悪い人達でないことをわたくし達は知っている。だが、この口約束を難民達がすぐに信じられるかは別だ。


 サギラ侯爵パードレは、揺れ始めた聴衆から目を離し、わたくし達の方を見る。

 もちろん、小麦の一大生産地であり、同じく港を有する富のテイラー伯爵家としてならば、サギラ侯爵に負けず劣らずの高待遇を示すことは可能だろう。


 しかし、わたくし達が背負うのはテイラーの看板ではない。


「では、わたくしからお話をいたします」

 次はどんないい話が聞けるかと、期待に満ちた視線が集まる。


「率直に申しまして、わたくしは壊れた王都を直しに参りたいと考えております」


 は? と疑問符を浮かべる難民達に、わたくしは丁寧なカーテシーを披露した。


「初めまして王都の皆様。わたくしはアメリア。テイラー家で育てられて参りましたが、この度、この身に秘められた血の義務を果たすことを決意いたしました。エレミリア王妃殿下の腹心の侍女が産み落とした、第三の王子でございます」




つづく

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